「見つけた」

 

 ガサッと葉を一杯に茂らせた枝を上に持ち上げた少年は、石の窪みに身体を目一杯縮めてもぐりこんでいる銀髪の少年に向けてニィッと笑った。

「俺から隠れるなんざ、百年早いぜ、銀時ぃ」

 独特な呼び方をする少年の、いかにも高飛車な目つきに、銀時はむぅと口を尖らせた。

「百年ってなんだよ。てめえは、まだやっと十年かそこらしか生きてねえじゃんか」

「おめえが俺に追いつくには百年かかるってこったよ」

 ふふん、と鼻を鳴らして見下ろしてくる高杉晋助の顔を、銀時は思いっきり眉間に深い皺を寄せて睨みつけた。

 そんな銀時に、晋助はなんだよ?って顔をするが、すぐに肩をすくめて笑った。

「ま、どうだっていいや。おめえが睨んだって、俺には屁でもねえんだからよ」

 ほら来い、と晋助は、まだ膝を抱えたままの銀時に向けて右手を伸ばす。

 銀時がツンとそっぽを向くと、晋助はその差し伸ばした右手で銀時の白い頭をパシンと叩いた。

 て〜・・と膝にあった銀時の両手が頭を抱える。

「叩くな、バカヤロ!」

「てめぇが強情はるからからだろうが!今夜あたりから雪が降るってぇ年寄りが言ってんだ。ここにずっといりゃあ、翌朝には銀時、てめぇカチンコチンになってんぞ」

 わかってんのかよ。

 それでなくても、もう身体にあたる風は、凍るように冷たい。

「・・・・・」

 むっつりと顔をしかめた銀時は、晋助の顔をじっと睨む。

 再び差し伸ばされた手に、今度は顔をそむけなかった。

「ほら、来いって、銀時」

 それでも手を取らない銀時に、晋助はさらに手を伸ばして白い頬に手のひらを当てた。

 氷のように冷たい頬に、思わず手を引きたくなったが、ぐっと我慢して触れたままでいると、ようやく銀時はその手に自分の手を重ねてきた。

「晋助の手、あったけえ・・・・」

「おめえが冷たすぎんだよ。なんだよ、氷みてえだぞ」

「え、そう?」

 眉をしかめた晋助に銀時はすまなそうな顔になって手を離そうとしたが、晋助は許さずギュッと手を握ると石の窪みから小さな身体を引っ張り出した。

「銀時、おまえ。ほんとにバカなんだから、一人で考えんな。ぜってえ、碌な答えが出てこねえんだからよ」

 いつものように晋助がバカだバカだと罵るが、銀時は言い返せない。

 確かに考えなしに行動したという自覚があるからだ。

 晋助は黙り込んだ銀時と手を繋いだまま山道を下っていく。

 晋助の手は、冷え切った銀時の手を温めるには十分なくらい暖かかった。

「・・・ヅラは?」

「心配ねえよ。たいした怪我してねえし。言っとくけど、ありゃあ、おめえのせいじゃねえからな、銀時。ヅラが勝手にやったことだ。気にするこたあねえって。だいたいなあ、おめぇがいなくなって、ヅラの奴ぁパニックになっちまって手がつけられなくなってんだぜ?おめえのせいなわけ、ねえだろが」

 それでもおめえが、自分のせいだと言おうもんなら、ヅラの奴、確実にキレるぞ。

 あいつがキレると、やかましくてしょーがねえ。

 そうなったら、おめぇのせいなんだから絶対になんとかしろよ、銀時。

 繋がれた手をぎゅっと握られ、銀時はうん・・・と小さく頷いた。

 

 晋助から半歩遅れて歩いていた銀時は、照れくさそうに目元を赤く染めていたが、突然鋭い白銀の光が銀時の赤い瞳を焼いた。

 びしゃっと熱い何かが勢いよく身体にかかり、銀時の着物を濡らす。

 え?と瞳を見開いた銀時は、ついさっきまで自分と手を繋いでいた晋助の姿がないことに気づいた。

 着物は赤く染まっており、銀時の両の手のひらは真っ赤に染まり、指の間からポタポタの雫が落ちていた。

 銀時の顔が強張り、息をつめる。

 ・・・しんすけ!しんすけ!

 

 幼い銀時の絶叫に、左目を白い包帯で覆った鬼兵隊の高杉晋助が、銀時を振り返った。

 子供の頃とは違う、口角を上げるだけのシニカルな笑みが銀時に向けられる。

 よお・・・

 まあだ・・・悪夢を見てんのかよ、銀時?

 

 

 

 

 唐突に目を大きく見開いた銀時が、もたれていた壁から背を離し困惑したようにあたりを見回しだしたので、同じ姿勢で傍らに座っていた男が怪訝そうに眉をひそめた。

「どうした?」

 その声に、え?とマヌケた声が上がる。

 夜で、明かりもそれほどなく暗かったが、そこにいるのが誰かはすぐにわかり、銀時は首をかしげた。

「あ・・れえ?なんでおまえいんの?」

 はあ〜?と男は顔をしかめる。

「何言ってんだ、おめえ?」

「・・・・・・」

「おい。てめえマジで言ってるか?」

 だったら、頭、どうかしたか?

 常に瞳孔が開いた険しいその顔に睨まれまくっている銀時は、沈黙の後、ようやっとああ・・・と気の抜けた声と共にコクコク頷いた。

「わ・・わりぃ、土方くん。ちょっと現実逃避してたわ」

 ことの成り行きを思い出した銀時が、へらっと笑うのを見て真選組鬼の副長は、こめかみに青筋を浮き上がらせた。

「てめえ〜〜この状況でまさか居眠りでもこいてたってかっ!」

 どういう神経だ、コラ!

「あ、まあ・・・」

 ちょこっと、と銀時はへへっと笑う。

「・・・・・」

 土方は、ちっと舌打ちし、再び壁に背をもたせかけた。

 土方はいつもの隊服ではなく、黒い着流し姿だ。

 明日は非番だからと、仕事を終え隊服を脱いで一人フラリと歩いていて、ふと見つけた屋台に立ち寄った土方だったが、そこでバッタリと銀時に会った。

 何故か土方はこの胡散臭い男とよく鉢合わせる。

 思考回路が似ているのか、見たい映画や、サウナ・入る店のタイミングなどがまるで示し合わせたように一緒になることが多い。

 仲がいいわけではない。

 出会いは最悪だった。

 まさしく親の敵のように牙をむいた。少なくとも、土方はそうだった。

 第一印象がマジで悪かったのだからしょうがない。

 だいたい、真選組にとって宿敵ともいえる過激派攘夷志士を捕らえにいった場所で出会っているのだ。

 最初は攘夷志士の一人だと思っていた。

 後に、ただ巻き込まれただけというのが、複数の証言で確認され放免となったが。

 それから、なんとなく真選組と関わることがあって、今では真選組の中でも、この胡散臭い男と親しげに話す隊士も多い。

 そして、つい最近、真選組内のトラブルに巻き込んでしまい怪我をさせてしまったことを、局長である近藤は今も申し訳なく思っている。

 もっとも本人は依頼を受けただけだから気にすることはないと言っているが。

 それでも、土方は全面的にこの男を信じるわけにはいかなかった。

 だが、今回は・・・・

 なあ、とまた壁にもたれた銀時が、土方の方を向いて話しかけた。

「やっぱ、まだ動けねえ?」

「ああ・・・大分感覚が戻ってきてっが、まだだ」

 無理して立ち上がろうものなら、そのまま地面にダイブしそうなくらいは、まだ力が戻っていない。

 時々吐き気もこみ上がるし、頭はいてえし最悪な気分だ。

「・・・ったく、呑んでた酒に毒なんか入れやがって」

 あのオヤジ・・・!ぜってえ、見つけ出す!

 毒といっても、死に至るほどのものではなく、手足の感覚がなくなり、胃がねじれるように痛んで吐き気がするくらいだ。

 しかし、その状態で真選組に恨みを持つ攘夷志士に狙われては確実に命をとられる。

 幸いまだ動けた銀時のおかげで襲い掛かってきた三人の暴漢からは逃げられたが。

「どうせ身を隠すなら、物置でもいいから壁と屋根があるとこがよかったぜ・・」

 寒くてかなわねえ。

 狭い路地の中ほどに身を隠した二人の身体に、容赦なく冷たい風が吹きぬける。

 季節はまだ冬には間があるが、夜ともなれば気温は一気に下がる。

 冷蔵庫の中にいるような気分だ。

「旨かったんだけどなあ、あそこのおでん」

 しみじみと呟く銀髪男に、土方も確かに旨かったと同意する。

 無論声には出さなかったが。

 依頼を受けた肉体労働を終え、晩飯を奢ってもらってから家に戻る途中、美味そうな匂いについ引かれ、あの屋台まできた銀時だった。

 そこでまたもバッタリと土方に会うとは思わなかったが。

 会うと何故か喧嘩になってしまうが、そこのおでんがあんまり旨かったせいか、なんとなくいい気分で酒を酌み交わした。

 まさか、その酒に毒が入ってるとは思ってもいなかったが。

「てめえ、よく動けたな」

 三人に襲われた時、土方は力が全く入らず柄を握ることすらできなかった。

 銀時が木刀を抜いて三人の刀を弾き、土方の腕を抱えて引きずって逃げなければ、今こうして会話することもなかったろう。

「俺ってなんか薬の効きが遅いみてえでな。どんなに即効の薬でも、効くには時間がかかんの」

 もっとも、効かないわけじゃないから、今はおめえと一緒。

「そうか・・・って、おいなんだ?」

 いきなり自分の方ににじり寄ってきた銀時に、土方は顔をしかめた。

「いや、なんか寒くってさ。身体くっつけたらちっとはあったかいかなっと・・・」

「ざけんな。なんでてめえとくっつかなきゃなんねえんだ」

 ぜってえごめんだ、と拒否された銀時は、ケチと小さく呟いてから、伸ばしていた膝を胸まで抱き寄せ、ふてくされたように顔を伏せた。

 土方は、そんな銀時の仕草に唇をゆがめた。

 何がケチだ。テメーはガキかっつーの。

 可愛い女の子ならともかく、いい年した男が言っても可愛くもなんともない。

 くそっ、と毒づきたくなる気分を抑え、まだ感覚が鈍い指で帯に挟んだ煙草を出すが、何故かライターが見つからなかった。

 どうやら、あの騒ぎで落としてしまったらしい。

 ツイてねえ・・・いや、ツイてないのは隣にいる万事屋の方か。

 たまたま俺と一緒に飲んでたばかりに毒なんか飲まされ、こんな路地裏に座り込むハメになったのだから。

 携帯があれば、すぐにも誰かに連絡を入れて迎えにこさせたのだが。

 連絡を入れれば当然総悟の耳にも入り、嫌味たらたら言われるのは確実だが、朝までこのままってよりはずっとマシだ。だが、携帯は逃げる時にどこかにぶつけたのか、電源が入らず画面は真っ暗なままだった。

 ツイてねえ。今日はたいして問題のない一日だったが、最後で厄日か?

 どれだけ眺めても煙草に火が点くわけもなく、出しかけた煙草を箱に戻し、もとのように帯に差し込んだ。

 顎を上げ、頭を壁に押し付けると、は・・と思わず土方の口から溜め息が漏れ出る。

 とにかく、毒が身体から完全に抜けるにはひと晩では無理そうだし、それでも手足の感覚は少しずつ戻ってきているから、なんとか立ち上がれそうになったら、大通りに出てタクシーでも拾うかと土方は考える。

 それまで、ずっと地べたに座って尻を冷やしてなきゃならないが。

 ふと気づいて、土方は隣に座る男に視線を向けた。

 白い頭は、ずっと抱えた膝の上にのせられたままで、ピクリとも動いていない。

「おい。また寝てんじゃねえだろな」

 薬が効きにくい体質で、身体に影響が出てきたのは土方よりかなり遅かったが。

「大丈夫か、おい?気分わりぃのか?」

 黙ったままで、顔を上げようともしない銀時に土方も気になって右手を伸ばした。

 銀時の白い頭に触るのは初めてだった。

 持ち主の性格をそのまま現しているかのような、奔放に跳ね回る髪は、思いの他柔らかで、毛足の長い犬の毛に触れてるような手触りだった。

「土方くん、おめえの手あったけえよ。子供体温?」

「バカ言ってんじゃねえ。誰が子供だ」

 返ってきた声が辛そうでなかったことに土方はほっとした。

 んな意味じゃねえって、と顔を伏せたまま銀時は苦笑した。

「なんか昔のことばっか思い浮かんじゃってさ」

 これって、もしかして走馬灯ってやつ?

 ああ?と土方は目を吊り上げた。

「縁起でもねえこと言うんじゃねえ!てめえが、こんくらいで死ぬタマなら苦労しねえよ!」

 パシンと白い頭をはたくと、銀時はいてっと言いながら、ぼおっとした顔を上げた。

 細めた眼は、死んだ魚の目だと常に表現される目とは少し趣が違っていた。

 本人が言う、いざという時に煌く目とも違う。

 なんというか、大人に対して向けられる子供の瞳のようだ。

 それにしても、髪も肌も色素が薄いせいか、この男は闇の中で白く浮いているように見える。

 子供の頃からこの姿なら、ずっと他人から奇異の目で見られていたのではないだろうか。

「昔っていつ頃のだ?」

「興味あんの?」

 銀時は土方を見てクスッと笑う。

「てめえは十分うさんくせえからな。できれば桂との関係も聞かせてくれ」

「・・・・・・」

 銀時は膝を抱えたまま、じっと土方の横顔を見、ふいに首をかしげた。

「ああ。てめえの顔、なんか変だと思ったら煙草くわえてねえんだな」

 おい・・・変ってなんだ?しかも、やっぱ答えるつもりはねえってか。

「煙草、ねえの?」

「あるが、ライターを落としちまって吸えねえ」

「あらら。そりゃお気の毒。ニコ中には辛いねえ」

 楽しげに喉を鳴らす銀時に、土方は渋い顔になった。

 どうやら、珍しく心配したのが無駄に終わったようだ。

 元気じゃねえか。

「まあ、昔のって、ガキの頃のだけどな」

「えらく昔だな」

「ガキの頃は難しいことをなんも考えず、ただダチところころ戯れて騒ぎまくってと楽しかった思い出が多いじゃねえ?」

「そうか?俺にはそんな楽しい思い出なんざないがな」

「ああ、おまえのガキの頃ってさ、なんでも拗ねて世の中斜めに見ながら喧嘩にあけくれてたって、そんなじゃねえの?」

 土方はジロリと銀時を睨む。

「見てきたようなことを言うんだな、テメー」

「見てねえけど、聞いた」

「はあ?聞いたあ?って総悟の野郎にか」

「いや・・おたくの大将。この前、居酒屋で奢ってもらってさあ。そりゃもう、鬼の副長のことベタ褒め」

「・・・・・・」

 チッと土方は舌打ちする。

 この銀髪の万事屋のことを気に入っている近藤が、酒を酌み交わしながら何を言ったか、想像できるだけに頭が痛い。

 近藤は気の合った人間には、自分の身内だと認めた人間のことをとにかく褒めちぎる。

 それはもはや、惚気のようにしか聞こえない。

「いやあ、ホント、おたく、大将に愛されまくってるなあ」

 俺にもいたのよ、おたくの大将みたいな人。タイプは全然違うけどね。

「おまえ・・・どこの生まれだ?」

 たいてい方言で生まれがどこかわかるのだが、銀時の話し方には地方独特のニュアンスがなく、いったいどこの生まれなのか判断できなかった。

 山崎は、役目柄、話し言葉から出身地を割り出すことが得意なのだが、こと万事屋に関してはわからないと首を捻っていた。

 時々、土佐の方言が混じっているというが、といって土佐の生まれかというと、違うんじゃないかと山崎は言う。

 知り合いに土佐の者がいて、つい移ったというのが正しいらしい。

 だいたい江戸に長くいると、故郷の方言を使うことが少なくなり話す言葉が変わってくる。

 ただし、同郷の者と話すと方言が戻るので、隊で酒盛りなんかすると、あちこちの方言が飛び交って何を言ってるかまるでわからなくなってしまう。

「俺の生まれねえ。俺も知りてえかも」

「なんだ、そりゃあ?てめえ、自分が何処で生まれたのか知らねえってか」

「・・・・・・」

 マジでか?

「じゃ、ガキの頃はどこにいた?」

「何?こんなとこで身元調査ですかァ」

「答えろ。どこだ?」

 取調べかよ、と銀時は呆れたように肩をすくめる。

「どこっつーか・・・田舎。山があって、田んぼがあって。秋には金色の穂が一杯揺れてて・・・・いいよなあ、イ・ナ・カ」

 おい、と土方が眉をしかめると、銀時は、ん?と眠たげな目を向けてきた。

「・・・・・・・」

 くそっ。ここまでか。

 まあ、あっさり答えるとは思ってなかったが、それでも自分から話題にしたのは進歩か。

 いやいや、こいつの言動はどこまでホントなのかわからねえ。

 だいたい、総梧と同じで、人をからかって遊ぶのが好きなこいつのネタじゃないと言い切れるか?

 はあ・・・・と長く息を吐くのが耳に入り、見ると身体をさらに縮めている銀時がいた。

「具合・・・やっぱりわりぃのか?」

 ついさっきまで土方自身吐き気で胃を押さえていただけに、銀時の体調がよくないのは理解できた。

 とはいえ、憎まれ口を叩いたり元気そうに見えたので失念したが、まだ毒は抜けていないのだ。

 そう簡単に体調が良くなるわけはなかった。

 吐き気がするのか、手で口を押さえる銀時を、土方は心配げに見やる。

「おい、万事屋。大丈夫か?」

「・・・あ〜まあ、なんとか平気・・・・毒さえ抜けりゃ・・・な」

「・・・・・・」

 しばらく吐き気に耐えている銀時の横顔を見ていた土方は、顔をしかめ、ちきしょうめと小さく呟くと、銀時の方へとにじり寄った。

 土方の身体が触れると、びっくりしたように銀時は瞳を丸く見開いた。

 今は黒く見えるが、実際銀時の瞳の色が暗い赤色をしているのを、土方は最近になって知った。

 銀髪に、抜けるような白い肌。そして赤い瞳とくれば、アルビノの特徴だ。

 たまにそういう子供が生まれることは土方も知っている。

 だが、たいていそういう子供は早く亡くなった。今の天人の医学を取り入れた江戸では無事に成長するかもしれないが、こいつが生まれた頃は生存率はかなり低かっただろう。

 よく何事もなく成長したものだ。

「しょーがねえから、俺にもたれてろ。今回のは全部俺のせいだからな」

 さすがに肩まで手を回すまでは抵抗あるが、寄り添うくらいなら構わない。

 それでも、こんな所を誰かに見られたら憤死したくなるだろうが。

 こんな夜遅い時間、しかも大通りから外れた路地裏になど、誰も来ないだろう。

 いや、来てくれたら屯所に連絡入れてもらえるから都合はいいのだが。

(ま、無理だな。誰も来ねえ)

 土方は自分の肩に銀時の頭を寄りかからせる。

 もたれるのが冷たい壁でなく、暖かい土方の身体だからか、銀時の表情が少し和らいだ。

「土方くん・・・ほんと体温高いよ。熱でもあるみたいに高いんだけど?」

「熱なんかねえよ。あったとしても、微熱程度だ」

 毒の影響がまだ残ってるからしょーがねえ。

「うん・・・・なんかホッとする。昔・・・寒いとこうやってくっついてくれる奴がいてさあ」

 そいつ、思い出すよ。

(また昔の話か)

 やはり体調が悪いせいか、思考がはっきりしていないのだろう。

 今度は相槌もうたず、銀時が喋るままにさせた。

「そいつ、いつも何が面白くないんだか、むっつりとして笑いもしやがらねえ。けど、からかうとムキになるから、おもしれえんだよ。あ、そういうとこ土方くんに似てるよ、うん」

(そうかよ・・・・)

 土方はムッツリする。

「ガキの体温って、マジ高いんだってのも、そん時知ったし」

(やっぱ、ガキん時の話かよ)

 こいつにとって、一番楽しい思い出のある時代だったのかもしれない。

 土方も、近藤や沖田と出会った頃のことをよく思い出す。

 それが土方にとって、一番思い出深い日々だったのだろう。

「それがよ〜・・・」

 つい思い出にふけり始めた土方は、ハッとしたように自分の肩口に視線を落とす。

「そいつの身体、どんどん冷たくなってくし・・・雪、ちらつき始めて寒ぃのに、そいつ、もうあったかくなくって・・・」

 土方は目を瞬かせながら銀時の白い頭を見つめた。

「おい・・万事屋?」

 それって・・・おい・・・・

「もう・・・いいか。もう、終わっちまったから・・・・」

 殺していい・・ぜ。

「万事屋!」

 何を言ってる、てめえ!?

 もう完全にうわごとめいたことを口にし始めた銀時に慌てた土方だったが、突然近づいてくる気配を感じ頭を上げた。

 そして、殆ど人が来ない路地に、長身の影が近づいてくるのが目に入った。

「あんたは・・・・・」

 

    ◇ ◇ 

 

「あれえ、起きてんですかぃ」

 つまんねえ。

 ひょっこり部屋を覗いた沖田は、いつものように机に向っている土方を見て残念そうに呟いた。

 土方は部屋の前でニヤついてる沖田をジロリと睨む。

「起きてたらどうだってんだ、総梧」

「いや、まだ寝てたらやさし〜く起こしてさしあげようと思いやしてね」

 フンと土方は鼻を鳴らした。

 何が優しくだ。どうせ、飛び蹴りでもかますつもりだったのだろう。

「聞きやしたぜ、土方さん。マヌケにも、屋台で飲んでた酒に毒入れられたんですってね。しかも、万事屋の旦那まで巻き添えにしたっていうじゃないですかぃ」

 どこまで暢気なんでぇ。迷惑にもほどがあらあ。

「うるせえ。歩く迷惑男には言われたくねえな」

「その旦那に危ないとこ、助けてもらったんですってねぇ?一般人を巻き込んだあげく、助けてもらうたあ、さすが鬼の副長だ。感心しやすぜ」

「総梧!」

 毎度苛つかされる書類整理に沖田の嫌味まで加わったら、さすがにぶちきれる。

 一応毒も抜けて体調は戻ったものの、影響が全く残っていないわけではない。

 時々胃がキリキリ痛むのだ。

 これで頭に血が上ったら、さすがに土方も仕事どころではなくなる。

「なんか用なのか。用がなきゃ失せろ。てめえも仕事があんだろが」

「用ならありやすぜ。土方さんにお客でさあ。金剛って名の天人」

 バン!と土方は机を叩いて立ち上がった。

「そういうことは早く言え!クソが!」

 土方は罵声を浴びせながら沖田を押しのけて部屋を飛び出していった。

 そんな土方の背中を、沖田はふうん?と首を傾げながら見送った。

 金剛は入り口の所で山崎と立ち話をしていた。

 金剛が追っている犯罪者については、山崎にも調べさせているので、その報告もしているのだろう。

「あ、副長」

 こちらに来る土方に気づいた山崎が声をかけると、金剛も視線を向けた。

 あいかわらず、深い青だけの目に土方が映る。

「身体の方は大丈夫なのか」

「ああ、おかげさんで。昨夜はあんたが来てくれて助かった」

「たまたま拾ったのが君のライターだったのでね。近くに争った後もあったし、誰かを追っている侍たちを見たんで探してみたまでだ」

 感謝する、と土方は金剛に向けて頭を下げた。

 あの時、金剛が現れなければ、朝まであの場所に座り込んでいなければならなかった。

「礼と言ってはなんだが、外で飯でも」

 え?と山崎の顔色が変わる。

 土方とご飯を食べる意味を嫌と言っていいほど知っている山崎には、それはオススメできないと言いたいが、さすがに本人の前で忠告はできなかった。

「いや、腹はすいてない。団子くらいならいけるが」

「わかった。山崎、ちょっと出てくる。何かあれば、携帯に連絡を入れろ」

「わかりました!いってらっしゃい」

 山崎は、土方と金剛が一緒に屯所を出て行くのを、ホッとしたように見送る。

 とりあえず、一緒にご飯というのがなくなって、山崎はホッと胸を撫で下ろした。

 団子も問題だが、少なくとも飯よりマシだ。

 

 金剛と会って初めて立ち寄った団子屋に入った土方は、どう話を切り出そうか考えた。

 土方は団子には手を出さず、茶をすすってから、煙草に火をつける。

 病院で診察を受けた後、真選組の屯所に戻り、近藤に報告を終えた土方は一人、部屋で休みながら万事屋との会話を思い出していた。

 あの男が、珍しく語った過去の話。

 とはいえ、殆どが子供の頃の思い出話で、どこの出身なのかもわからず、幼馴染みらしい子供の名前もわからないというものだった。結局、何もわからないままの会話だったが。

 最後、銀時がうわごとのように呟いた言葉だけは、土方にとってかなり重要だった。

 あの時はわからなかったが、落ち着いて反復してみると、それは以前誰かに聞いた話の中にあったものだった。

 寄りそって座る二人の男。

 最初は子供の頃の話で、幼馴染みの子供が銀時の傍らで死んだのではと思っていた。

 だが、銀時が最後に呟いた言葉と、金剛から聞いた話が一致した時、もしかしたら、最後に銀時が言ったのは子供の頃の出来事ではなく、攘夷戦争に参加していた時のことではなかったのかと思い至った。

 もし、そうなら、あの男はやはり攘夷志士で、桂ともそこで知り合ったのではないだろうか。

「彼の方は大丈夫なのか?」

「え?あ、ああ・・・万事屋か」

 いきなり、金剛の方から銀時の話題が出て土方は焦ったように口を開く。

「あの野郎なら心配ねえ。毒のせいというより、寝不足による体調不良だったみたいだからな。奴んとこの従業員に聞いたら、大鼾で爆睡してるってぇ話だ」

 眼鏡の話では、銀時はここ一週間ばかり仕事で殆ど寝ていなかったらしい。

「そうか、それは良かった」

 仮面のように動かない顔の中で、その青だけの目に安堵の色が浮かぶのを土方は見た。

「あんた、あの野郎を知ってんじゃねえか?」

「一度君と一緒に会っているが」

「そんな最近じゃねえ。あんたが初めてこの国に来た頃だ」

「ほお?」

「毒のせいか寝不足のせいかわからねえが、あの野郎は、あんたから聞いたのとそっくりおんなじ言葉を吐きやがった」

「なんと言ったんだね?」

「”もう終わっちまったから、殺していい”」

 フッと相手が笑ったように土方には見えた。実際は全く表情は動いていないのだが。

「あんたが見た侍の一人は、万事屋か?」

「さあ。昔のことだ。しかも、当時は人間の顔の見分けなどできなかった」

「だが、髪の色くらいは認識できたろうが。片方は銀髪だったんじゃねえか?」

「そうだったら、どうするのかね。彼を捕まえて処罰するか?」

「今も攘夷活動してやがるならな」

 真選組は江戸の治安を脅かす攘夷浪士共を取り締まるのが仕事だ。

 だが、戦争が終わってから一切関わっていないなら、捕まえる理由はない。

 そんな連中まで相手にするほど、真選組も暇ではないのだ。

「君と彼が寄り添っているのを目にした時、まるであの時間に戻ったような錯覚に陥った」

 唯一違うのは、君と彼が血を流していないことくらいだ。

「あの野郎だけ、生き残ったのか・・・・昔も今もしぶてえ野郎だ」

「生き残る確率が全くなかったわけではない」

「あんたは、二人の侍を殺さずに立ち去ったからな」

 だが、もう一人は、万事屋が言っていたことからして死んだのだろう。

 幼馴染みだと言っていたが。

 万事屋は、幼馴染みが死んでいくのを肌で感じていたのか。

 ・・・・・あったかくねえんだ。さみぃのに。

「・・・・・・・・・」

「確かに私は殺さなかった。私の目には、あの二人の侍が助かる確率はほぼないと思ったからだ」

 だが・・・と金剛は瞳のない青い目を、晴れ渡った空に向けた。

 あの日はずっと天空は厚い雲に覆われて、太陽は一度も顔を出さなかった。

 白い雪が天から落ちてきたのは、既にあの二人の侍から遠く離れた時だった。

「私も驚いている。まさか、生き残ったとは」

 あの二人の侍が。

 二人?

 土方は眉間を寄せた。

「一人は死んでんだろ?」

「死んだとは言い切れないだろ。実際彼は生きていた」

「いやいや、あの野郎並みに悪運の強ぇ野郎なんざ、そうそういねえと思うぞ」

 それに、昨夜の万事屋が言ってたことからして、生きているとはとても思えねえし。

 いや、あの野郎の言うことを全て信じてるってわけじゃねえが。

 それでも、無意識に口に出した話の中には真実ってぇもんが含まれている可能性が高い。

 寄り添った相手の身体から体温がなくなり、冷たくなっていったというなら、それは死んだと考えるのが正しいだろう。

 それとも、真実は違うというのか。

「どっちにしても、君たちの言う攘夷戦争はとうに終わっている。今更、当時のことを知っても仕方のないことではないかな」

「んなわけにはいかねえんだよ。いまだに、攘夷とか抜かして破壊活動する連中がいる限りな」

「そうか。それが君たちの仕事だったな。では私も私の仕事をしよう」

 頑張りたまえ、と金剛は言い、土方を残して団子屋を出て行った。

 土方は、立ち去る長身の天人の背中をしばらく見送った。

(おかしな天人だぜ)

 これまで接したどの天人とも違う。

 悪い印象ではないが、それでもやはり油断できないと思えるのは、あの男が天人だからか。

 土方は手にした煙草の箱から最後の一本を出すと、くしゃりと手の中で箱を潰した。

「やーっぱ、旦那、攘夷戦争に参加してたんですねぃ」

「なっ・・・・!」

 いきなり背後の仕切りからヌッと顔を出した沖田に、土方はギョッとなって思わずくわえた煙草を落とす所だった。

「総梧!てめー、いつからいやがった!?」

「あれ?気づいてなかったんですかぃ?やれやれ。真選組の副長としては、そいつぁ情けねえですぜ。あの天人のオッサンですら、俺にちゃんと気づいて挨拶してくれたってえのに」

「ああ〜?んなの、いつしたってんだ!?」

「立ち上がる時、チョイと手を上げたでしょうが。あ、こりゃ気づかれたなと思いやしたぜ」

 マジでわかんなかったですかィ?

「・・・・・・」

「あんた副長やめたら?」

 あっさり毒飲まされるわ、暗殺されかけるわ。危なっかしくてしょーがねえですぜぃ。

「土方さんには、デスクワークが一番向いてまさぁ」

「やかましい!仕事はどうした、仕事は!」

「それこそ、副長が団子食ってんのに、真面目に仕事すんのもバカバカしいと思いやせんか」

「思うか!それに団子は食ってねえ!」

「そうですね。もったいねえ。かわりに、俺が食ってあげまさぁ」

 沖田はヨッコイセと仕切りを乗り越えると、土方の傍らに置かれた皿から素早く団子を取って口に入れた。

 土方はもはや文句を言う気も失せて、店の奥にいる女に茶のおかわりを頼んだ。

 沖田は両手に団子を持ってもくもくと口を動かす。

「俺は土方さんのように、あの旦那を疑えませんや」

 確かに昔は攘夷戦争に参加していたかもしれない。

 だが、今の攘夷浪士とは関わりを持ってないんじゃないかと沖田は言った。

「どうしてそう思う?」

「そりゃあ、万事屋の旦那の、あの性格からして、攘夷活動に関わっていながら、二人のガキと一緒にいるなんてこたあ絶対にしねえと思うからでさ」

 てめえも十分ガキだろが。

「カモフラージュかもしれねえだろが」

 それこそ、と沖田は口の中の団子を飲み込みながら答える。

「あのチャイナが、利用されてることに気づかずにあそこまで懐くなんざ、考えられねぇ。あのくそガキは生意気だが、そんなにバカじゃねぇ。おまけに、やけに向けられる感情に敏感だ。それこそ、偽りの愛情なんざ、あのガキには通用しませんや」

「おめえ、あいつが桂と何度か一緒にいた事実を忘れたか。最初に会った時も、あの野郎は桂とその一派の中にいたんだぞ」

 それでさぁ、と沖田は団子を食って残った串をクルクル回す。

「あの天人のおっさんが見た二人のうち一人が万事屋の旦那だってんでしょ。なら、もう一人は桂だったってえことはありやせんかね」

「桂・・・・そうか桂か」

「そいつがそん時死んだって確証は、ねえんでしょ?」

 天人のおっさんは、死ぬと思ったみてえだが、現に旦那は生きてたんだし。

「・・・・・・・」

 それなら、あん時万事屋が言ったのは、なんだ?

 おい・・と土方は沖田を睨んだ。

 沖田は団子を食べ終え、丁度運ばれてきた土方のお茶をちゃっかり取って飲んでいる。

「てめえ、いってえどっから聞いてた?」

「そりゃあ、決まってまさあ」

 沖田はニヤリと口角を上げた。

「土方さんが万事屋の旦那と仲睦まじく寄り添ってたって所からでさぁ」

 ブッ!と今度こそ土方はくわえていた煙草を噴出した。

 

    ◇ ◇

 

「ほんとに帰ってきていいんですか?まだ病院にいた方が」

「バカ抜かせ。あんなくそ不味い病院食なんざ、一日食えば十分だ。あれ以上いられっか」

 医者はもう一日入院した方がいいと言ったのだが、銀時はさっさと新八や神楽に手伝わせ強引に退院した。

 そして、今は自宅の長椅子にゴロゴロと寝転がっている。

 いつもなら、眉をひそめ小言の一つも言うところだが、さすがに小姑気質の新八も、毒を飲まされたと聞けば心配せざるおえない。

 本人はいたって元気なのだが、やはりまだ顔色が悪いと思えるのだ。

「あんな病院食より、卵かけご飯の方がなんぼかうめぇってもんだ」

「そうですかねえ」

 あの病院は、以前新八も入院したことがあるが、そんなに不味いとは思わなかったのだが。

「銀ちゃん、卵かけご飯を持ってきたアルね」

 神楽は自分も食べるために、茶碗を二つ運んできて、一つを銀時の前に置いた。

「おv待ってたぜ!」

 銀時は、神楽が持ってきたアツアツご飯に生卵を割って落とし醤油をかけた。

 刻んだネギもパラパラ落とす。

「いっただきま〜す」

 銀時と神楽は一緒に箸を持った手をパンと合わせ、ガツガツと食べ始めた。

「あ、そうだ。銀さんがまだ寝てる時に近藤さんがきて、迷惑をかけてすまないって見舞い金をくれたんですよねえ。病院のお金もちゃんと真選組が出すからって」

 新八からお金の入った封筒を手渡されると、銀時はふ〜んと鼻を鳴らした。

「丁度いい。退院祝いに、こいつで寿司を腹一杯食おうぜ」

 寿司vと神楽の目がキラキラと輝く。

「お前んとこのゴリラ姉ちゃんも呼んでもいいぞ」

「んな言い方。また半殺しにされますよ」

 新八は呆れたように言うが、銀時は既に卵かけご飯に関心がいってて聞いてんだか聞いてないんだか。

 新八は溜め息をつく。

「新八。お茶くれ〜」

「はーい」

 新八は椅子から立って、お茶を入れるために台所へ向った。

 

 ほんとに大丈夫なのかな、銀さん。

 

 

 

「じゃ、銀さん。戸締りちゃんとして、早めに寝てくださいね。夜更かしは当分厳禁ですからね」

「わかってるってーの。何度も言うな」

 おめーは、俺のかーちゃんですか。

「銀ちゃん、誰がきても戸を開けちゃ駄目アルよ」

 おめーもかよ、神楽・・・・

 俺は七つのガキですか。

「ほれ、さっさと行け。しっしっ。姉ちゃん待ってるぞ」

「片付けはしなくていいですからね。明日、僕がちゃんとやりますから」

「んなことするかよ。すぐに寝ちまうって。おめーらの方こそ、夜更かしすんじゃねえぞ」

「しませんよ」

 いってきまーす、と新八と神楽は元気よく手を振って出かけていった。

 二人の子供の姿が見えなくなるのを見計らって姿を見せた昔馴染みに、銀時は嫌そうな顔で溜め息を吐いた。

「なんだ、その顔は。それが久しぶりに会いに来た友に向ける態度か」

 相変わらず礼儀を知らん男だ。

「てめえに、んなこと言われる筋合いはねえ。だいたい、指名手配犯がちょくちょく遊びにくるなんて噂たてられちゃ、仕事に支障をきたすってーの」

「そんな正体がバレるような訪ね方はしない」

「何言ってんだ。いつも思いっきり自分から正体バラしてるくせに」

「貴様がいつまでも俺の名前をまともに呼ばないからだ」

「人前で、てめえの名をまともに呼んでどうするよ。俺までテロリストの仲間だと思われちまわぁ」

 それでなくても、真選組の鬼の副長には思いっきり疑われている身なのだ。

 昨夜だって・・・・なんかすげえマズイことを、あいつに言っちまった気がする。

 寝不足な上に、酒と一緒に毒まで飲まされ、かなり意識がぶっ飛んでいたからなあ、と銀時はこめかみを押さえた。

 といって、何か言いました?とアイツに聞くわけにもいかない。

 ま、今んとこ何も言ってきてないようだし、決定的なことは言ってないのだろうと思うしかない。

「入れよ。坊さん姿でも立ったままでいられりゃ目立つ」

 銀時は坊主の格好をした桂小太郎を万事屋に招き入れる。

 事務所兼応接室の床では、白い巨大な犬の定春が気持ち良さそうに寝そべっていた。

 定春は桂が入ってくると片目を開けたが、姿を確認すると大あくびをしてからまた目を閉じた。

「おまえの飼い犬には、一応安全だと認識されているようだな」

「そりゃあ、毎度阿呆面さらしてたら、安心もすりゃあな」

「アホではない桂だ」

「それが阿呆だっつーの」

 ま、いいけどな。今更だし。

「おめえ、寿司食べねえ?」

 桂は和室のテーブルの上にのっている寿司の量に驚いた。

「どうしたんだ。いつもと違って、えらく豪華ではないか」

「臨時収入が入ったもんでね。どうせ、あぶく銭。パーッと豪勢に使ってしまえってね」

「剛毅な臨時収入もあったものだな。冨くじにでも当たったか」

「俺は、あ〜いうのは縁がないっちゅーか、当たった試しがねえな」

 この家じゃ、神楽が福引に当たったくらいか。

 銀時は桂に座れと促した。

「酒もいるか?さっきまでガキ共と食ってたから、酒飲めなくてなあ」

「そうだな。熱燗で一杯もらうか」

「ラジャー。もらいもんだけど、いい酒がある。久しぶりだから奮発してやるぜ」

 銀時は台所に入り、徳利に入れた酒を温めると、猪口を二つ盆にのせて戻ってきた。

「さすがに頼みすぎて食べきれなくてな。捨てるのももったいねえし、仕事で来られなかった新八の姉ちゃんに食わせろと持たせたんだが、それでもまだこんなに残っちまった。ほんと、いい時に来たぜ、ヅラ」

「俺もこれ全部は、さすがに無理だぞ」

「いいんだよ。少しでも捨てる量が減れば」

 銀時は醤油を入れた小皿を桂の前に置くと、猪口を手渡し酒を注いだ。

 自分の猪口にも酒を注ぐ。

 二人は向かい合って酒を飲んだ。

「昔を・・・思い出すな」

「そういや、辰馬がいい酒手に入れてくるとよく飲んだな」

 あの時代は生と死の境界なんてないようなもんで、常に死と隣り合わせみたいなもんだった。

 それでも、自分たちは絶対死ぬものかと戦い続けていた。

「あの頃は、こんなのんびりと酒を飲むなんて考えもしなかったよなあ。夢でさえみなかったぜ」

「こんな世の中がいいとは決して思わんが、確かに明日の死を考えずに酒を飲めるのは悪くはない」

「だったら、おまえもいい加減攘夷なんてやめたら?いい女見つけて所帯もつってのも悪くねえぜ。好きな女、いねえの?」

「人のことよりおまえはどうなのだ、銀時」

「俺はいいの。コブつきだし。だいたい、ずっと傍らにいたいと思った唯一の女は、もういねえしな」

「鬼姫のことか。まだ忘れられんのか、銀時」

「忘れることはねえよ。先生のことも」

 銀時は、桂に酒を注ぐとトロのにぎりを一つ摘んで口に入れた。

 もう入らないと思ったが、酒が入ると不思議と摘みたくなる。

「銀時。高杉がまた江戸に出てきている」

「高杉が?また、なんかやるつもりかよ」

 銀時はうんざりした顔になった。

 紅桜のことや、高杉が裏で糸を引いて真選組に内乱を引き起こした事件の記憶もまだ新しい。

 高杉が江戸で動くたびに、銀時は結構ひどい目にあっていた。

「まだ、あいつが何をやろうとしているのかわからん。探らせてはいるが、なかなか情報が入りにくくてな。江戸に来ているのは確かだが、どこに潜伏しているかもわかっていない」

「ふ〜ん。何をやらかすにしろ、迷惑この上ねえな。だいたい、昔からあの野郎、常に派手好みだから巻き込まれたらたまったもんじゃねえ」

「だったら、真選組とかかわるな、銀時。先日の事件は貴様がかかわることではなかったろう。真選組にかかわる限り、高杉とやりあうのは必至だぞ」

「かかわらなくたって、あいつとはやりあうことになるさ」

 銀時の顔を見つめていた桂は、肩を落として溜め息を吐いた。

「おまえと高杉の関係は、今もよくわからん。しょっちゅう喧嘩ばかりしていながら、気がついたら寄りそうように一緒にいた。仲がいいのか、悪いのか」

 銀時は赤い瞳を伏せた。

「俺も・・・よくわかんねぇ」

 

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