危険な甘い香り




「帰るのか?」
 ベッドに横たわるオスカーを背後から抱き締めながら、アリオスは耳元で呟いた。
「ああ、たぶん2、3日のうちに、アルカディアを引き上げることになりそうだ」
「……そうか」
 緋色の髪に顔を擦り寄せながら、アリオスは返事を返した。
 少し拗ねたような声に、オスカーは苦笑を漏らす。
「週末には、出来るだけこっちに来るから」
 機嫌を損ねた恋人を宥めるように、オスカーは腰に回された腕をポンポンと軽く叩いた。

「いい女がいても、浮気すんなよ」
 言って、アリオスは抱き締める腕に力を込める。
「しない」
「ホントか?」
「当たり前だろ!」
「この件に関しちゃ、お前は信用ねぇからな」
「……」
 確かに、思い当たる節が大ありのオスカーには、反論する余地がない。
 趣味がナンパと公言する、自他共に認めるプレーボーイだ。
 しかし、苦悩の末、再びアリオスと結ばれたオスカーには、浮気する気など毛頭ない。

「浮気なんかしやがったら、許さねぇからな」
 そんな自分の気持ちも知らず、なおもしつこく絡んでくるアリオスに対して、オスカーの胸に悪戯心が沸き起こった。

「だったら、男だったらいいのか?」
 言って、悪戯っぽい光を瞳に閃かせながら、オスカーは前髪を掻き上げた。


 突然、その手をアリオスが乱暴に掴んだ。
 その異様な力の強さに、オスカーは怪訝そうに眉を寄せる。
 身を捩ってアリオスの顔を見たオスカーは、自分が最も危険な地雷を踏んでしまったことを悟った。そこには、怒りに燃えた碧と金の瞳があったからだ。
 咄嗟に身を引こうとするオスカーの身体を一瞬早くアリオスの腕が捕らえ、強引に俯せに押し倒し、両手首をバスローブの紐できつく縛り上げた。
「何をするつもりだ!アリオス!!」
 オスカーが上げる抗議の声も無視し、アリオスはサイドテーブルの引き出しに手を伸ばし、小さな小瓶を取り上げる。
 アリオスの手によってオスカーの双丘が押し広げられ、その奥の秘部に指が差し入れられる。
「あっ……」
 内壁が液に濡れる感触と共に、立ちのぼる甘い香りに、オスカーは軽い眩暈を覚えた。

「…な…にをした?」
「すぐに効いてくる」
 アリオスは、オスカーの耳元で囁く。
 その僅かな息が、自分の身体に普通ではない疼きを生み出し、その感覚にオスカーは驚愕する。

 ――何を塗られた?

 徐々に痺れるような疼きが、オスカーの全身を襲ってきた。
 硬くそそり勃った自身から大量の先走りの液が溢れ、シーツに染みを作り出す。
 オスカーは無意識のうちに、腰を揺らしながらシーツに自身を擦りつけた。
「んっ…はぁん…」
 欲情に濡れた声が、オスカーの口から漏れる。
「ソコだけで満足なのか?」
 オスカーの痴態を満足げに見つめていたアリオスの掌が、オスカーの腰を優しく撫でた。
 たったそれだけの愛撫で、媚薬を塗り込まれたオスカーの秘部は、ビクンビクンと収縮を繰り返しながら男の訪れを待ちわびて熱く熟れていく。
「あぁっん…んっ」
 自分でも信じられないような、男を強請る甘い声が部屋へと響く。
 羞恥に染まったオスカーの瞳から、膨れ上がった涙が鼻筋へと伝い落ちていく。
「ああぁ…はっぁ、ア…リっ…どうし…て」
 喘ぎと涙とが交じり合った声が、自分の秘部の周りを指でなぞる男の名前を呼ぶ。
 その声に、アリオスは意地悪く答えた。
「お前のココは誰のものだ?」

 その言葉に、オスカーは潤む目を見開いた。
「ちがっ…アリオス…あれは冗談……だ」
 必死に訴えるオスカーの声を、アリオスは悠然と無視する。
「素直に言えたら、お前の欲しいモノをやるぜ」
 その間もアリオスの手は、休むことなくオスカーの背中を這い回り、双丘を優しく揉みしだく。
 答えを促すようなもどかしい愛撫は、オスカーが言葉を返さない限り延々と続けられるだろう。

 ――もう、堪えられない。
 オスカーの身体は、もはや快楽の奴隷と成り果てていた。


「…アっ…リオ…のモノ…」
 身体を駆け巡る疼きに堪えきれず、オスカーはとうとう理性を手放し、切れ切れに答えた。込み上げる悔しさに、きつく唇を噛む。

 しかし、辱めはそれだけでは終わらない。
 手首の紐がほどかれ仰向けの体勢にされたオスカーは、アリオスの口から出る次の言葉によって、絶望の淵に叩き込まれた。

「何処が俺のモノなんだ?見せてくれなきゃ分からないぜ」
 涙で濡れた強ばる顔を、オスカーは必死で左右に振る。
 だが、アリオスは容赦なく言い放つ。
「見せなきゃヤレねぇな」
 オスカーの全身が、羞恥の色に染まった。
『それだけは許してくれ』と、オスカーは哀願の瞳をアリオスに向ける。
 でもアリオスは許さない。
「そんな目は、ますます男の欲を煽るだけだぜ、オスカー」
「ぁ……」

 アリオスの瞳に、本気の色を見て取ったオスカーは、震える手を屈曲させた膝の裏に滑り込ませると、脚をゆっくりと割り開いた。
 アリオスの目の前に、晒け出される秘部。
 オスカーの腰を支えるように手を添えたアリオスは、男を求めて蠢く入口を凝視したまま動かない。
 オスカーは身体を小刻みに震わせ、硬く瞼を瞑りながら、この屈辱的な視姦に堪えていた。
 が、それも限界だ。
「もっ…許し…て」
 悲痛なオスカーの訴えに、アリオスはようやく自身をオスカーの秘部にあてがい、何かに突き動かされるように一気に貫いた。

「わったかオスカー、お前の全ては俺のモノだーー!」

「ぁぁあああーーーっ!」
 待ちわびた熱の塊に、オスカーは快感に身悶える。
 激しく突かれ、身体を大きく揺さぶられる。
 結合部分が灼熱の炎で溶けていくような、不思議な感覚に捕らわれた。
 もう、何も考えられない。ひたすら快感だけを追い続ける淫らな身体は、オスカーの自尊心をズタズタに引き裂いていった



「怒んなよ、オスカー」
 甘えるようなアリオスの声に、オスカーは冷たく背を向ける。
 薬を使って、散々苛められ、啼かされたのだ。怒って当たり前だ。
「ほら、こっち向けって」
「……」
 肩に乗せたアリオスの手を、オスカーは身を捩って振りほどく。
 そんなオスカーの頑な態度に、今度はアリオスが逆ギレする。
「もとはと言えば、お前が男と浮気することを匂わすからだろーが!!」
「冗談だと言っただろう!それに、俺がお前以外のヤツに身体を許すと、本気で思っているのか?」
「思っちゃいねぇ!それでも…ッ」
 アリオスが一瞬言葉を詰まらせる。
「それでもだ。他の男が、お前の身体に触るのを想像するだけで……俺は気が狂いそうになる」
 小さく震える手が、オスカーの背中に、まるで縋るように伸ばされた。

 たったそれだけのことで、怒りを和らげてしまう自分に、オスカーは小さくため息をついた。
 ――自分は、つくづくアリオスに甘い。

「もう二度と、こんなことをしないと約束出来るか?」
 オスカーは身体を仰向けにし、アリオスと視線を合わせる。
「たとえお前でも、あんな風に抱かれるのは……二度とご免だ」
「悪かった。もう二度としねぇ……」
 くっきりと涙の跡が残る痛々しい頬に、謝罪の意味をこめて、アリオスは優しくキスを落とす。

「そのかわり絶対浮気すんなよ。女とも男ともだ!」
 この期に及んで、まだしつこく絡んでくるアリオスに、オスカーはいい加減うんざりしながら言い放った。

「だったら、毎晩でもお前が見張りに来ればいいだろう」と。 


 情事の余韻に浸りながら、気怠そうに身体をあずけてくる恋人の肩を、アリオスは包み込むように優しく抱き締める。

 ――離さない、絶対に。
 ――渡さない、誰にも。

 アリオスの強い想いは、オスカーの身体から立ち昇る媚薬の甘い香りに包まれながら、夜の帳へと溶けていった。