「銀さん。やっと見つけましたよ。これじゃないですか」

 埃にまみれた棚の中から、ようやくリストにある品物一つを見つけた新八が、積み上げた箱の上に座り込んで目の前の棚から小箱を抜き取っては中を確認している銀時に見せた。

「おお、そりゃあ鏡だよな。えーと、椿の花が彫られてっから、小町の鏡?」

 リストの束を一枚一枚めくって、それが間違いないかを銀時が確認していく。

「銀ちゃん、ここ、ほんとに掃除してないアルね。あちこち蜘蛛の巣だらけネ」

 梯子をのぼって、蔵の上にある箱を調べていた神楽が、頭に蜘蛛の巣をつけたままヌッと顔を出した。

 蔵は予想以上に大きく、中に収められたものの数はうんざりするくらい多かった。

 この中からリストにあるものを探し出して、前もって持ち込まれていた箱の中におさめていくのが、今回の仕事だった。

 手間も時間もかかる仕事ということで、報酬は実は破格だったりする。

 丁度家賃の集金とかちあって、それまで溜めていた分と借金を返してもまだ、二人の子供たちに一応給金を払ってやれるくらいに。

「神楽ぁ、上であまり暴れんなよ。さっきから埃が落ちてきて、たまんねえぜ」

 咳きが止まんねえよ。

「だって、仕方ないアル。全部箱開けて見なくちゃいけないし。高いとこはジャンプして取るネ」

「踏み台があんだろが!」

 ジャンプすんなあぁぁ!板が抜けたらどうすんだ!

「あ、僕も上見てきます。小物類は上みたいだし。リストもらえますか」

 おう、と銀時が小物類のリストを渡すと、新八は梯子を上っていった。

「くそ〜〜達筆すぎて、何書いてんだかわかりゃしね〜〜」

 掛け軸の束を箱から出したはいいものの、どれがリストにあるものかわからず銀時はガリガリと頭を書いた。

 既に銀時の銀色の天パは埃だらけだ。

 隅っこにあった箱の蓋を開けた神楽は、一番上にのっていた人形に目を輝かせた。

 それは、綺麗な薄紅の花の模様の着物を着た、愛らしい日本人形だった。

 うわあ〜と神楽の青い瞳が嬉しそうに輝く。

 新八はというと、意外なものを見つけたのか木箱の中をゴソゴソとかき回していた。

 

「蔵に明かりがついてるな」

「夕方に様子を見に来た時にはもう、中に人の気配がありました」

 山崎が状況を報告すると、塀の上によじ登っていた真選組は音を殺しながら庭へと飛び降りた。

 見張りが屋敷内を回る時間帯は、ほぼ一律でそのことは既に山崎が確認済みである。

 ついさっき蔵の前を見張りが通ったので、一時間は誰も来ない。

 いるのは、蔵の中で作業している者と、おそらくは攘夷志士。

「行くぞ」

 茂みに身をひそませて蔵の様子を確かめていた土方が突入の指示を出す。

 二人の隊士が先に蔵まで行って両端に分かれると蔵の戸を開けた。

「真選組だ!ご用改めである!そこを一歩も動くんじゃねえ!」

 大声で怒鳴りながら蔵に入った土方は、中にいた男と目が合って固まった。

 なにアル?とピンク髪の見たことのある女の子が顎を梯子にのせて下を覗き込む。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「なんでテメーがいるんだぁ!?」

「そりゃ、こっちの台詞!何?ご用改めってなんなの!銀さん、なんか悪いことした!?」

「旦那ァ。ここで何やってんです?」

「何って仕事。総一郎くんまで来て、いったい何事?」

「仕事の邪魔しに来たんなら、容赦しないアルよ、くそガキ」

「クソはおめえだ、チャイナ」

 早速眼の飛ばしあいを始めたガキ二人は置いといて、土方は眉間に皺を寄せながら蔵の中を見回した。

「おい。この蔵ん中は、まさかテメーらだけか?」

 そうですよ、と答えたのは神楽の後ろから顔をだした新八だった。

「眼鏡までいんのかよ。ホントに仕事なんだな」

「そう言ってんだろ。おめーら、場所間違えてんじゃないの?」

「・・・・・・」

 土方に視線を向けられた山崎が、慌ててここに間違いないと答えた。

 江津屋の蔵に、長崎から届いた荷が運び込まれたのを、ちゃんとこの目で見たのだ。

「おい、万事屋。ここにデカイ箱がなかったか?」

「あるよ。蔵の中にあるもんを整理して入れておくように言われた箱が」

 今はまだからっぽね、と銀時が言うと土方の眉間の皺がさらに深くなった。

「チッ。ダミーか!」

 昨夜のうちに、中身はどこかに運ばれたのだ。

 それを、まだ蔵にあるかのように見せるために、こいつらを雇った。

「すみません、副長〜〜俺がもう少し見張ってていれば」

「山崎。おめえが探ってたのはとうにバレてたようだな」

 くっそおぉぉぉっ!

 土方が悔しげに顔を歪めるのを、銀髪の万事屋主人はさほど興味なさげに眺めた。

 つまり、ここの蔵に真選組が犯罪の証拠として目をつけたものがあったということだろう。

 いったいなんなのかは知らないが、銀時らが仕事を始めた頃にはもう運び出された後だった、と。

 ま、気の毒っちゃ気の毒だが。

 しかし、そんなのはこっちには関係ないことだ。

「土方さん。こうなったら、直接当たった方がいいですぜ」

 まあ、そんな簡単に吐いちゃくれねえでしょうが。

 ってか、ダミーを使うくれえだから、あちらさんはとっくにこっちの状況を読んで準備万端で待ち構えているとか。

 銀ちゃあん、と突然の闖入者などどうでもよさげに上でごそごそやっていた神楽が、腹ばいになりながら右手を下ろした。

「コレなにアルか?骨董にしては新しいアル。時計みたいに数字が出てるアルけど」

 あァ?と神楽に呼ばれて顔を上げた銀時は、その手の先にある物を見てギョッとなった。

「かっ神楽ぁぁ!んなもん、どっから持ってきた!?」

「どっからって、箱の後ろに転がってたネ」

「神楽ちゃん、それっ!」

 一緒に上にいた新八も気づいて、甲高い声を上げた。

 蔵を出て行きかけていた土方たちも、万事屋の面々がふいに騒ぎ出したので振り返り、そしてやはりギョッと顔を引きつらせた。

「おいっ!何持ってんだ、おめえ!?」

「バカ!神楽!捨てろ!あ・・捨てんなっ!こっち寄こせ!」

 腰を上げた銀時が叫ぶと、神楽は首を傾げながら、ほいと持っていた球体を下に落とした。

 銀時はショックを与えないように受け止め、それが危険物であることを確かめる。

(げっ!なんなの?もう五分切ってんじゃん!)

「土方くん、パース!」

 銀時はくるっと向きを返ると、蔵の入り口に立ったままの土方に向けて球体を投げた。

「わっ!バカッ!こっちに寄こすな!」

 土方はいきなり放ってこられた球体を慌てて受け止める。

「ひえっ!やっぱ、それって爆弾・・・!」

 山崎が土方の手の中にあるものを見て悲鳴をあげ、他の隊士たちも逃げ腰になった。

「神楽!新八!隅に寄って伏せてろ!動くなよ!」

「てめえらも離れて伏せてろ!」

 言って土方は蔵からできるだけ離れた。

 しかし、ここは屋敷が多いのでどこにも投げられない。

 いっそ、庭の池にでも投げるかと思うが、それでも衝撃は大きい。

「土方!上に投げろ!」

 土方を追って蔵から出てきた銀時が叫ぶ。

「チィ!しょうがねえか!」

 土方は残りの時間を確かめ、タイミングを合わせながら思いっきり手に持った爆弾を上へ放り投げた。

 それにあわせるようにして、銀時が手に持っていた掛け軸を投げる。

 掛け軸は爆弾に当たって、さらに上に押し上げた。

 閃光が走り、轟音とともに激しい衝撃がビリビリと空気を振動させた。

 木々が悲鳴を上げるように枝をしならせる。

 そして、光と衝撃がおさまりホッとした時、今の自分たちの状態に気がついた。

 掛け軸を投げた瞬間、土方が間髪を入れずに銀時に飛びついて共に地面に伏せたのだ。

 咄嗟の判断としては良かったが、落ち着くと、それは土方が銀時を地面に押し倒している図となっているわけで。

 二人は同時に、うえっと顔を引きつらせたが、銀時は破片で頬や腕が切り裂かれ血がにじんでいるの土方を見て心配そうに目を瞬かせた。

「大丈夫か、万事屋。怪我は?」

「ねえよ。怪我したのはおめえだろ。大丈夫か?」

 ああ、と土方は肩をすくめ、銀時からゆっくり離れた。

「てえしたことねえ。なんか、またてめえを巻き込んじまったようですまねえな」

「え?や・・・巻き込まれちまったのかな、これって?」

 銀時は身体を起こしながら、う〜ん?と考え込む。

 狙いが真選組なら、確かに巻き込まれたんだろうが。

「副長!」

「銀さん!」

「銀ちゃ〜ん!大丈夫アルか!?」

 沖田・山崎ら新鮮組隊士と一緒に新八と神楽が駆け寄ってきた。

 銀ちゃん!

 神楽が叫びながら銀時に飛びついた。

「ちぇ・・無事だったんですかぃ」

「なんだ、その残念そうな口振りは。あっちみてぇとはいかねえが、ちったあ気にしやがれ!」

「副長〜〜無事で良かった〜〜」

 山崎が半べそかきながら安堵の声を上げると、三人の隊士も一様にホッとした顔になった。

「おい、神楽。なんだ、それ?」

 銀時が神楽の抱えているものを指差して尋ねる。

「人形アル」

「いやいや、それはわかってるけどね。どうしたって聞いてんだけど」

「蔵ん中にあったネ。騒ぎでつい持ってきちゃったアル」

 あの・・僕も・・・・と新八がしっかりと抱えていたものをおずおずと出して見せる。

 それは、誰もが一度は見たことがあるだろう、今人気のアイドル歌手、寺門通の写真集だった。

「なに。おまえ、んなの持ってきてたの?」

「違・・っ!僕のじゃありません!これ、蔵の中にあったんですよ。だいたい、この写真集は試し刷りで一般には出回ってないやつなんです!」

 確か十冊ほどしか刷ってなくて、まさに超レアもの。

 試し刷りだから、市場には一切出回っていない。

 なんか問題があって発行延期になり、その後出た写真集にはかなりの写真が削られていたという。

 あることは知っていたが、絶対見ることは叶わないと最初からファンは諦めていた代物だった。

「なんで、そんなもんが蔵ん中にあんだよ」

「知りませんよ」

 他にも生写真が数枚・・・と新八に見せられわけがわからない。

 確か、ここ何十年ほったらかしの蔵だったのではないのか。

「やっぱり、返さなきゃいけません?」

 絶対離したくないというのがバレバレの新八だが、それでも他人のものを勝手に自分のものにするというのはどうしても出来ないのだろう。

 そういう所は真面目というか。

「もらっとけ」

 土方が、あっさりと返した。

「蔵ごと破壊するつもりだったんだ。いらねえってこったろ」

「ああ・・・まあそうね。ほんとだったら、燃えてなくなってたもんだしぃ。もらっといてもいいんじゃね?」

 銀時だけでなく、真選組の土方までがもらって構わないと言ったので新八も神楽も喜んだ。

「あ、でも!もし持ち主が返せと言えば返しますから」

 一応、預かっておくだけだからと新八は言うが、しっかと胸にだきしめた写真集は梃子でも離さないという執念が見える。

 神楽も、ひゃほ〜いvと歓声を上げながら人形に頬擦りしていた。

「勝手にしろ。俺たちは江津屋を探す。てめえには聞きてえことがあるから、家にいろよ」

「あぁん?家にいろって、いつまで」

 仕事来たら出てくぜ?

「電話する。仕事の依頼が来ても断れ」

 ええ〜!と銀時は嫌そうに眉間に皺を寄せるが、土方は構わずに母屋の方へと向った。

「旦那ァ。手土産持っていきやすから。お詫びも兼ねてでさあ」

 確かに、ここ何回か真選組のとばっちりを受けている。

 侘びはまあ、当然かな、うん。

 沖田の背中も見えなくなってから、銀時は子供たちを見た。

 二人とも危険な目にあったということはもう全く頭にないらしく、戦利品(?)を抱えて喜んでいる。

 特に新八の喜びようは、銀時でさえ引くほどである。

 そして、人形を抱いてる神楽は、いつもの生意気度が見えなくなるくらい可愛らしい。

「おめえでも人形が好きかよ」

 確かに可愛いもの好きという傾向はあったが。

 考えてみれば、まだ十四の少女だ。

「人形ならなんでもじゃないアルけど、この人形は特別アル。一目惚れネ」

「へえ」

「もうわたし、サダコにメロメロよ」

「・・・・・へえ」

 サダコって何?なんか呪われそうな名前なんですけど。

 いやいや、世の中、サダコって名前の女は一杯いるけどね。

 でも、サダコって聞いちゃうと、やっぱアレ思い出しちゃうでしょ・・・・

「定春がいるから、定子アル」

「あっそ」

 おまえのネーミングって、みんな”定”がつくわけ?

「あ、銀さん、仕事どうするんですか?まだ途中ですけど」

「やるわけねえだろ。人を蔵ごと爆破しようとしやがって」

「でもお金先にもらってるし」

「おまえね。人良すぎ。あの金は慰謝料としてもらっとけばいいんだよ。ほれ、帰るぞ」

 

 

 

 今宵は満月。

 船宿の一室から川面に浮かぶ金色の月と共に愛でながら、隻眼の男はブカリと煙管の煙を吐き出した。

 いい月だ、と高杉晋助の隣で同じように障子窓の枠に腰掛けた男が、薄く笑みを浮かべながら呟いた。

 男の手にも煙管があり、やはり月をながめながら煙を細く吐く。

「流れる川の水は、常に同じではないというが、まさに時の流れそのものだねえ」

「てめえらしくねえ風流な言い回しだな、薬屋。何か悟りでもしたか」

「悟りねえ」

 高杉が薬屋と呼んだ青い着流し姿の男は、眠そうに目を細めた。

「そろそろ、白いあの子に会いに行くかねえ、と思ってさ」

 途端に眉間に皺を寄せた高杉に、薬屋は、くすっと笑った。

「おまえも会いたいだろうが、もう少し我慢な」

 フン、と高杉は鼻を鳴らす。

「そういう顔をしてると、昔のままだな。え?くそガキ」

「てめえにもう、くそガキと呼ばれる年じゃねえよ。だいたい、四十にもなろうって男が、何ガキの顔してやがんだ」

 ひでえな、と男はくくくと肩をすくめて笑う。

「ま、確かに四十になるがねえ」

 そう言って喉を鳴らして笑う男は、まだ三十そこそこにしか見えない若々しさだ。

 まだ松陽が生きていた頃、よく訪れていた時のままに。

「いやあ、浦島太郎とはよく言ったもんだ。目覚めてみれば、江戸はとんでもなく変わってるわ、くそガキ共はデカくなってるわ。驚いちまったよ」

「何抜かしやがる。驚いたのは、こっちの方だぜ」

 高杉たちが慕い敬愛してやまなかった松陽が亡くなる前年から唐突に姿を見せなくなった薬屋だったが、高杉の鬼兵隊が幕府の粛清にあい京へ逃れてまもなくバッタリと京の町で再会した。

 祇園で声をかけてきた男のその姿は、子供の頃、くそガキ共と悪態をつきながらもよく相手をしてくれた頃とあまり変わっていなかった。

 死ぬ一歩手前までの大怪我をしてねえ、と男は言った。

 傷が治って動けるようになるまで、十年近くかかったのだと、男は笑いながら高杉に言ったのだが。

 それで、どうして十年の時が止まったのかという説明はなしだ。

 だが、松陽の幼馴染みだった薬屋の正体を知れば、ある程度納得がいく。

「一年も前からかぶき町にいながら、ただの一度も銀時と顔をあわせなかったのか」

「極力顔を合わせないようにしてたからねぇ。かぶき町は、そういうことが可能な町なんだよ」

 実に都合のいい街だ。

 まあ、時々は様子を見てたがねえ。

 ほんとに、あの天パのくそガキは無茶ばかりするから。

「しかし、紅桜ん時はさすがに焦ったねえ。まさか、おまえんとこの人斬りの一人があの子を襲うとは予想外だったからなぁ」

 俺じゃ手に負えないから、おまえを連れに全力疾走だ。いやあ、まいった、まいった。

「おかげで、寿命が二年分は消えたぜ」

 言って高杉がフンと鼻を鳴らす。

 どうでもいいことだが。何もせずおとなしくして、長く生きていくつもりはさらさらない。

 高杉は煙管を離し、月に向って、ふぅと煙を吐いた。

「大事に使ってくれてるじゃないか、その煙管」

「そりゃあ、おめえから奪いとった戦利品だからなぁ」

 目を細め、ニヤリと笑いながら高杉が言うと、薬屋は思いっきり顔をしかめた。

「だよなぁ・・・再会した時、一番高ぇのをねだりやがって」

 てっきり、忘れてると思ってたんだがなぁ。

 高杉は、フフンと笑った。

「忘れるわきゃねえだろ。おめえを見つけたら、絶対に買わせようと目をつけてたんだからなぁ」

「やっぱ、いい性格してるよ、くそガキ」

「くそガキで結構。それより、てめえを追ってる天人がいるだろ。真選組に協力もとめたって聞いてっが、銀時に会いにいっていいのかよ」

 薬屋は、おや?という顔で高杉に視線を向けた。

「知ってたか」

「情報はつまんねえことでも逐一入ってくんのさ」

「いい部下をもってるなぁ」

 大事にしろよ、と薬屋が鼻を鳴らす。

「ま、心配ねえ。奴ぁ、俺を見つけられねえよ。今の俺を知らねえからな。だいたい、情報を流したのぁ俺だからなぁ」

「そうかい。てめえはてめえで勝手に楽しんでるってわけか」

「計画の一部さね。切り札の一つってやつかな」

 おまえの、その左目と一緒だ、と薬屋は片方の肩をくいと上げて見せた。

「おまえが気になるのは俺のことじゃなく、真選組だろうが?珍しく銀時が懐きかけてるからなぁ」

 鬼の副長殿、だったか。

「あぁん?何気色わりぃことを言ってやがる、薬屋。いい加減にしねえと、殺すぞ」

 くくく・・・と薬屋は喉を低く鳴らしながら笑った。

「俺ぁな、松陽が好きだったぜ。あいつがいれば、この星もまんざら悪かないと思うくらいにな」

 松陽を死なせた奴らに思い知らせてから、この江戸を灰にしてやろうかと思ったんだがなぁ。

「おまえらがいちゃ、それもできない。おまけに、松陽の手紙まで見ちゃあな」

 やっぱり、今も尻にしかれたままよ、と薬屋は苦笑した。

 

 

 通報を受けて現場に駆けつけた土方と沖田は、入り口で腰が抜けたように真選組の到着を待っていた宿の従業員の指が上を指すと、部下たちを引き連れて階段をのぼっていった。

「こりゃあ・・・」

 部屋の中を見た途端、さすがに土方たちも息を飲んだ。

 攘夷志士らしい侍たちが八人、血の海の中で息絶えていた。

 むっとするような血の匂い。

 隊士の何人かは、その惨状に顔を背け、吐き気で口を押さえた。

 昨日の昼からこの部屋を借り切っていたという侍たちだが、朝になって女中が様子を見に行った時、既にこの状態になっていたという。

「こいつら、呼ぶまでは絶対に部屋に来んなって宿のもんに言ってたんで、朝まで誰も二階には上がんなかったそうですぜ」

 ちっと土方は舌を鳴らす。

「宿のもんは物音に気づかなかったんかぃ」

「こいつら、酒飲んでるし、少々の物音や喚き声くれえなら、宿のもんも気にしなかったんじゃねえですかねぇ」

「皆殺しだぞ!殺ったのが何人かはわからねぇが、酔って暴れたくれえじゃねえだろが!」

 んなこと言われても、と沖田は肩をすくめると、死体の状態を確かめるために部屋の中へ足を踏み入れた

 できるだけ血に濡れてない場所を選ぶが、それでもすぐに靴下は赤く染まる。

 今回連れてきた隊士は、入隊してまだ日が浅く、こういう現場を見慣れていない者ばかりであったから、沖田のように平然と部屋の中に入れる根性はなかった。

 土方にもそれはわかっているから、青い顔をしている隊士たちを怒鳴りつけるようなことはせず、宿の客と従業員に話を聞いてくるように命じてそこから追っ払った。

「ひえ〜、こいつぁすげぇや。どれもスッパリ。一刀のもとに斬られてやすぜ。殆ど声も上げないまま絶命したんじゃないですかぃ」

 死体のそばに屈みこんだ土方も、沖田と同様の感想を持った。

 おそらく、一瞬のうちに全員が斬られた。

「こう・・こうで、こう・・・かな」

 倒れている攘夷志士たちの状態から、沖田は斬られた順番と犯人の動きを組んだ手で再現してみる。

 だが、そう簡単なものではなかった。

 少なくとも、沖田にはこの動きは真似できない。

 これを成した人間がいかに凄腕かがわかる。

「これ、やったの鬼かよ」

 真選組で一番剣の腕がたつ沖田にそう呟かせる犯人に、土方は険しく眉間を寄せた。

 血はまだ完全に乾いてはいないが、それでもこれが行われたのは一時間や二時間前のことではない。

「まだ、こいつらが宴会やってる頃に襲われたってか」

「しかも、切り口が皆同じってこたあ、やったのぁ一人。しかも、返り血、そんな浴びてねぇかも」

 犯人の足跡らしいものが見つからないのは、返り血を浴びる前に退いているからだ。

 奥から手前に流れるような動きで連中を切り伏せている。

「これ、前に鬼兵隊と名乗って人襲ってた侍が殺された時と同じですぜ」

「同じ下手人ってことか」

 くそっ・・・血の匂いで咽そうだぜ。

 土方は部屋を出ると、煙草を口にくわえ火をつけた。

「ああ、俺もなんか口にしてえな。土方さぁん。団子食ってきていいですかぃ」

「駄目に決まってんだろがっ!」

 仕事しろ、仕事!何サボること考えてやがる!

 ちぇっと沖田はつまらなそうに舌打ちする。

「やっぱ、下手人捕まえねえと駄目ですかぃ。なんか、すげぇヤバイもん感じんですけど」

 沖田は、こめかみを指でコリコリかきながら目を細めた。

「確かにな。こいつぁ、これまでにねえ相手だ」

 真選組として、数多く攘夷志士を相手に戦ってきた土方でさえ、そう思う。

 何か身を貫くような鬼気迫る殺気を感じる。既にこれを成した下手人はいないというのに。

 江戸で活動をしている攘夷志士の筆頭は、やはり桂小太郎率いる攘夷党だろう。

 今でこそ穏健派となった桂一派だが、以前は過激なテロを繰り返していた。

 しかし、ここまで身体が竦むような印象を抱いたことはない。

 陰惨な殺戮者でまず思い浮かぶのは高杉晋助だ。

 攘夷志士の中で最も過激だといわれる男。

 その高杉晋助は、今江戸のどこかに潜伏しているはずだ。

 こいつをやったのは鬼兵隊か?

「土方さん。やったのぁ、高杉ってのもアリかもですけどねぇ。なんで攘夷志士殺んのか理由わかんないですけどぉ?こいつら、なんか高杉の逆鱗に触れるようなことやったんですかぃ」

「んなの、わかるかよ」

 殺られたのは攘夷志士なら、こいつらに恨みのある奴か、もしくは・・・・

「痺れ切らした幕府とか、もしくは天人とか」

「仮定をベラベラ喋ってんじゃねえ!てめえは、推理小説マニアか!」

 あ・・と沖田は今気づいたというような顔をした。

「今日、火サスの再放送あるんだった。やべ、予約忘れた」

「予約忘れたって、おめえ!三日前にやっとくって言ってたろうが!今日のはトラベルミステリィの最高傑作と言われてたアレだぞお!」

 やべえやべえ、と沖田は頭をかくと、くるっと向きを変えた。

「んじゃそういうことなんで、予約しに屯所に帰りまさあ」

 ごらぁぁっ!と土方は沖田の首ねっこをつかまえた。

「バカ言ってんじゃねえ!帰らすかあぁぁぁ!てめえにはまだ仕事あんだよ!」

 土方は沖田を捕まえたまま階段を下りていった。

 階下では当然のことながら宿の従業員や泊まり客が騒然となっていた。

 遅れていた山崎の姿もその中にあった。

「おう、どうだ山崎。なんかわかったか」

「あ、副長!お疲れさまです!わかったっていうか、誰もわからなかったというのが真実のようでして」

「あぁ?なんだ、そりゃあ」

「誰もそれらしい人物を見てないんですよ。おまけに、八人も殺されたっていうのに、誰も気づいてないんですからもうお手上げです」

「従業員や昨夜からいた泊り客はちゃんといるんだろうな」

「はい。全員確認しました。泊り客で出ていった者はいません。従業員は何人か交代で帰ったようなんで、そっちには確認のために二人行かせました」

「そうか・・・・ってこたあ、やはり外から来た奴が」

「あれ、旦那ぁ?」 

 土方に今だ襟首をつかまれていた沖田の目が丸く見開かれた。

 ハッとして顔を上げた土方の目が、入り口の暖簾の隙間から何事かと覗き込んでいた銀時の目とかちあった。

「万事屋!てめえ、何してやがる!」

「何って」

 仕事、と銀時は手に持っていた岡持ちをヒョイと上げてみせた。

 岡持ちには、くるくる亭とある。かぶき町にあるラーメン屋だ。

 着ているものも、いつものイカれた格好ではなく、ちゃんとラーメン屋の店員の格好だ。

「俺らが行くまで家にいろっつったろうが!何フラフラ歩き回ってやがんだ!」

「仕事だっつーてんだろうが!おめえらのように、安定月給もらってんじゃねえんだ!仕事の依頼なんざめったにねえんだから、くればやるに決まってんだろが!」

 突っかかる土方に、銀時も負けずに言い返す。

「てめえの相手は後だ、後。まっつもっとさ〜ん!くるくる亭ですけどお〜」

 銀時が騒然とした雰囲気などものともせずに、宿の中に向って大声でラーメンを頼んだ客を呼ぶと、奥の方から従業員らしい男が申し訳なさそうに出てきた。

 どうやら、そいつがラーメンを頼んだ人間らしい。

「お待ち。ラーメン二つとギョウザ二人前」

 銀時は岡持ちからラーメンとギョウザを出して男に渡した。

 頼んだのは、多分二階のことを知る前だろう。

 現場を見てないならいいが、もし見たのなら、それは腹ではなくゴミ箱行きの憂き目にあうに違いない。

「で?事件?すげえ、血の匂いしてんじゃねえ?」

「てめえには関係ねえ。さっさと仕事すませて家に帰れ。今夜行くからな」

 へえへえ、と銀時は肩をすくめると、空になった岡持ちを抱えて宿から出て行った。

 

 

「あれ?銀さんじゃね?何やってんの」

 カウンターでラーメン食べてた長谷川は、岡持ち持って配達から戻ってきた銀時を見て、サングラスの奥の目を瞬かせた。

「何って、仕事。昼の店員がギックリ腰で、ピンチヒッター頼まれたんだよ」

「そりゃあ、大変だなあ」

「銀さん。帰ったとこ悪いんだけどね、また配達行ってくれるかい」

 店の奥さんが、ラップをかけたラーメンとチャーハンをカウンターに置くと、銀時はへーいと答え、それらを岡持ちに入れていった。

「銀さん、銀さん。仕事何時までだい?今日はパチンコで大勝してさあ。一緒に酒飲まねえ?奢るからさあ」

 おvと銀時は目を輝かせた。

「いいね、いいねえ。夕方交代すっから、ちょいと待っててくれよ」

 銀時は嬉しそうに言うと、また岡持ち抱えて配達に出て行った。

 

 仕事を終えた銀時は、待っていた長谷川と連れ立って居酒屋に入っていった。

 奢りとなると気分が大いに盛り上がる。

 しかも、飲み仲間として定着した長谷川とだからテンションも上がりまくりだ。

 そういや、と長谷川と酒を酌み交わしている時、ふと今夜なんかあったっけ?とか思ったりしたのだが、すぐに思い出せない用事ならたいしたことないのだろうと、銀時は気にせず焼き鳥を口に入れた。

 長谷川とバカ話をし、ケラケラと笑いながら酒を飲んでもうかなり出来上がっていた銀時は、ふと隣から声をかけられた。

「ご機嫌だねえ、にーさん。俺のも一杯どうだい?」

 いつの間にか銀時の隣に座っていた男が、銀時の猪口に自分の酒を注いだ。

 あまりに静かだったので、いつ隣にきたのか銀時は気づかなかったのだが。

「あ、ども」

 銀時は軽く会釈して注がれた酒を飲んだ。

 おおvと銀時は目を瞠る。

 自分たちが飲んでた酒とは明らかに違う。かなり上等で美味い。

 一人で飲んでいた青い着流し姿の男は、ニコリと銀時に微笑んだ。

 年は銀時と同じくらいか少し上という感じの若い男。

 前髪を赤と紫のメッシュに染めた細面の整った顔立ちの男だった。

「あれぇ?おたく、なんか、見たことある顔・・・・会ったことあったっけ?」

「ああ、覚えててくれてた?」

 嬉しいねえ、と男は銀時に向けて笑った。

 やっぱ会ってる?

「あ、言うなよ。思い出すから」

 え〜と・・・・

 眠いのか、トロンとした目をこすった銀時は眉間に皺を寄せて首を傾けた。

 誰?誰だった?確かに記憶のどこかにある顔なのだが。

「ゆっくり思い出せばいい、銀時」

 は?

(俺を銀時と呼ぶ奴は・・・・)

 男はニコニコ笑いながら、空になった銀時の猪口に酒を注いだ。

 銀時はそれをグイと一気に飲み干して、男の顔をじっと見つめる。

 そして、酔って赤く染まった目を見開き、あ・・・と小さく声を出したかと思うと、ガクリと力が抜けたように前につんのめった。

 すかさず隣の男が手で支えていなければ、思いっきりカウンターに頭をぶつけていた所だ。

「おい、銀さん!」

 驚いた長谷川が椅子から腰を浮かして覗き込むと、男に肩を支えられた銀時からは、すーすーと気持ち良さげな寝息が聞こえてきた。

 長谷川はほっとすると同時に呆れた表情になった。

「おいおい・・もう潰れちまったんかい」

 あ、でも結構飲んだかな、とひぃふぅみぃ・・と目の前に並んだお銚子の数を数える。

 まあ、普通よりは飲めるだろうが、もともと銀時はザルなほど酒に強くはない。

 銀時は酒が好きというより、楽しく喋りながら酒を飲む雰囲気が好きなようだった。

 う〜ん、と長谷川はガリガリと頭をかいた。

「もう、帰った方がいいかな」

 軽く揺すってみたが、銀時に起きる様子はなかった。

「あんた、銀さんの知り合い?」

 二人のやり取りを漏れ聞いたとこでは、どうも知り合いらしいと踏んで長谷川が男に訊いた。

 まあね、と男はニッと笑う。

「じゃ、わりぃんだけどさ、銀さん家まで送るの手伝ってもらえるかなぁ」

 自分が誘った手前、酔った銀時を放って帰るわけにもいかず、といって酔いつぶれた男を連れ帰るのは一人じゃかなり骨がおれる。

「いいぜ。かぶき町の万事屋か?」

「ああ、やっぱ知ってんだ」

 知り合いらしいとは思えたものの、この男に見覚えがないため心配だったが、ちゃんと銀時の素性を知っているなら大丈夫だろうと長谷川は安堵する。

 男と長谷川は銀時の両手をそれぞれ肩に回して、引きずるように居酒屋を出た。

 

 

「おい、まだか。えらくおせえじゃねえか」

 万事屋の事務所兼居間では、長椅子に座った真選組の土方がいらいらしながら煙草をふかしていた。

 土方の隣には沖田が座っていて、出された煎餅をつまんではバリバリと齧っていた。

「変だなあ、銀さん。仕事は夕方までの筈なんだけど」

 本当なら六時前には戻ってきてる筈なのだ。

 どこかに寄ってるとしても、今朝土方さんに今夜来るって聞いたんだからそんなに遅くなるはずはないと新八は思う。

「いいじゃねえですかぃ。今日はもうなんもすることねえんだし」

「アホウ!てめーと一緒にすんな!んな暇なら、仕事をいくらでも回すぞ、総悟!」

「ああ・・御免こうむりまさぁ。おりゃぁ、十時間はきっかり寝ねえとイライラして暴れたくなるんでさあ」

 てめえはガキか!いや、確かにガキだがな。

 ガラッと玄関の戸が開く音に続いて、台所にいた神楽がすっ飛んでいく音がドタドタと響いた。

「銀ちゃん!どうしたあるネ!?」

 神楽のカン高い声に、新八と真選組の二人が玄関の方に顔を出した。

 そして、玄関の上がり口で仰向けになって高鼾をかく銀時を認めた瞬間、土方の神経がピキッと音をたてた。

「万事屋、テメー!酔ってやがんのか!」

 あらら〜と沖田は目をパチパチさせる。

 そして銀時からチラッと沖田が視線を流したのは、見知っている長谷川ではなく、初めて見るもう一人の男だった。

 長谷川は既に四十近いが、もう一人の男は銀時と同じくらいの年に見えた。

 誰だ、こいつぁ?

「銀さん!」

 新八が駆け寄って名前を呼ぶが、銀時は一向に起きる気配はなかった。

 土方と沖田の姿に当然長谷川も驚いた。

「あれえ?真選組がなんでここに?」

「今夜、こいつに聞きてぇことがあるから、いろっつったんだよ!」

「あり?そうなの?じゃ、待ってたんだ。わりぃことしたなぁ。銀さん、何も言わなかったからさぁ」

「どうせ、忘れてやがったんだろ!そういう奴だ、こいつは」

「まあ、そうかもしんないけど。許してやってくれよ」

 忘れた銀時も悪いが、誘ったのは自分だ。

 自分が誘わなければ銀時はまっすぐ帰っていた筈なのだから。

「そちらさんは?」

 沖田が尋ねると長谷川は、ん?と隣に立つ男に顔を向けた。

「居酒屋で一緒に飲んでた人で、俺一人じゃ連れて帰れんかったから手伝ってもらったんだ」

 ふ〜ん、と沖田は鼻を鳴らした。

「どうしやす、土方さん。旦那が起きるまで待ちやすかぃ?」

「んな暇あるか!けえるぞ、総悟!」

「へ〜い」

 土方は玄関の上がり口でひっくり返っている万事屋主人を横目で見ながら靴を履いた。

「おい、眼鏡!こいつが起きたら、明日の晩、屯所に来いって言っとけ!絶対に忘れんなとな!」

「はい。すみませんでした、土方さん」

 新八は、帰る土方たちに向って深々と頭を下げた。

 なんだかんだ言って、二時間も待ってくれたのだ。

 ああ、まったく・・・銀さんは〜〜

「怒らせちまったようだな。マズっちまったぜぇ」

 長谷川は困ったように首の後ろを撫でた。

「長谷川さんのせいじゃありませんよ。今夜のこと忘れた銀さんが悪いんですから」

「そうアル。タイミングが悪かったアルヨ。しっかり空気を読むアル、マダオ」

 やっぱり怒られてんのか?と長谷川は顔をしかめた。

「そちらの方もすみませんでした」

 頭を下げる少年に、男は苦笑を浮かべる。

「いやあ、いい子だねぇ、君。くそガキ共とはえらい違いだよ」

「くそガキ?」

 そう、と男は頷いて、ニッと口角を上げながら、こいつはそのクソガキの一人だと答えた。

「え?もしかして、銀さんのお知り合いですか?」

 ちょいと昔にね、と男は目を細めて笑う。

「さて。コレ、どこに連れていったらいいかな」

「あ、すみません!奥の和室までお願いできますか」

 新八が頼むと、男はぐいと銀時の腕を引っ張り上げて肩に担ぎ上げた。

 細身に見えるが、力はあるようだ。

「じゃ俺、これで失礼するわ」

「え?待ってくださいよ、長谷川さん。今お茶いれますから」

 長谷川は、いい!いい!と手を左右に振った。

「明日早朝から野暮用があってよ。帰っとかないと」

 じゃな、と長谷川は銀時を担ぎ上げている男にも会釈してから帰っていった。

 

 

 久しぶりに村に姿を見せた薬屋は、松陽の屋敷の縁側でうとうとしている銀時を見つけクスリと笑った。

 来るたびに銀時は寝ている。

 昼寝て夜に活動するという習性は、そう簡単には直らないようだ。

 ほんの幼い頃から一人で生きていた子供は、自分の容姿が他人に疎まれるということを嫌というほど思い知らされ、隠れて生きることを選ばざるおえなくなったのだろう。

 人が活動する昼間は隠れて身体を休め、人の姿がまばらになった夕暮れ時から動き始める。

 それが何年も続き、身体がそれに慣れてしまっているのだから、すぐに生活習慣を変えようとなど無理な話だった。

 だから、松陽は銀時が昼間寝てばかりいても何も言わなかった。

 だが、最近はつるんでいる二人の子供に引きずられ昼に起きてる時間が増えてきているという。

 昼活動すると、夜は身体が休息を求めるので、夜眠っている時間が増える。

 そうやって徐々に生活リズムが普通の子供と同じになっていくだろう。

 同時に、もう怯えることも、ひもじさに耐えることもないのだと子供自身が納得していけば、自然に笑うことも覚えていくに違いない。

 薬屋は手を伸ばすと、銀色の頭にぽすっと置いた。

 癖の強い銀髪は、薬屋の大きな手を柔らかく受け止める。

「くすりや〜?」

 ぼんやりと目を開けた銀時は、笑っている松陽の幼馴染みの顔をまっすぐに見つめた。

「来てたんだあ。先生、今いないぜ」

「ああ、知ってる。和尚んとこだろ。今日は十五日だからな」

 うん・・・と頷いて、まだ眠そうに目をしょぼしょぼさせる銀時の手に、土産だと大きな袋を押し付けた。

 なに?と銀時は目を瞬かせながら、大きな紙袋をがさがさと開いて中身を確かめた。

「花火?」

 袋に入っていたのは、何十種類ものたくさんの花火だった。

「どうせ、今夜はあの二人も来るんだろ。一緒にやればいい」

「うん。ありがと」

「どういたしまして」

 ちゃんと人に対して礼を言えるようになった子供に、薬屋はよしよしと頭を撫でる。

 薬屋はぺたりと両足を伸ばして座っている銀髪の子供のそばに腰を下ろした。

「あ〜ん、してみろ、銀時」

「 ? 」

 何?って顔をした銀時だが、言われるまま開けた口の中に、ポイと丸い小さなものを放り込まれた。

 何か硬いもの。

 だが、舌の上にのったそれは甘い味がした。

「バカ銀!安易に口開けんな!石でも入れられたらどうすんだ」

 不機嫌な声に、おや?と顔を向けると、眉間を寄せた晋助と苦笑を浮かべる小太郎が小走りに寄ってきていた。

 二人の子供の後からは、笑みを浮かべた松陽が歩いてきている。

 おかえりなさあい、先生、と銀時は嬉しそうに笑った。

 まだまだぎこちない笑顔だが、それでも笑うことを覚えたのは進歩だ。

「相変わらず、可愛げのない子だね、おまえは」

 薬屋は溜め息をつくと、晋助と小太郎の口にも同じようにポイポイと小さな塊を放り込んだ。

「石じゃなくイチゴドロップだ」

「甘いよ、これぇ」

 銀時は口の中のドロップをコロコロと転がして幸せそうだ。

「久しぶりだね。今回は長くいられるのかな」

「そうだな。取り引きが伸びたんで、十日くらいはいさせてもらうぜ」

「それは良かった。じゃあ、また夏祭りにこの子たちをまかせられるな」

 ふふ・・・と笑う松陽に、薬屋は途端に渋い顔になった。

 ああ〜と薬屋は首の後ろをさすりながら、しょーがねえかと呟く。

 それ何?と晋助と小太郎が銀時が抱えている大きな紙袋を覗き込んだ。

「薬屋にもらった」

「おv花火じゃん!すげ〜打ち上げ花火まである!」

「たくさんあるなあ」

「今夜は天気もいいし、ここで花火大会をしますか」

 松陽の提案に、三人の子供たちは、わあvと嬉しそうに歓声をあげた。

「も一つ土産に酒持ってきたから、大人の俺たちは、ガキ共の花火を見ながら飲もうぜ」

 いいですねえ、と松陽は笑う。

「先生。お酒飲むの?だったら、摘み作るよ」

 ああそうですね。頼みます、と松陽が頭を撫でると、銀時は目を細めて大きく頷いた。

 

 先生・・先生・・・

 

 暖かく大きな手で頭を撫でられるのが大好きだった。

 ずっと長い間、大人の手は自分を殴るものだったのに、先生の手は銀時の頭を優しく撫でてくれた。

 撫でてくれるとわかっても、しばらくつい身構えてしまった銀時だが、今は先生が手を伸ばしてくれるのが待ち遠しい。

 夢から覚めても、頭を優しく撫でられている感触があり、銀時は不思議そうに目を開けた。

 寝ていた自分を見下ろしながら頭を撫でていた男が、口端をゆっくり上げた。

「目が覚めたか、銀時」

「・・・・・薬屋?」

「忘れないでいてくれて嬉しいよ、銀時」

 クソガキ共は、みんな元気で生きててくれて俺もホッとした。

 ただ・・・・

「松陽のことは残念だった」

「・・・・・・・・・・」

 薬屋の口から松陽の名が出た途端、銀時は泣きそうな顔になり、目の前にある男の首に両手を回してしがみついた。

 俺は・・・間に合わなかった。

 二人は互いの肩口に顔を伏せて、同じ言葉を呟いた。

 

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