信号解析 第3回講義録

 

日時:2006年4月24日

講義内容:スペクトルとピリオドグラム

担当者:情報知能工学科 小島史男

 

1. はじめに

 

 先週時系列信号の特徴が平均値関数、自己共分散関数、自己相関関数とよばれる3つの統計量で特徴づけられること、またその推定値は有限のサンプルデータから推定でき、とくに弱定常過程の時系列信号では標本データをとればとるほど良い近似になっていることを説明しました。今週の講義では、時系列信号の統計量の特徴を周波数領域、すなわちスペクトルで記述することを学習します。今回学ぶことは2年後期のスペクトル解析の復習になります。参考図書では第3章の内容です。

 

2. 自己共分散関数の離散時間フーリエ変換(DTFT)

 

 時系列信号の自己共分散関数は時系列信号の時間方向の特徴を統計的に記述する有効な指標であることは先週学習しました。たとえば不規則性が強いと時間方向への相関が急激に減少しますが、周期信号の場合は周期的に減衰していくことが確かめられたとおもいます。これらの特徴を周波数領域で捉えることは重要です。自己共分散関数の離散時間フーリエ変換(DTFT)の1周期分

   (1)

のパワースペクトル密度関数(power spectral density function)あるいはスペクトル(Spectrum)と呼びます。なおここでは後の議論の便宜上DTFTで用いたの代わりに周波数fの関数としています。DTFTでは時間領域では離散でも、周波数領域ではfに関する連続関数となることは2年次に学習しています。さらに自己共分散関数は時間に関して偶対象、すなわち偶関数となりますので、自己共分散関数が実数値関数であればスペクトルも実部のみの偶関数となります。具体的には

                                    (2)

となります。この逆変換からスペクトルが与えられれば、自己相関関数は次式によって求めることができます。

             (3)

 

3. 確率分布が与えられたときのスペクトル

 

 時系列信号の自己共分散関数の厳密な定義は

  (4)

となり、この場合2次の確率分布密度関数が与えられないと計算できません。ここでは、時系列が理想的な雑音であるガウス型白色雑音(ホワイトノイズ)について考えましょう。ホワイトノイズとは自己共分散関数がで与えられる時系列信号です。スペクトルは

となります。つまり周波数全帯域で一定値をとりますので、その周波数上での積分量は無限大になってしまいます。実際はこのような雑音をつくりだすことは不可能ですが、シミュレーションにおいては、一様乱数から擬似的にこのような雑音を生成することができます。このシミュレーションに関しては講義中にデモを行います。

 

4. 標本共分散関数の離散フーリエ変換(DFT)

 

 先週の講義で時系列信号の統計量を推定する標本自己共分散関数を導入しました。これを利用すれば、同様にスペクトルの推定値をもとめることができます。時系列があたえられたとき、標本自己相関関数の離散フーリエ変換(DFT)

をピリオドグラム(periodgram)と呼びます。ここで周波数は離散値をとるものとします。つまり、標本自己共分散関数が周期的に無限領域に拡張されています。またピリオドグラムを連続的に拡張した

を標本スペクトルともいいます。また逆に標本スペクトルから標本自己共分散関数は

で求めることができます。このようにして、スペクトルの推定値は標本自己共分散関数から容易にもとめることができます。以下では計算のテクニックについて学習していきましょう。

 

5. ピリオドグラムの良い近似法

 

標本自己共分散関数の計算式をみればわかるように、一定のデータ長のもとでは、は一般的に時間差kが大きくなり、データ長Nに近づくと平均をとるサンプル数が少なくなり、あまり意味をなさなくなります。実際にピリオドグラムを計算するには対象となるデータ長Nの時系列信号を適当な長さLで再分割し、これによって計算されたL個のピリオドグラムの平均をとる手法があります。すなわち、時系列データを長さN/L個のデータに再分割し、ピリオドグラム

を再分割した区間ごとに求めていき、このL個のピリオドグラムの平均

によって平均化すると良好な近似ができます。ただこの方法だけでは、区間Lの大きさによっては十分な近似ができない場合が多いので、スペクトルウインドウと呼ばれる畳み込み演算(フィルタ)をかませて平滑化する方法が一般的に用いられます。具体的には

によってスペクトルの推定値を求めます。はハニング窓、ハミング窓などが用いられます。窓関数についてはスペクトル解析で説明しましたので、記憶にない受講生は教科書で復習してください。このようにピリオドグラムの実際の計算に関しては、平均化と平滑化により近似精度の向上を図ることができます。

 

6. ピリオドグラムの計算の高速化

 

 では本日の講義の最終部分に移ります。ピリオドグラムの計算は基本的には自己共分散関数の離散フーリエ変換です。したがって高速フーリエ変換(FFT)を使って計算の高速化が可能です。たとえばデータ長Nの標本自己共分散関数のピリオドグラムをFFTで計算すれば計算量はからまで節減できることはスペクトル解析で学習しました。ところで標本自己共分散関数の計算にの演算が必要ですので、このままではあまり高速化できていません。時系列信号のデータから直接FFTの適用を考えたほうが高速化を達成することができます。いま時系列信号の離散フーリエ変換は

で計算できます。このとき以下の関係が導出できます。

さらにとおくと

の関係式が得られます。このことを利用すれば、ピリオドグラムは時系列信号時系列信号の離散フーリエ変換FFTで高速計算するだけで直接計算することができます。すこしテクニカルなはなしになりますが、FFTの計算にあたってはデータの再分割は2のべき乗で行うべきです。ゼロ拡張(zero-padding)を行うと近似精度が極端に落ちる場合がありますので注意してください。

 

本日の宿題:ホワイトノイズの時系列を擬似的につくり、その統計的性質を確かめてレポートにまとめてみてください。例題をダウンロードして参考にしてください。なお提出先ですが自然科学研究科3号館3階301室に水曜日以降「レポートBox」をおいておきますので、そこに入れておいてください。

 

注意:当方のミスで適切な場所にファイルがはいっておりませんでした。ということで、今回に限りレポートの期限を1週間延長します。指摘いただいた受講生のかたありがとう