無数の死体が転がる戦場を背にしながら、前を行く男から一定の距離をあけて歩いていた子供は、ふいにピタリと足を止めた。 このまま男についていっていいのだろうか。そんな迷いが小さな頭をよぎったのだ。 子供は肩越しに振り返った男の顔をじっと見つめる。 優しそうな顔だが、何を考えているのかなんてわからない。 自分を捕まえてひどいことをしようとした男たちとこの男が、同類ではないなどと、どうして言い切れる? 「どうした?疲れたか?」 「・・・・・・」 子供の手には、先ほど己が渡した刀がしっかりと抱えられている。 まだ十歳にもならないだろう幼い子供には、刀はさぞかし重いだろう。 しかし、子供は抱えた刀を引きずることも、放り出すこともせずに大事そうに持って歩いていた。 ふと見ると、子供は裸足だ。着ている着物すら、おそらくは死体から剥ぎ取ったものだろう。 その小さな体に合っていない大人の着物は、単に肌を覆うものでしかなく、どこか寒々とした感じだ。 ついて来いと言った男は、子供に手を差し伸べはしなかった。 その代わり、背を向けたまま子供の前で膝をついた。 子供には男の動作の意味がわからず、戸惑ったように瞳を揺らした。 「おいで。おぶってあげよう」 男が言ってることは理解できているようだが、それでも男の意図がわからない子供は迷ったように首を動かすだけだった。 男は急かすでもなく、子供の意思にまかせて待った。 しばらくして。 「・・・いいの?」 小さな声で子供が問う。 警戒心を持ちながら、誘惑に弱い面をも見せる子供に、男は微笑んでみせる。 大人は敵で、実際子供にとって命の危険すらある存在だったろうが、それでも優しさに対しては甘えたくなる。 そして、子供が甘えるのは本能だ。 子供はそろそろと近づくと、向けられる男の背にぴとっと頬と肩をつけた。 出会った時の、まるで人を寄せ付けない狼の子のようにピリピリしていた様子は、この時にはない。 男のことを信用したわけではないだろうが。 だいたい、男が言ったことを子供は殆ど理解していないだろう。 ただ、なんとなく引き寄せられるように男の後についてきたという感じだ。 「刀は私が預かろう」 男はそう言って子供が抱えていた刀を手に取った。 もともとは男の持っていた刀だ。だが、いったん子供に渡したからにはもう自分のものではない。 だから、男は”刀を預かる”と言った。 子供を背におぶった男は、再び歩き出した。 「私の名は、松陽。君の名前は?」 男は背中の子供に尋ねたが、子供は無言だった。 言いたくないのではなく、もしかして名前がないのかもしれない。 鬼がいると聞いてやってきたと男は言ったが、実は戦場をさまよう子供のことは知っていた。 一年に数度顔を見せにやってくる知人が、松陽に旅の間にあったことや噂話を聞かせてくれるのだが、丁度耳にしていた人を食らう鬼の話を松陽がしたら、その知人は大笑いした。 そして、こう言った。 戦場にあるのはそのような非現実な鬼ではなく、悲しい現実なのだと。 「名前がないのなら、私が名付けてもいいかな」 坂田金時ではどうだ? 昔の武将だが、子供の頃に熊と相撲をとって勝ったという豪傑だよ、と松陽が言うと、子供は目をぱちくりさせた。 「オレ、熊と相撲とったことない」 狼とは出会ったが、熊は見たことがないと、子供は言った。 「そうか。狼には会ったか。襲われなかったかい?」 背中の子供は、黙って首を振った。 「狼は優しい。寒いとき、あっためてくれたこと、ある」 「それは良かったな。狼の毛並みなら、さぞあったかかったろう」 うん、と子供は頷く。 「では、熊と相撲をとった金時とは違うから、銀時というのはどうかな」 松陽が言うと、背中の子供はちょっと間をあけてから”うん”と小さく頷いた。
「ああ〜、やっぱり連れてきたのか」 松陽に、戦場を彷徨う子供の話をした男は、庭の木の下でちょろちょろと動く白い頭を見て苦笑を浮かべた。 この昔馴染みに話をすれば、絶対に興味を持って出かけるだろうとは思っていた。 そして、出会えば、障害がない限り必ず連れて戻るだろうことも確信していたので、予想通りの結果を目にしても別に驚きはない。吉田松陽という男はそういう人間だから。 縁側に腰かけた男の左脇には、小さな引き出しがたくさんついた大きな箱が置かれていた。 男は松陽より二つ三つ下だが、物心つく前から父親について日本中を旅していたせいか年の割りに落ち着いた雰囲気があった。 男は腰につけた煙草入れから煙管を出すと、刻み煙草をつめて火をつけた。 ぷか・・・と澄んだ青空に向けて丸く煙を吐く。 白い頭の他に、黒い頭が二つ見え、男は鼻の頭に皺を寄せた。 「なんで、アレらとつるんでんだ?」 他にもここには同じ年頃の子供がたくさんいるだろうに、よりによって、あの二人か。 男が渋い顔をすると、茶を運んできた松陽が面白そうに笑った。 「いつのまにやら、一緒に遊ぶようになったのだ。多分、気が合ったのだろう」 男は呆れたように松陽の顔を見つめた。 「気が合ったって・・・わかってるのか?手を焼くガキが三人に増えるぞ」 「君がどう思っていようと、あの子らはいい子だ」 「あんたにはいい子に見えても、世間じゃありゃあ”ワルガキ”というんだぜ?」 ガキのくせに、放つ気が既に違う。 松陽は、ふふと笑った。 「あの子らの成長が楽しみだ。私はゆっくり、ここで見守っていくよ」 「・・・・・」 ゆっくり・・・ね。男は首をすくめ、溜め息と共に煙を吐き出した。
「珍しいな。薬屋が来てる」 黒髪を頭の頂きで一つに束ねた少年が目を丸くしながら、彼らの師である松陽と並んで腰掛けている男を見た。 優しげな顔立ちの少年は、声もまだ高く少女のようにも見える。 「ほんとだ。前に来た時からふた月たってねえよな」 そう答えた少年は短い黒髪だが、ふっくらした頬と整った顔立ちはやはり女の子のようだ。 「薬屋ってなんだよ」 二人に挟まれるように立っていた少年が二人に尋ねる。 「薬屋っていうのは、薬を売り歩く商人のことで・・・」 「んなこた知ってんだよ、ヅラ!」 ヅラと呼ばれた少年は、ぷっと頬を膨らませた新入りの少年に眉をひそめる。 「ヅラではない。桂と呼べ、銀時」 「てめえはヅラじゃん」 「高杉!」 ムッとした桂小太郎に睨まれても何処吹く風で、高杉晋助は涼しい顔だ。 三人は同じ年頃だが、塾生としては小太郎が二人より先輩なので、何かと世話を焼いたり小言も言いまくる。 そのせいで、晋助にはうっとおしがられ憎まれ口を叩かれるのもしばしばだ。 そして、つい最近やってきた銀時も、晋助同様憎まれ口を叩くので、小太郎が大声を出す割合が日に日に増えていってる。 彼らの師である松陽が、どこからか連れてきた子供は、銀髪のはねっ毛で、白粉をつけた女よりも肌の白い子供だった。 極めつけは、やや暗い赤い瞳。 新参者の子供は、彼らがこれまで見たことがない異形の姿をしていた。 たまたま、どの塾生よりも早く松陽が連れてきた子供に会った小太郎と晋助だったが、何故か気が合い自然に三人つるむようになった。 他の子供たちが、最初気味悪がって銀時を遠巻きにしたせいもあって、今では常に三人一緒にいる。 日がたつにつれて、他の子供たちも慣れて遊ぶようになったが、既に三人の間に割って入ることはできなくなっていた。 子供の名は”坂田銀時” 後で聞いたら、それは彼らの師がつけた名前だった。 「銀時。おまえ、いくら大事でも、常に抱えたまんまってのはどうかと思うぞ?」 小太郎は、刀を片時も離そうとしない銀髪の友人を呆れたような目で注意した。 銀時が抱えている刀が、師のものだったことは知ってる。 最初、何故見たことのない子供が師の刀を持っているんだと首をかしげた二人だったが、一番驚いたのは師が会ったばかりの子供に与えたという事実だった。 師が時々突拍子のないことをすることは知っていたが、子供にぽんと刀をやってしまうというのはどう考えてもいきすぎだろう。 刀はおもちゃではないのだから。 師の親の代から世話をしている老人も心配したが、結局今も刀は銀時のもとにある。 刀にふさわしくなるまでは勝手に抜かないと約束したようだが、ちゃんと守られるのやら。 なにしろ銀時は刀を片時も離さないばかりか、寝る時も腕に抱いてるというのだ。 心配しなくても、誰もおまえから刀を奪わないと言ってもきかない。 そのうち、銀時が刀を奪われることを心配してるのではないことがわかってきた。 「ガキがさあ、持ってると安心するもんってあんじゃねえか。アレって、そういうもんじゃねえ?」 と言ったのは晋助だ。どうやら、自分にも覚えがあったらしい。 それがなんなのかは絶対に言わなかったが。おそらく口が裂けても言うまい。 そういえば、と小太郎も思い出す。 まだほんの小さな頃、母親の古い数珠を握ってないと不安で寝ることもできなかった時期があった。 実は糸が切れてバラバラになった数珠を数個お守り袋に入れて今も肌身離さずに持っている。 やはり小太郎もそのことを晋助に話す気にはならなかった。からかわれるに決まってるからだ。 あ〜あ、やっぱり今夜の祭りには行けねえなあ、と祭り好きの晋助が溜め息混じりに呟いた。 行ってくりゃいいじゃん、と銀時は言うが、晋助も小太郎も、三人一緒でなければ行きたくないと思っている。 だが、一緒に行くには、銀時の手から刀を取り上げなければならない。 十歳にも満たない幼い子供が刀を抱えて歩いていれば、必ず奇異の目で見られるし、それを師が黙認してると知られればどんな噂が流れるか。 それでなくても、白銀の髪に赤い瞳、色素の薄い肌の子供は目立つ。 彼らもこういう子供が存在することは知っている。 たまに、色素の薄い子供も生まれるし、それが白子と呼ばれることも医者の息子である小太郎には知識としてある。 白子として生まれたから親に捨てられたのだろうという者もあったが、それにしてはおかしいと首を捻った人間もいた。 えてして、そういう子供は日の光に極端に弱く、視力も弱いものなのだ。 だが、銀時にそういう面は全く見られなかった。 日中でも元気に走り回るし、それによって皮膚に火傷を負うこともない。 弱視どころか、普通よりも視力がよく、遠くのものまで見える。 そのため、不気味に感じる者もあったが、本人は全く気にしていなかった。 勿論、小太郎も晋助も気にしてない。 見かけがどんなにまわりと違っていても、銀時は間違いなく人間だと信じるから。 第一、彼らが尊敬する師が、大事に思っている子供なのだ。疎む理由がない。
「あいつら、なあに悪巧みしてやがんだ?」 三人の子供が、なにやらこそこそ言い合っている光景を男は眉をひそめながら見ていた。 ここからでは、遠すぎて何を話しているかはわからない。 だが、三人何をするでもなく顔をつき合わせてひそひそやっていれば、悪口を言ってるか何か企んでるとしか思えない。 他から見れば、まだ十にもならない子供相手に何を心配してるんだ?というところだが。 男の中では、既に悪ガキ三人組という認識が出来上がってしまっているようだ。 志波(しば)、と松陽が隣に座る友人を呼ぶ。 「君に頼みたいことがあるんだが」 「・・・・」 薬売りの男は、嫌な予感を覚えながら、松陽の顔を見た。 松陽が男を名前で呼ぶ時は、必ずと言っていいほど碌なことではなく、そして拒否できない頼みごとと決まっていた。 「今夜近くの神社で祭りがある。あの子らを祭りに連れていってもらえないか」 なんでオレが?と当然男は渋い顔になるが、にっこり微笑まれて頼むと言われると、嫌だとは言えなくなる。 初めて父親と一緒にこの地を踏み、目の前の男と出会った時に、もう二人の立ち位置は決まっていた。 相手が自分より年が上だったからというのが理由ではない。 それはきっと、吉田松陽という男の笑顔に弱いという自分に気づいたせいだ。 笑顔で頼まれると、どんなに面倒でも条件反射のごとく頷いてしまう。 (ああ〜〜これって、一生続くのかよ。まるで女房の尻に敷かれた旦那みたいじゃねえの)
「ほら、こうすれば刀を持ったまま出かけられるぞ」 薬屋が持ってきた細長い袋にすっぽりと収められた刀を銀時はマジマジと見つめた。 本来、道場の稽古用の竹刀を入れるように作られたものだというが、刀もきっちりと納まる。 とはいえ、そのまま手に持ったり肩に担ぐというのも問題なので、薬屋は紐をつけて子供の右肩から左脇に回して背負わせた。 これだと両手も空くし、重さも軽減できる。 第一、刀をそのまま持ち歩くよりは他人にいらぬ警戒心をもたれないですむ。 晋助・小太郎の二人も、おお〜、と感心したようにそれを眺めていた。 「本当は、こういうもんは家に置いておくもんだが、どうしても離したくないというから緊急の処置だ。わかってるな?」 言われた銀時はうん、と頷いた。 じゃ、行くかと薬屋が言うと、三人の子供はパアっと表情を明るくして男の前を並んで歩き出した。 銀時を真ん中に、右に小太郎が、左に晋助が寄り添って歩く。 これから行く祭りにわくわくしているのがありありとわかる三人の後姿に、薬屋は苦笑した。 確かに、この三人はまだまだ幼い無邪気な子供だ。多少生意気でも。 しかし、あと数年たてば、どんな人間に育っているか。 人を見る目は誰よりも鋭いと自負する男は、三人が三人とも、確実に平凡には程遠い生き方をするだろうと思っていた。 一人ならともかく、よくも三人揃ったものだと感心するほどだ。 もし、この先彼らに何事もなければ、きっと歴史に名を残す偉人ともなるだろう。 だが、おそらく彼らの未来は何事もないままでは終わらない。 近い未来、この国に戦が起こる。 既に江戸では小競り合いがおこっている。いずれ、江戸から遠く離れたこの穏やかな地にも、戦の火の手が上がるだろう。 戦いが長引けば、まだ幼い子供たちもいずれは戦場へ出て行くことになる。 松陽はそのことを誰よりもよくわかっている筈だ。 だからこそ、情報を集め、戦にならない方法を模索している。 けど、無理だな、と薬屋は吐息をつく。 何故なら、吉田松陽という男は、誰よりも侍であろうとしてるからだ。
飴売りは子供たちが言った通りの小鳥や小動物を器用に箸の先に作り、出来上がった飴細工を、伸びてきた小さな手に渡していった。 三人の子供は、その出来栄えにフ〜ンとかヘエ〜とかひとしきり感心してから嬉しそうに口に入れた。 甘いものが好きなのはやはり子供だ。 特に、銀時は甘いものに目がないようだった。 露店が並ぶ境内につくと、それこそ目を輝かせながら団子や飴に鼻をひくつかせる。 食べ物を得るために戦場を渡り歩いていたのは知っているが、その前まではどうしていたのか、親は生きているのか。 気になる大人も多いだろうが、松陽は全く気に留めていないのか子供に尋ねたこともないようだ。 おそらく、この先も聞くことはないのだろう。 「欲しいものがあれば言え。今夜は懐があったかいから、なんでも買ってやるぞ?」 そう子供たちに言うと、何か言いたげな目で男はじーっと見られた。 その金がどこから出たものか知ってるぞ、という顔だ。可愛くない。 自分の子供でもないのに、面倒を頼まれたんだから、当然金は向こう持ちなのは当然だろうが。 ふん、と面白くないというように鼻を鳴らすと、薬屋は懐から煙管を取り出した。 あ、と腰のあたりで小さな声がする。 「オレ、それが欲しい」 それ、と晋助が指さしたものは、男が手に持つ煙管だ。 「バカ言え。これは京で作った一品モノだ。子供の玩具じゃないよ」 「誰があんたのモノが欲しいっつったよ。あんたが散々使った唾液まみれのもんなんかいらねえ。オレ用の新しいのが欲しい」 だから、と男は顔をしかめて、くそ生意気な子供の頭を見下ろした。 他の二人のようにおとなしく飴食ってろよ。 「煙管なんかどうすんだ?」 「格好いいじゃん、吸ってるとこ」 「ガキはまだ吸っちゃいけません」 「十五になるまで吸わねえよ。いいじゃん、それまで大事に持ってるから」 十五になったら吸う気かよ。男は溜め息を吐く。 「それって、煙いけど、いい匂いするよな。オレは吸う気ねえけど、匂い嗅ぐならいいや」 ひくひくと鼻を鳴らしながら銀時が言うと、小太郎は、そうか?と同意できないという顔で首を傾げた。 「駄目だな。十五でもまだ早いし。オレが吸い始めたのは十七だったぞ」 あんま、変わんないじゃねえか、と晋助は不満そうに口を尖らせる。 「だ〜め。子供は飴を舐めてるのが子供らしい」 十にもならないチビが煙管なんか持ってどうするよ。 「あ、金魚すくいやってる!」 飴を口に入れたまま、銀時がトコトコと駆け出した。 「こら銀時!一人で駆け出したりするな!」 小太郎が小走りに銀時の後に続く。 ほら、おまえも行け、と薬屋がむくれ顔の晋助の小さな肩を小突くとさらにむくれて口を開いたが、しかし何も言わず二人が向った金魚すくいの露店に足を向ける。と、ふいに晋助は足を止め、くるりと後ろを振り返った。 「なあ、薬屋ァ。金魚すくい得意かぁ?」 「おう。得意中の得意だ。店の親父が青くなるほどにな」 男は自慢するようにニッと笑った。 「へえ、そうなんだ」 晋助もニヤッと笑う。 「オレもすんげえ得意だぜ?」 勝負しねえ?と明らかに挑発してくるくそチビに、薬屋は、マズったかという表情で舌打ちを漏らした。
子供にとって、世界と言えるところはひどく狭い。 自分の家と遊び場と、そして大人になるための学び舎と。 だから子供たちは、今この国がどういう危機にあるのか全く知らなかったし、知ってもそれがどれだけの危機なのかもわからない。 ただ、小太郎と晋助は大人の会話を耳にする機会があるので、この国の状況が決していいものではないことを多少は知っていた。 天人という、空からやってきた異邦人が自分たちを受け入れろと幕府に要求していることも大人たちの話から聞き知っている。 だが、まだ幼い彼らには、それが自分たちにどういう影響を及ぼすのかまではわかる筈もなかったが。 「んで?その天人ってさあ、どんな姿してんだ?」 二人と違って大人同士の話を耳にすることが殆どない銀時は、晋助と小太郎の会話を耳にし、ひどく興味を示した。 戦場を歩き回っていた銀時だが、実際に彼らが敵として戦っている相手を見たことがなかったのだ。 ただ、闇の中に身を潜めていた銀時の目に、やたら大きな影が何度か映ったことがあるくらいだ。 見かけが大人に嫌悪感を与えるということをなんとなく気づいていた幼い銀時は、大人の前に姿を見せることは全くなかったし、侍の姿があればすぐに身を隠した。 何故か侍は常に気が立っていて、下手に姿を見せれば女子供でも斬られることがあったのだ。 銀時は、昼間は人が立ち入らない穴倉や廃屋で眠り、日が落ちて暗くなりかける頃に歩き回っていた。 松陽と出会ったのも、夕暮れだった。 「どんな姿って・・・」 どんなだ?と晋助が小太郎の方に顔を向けて訊く。 小太郎は、オレに振るな、と眉をひそめた。 「おまえら、見たことねえの?」 「ここらでは見ねえからな。だいたい、姿見た途端殺されっだろ」 「村一つ、ひと晩で消えたって話、聞いたな。腕の立つ侍もかなり倒されてるっていうから、相当に強いんだろうけど」 「化け物だよ、化け物。いつも野菜持ってくる藤次は、真っ黒な鬼が、馬鹿でかい鉄の棍棒振り回してるのを見たって言ってたぜ。遠くからだったみたいだけどさ」 鬼かあ、と小太郎と銀時は晋助の話から敵の姿を想像してみる。 子供たちにとっても、強いというイメージはやはり鬼だ。 桃太郎に出てくる鬼みたいなのかな?と小太郎が言うと銀時が首をかしげた。 「何?桃太郎って」 「なんだ、知らねえのかよ。桃太郎ってのはなあ、鬼を退治した侍のことなんだぜ」 へえ〜と銀時は目を大きく見開いた。 物心つく前から、たった一人で生きてきた銀時に、昔話をしてくれる者などいなかったから知らないのも当然だ。 「それって、どんな話?」 「なんだ、聞きてえの?」 銀時は晋助の顔を見て、聞きたい!と答えた。 赤い瞳にわくわくした色を浮かべる銀時に、晋助はなんか気分がよくなって、よし、聞かせてやると胸を張った。 「じゃあ、お堂んとこ行こう。なんか、今、水滴が顔にかかった」 小太郎の言葉に二人が空を見上げると、いつのまにか黒い雲が広がっているのが見えた。 「よし!雨宿りの間、オレが知ってる昔話をぜーんぶ話してやるぜ、銀時ぃ」 「まじでかっ?」 銀時は嬉しそうに笑うと、晋助・小太郎と一緒に雨を避けるため、お堂に向って駆けていった。
「おまえなんか、嫌いだ!」 「なにぃ!」 べえ〜と舌を出して悪態をつく銀時に、晋助は真っ赤になってその顔を睨みつけた。 「バカをバカと言って何がわりぃんだよ!」 「オレはバカじゃねえ!先生がそう言った!」 「何言ってんだ。おめえはどうしたって、オレよりバカだろ」 「てめえがバカじゃん。剣術でも腕相撲でも、オレに勝ったことねえし」 「そりゃ、おめえが体力バカなだけじゃねえか」 「バカ言うなバカ!」 「バカはバカだろ、バ〜カ」 ムムッと口を尖らせて睨んでいた銀時は、フンとそっぽを向くとドカドカと足を踏み鳴らしながら晋助から離れていった。 「どこ行くんだ、銀時?」 二人の言い合いをうんざり顔で眺めていた小太郎が銀時の背に向けて問うと、帰る!と簡潔な答えが返ってきた。 あっそ。 一度も振り返らずに道の向こうへと消えていった銀時に、小太郎は深い溜め息をつく。 晋助と銀時の言い合いはもはや日常茶飯事だ。 互いを嫌っているなら、会うこともない。 しかし、小太郎がいるとはいえ、毎日顔を突き合せるのは、やはり相手が気になるからだし、好きだからだ。 それがわかるから、小太郎は言い合いする二人を貶さないし、ただ黙って見ているだけでいる。 「毎度毎度溜め息なんかつくなよ、ヅラ」 ヅラじゃない、と小太郎はいつものように言い返すと、また息を吐いた。 「うっとおしいんだよ、おめえはよぉ」 溜め息つくな、バカ。 「バカというのは、おまえの愛情表現のひとつだと思うがな」 はあ〜?と晋助は目を瞬かす。 「なにわけわかんねえこと言ってんだ?」 「どうでもいいけど、オレたちも帰ろう。もう日が暮れる」 この時期、日が落ちたらすぐに暗くなる。 最近、正体の知れない余所者を見たという噂があるので、小太郎は親から暗くなる前に必ず家に帰ってこいときつく言われている。 それは晋助も同様だ。 得体の知れない余所者がもしかして天人だったら、と子供たちは怖がったが、晋助は逆に好奇心を刺激された。 鬼のようだという天人。いったいどういう姿なのか、かなり興味がある。 「高杉。過ぎた好奇心は身を滅ぼすっていうだろ。おかしなこと考えるなよ」 さすがに高杉のことがよくわかっている小太郎がしっかりと釘を刺した。 「おかしなことってなにさ?」 「おまえの顔を見たら一目瞭然ってことだ」 晋助は、フンと鼻を鳴らす。 「それって、オレだけじゃねえぜ。銀時だって、見たいっつってた」 「・・・・・」 二人は銀時が消えた道の向こうをじっと見つめた。 あの道の先には松陽先生の家がある。よもや、一人で天人探しをやるとは思わないが。 銀時だからなあ。バカだし・・などと失礼なことを二人が言い合っている頃、銀時は既に屋敷の門をくぐっていた。 吉田家の母屋は生活区と子供たちに勉学を教えている塾となっていた。 庭を挟んで母屋から離れたところにも建物があるが、そこはかつて吉田家の使用人に使わせていたものだった。 今は松陽の身の回りの世話をしている老人一人しかいないので、母屋で一緒に暮らしている。 松陽の父が亡くなり、一人になったので恐縮する老人を説得し離れから母屋に呼んだのだ。 その老人は今朝から娘夫婦のもとに行っていて、帰りは明日の昼頃になるはずだった。 今夜は松陽と二人っきりで過ごす。 銀時が松陽と出会った時、彼の腰あたりしかなかった背も、今はもう肩のすぐ下あたりまで伸びていた。 そのうち、追い越して見下ろされるかもしれないなあ、と尊敬する先生は笑いながら言って銀時の頭を何度も撫でてくれた。 早く大きくなって、大事な先生を守れる強い男になりたいと銀時は願っている。 今はまだ小さいが、頑張って薪割りもうまくなったし、最初は失敗ばかりだったご飯炊きもうまくこなせるようになった。 味噌汁くらいなら銀時にも作れる。 野菜を切って、出汁の入った鍋に入れて煮る。 今朝、隣のおばちゃんからもらった芋の煮っころがしと漬物を添えれば夕飯は完璧だ。 二人の友人の心配など、この時の銀時には全くの杞憂で、頭の中は今日の夕飯のことで一杯だった。 あ、風呂も沸かさなきゃ・・・・ 「・・・・・・?」 母屋の前まで来た銀時の足がピタリと止まる。 鼻を刺激する、かつては嗅ぎなれた匂いに銀時はキュッと眉をしかめた。 なんで、ここでこの匂いが漂うんだ? 眉間に皺を寄せた銀時は、ひくひくと鼻を動かすと刀を抱える手に力をこめた。 「せんせえ?」 どこ? 銀時は草履を脱いで母屋に入ると、血の匂いを辿りながら廊下をそろりと進んだ。 血の匂いは容赦なく銀時に嫌な予感を感じさせる。 シンと静まり返った母屋。先生がいるはずなのに、感じない気配。 そして、いつも松陽が訪れた客と会う時に使っている奥の部屋まで来た時、障子に映った背の高い影が目に入った。 その影は勿論、銀時が慕う先生のものではない。 笠をかぶった大きな影だ。 客? 聞いてない。客が来るなんて聞いてない。 第一、なんでこんなに血の匂いがする? ポタ・・・と水滴が畳の上に落ちた音が耳に入り、銀時の肩がピクリと震えた。 黒い影が僅かに動いたせいで、身体の陰になって見えていなかった刀の鋭い切っ先が障子に映し出される。 「先生!」 銀時は抱えていた刀の柄に手をかけて、閉じられていた障子を開いた。 部屋の惨状を見た銀時は、ひっ・・と息を飲み赤い瞳を見開いた。 畳の上には血溜まりができていた。 壁には飛び散った血が模様を作り、その中心に長い髪を肩までたらした男が首を折った姿で柱にもたれて座っていた。 動かないその姿に、銀時は悲鳴を上げそうになった。 「ほお・・・おまえは」 笠を被った見知らぬ男は、銀時の姿を振り返り意外そうに目を瞬かせた。 「おまえは○○か。これは驚いた。もうとうに存在しなくなったかと思っていたが、こんな辺境に生まれていたか」 それとも、ここが伝説の場所だとでもいうのか。 「先生を・・・先生を斬ったのはおまえかっ!」 「先生?ふっ・・おまえはこの男の弟子かなんかか。それは運がなかったな」 男は銀時を見て笑った。 「この男は我らにとって、生きていてもらっては面倒な存在だったのでな」 だから死んでもらった。 「きっさまあぁぁぁっ!」 怒りに顔をゆがめた銀時は、柄を握る手を引いて刀を引き出そうとした。 だがそれより早く相手の大きな手が銀時の細い手首を掴む。 「うっ・・くそっ!」 刀を引き出そうとした手が、握りつぶされそうな力で締められ銀時は痛さに顔をしかめた。 「それでワシを斬るか」 おまえが。 くくく、と男は喉で笑った。 「まだまだ幼いの。死ぬには早いぞ、小僧。この星の資源は我らには貴重。まだ当分は生きていてもらわねばな」 男はそう言って笑うと、銀時の手首を掴んだまま持ち上げ、ブンと外に向けてその小さな身体を放り投げた。 うわっ!と声を上げたその小さな身体は、地面に叩きつけられる前にフッと消えた。 ほお・・?と男の目が見開かれる。 「やはり守られているか」 確かに正体を知るワシのそばには置いておけんよの。 男は、声もなく楽しげに喉を震わせた。
ああ、くそっ! オレは別に銀を心配してんじゃねえぞ、こら。ズラの奴がうるせえから。 だいたい、オレは先生に本を借りにいくんであって、銀時なんかどうでもいいんだからな。 それに、謝るのは銀時であって、オレじゃねえだろうが。 バカをバカと言って何がわりぃんだよ。やっぱヅラもバカじゃねえの。 ブツブツ文句を言いながら晋助は、塾に向って歩き続ける。 日が落ちて、だんだん空が暗くなってきた。 これでは、暗くなる前に家に戻るのは無理だ。 いいけどよお。どうせ、お説教はいつもとおんなじで、聞き流しておきゃいいんだし。 ふと、晋助の目にこちらに向って歩いてくる男の姿が入った。 背の高い、晋助が見かけたことのない男だ。 見た感じ人間で鬼の姿はしていないが、余所者には違いない。 誰だろう? この道の先には松陽先生の屋敷で晋助らが通う塾がある。 松陽先生のもとによく来るのは昔馴染みという薬屋だが、他にも客が時々訪ねてきていた。 それは侍だったり、商人だったり、お坊さんだったりもした。 彼らは屋敷の奥の部屋で先生とよく話しこんでいた。 この人も、先生を訪ねてきたのだろうか?と思いながら晋助は男とすれ違う。 既に生まれておったか。 え?と晋助は足を止めて振り返る。 晋助の視線の先で、夕闇に溶け込むような黒いマントが揺れて離れていく。 なに?一人言・・・だよな? 黒い男は、晋助の視線を感じながら含み笑いを漏らす。 (同じ時期に、しかも二つが同じ土地に存在するとはなんとも珍しい。やはり、この星は興味深い) なんだろう? 晋助は首を傾げる。 得体の知れない不安が湧き上がる。何か・・・いや、何かが起こり始めている?
顔を焼かれそうな熱気を感じて銀時は目を覚ました。 何故か地面にうつ伏せになっていることに気づき、慌てて身体を起こした銀時は、目の前の光景に茫然となった。 ついさっきまで自分がいた松陽先生の屋敷が炎に包まれていた。 う・・そだ・・・なんだよ、これ・・・・ 「なんなんだよ、これ!」 せ・・んせい・・・・先生は!
嘘だ、こんなの! うそだぁぁぁっ!
松陽せんせーい!!
「銀時が風邪引いたあ〜?」 なにそれという顔で晋助は小太郎を見た。 ここんとこ寒かったからな、と小太郎が言うと、晋助は顎を上げ目を細める。 「バカは風邪引かないんじゃねえのかよ」 「高杉。いい加減毒づくのはやめろ」 「あいつ、バカじゃん。ずっと引きこもっててさ。オレたちと口もきかねえんだぜ」 声をかけても無視されるのではさすがにいたたまれず、晋助はしばらく銀時の顔を見ていない。 最近、父親についてお城へ上がったこともあり、昔のように自由に外出できなくなったこともあるのだが。 「銀時は、まだ先生の死が受け止めきれないんだ」 「そりゃ、オレだっておんなじだ」 松陽先生が亡くなってから既に二ヶ月が過ぎる。 銀時の話から、松陽先生は何者かに殺されたらしいとわかったが、その理由は誰にもわからなかった。 天人に関係しているのではないかという噂も流れた。 松陽先生が攘夷に関係していたという話があり、現に攘夷志士の何人かと彼は親しかった。 大人たちは先生の死について好き勝手に言ってくれるが、晋助も小太郎も、松陽先生は親よりも敬愛し大切に思っていた。 大きくなっても、先生はずっと自分たちのそばにいてくれると信じて疑わなかったのだ。 銀時も同じ気持ちだったろうが、松陽先生に拾われ一番近い場所にいただけに、二人とは違った思いがあったろう。 二人はしばらく、突然失ってしまった人のことを思い言葉を途切らせた。 「今日は一日時間があるんだろう、高杉?」 小太郎は晋助の手に風呂敷包みを持たせた。 「なんだ、これ?」 「母上が作ってくれた弁当だ。病人向きに消化のいいものをいろいろ入れてくれた」 「あっそ。でも、なんでオレに持たせんだよ」 「オレは父上に頼まれた薬を病人に届けてくる。先に銀時の所へ持って行ってくれ」 「ふうん・・・わかった」 晋助は弁当の包みを持って、かつて松陽塾のあった場所へと歩いていった。 屋敷は門を残して焼け落ちたが、離れまでは火が回らなかったので幸いにして残った。 銀時は今その離れで生活している。 吉田家に昔から仕えていた老人は娘夫婦のもとへ行き、銀時はたった一人でかつて松陽先生がいた場所を守っている。 残された僅かな畑に出て、銀時は日がな一日世話をしていた。 それしかやることがないというように。 松陽先生という保護者がいなくなった今、銀時は一人で生きていかなくてはならないのだ。 焼け残った門をくぐった時、冷たい風が晋助の身体を通り抜けた。 「さっみぃ・・・」 晋助は、包みを抱えながらぶるっと身体を震わせた。 焼け落ちた屋敷の跡はそのまま残っていた。 晋助はそれを横目で見ながら離れへと向う。 かつては、門から入ると母屋の陰に隠れて見ることができなかった離れの小屋がはっきりと見える。 晋助は木戸を開けた。 「銀時ぃ?」 中を覗くと、こんもりと盛り上がっている薄い布団が見えた。 風邪を引いて寝込んでいるというのは本当だったらしい。 火の気が全くない小屋の中は、外と変わらない冷気に包まれている。 囲炉裏の火は完全に消えてる状態だ。 薪の束が囲炉裏の傍においてあった。おそらく、置いたのは小太郎だろう。 「おい、銀時。薪ぐらいたせよ。寒ぃだろうが」 晋助は寒さにブツブツ文句を言いながら、風呂敷包みを置いて上にあがった。 小屋は板敷きなので、素足には氷のように冷たい。 「寝てんのか、銀時?」 晋助が声をかけてもピクリとも動かない白い頭に、晋助はフンと鼻を鳴らし囲炉裏に火を入れた。 火が入ると、ようやく冷気が薄まった気がして晋助はホッと息を吐いた。 「銀時ぃ、メシ持ってきたぞ。メ・シ!」 晋助は四つんばいになって近づき、薄い掛け布団から覗く白い頭に向って言った。 だが、やはり銀時は動かなかった。 晋助は首を傾げた。いつもの銀時なら悪態をつきながら起きるはずだ。 「おい、銀時?具合、マジで悪ぃのか?」 いつもと様子が違う銀時に心配になって晋助は銀時の身体に手を伸ばした。 「・・・・!」 氷のような冷たさに、晋助は思わず手を離した。 「銀時!」 晋助は目を見開き、大声で銀時の名を呼んだ。
父親に頼まれた薬を届け、遅れて銀時のいる、かつては吉田家の離れだった小屋にやってきた小太郎は、木戸を開けた途端目にした光景に固まった。 なんと晋助が銀時の身体の上に乗りあがって唇を重ねているのだ。 「な・・にやって・・高・・・」 驚きに目を瞠っている小太郎の前で、晋助は今度は銀時の顔を平手で叩き始めた。 「息しろよ、銀時!息をしろって!」 小太郎は、ハッとして土足のまま板敷きの上にあがった。 「銀時!」 銀時の顔は血の気を失い、普段でも色が白い頬が青くなっていた。 小太郎は銀時の手を取った。 体温を殆ど感じない冷たさに、小太郎は顔をしかめる。 脈はあるが、かなり弱い。消えてしまいそうだ。 「続けて、高杉!」 晋助は再び銀時の口に息を吹き込んだ。 「息をしろ、銀時!銀時!」 晋助は何度も息を吹き込み、名前を呼び続け、そしてようやく銀時の口からひゅうと息を吸い込む音がした。 「息、吹き返した!吹き返したよ、高杉!」 小太郎は銀時の手を両手で握ったまま銀時の顔を覗き込んだ。 銀時は苦しそうに眉間に皺を寄せたが、ちゃんと呼吸をしているのを確認し、晋助はハァァ・・と安堵の息を吐いた。 「オレも死ぬかと思った・・・」 疲れた〜〜と晋助は銀時の横にパタンと仰向けになった。 「よくやったよ、高杉。救命処置の仕方、文句言われても教えといて良かった」 「んなの、覚えてっかよ。息してないなら吹き込むしかねえと思ってやっただけだぜ」 「何言ってんの。覚えてたんだよ。ちゃんと気道確保してたじゃないか」 「ああ?気道ってなんだよ?」 「・・・・ま、いいよ。息吹き返したんだから」 オレも死んじゃうかと思った。 「そうか?だったら三人で先生んとこに行くのも良かったかもな」 「馬鹿なことを言うんじゃないよ、高杉。そんなこと、先生は決して許さない。オレたちは生きていかなきゃいけないんだ」 これからもずっと生きていって。 「オレたちは大人になるんだ」 「・・・・・・」 「お湯沸かすから、水くんできて、高杉」 高杉はええ〜と不満顔になったが、いつもの悪態は口から出ず無言で起き上がると水を汲みに外へ出て行った。
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