皇帝レヴィアスとの戦いに勝利し、宇宙にも聖地にも平和な日々が戻ってきた。
普段通りの日常の生活が静かに営まれる。
しかしオスカーの心だけは、いつまで経っても晴れることがなかった。
毎日の執務に精励しつつも、家路に着くと、毎晩のように大量の酒を飲み、深い絶望の溜息を吐き出す。そんなオスカーの只ならぬ様子を敏感に感じ取ったゼフェルは、オスカーを元気づけようと、あることを秘かに計画した。
それを言われたのは、ちょうど今日の昼の休憩の時間だった。
「なあオスカー。明日の夜、一緒に外界へ繰り出そうぜ」
この誘いの意図をオスカーは正確に理解した。
ようするに外界へ女を引っかけに行こうと言うのだ。オスカーの性癖を知り尽くしたゼフェルならではの励まし方に、オスカーも思わず苦笑を漏らさずにはいられなかった。
確かに皇帝が現われる前にまでは、外界の酒場で出会った女と一晩を共にすることなど多々あったし、あの旅の途中でも時間の余裕さえあれば、立ち寄った街で気に入った女を見つけてはベッドで朝まで過ごすことも少なくなかった。
だがそんな習慣も、レヴィアス……いや、レヴィアスのもう一つの姿であったアリオスとの秘められた関係によって激変した。
変わったのだ。抱く側の立場から、抱かれる側の立場へと……それも自分自身の意志によって。
あれ以来、一度としてオスカーは女を抱いていない。
毎晩にように身体は疼いて眠れずにいるのに、オスカーはそれを酒で誤魔化すことはしても、女を抱いて紛らわそうとは考えなかった。
いいや、考えつかなかったと言った方が正しいだろう。ゼフェルの言葉は、自分の男としての当然の欲求さえも、アリオスによって奪い取られてしまったことに気付かされる。
悔しさと同時に、言いようのない焦りがオスカーの胸に広がっていく。
そんな自分の心に急き立てられて、オスカーはゼフェルの誘いにyesの返事を返した。だが、何故か誰かを裏切ったような後ろめたさを感じてしまうのは否めない。
それが何なのか、オスカーは決して認めたくはなかったが……。
深い眠りの底を漂っていたオスカーの意識は、微かな気配によって無理矢理浮上させられた。
両目を開こうとした瞬間、全身が金縛りにあったように動かなくなった。自分の意志では、指一本たりとも動かすことが出来なくなってしまったのだ。
そんな恐怖の中、“何か”が自分の身体の上に覆いかぶさってくるのをオスカーは感じた。全身に冷たい汗が滲む。
しばしの静寂の後、その得体のしれない“何か”は、器用な手つきでオスカーの身体を弄り始めた。胸の先端を舌で転がし、指で愛撫を繰り返す。
「ぁ…」
慣れ親しんだその感触に、オスカーの口から甘い吐息が漏れた。
それは、オスカーが初めて身をまかせた男の愛撫とひどく酷似していた。
オスカーの脳裏に一人の顔が浮かぶ。「お…お前はッ!」
自分の身体を蹂躙する者の正体を確かめようとするオスカーの必死の問い掛けは、その“何か”の舌によって根こそぎ搦め捕られた。
「んッ…」
その間も“何か”の手は、オスカーの全身を舐めるように這い回りし、徐々に固さを増す身体の中心にまで達していた。そこをギュッときつく握りられると、熱い叫びに合わせてオスカーの背中が美しく弧を描いた。その姿に“何か”が息を飲むのが分かった。
「はっぁ…ん…ぁあッ…」
先走りの蜜が淫らな音を部屋中に振りまきながら、艶やかに濡れたオスカーの唇が魅惑的な喘ぎ声と共に次なる行為へと“何か”を誘う。
そんな媚態に誘われるまま、その“何か”はオスカーの脚を割り開き、奥に隠れている秘部へと指を伸ばした。
そこは男の訪れを待ちわびて、すでにヒクヒクと収縮を繰り返していた。
ズブリと指が挿れられる。痺れるような快感から逃れるように、オスカーは赤く色づいた唇を力いっぱい噛みしめた。
この快楽に飲み込まれるわけにはいかない。
確かめなければならない。この“何か”の正体を…。
目を開けることさえも自由に出来ない身体に苛立ちながら、オスカーは唯一自分の意志で動かすことが出来る唇を使って、再び“何か”に問い掛ける。
「だ…れなんッ…だ?お前……ああぁっ…」
だが、その“何か”は無言のまま、ただひたすらに愛撫の手を強くする。
かつての男の手の感触が、オスカーの頭をさらに激しく混乱させる。
――信じられない。
――認めたくない。
――そんなことは在り得ない。
しかしそうした葛藤は、溶かされた秘部に熱い楔を迎え入れた瞬間、理性ではなく身体がその事実を難なく受け入れてしまった。
それはまさしく、自分を裏切ったあの銀髪の男のものだったからだ。
怒りと戸惑いと悲しみを綯い交ぜにしたような気持ちを胸に、オスカーの身体は慣れ親しんだ情交に身も心も溺れて行く。
どんなに強がって見せても、やはりあの男への愛情を、自分の中から完全に拭い去ることは出来なかった。
だからこんなリアルな幻まで見てしまうのだ。
自分をこんなにも変えてしまった男に縋るような想いをぶつけては、一晩中、オスカーは幻夢の下で愉悦の涙を流し続けた。
長い夜が明け、空が次第に白み始めた頃、その“何か”はやっとオスカーの身体を解放した。
ゆっくりと“何か”が遠ざかる気配がする。
自由になった身体を起こしてその姿を目で追おうとした時、トロリと下肢に伝わる生暖かいものを感じ、オスカーの目は驚愕に見開かれた。
秘部から溢れ出る白濁した精液は、明け方まで続いたあの狂おしいまでの出来事が単なる夢か幻ではないことをオスカーにはっきりと告げている。
アリオスと袂を分かって以来初めて、オスカーは満ち足りた笑みをその唇に浮かべた。
オスカーの愛した唯一の男は、死んでもなお相手の全てを雁字搦めに束縛する。それも永遠に……。
それに捕まったのも自分なら、それを求めたのも自分なのだ。
全ては己自身が望んだこと。
オスカーの上気した薔薇色の頬を、朝の光が優しく照らす。
その熱が、あの男の唇の感触を思い出させて、オスカーの身体に小さな灯がともった。
――もう外界へは行けない。
今宵再び訪れるであろう“何か”を、自分は待っていなくてはならないのだから。
――その“何か”こそが、自分が欲する全てなのだから。