絶望と幸福の狭間で




「んっ…ぁぁっあああーーー!!」
 今夜、オスカーは何度目かの絶頂を迎えた。

 白濁した意識の中、身体の欲するまま深い眠りに就こうとするオスカーを、アリオスは軽く頬を叩いて覚醒を促す。

「くたばるのは早いぜ」
 言って、再び腰を強く打ちつける。
「うあーーっ!」
 すでに快感か痛みか、どちらともつかなくなった感覚に、オスカーは悲鳴を上げた。
「やめっ…ア…アリオス…も…っ無理…だ」
 苦しげな声で、切れ切れに訴えるオスカーの片足を持ち上げ、アリオスは太股の内側に情事の印を落とす。
「んんっ…」
「まだだオスカー、まだ足りねぇ」
 アリオスのそそり勃った凶器がオスカーの内壁を掻き回し、最奥を突き上げるたび、オスカーは全身をビクビクと痙攣させ、喉元を仰げ反らせる。
 その扇情的な媚態を、アリオスは満足げに目を細めながら眺める。

 ――忘れていられる。この時だけは……。

 自分が皇帝であることも、オスカー達と旅をする真の目的も、この旅の果てに待つ残酷な結末も…何もかも。
 全てを忘れて、ただこの男の媚態に酔う。この身体が齎す快感に溺れる。


「くっーー!」
 アリオスが、絡みつく内壁の最奥に己の欲を吐きだした時には、オスカーの意識はすでになかった。

 果てた自身をゆっくりと抜き去り、ぐったりとベッドに横たわるオスカーを見下ろす。その顔には疲労の痕跡がはっきりと表われていた。
 いい加減慣れたであろうこの行為に、オスカーが気を失うのだから、よっぽどだったのだろう。『無理をさせた』それは分かっている。それでも自分を止められなかった。


 アリオスは、身体をベッドへと沈み込ませ、緋色の髪へと手を伸ばした。激しい情事で湿った髪は、しっとりとアリオスの指へと絡みつく。
 初めて会った時から己の心を捕らえて離さない、燃えさかる炎の色。
 この色に目を奪われ、魅せられ、虜にされた。
“潮時”はとうに過ぎている。それなのに、何かしら理由を付けて留まり続ける自分に、部下達の不安は増すばかりだ。

 ――それでも離れられない。

『いっそオスカーごと連れ去ろうか』何度考えたかわからない。
 その度に湧き上がる絶望が、自分の浅はかな考えを打ち消し続けた。

 ――この男がそんなことを良しとするはずがない。

 アリオスは自嘲の笑みを浮かべる。
 初めは、エリスに生き写しであるアンジェリークに魅かれていく自分に歯止めをかけるため、一番気の合ったオスカーに手を出した。
 高い攻撃力を持つこの男を、快楽に溺れさせ、骨抜きにすることが出来たなら、大いに戦力を削ぐことになるだろうとの思惑と共に……。
 しかしそんな考えは、初めてオスカーの身体を抱いた時、自分を誤魔化すための単なる言い訳に過ぎなかったことを痛感させられた。
 本当に欲していたのはオスカーの愛情。だから執拗に身体を求めたのだ。
 気付いた時にはすでに遅かった。激しい後悔とそれを上回る幸福感……骨抜きにされたのは自分の方だった。

『この愛情を失って、果たして自分は正気を保っていられるだろうか?』答えの出ない疑問が浮かんでは消えてゆく。

 ――それでも終わりは確実にやって来る。

 最期を迎えるのなら、せめてオスカーの手であってほしいと願う自分に呆然とする。
 すでに宇宙の侵略ではなく、自分の“最期”を考えるようになってしまったのかと。

 こんなにも自分を変えてしまった男の寝顔に、懺悔を込めて触れるだけの優しいキスを落とす。

「愛してる、愛してる……オスカー」
 
 毎夜繰り返される愛の言葉が、切なげな声音に乗せて部屋中に響く。

「愛してる」

 愛しい温もりを掻き抱きながら、この男に憎まれる瞬間に怯える自分を忘れるかのように、ひとときの安息の闇へと己の意識を滑らせた。