「今日のお食事は、お口に合いませんでしたか?」
グラスにワインを注ぎながら、執事がオスカーに向かって口を開いた。
「なぜだ?」
オスカーは執事を見上げる。
「随分と残しておいででしたから」
「ああ……そんなことはない。少し疲れが溜まっているだけだろう」
痛いところを突かれたように言葉を濁しながら席を立つオスカーに、執事は再び声を掛けた。
「お薬をお部屋へお持ちいたしましょうか?」
「いや、それよりも酒がいい」
「かしこまりました。ではお休みのお時間に合わせて、お酒をお持ちいたします」
「ああ、強いヤツを頼む」
言って、片手を上げながらオスカーは食堂を後にした。どことなく元気のないそうした主人の後姿を見送りながら、執事は心の中で呟いた。
『今夜の小食の原因は“あの方”がご一緒ではないからだろう』と。
オスカーの館で半同棲生活をしているアリオスは、食事中に他人に給仕されるのを酷く嫌う。
理由は、四六時中監視されているようで、ゆっくり落ち着いて食べられないから、らしい。
それに合わせてオスカーも、アリオスと共に食事をする時は、場所を食堂から自室に変えた。
なので執事も給仕を最小限に止め、食事をテーブルに並べ終えたら、すぐに主人の部屋を後にする。
それでもオスカーが寛いだ表情でゆったりと食事をする様子を、執事は時おり垣間見ることが出来た。毎回のことながら、見る者が当たられてしまうほどの仲の良さだ。
「明日の朝は食堂で」とオスカーに告げられたことから察すると、今夜、アリオスは帰ってこないらしい。
食事の残された皿を片づけながら、ご主人の健康のために、一日も早いアリオスの“ご帰宅”を執事は願わずにはいられなかった。
「お前…ッ!どうしたんだ?」
自室のドアを開けた途端、飛び込んできた光景に、オスカーは驚きの声を上げた。
アリオスがソファーに脚を投げ出して横になっていたのだ。
「今夜はチャーリー達の酒盛りに、一晩中付き合うんじゃなかったのか?」
「あ〜?」
アリオスは髪を掻き上げながら、怠そうに返事ともつかない奇声を発する。
「飲んでたんじゃなかったのか?」
言って、オスカーはもう一度アリオスに返事を促した。
「面倒くせぇから脱けてきた」
いかにもアリオスらしい行動にオスカーは苦笑する。だが、どことなく嬉しそうに見えるのは気のせいではないだろう。
「飲み直すか?」とのオスカーの誘いに、アリオスは軽く首を左右に振り、「寝る」と一言呟いて身体を起こした。
怠そうな足取りで寝室へと向かう途中で、ふいにアリオスは立ち止まった。
「来い」
アリオスが振り返りざまに言う。
その誘いが何を意味するのか理解し、オスカーの頬に赤みが差した。
幾度となく繰り返され、すっかり慣れた夜の営みとはいえ、正面切って『来い』と言われて、『はい、そうですか』とすぐに付いて行けるほど大胆にはなれない。
そんなオスカーの様子を、アリオスは楽しげに眺める。
――そんなとこは、旅の頃と少しもは変わっちゃいねぇな。
「来いよ」
アリオスの手が、オスカーに向かって差し出された。
欲情を湛えたオッドアイを直視して、オスカーの身体に小さな灯がともった。
今度は、オスカーも躊躇わずにその手を取る。予想外の恋人の“ご帰宅”に綻ぶ口元を隠すことなく……。
「あ…っん、んっ」
零れ落ちる吐息は、艶やかにアリオスの耳元を擽る。
「たまんねぇな…その声だけでイっちまいそうだぜ」
オスカーの秘部へと己の自身をあてがいながら、アリオスは胸の先端を舌で転がす。
「ああっ…ア、リオス、もっ…」
疼く身体を押さえ切れずに、オスカーは強請るようにアリオスの首へと腕を回した。
「は…早く……」
その声に、アリオスは堪らず腰を進め、オスカーの内壁を押し広げる。
「うっ!…んーーーッ…」
オスカーの腕に力が籠る。
始めに齎される痛みと圧迫感は、いくら回数を重ねても慣れることはない。
それでもオスカーは、アリオスの昂ぶる楔を少しでも受け入れ易いようにと、息を吐きながら呼吸を整える。
そのいじらしい姿を見る度に、オスカーへの愛しさが増してゆくのをアリオスは感じていた。そして、同時に征服欲も。
「はっ…ん…ぁああっ」
熱い楔がオスカーの腰に打ちつけられると、いつしか痛みは快感へと取って代わり,もっと奥へと男を誘い込むように内壁は淫らなを収縮を繰り返す。
アリオスによって齎される溶けるような熱に、オスカーの身体は唯々快感だけを追い続け、解放の時を求める。
白い閃光が脳裏に瞬いた。
“イク”と思った瞬間――寝室のドアをノックする音が耳に飛び込んできた。
一瞬、二人の動きが止まる。
「オスカー様、お酒をお持ちいたしました」
との執事の声に、オスカーの身体から滾るような熱が一瞬のうちに引いて、背中に冷たい汗が滲んだ。
蒼ざめるオスカーをしり目に、アリオスはクィッと片唇をあげて悪戯を仕掛ける悪ガキのような表情を作った。
オスカーの背中とシーツの間に腕を差し入れ、繋がった下肢をそのままに、アリオスはオスカーを自分の膝の上に抱え上げる。
「ア、アリオス!何をッ…!?」
身体を跳ねるように起こされたオスカーの視線が、アリオスの肩越しに見える寝室のドアを正面に捕らえた。
その時、カチャリとドアノブが回される音がした。
薄く射す光が、オスカーの驚愕に見開かれた氷蒼の瞳に映し出される。
――見られるッ!
オスカーは無意識うちに身を捩って逃れようとした。
しかし、アリオスはそれを許さなかった。「ああぁッーーー!」
オスカーの口から甘い悲鳴が上がる。
自らの体重でより深くアリオス自身を受け入れざる得なかったオスカーの秘部に、アリオスは己の楔を深々と打ち込んだのだ。
パタンと、ドアの閉まる音を耳にしながら、アリオスはオスカーの腰を揺さぶり責め立てた。
「やぁ…ッ…んぁ」
オスカーの緋色の髪が左右に揺れ、その唇からは艶やかな喘ぎ声が漏れる。
飲み込みきれない蜜が口の端から溢れ出て、オスカーの首筋に淫猥な一筋の軌跡を描き、アリオスのくちづけ(くちづけ)を誘う。
誘われるまま、アリオスはオスカーの首筋に唇を寄せ、所有の印を刻んだ。
「はああっ…んぁっア……アリ、んっオス…!」
荒い息と嬌声を放つ合間に、必死になって己の名を呼ぶオスカーの姿が、アリオスの胸に甘やかな歓びを与え続ける。
愛おしさが募る。もう押さえようのないほどに……。
「オ…スカー、愛して…る」
己の心の欲するままに紡ぎ出されたアリオス告白は、快楽に身をまかせ、朦朧としていたオスカーの瞳に強い光を宿らせた。
視線を絡ませると、自信に満ちたいつもの笑みが唇に浮かぶのが見えた。
『わかっている』氷蒼の瞳はそう告げていた。
アリオスの背中に稲妻のような旋律が走る。
――ああ、そうだ。この瞳に俺は捕らわれたのだ。
緋色の髪に魅入られて、氷蒼の瞳に捕らわれて、この身体に狂わされた。
全てを求め、奪い尽くしても、まだ足りないほどの独占欲。
全てを受け止め、差し出されても、なお満たされない己の欲望。
「愛、してる…お前だけッ…!」
振り絞るような叫びと共に一段と大きく突き上げると、アリオスはオスカーの内壁に己の欲を解き放った。
同時に熱い精を解放するオスカーの身体を、アリオスは折れるほど抱き締める。まるで『逃がさない』とでも言うかのように、凄まじい力で締めつけた。
「うッ…!」
一瞬、苦痛の悲鳴を漏らしたオスカーは、痙攣を繰り返す身体をアリオスにあずけながら、白濁した意識をアリオスの腕の中で手放した。
オスカーの耳には、先程のアリオスの言葉が、幻聴のように木霊していた。
翌朝、痺れて動かない己の腰を叱咤しながら、オスカーはバスルームへと足を向けた。その原因を作った男は未だ夢の中だ。
オスカーは深い溜息と共に、己の中に燻り続ける情事の余韻をゆっくりと吐き出した。
シャワーを浴び終え、まだ乾き切っていない素肌にローブを羽織りながら、居間へと続くドアを開けると、目の前に映し出された光景にオスカーは目を見開いた。――そこには……
“二人分”の朝食が、居間のテーブルの上で熱い湯気を立て、館の主人を出迎えていたのだ。
オスカーの脳裏に、すっかり忘れていた昨夜の記憶が鮮やかに甦った。
全身が羞恥に染まり体温が一気に上昇する。しばらくは執事の顔をまともに見れそうにない。
爽やかな朝には似付かわしくない艶やかに染まったオスカーの頬を、朝の日差しが優しく照らしていた。