「おお〜トシィィ!いいところへ戻ってきた!」

 唐突に耳に飛びこんできた野太い声が屯所に戻ったばかりの土方の足を止めた。

 声の方をゆっくりと振り返ると、誰もが必ずゴリラを連想するという野性的な顔に満面の笑みを浮かべた真選組局長、近藤勲がまっすぐ土方の顔を捉えている。

 そのゴリラ顔に浮かぶ、なんとなくホッとしたような色は多分見間違いではない。

 そして、それは多分にやっかいごとを持ち込まれる時と決まっていた。

 チッ・・とつい舌打ちが漏れる。

 いつもなら見回り中になんらかの揉め事に出くわして時間をくうことになるのだが、この日は何もなくてスムーズに屯所に戻ったのが裏目に出たようだ。

 こんなことなら、山崎を使いに出すんじゃなかった。

 近藤に来い来いと手招きされて、土方十四郎は仕方なく向きを変えて歩き出した。

「あ〜、見回りから戻ってすぐで悪いんだが、この方をかぶき町まで案内してもらえんか」

「・・・・」

 近藤が”この方”と呼んだのは、長身の天人だった。

 襟の立った灰色のスーツの上から腰までの黒いマントを羽織った男。

 天人には異形のものも多いが(初めて地球に下り立った天人は、どう見ても二本足で歩く犬であった)目の前に立つ天人の男はほぼ人間に近い容姿をしていた。

 違うのは青ざめたような肌の色と瞳のない濃紺の目くらいだ。

 短く刈り込んだ髪は艶のある黒い髪である。

 江戸にきてから数年、異形の天人にもいい加減見慣れたが、やはり人間に近い姿の天人の方が接しやすい。

「シカゴから来られた金剛さんだ。金剛さんは天人の犯罪者を取り締まる組織に属していて、いわば我々と同じ警察官でな」

 天人の警察官・・・そりゃまた珍しいと土方は素直に思った。

 江戸で特殊警察隊真選組を組織してから数年たつが、天人の警察官にお目にかかったのは土方も初めてである。

 というか、そんなのあったのかというのが正直な気持ちだ。

 江戸では治外法権を盾にされることが多く、天人の犯罪者の扱いは極めて難しい。

 犯罪にあっても江戸の人々は泣き寝入りするケースが殆どといってよかった。

「シカゴっつーのは、米国の一都市でしたかぃ」

 天人の男は、ほお〜という顔で、頭一つ低い土方の端正な顔を見つめた。

「よくご存知だ」

「まあ、それくらいは」

 これでも地球儀くらいは持ってるもんでね、と土方が答えると、天人の男は目を細めた。

 米国は最初に天人たちが手をつけた国である。

 そのせいか、制限なしに大量に天人たちが下り立ち、気づいたら天人たちの無法地帯と化していた。

 しばらくして、力を持った天人が人間と手を組み新しい政府を作って押さえ込んだが、それでも凶暴で無秩序な天人たちの流入はすぐには止まらず、未だ平穏とは言いがたい状況らしい。

 凶暴な天人に対しては人間の力はなきに等しいため、仕方なく同じ天人が治安のために組織を作ったようだ。

 この江戸は最初から力のある天人たちが幕府と手を組んで、天人たちの流入を制限したため、表面上は平穏を保っている。

 攘夷浪士たちのテロ活動は今も収まることはないが、それでも凶暴な天人たちに暴れられるよりはずっとマシだった。少なくとも攘夷志士は人間を人間と見ている。

 だがヤツらは、人間を猿と見下していた。きっかけがあれば、平然と人間を無差別に虐殺するだろう。

「実はな、トシ。金剛さんが追っている天人の犯罪者が江戸・・・それもかぶき町に潜伏しているらしいという情報が入ったそうなんだ」

 土方は瞳を瞬かせる。

「かぶき町に?」

「かなり過激で残忍なヤツでね。できれば、この地で犯罪を犯す前に捕らえたい」

「・・・・・・」

 やれやれ、と土方は眉をひそめて吐息をつく。

 今でさえ攘夷侍の残党が引き起こすテロに手を焼いているというのに、わざわざ他国から追ってこなきゃならない犯罪者まで相手にしなきゃならんとは。

「やっぱ人手が足んねえよ、近藤さん」

 数ヶ月前に起こった大規模テロで、真選組の隊士が相当数殉職し、どの隊も人手不足の有様だった。

 幸い、これまで大きな事件がなかったので、なんとかやってきたが、しかしいつまでも平穏とはいかない。

 なんといっても、この江戸は世界に誇る巨大都市と同時に、犯罪も多い場所でもあるからだ。

「わかっている。なるべく早く人を集めるから、それまで頼む、トシ」

 な、と近藤に頼まれると土方も嫌とはいえない。

 もとから拒否するつもりもなかったが。

 勿論、江戸の治安を脅かす者は誰であろうと許さない。

 手が足りないからというのを理由に、犯罪を見逃す気も土方にはさらさらなかった。

 

 

 土方に連れられかぶき町までやって来た金剛は、その賑やかさに目を瞠り、時々足を止めては興味深そうにまわりを眺めた。

 表情はまるで鉄仮面のように動かないが、瞳のない目だけはかなり感情をはっきり見せてくれる。

 話してみると、天人にありがちな、高飛車で人を見下す所がない。

「あれは茶店だな」

 金剛は、ふと目に入った団子屋で休憩していかないかと土方を誘った。

 丁度一回りしたところでもあり、土方に断る理由もなく二人は団子屋に腰を下ろした。

 出てきた娘に、土方は茶を頼む。

「随分とこの国も変わったものだな」

 天人が増えるにしたがって町の様子が変貌するのはどこの国も同じだが。

 しかし、この国はそう簡単には変わらないと思っていた、と金剛は言う。

「変わったのは江戸や大坂といった一部の都市くらいで、他はそんなに変わっちゃいないよ」

 そうか、と金剛は運ばれてきた茶を啜った。

 湯呑みから茶を啜る天人を見て、土方は僅かに首を傾けた。

 日本の茶に慣れない天人は、たいていその苦さに顔をしかめるものなのだが、金剛は平然としている。

「あんた、江戸に来るのは初めてじゃねえのか?」

 金剛は湯呑みを持ったまま、土方の方に顔を向けた。

「ああ、初めてじゃない。前に来た時は、まだ戦争中だったがな」

 ・・・戦争。

「攘夷戦争か」

「そう呼ばれているようだな」

 天人の間では、侍掃討作戦とか呼ぶものもいるが。または、史上最悪の悪夢だ。

 地球に下りてきた天人にとって、これまでにない体験だったろう。

 まさか、自分たちが未開の猿と呼んでいる地球人との戦いが長期化するなど、誰も予想していなかった筈だ。

「若い頃は傭兵として生きてきたから戦場は見慣れたものだったが、この星での体験は一番記憶に残っている」

「単に一番新しい記憶だからじゃねえのか」

 いつ頃来たのかは知らないが、攘夷戦争が終わってからまだ数年しかたっていないのだ。

 記憶が新しいのは間違いないだろう。

 金剛は、ふっと目を細めた。

 顔の筋肉は全く動かないのかと思えるほどなのに、目だけは実に感情豊かだ。

 もっとも、人の目を見る癖のある土方だからこそわかることであったが。

「そうじゃない。あまりにも信じられない光景だったからこそ、忘れられないのだ」

「・・・・・・」

「そうじゃないか?この星の人間は、我々に比べて実にひ弱だ」

 鋼のような皮膚も、尽きぬ体力もなく、傷の再生能力も弱いこの星の人間が、貧弱な武器だけを手に戦いを挑む。

 数百人が束になって挑んでも、その半分にも満たない天人に勝てない。

 最初はそういう戦いだった。

「この国は不思議な国だ。確かに自分たちの住処を守るために戦うのは珍しいことではない。というか、当然のことだ」

 平和主義だからと戦いもせず、あっさりと侵略者に住処を明け渡し、住民が殺されるのを黙ってみている連中もいるが、殆どは家族や大事な者を守るために抵抗する。

「そういう者たちは嫌いではない。私の星もそうやって戦い続けたからな」

「あんたんとこも侵略を受けたのか?」

「言ったろう。珍しいことではないのだ」

「あんたの星はどうなったんだ?」

「さあ・・・どうなったろうな」

「・・・・・・」

「そういえば、君は戦争に出ていたのかな?」

 いや・・と土方は首を振る。

「オレはまだガキだったし、攘夷戦争にはかかわっちゃいなかった」

「そうなのか?私が戦場で見た侍には、まだほんの子供にしか見えない者もいたぞ」

「オレがいたのは、攘夷とは無縁の田舎だったからな」

 天人の姿すら見たことがなかった。

 土方は茶を飲み終えると、胸ポケットから煙草を出して口にくわえた。

 いいか?と目で問うと、金剛が頷いたので土方はライターで火をつけた。

「で?そのガキみたいな侍が天人と戦っているのをあんたは見ていたのか?」

「偶然にな。追っていた男がたまたま地球に下りた天人軍の中に紛れこんでいたので、私は戦場に向うことになったんだが」

 そこで、初めて天人軍と侍たちとの戦いを間近で見ることになったのだという。

「巻き込まれなかったのかい?」

「幸いにも、な。しかし・・侍とはあんなにも強いものかと驚いた。自分たちより倍以上身体の大きな天人を、あんな細い剣で倒していくのだからな」

 しかし、その華奢にしか見えない剣が鋭い銀の光を放って天人たちを切り伏せていく。

 その様は異様でいて鮮やかで、何故か美しいとすら感じた。

「おかしな話だが、私は天人でありながら、天人を倒していく侍の姿に見惚れてしまった。特に、あの二人」

「二人?」

「ああ。今も生きているかどうかわからないが」

 

 

 

 

 

 激しい戦闘のあと、追っていた天人を探して崩れ落ちた城のまわりを歩いていた金剛は、多くの死体に囲まれるように寄り添っていた二人の侍を見つけた。

 この星の人間の年はよくわからないが、それでもまだ子供と言っていいような若い侍だ。

 返り血と、おそらく自分たちの血で全身を朱に染めた二人の若者は、崩れた壁にぐったりともたれかかっていた。

 金剛が近づくと、片方の侍がピクッと反応した。

 だが、顔半分、真っ赤な血に染まったもう一人の侍は意識がないのか反応しない。

 二人ともまだ息をしているようだが、このままでは助かるまい。

 

 ・・・天人か?

 ・・・そうだ。

 ・・・殺したきゃ殺していいぜ。もう、オレたちの戦い、終わっちまったからさあ。

 ・・・おまえは、なんのために戦っていたんだ?

 ・・・決まってんじゃねえか。

 

 守りたいもののためだ。

 オレは、ずっと・・・それだけのために戦ってきたんだ・・・・

 

 みんな・・・みんな、オレより先に逝っちまったけどさあ。

 

 

BACK