ミステリアス 18 |
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抜け穴から出た平次と光の前には、昨日彼らが渡ってきて、何者かに破壊された橋が見えていた。 館の反対側。 つまり後方にあるのは町へ続いている道だ。 「そうかあ。この抜け道を通れば、橋がなくても向こう側へ行けたんだ」 「なんで、あんな道を・・・・・」 「橋が使えない時のためじゃない?」 「ほかの道はダミーってか?戦国時代やあるまいし。なんで何本も作る必要があったんや?」 「敵から逃げるため・・・とか」 光が言うと平次は険しい顔つきで黙り込んだ。 「おい、おまえら無事だったのか!」 こちらへ向かって走ってきた車から顔を出したのは、毛利小五郎だった。 「おっちゃんか!あんたも無事やったんやな。ほかのみんなは?」 「蘭たちは町の警察に保護してもらってる。中森警部はヘリで館に向かうことになってるが・・・おまえらはどうやってここまで来たんだ?」 「抜け道通ってや。あん時オレらがおっこった道は迷路みたいになっとってな。結局出たんは館のすぐそばやったけど、その後で見つけた道がここに出たんや」 「やっぱりまだ道があったか」 どうやら消えた礼子さんはその抜け道に入ったようだと小五郎が言ったその時、館の方から一発の銃声が響いてきた。 「なんだっ!」 平次たちはびっくりして橋の向こう側に顔を向けた。
工藤・・・・!
一時的に意識を飛ばしていたのか、新一が目を開けた時キッドといたのはさっきとは違う場所だった。 「気がついたか?オレがわかるか名探偵?」 ひんやりとした手が、仰向けになっている新一の額に触れた。 見るとキッドはモノクルはつけているものの、シルクハットはかぶっていない。 何が・・・・と思った瞬間、目の前に銃を持った男が山根礼子を撃とうとしているのが見えた。 勿論それは幻影であったが、覚醒しきっていない新一にはとっさに判断できない。 血に染まった彼女が倒れると、その銃が自分たちに向けられるのを見て新一の思考はパニック状態になった。 「あ・・何故だっっ!」 「名探偵?」 ものすごい力で跳ね飛ばされそうになったキッドは、今だ新一が混乱状態にあることに気付き、彼の身体を抱きしめる。 「しっかりしろ、工藤!」 「何故・・何故彼女が殺されるんだ!」 新一が発したその言葉に快斗は眉をしかめる。 新一の思考は半分は戻っているのだ。 だが、彼女を銃弾から守れなかったという事実が残りの思考を混乱させている。 「離・・・・!」 キッドは抵抗する新一の頭を手で固定すると、抵抗を一切許さないようにして唇を重ねた。 新一の叫びを己れの中に取り込むような口付け。 「ん・・・!」 優しさなどない、抵抗は許さない、そんなきつい口吻にさすがの新一も苦鳴を漏らし暴れた。 「キッ・・・!」 キッド! 歯列を割ってもぐりこんだキッドの柔らかな舌が新一の口腔内をなぞり呼吸を奪う。 何度か離れ、再び重なって、そして新一の身体から次第に力が抜けていくと、逆に熱くなっていた思考が冷めていった。 新一が声を上げなくなると、キッドは力を抜いて優しく包むようにその身体を抱きしめた。 「新一・・・・・・」 キッドは新一の白い額に軽く唇を押し当てた。 「わかってくれとは言わないけど、オレは何よりも優先しておまえを守るから」 「・・・・・・おまえ、このままゲームを続けるつもりかよ」 おまえは?とキッドが聞き返す。 新一が答えないでいると、キッドは上着の内ポケットから手帳を取り出した。 そして、ページを開いて新一に見せる。 そこには何かランダムに書かれた数字がびっしりと書き込まれていた。 「なんだよ、それ?」 なんだと言われてもねえ、とキッドが首をすくめて苦笑する。 「さっき、おまえが半覚醒状態で目覚めた時に、おまえが自分で言ったことだよ」 「オレがあっ?」 そんなの知らねえぞ! 「ただの寝言じゃねえのか」 「違うね。これはレイジが残したメッセージの一つだ。あいつは人間の記憶の中にメッセージを刻み込む方法を知っていた。本人が気がつかないままに記憶させて、何かのきっかけでそれを取り出せるってやつ。いわば、記憶の貸し金庫のようなもんだ」 記憶の貸し金庫・・・・・ とんでもないキッドの話に新一は呆然となった。 それと同時に無意識に口にした数字を全て覚えて手帳に書き込んだキッドにも驚く。 こいつも普通じゃない。 「で?いったいなんなんだ、それは」 「多分、暗号の解読表」 「なに?」 「これに似たのを一度レイジに見せられたことがある。ここまで複雑なもんじゃなかったけどな」 「・・・・・・・」 「で、どうする?ゲームを続けるか?それともやめて無視を決め込むか?」 「おまえは続けるつもりなんだろ、キッド」 う〜ん、とキッドは唸って首を傾ける。 「オレはもうレイジにかかわりたくないなあ、とか思ってたりもするんだけどさ。でも」 「でも・・・なんだ?」 「ミステリアスブルーを守るって契約だけは続けてもいいかなってね」 「ああ?なんでだよ」 「決まってるじゃん」 面白いからv 新一はアッケとした表情でキッドを見つめたが、相手にするだけ無駄な労力か、と詰めていた息を吐き出した。
キッドは山根礼子を乗せて飛んでいった警察ヘリを見送った。 西の探偵がかなりねばっていたが、結局新一を見つけることが出来ず中森警部と共に去っていった。 (悪いな、服部。新一はちゃんと無事に戻すから) 実を言うと、キッドは結構西の探偵を気に入ってたりする。 多分、これから”快斗”としていい友人関係を結べるかもしれない。 楽しみだよなあ〜〜 さて・・・ 新一のもとへ戻ろうと踵を返したキッドは、突然飛んできた石にシルクハットを弾かれる。 (な・・・っ!) 「ほお。さすがに反射神経はいいな」 顔面を狙ったんだが、と薄笑いを浮かべながら現れた男にキッドは緊張した、 多分現れるだろうと予想はしていたが。 「若いな・・・怪盗キッドはもっと年をくってると思っていたが」 「・・・・・・」 キッドが初めて現れたのは18年前。 だが、ここにいるキッドはどう見ても子供だ。 変装の名人だという話だが、それでもこんな子供に化ける理由はないだろう。 「それが素顔か」 「答える義務はないと思いますがね、アッシュ」 キッドに名を呼ばれた男は楽しげに笑う。 「俺を知っているのか?」 「そりゃあ、闇の世界でアッシュの名を知らない者はないでしょう」 超一流のスナイパー。 逃げることはかなわぬ最強の殺し屋。 「お会いできて光栄ですよ」 しかも、この私を標的にして頂いたとか。 ふん、と間近に寄ったアッシュは鼻で笑うとキッドの顎に指をかけて顔を上げさせた。 「怪盗キッドがこんなガキだったとはな。あの女が命がけで依頼を取り消そうとするはずだ」 「彼女は誤解していたのですよ。私はその誤解を解いただけ」 「残念だな。結構楽しめそうな依頼だったんだが」 「では、私は命拾いしたということでしょうか」 アッシュはそれには答えず、キッドの見てる前でサングラスを取った。 初めて見る、いづれは伝説になるだろう殺し屋アッシュの素顔。 整った冷たい美貌。 その瞳はくすんだ灰色だった。 国籍不明と言われているだけあって、その顔を見てもどこの国の血を引いているのか判断できなかった。 瞳をそらすことなく、まっすぐにその灰色の瞳を見つめるキッドに、アッシュはニッと口端をゆがめた。 「いい度胸だ。しかも、ハッタリでない能力もある」 「・・・・・・・・」 「今回は俺の気まぐれだ。次も命拾いできるとは思わないことだな、キッド」 「肝に命じましょう。ただ、わからないのは・・・・何故、羽瀬氏を狙撃したのですか?」 ターゲットである私ではなく。 「俺は自分の仕事を邪魔されることが何より嫌いなんでな」 あの男は俺より先に標的にちょっかいをかけた。 だから排除した、とアッシュは答える。 (ということは・・・組織絡みの殺人ではなかったということか」 そのことだけは安堵する。 こんな奴が組織に関わっていたら、新一の身にまで危険が及びかねない。 アッシュは短く鼻を鳴らすと、キッドから離れていった。 アッシュの姿が見えなくなると、キッドはようやく緊張を解き力を抜いた。 間近に見てわかる。 自分とは格が違うのだ、と。
「コナンくん!」 病院に来ていた蘭は、コナンの無事な姿を見て泣きそうになるくらいホッとなった。 「ごめんね、蘭ねーちゃん」 コナンは素直に自分を抱きしめる蘭に謝った。 「もう!いつも心配ばかりかけるんだから!」 でも良かった・・無事で・・・・・ よお、とやはり病院にいた平次が快斗に向けて軽く手を上げた。 「いったいどこおったんや?あのボーズを探しにいったままいなくなったて、皆心配してたんやで」 それがさあ、と快斗は疲れたようにため息をつく。 「一度はコナンくんを見つけたんだけど、爆発騒ぎが起きて気がついたらいなくなっててさ。なんとか階下に降りたらあの隠し扉が開いてたもんで、もしかしたら中へ、と思って入ったら穴におっこっちゃって」 「穴って、オレらが落ちた穴か?」 「らしいね、もう、そこで迷いに迷っちゃって・・・で、ようやく外に出たときコナンくんを見つけたってわけ。橋は壊れてるし、しょーがないから川に沿って歩いてきたんだけどさあ」 もう疲れた〜〜と快斗は待合室の椅子にグッタリと座り込む。 「ハ・・・そりゃ大変やったな」 ということは、こいつ工藤におうとらんのか? ふと快斗は顔を上げ、平次を見る。 「礼子さん、撃たれたって?」 「ああ。命に別状はないらしいんやけど、まだ意識が戻らんのや」 「犯人は?」 「わからへん・・けど、犯人は銃に慣れたプロや。そうでなきゃ、あんな至近距離で彼女を撃ってわざと急所をはずすような真似できるわけあらへん」 「ふうん。そんな奴がいたんだァ。よく無事だったよな、オレたち」 「ああ・・・そうやな」
コナンは蘭と一緒に集中治療室にいる山根礼子を見舞った。 頭に包帯をまかれた彼女をコナンはガラス越しに見つめる。 「額を銃弾にえぐられていて痕が残るそうなんだけど。でも・・・助かって本当に良かった」 うん・・とコナンは頷く。 (良かった・・・・・)
「おい工藤。おまえ、あれからどないしてん?礼子さんを撃った犯人、おまえ見とらんのか」 再び蘭と共に待合室に戻ってきたコナンに平次が寄ってきてこっそり話しかけた。 「ちょっと待ってろ、服部」 コナンは顔を巡らせて快斗の姿を探すと、子供の顔で駆け寄っていった。 「快斗兄ちゃ〜ん!」 コナンは満面の笑みで快斗のもとへ向かう。 (な、なんやあ??) 椅子に座っていた快斗に、コナンは内緒話でもするように彼の耳元に口を寄せている。 「あいつら、えろう仲ようなったんやな」 「ホント。ああやってると、本当の兄弟みたい」 コナンが無事であったことで気が楽になったのか、蘭の顔はさっきまでの暗い表情が嘘のように明るくなっている。 「まあ、あいつら顔が似とるからな」 「うん。本当に似てるね。新一もいたらきっと3人兄弟といっても通用するね」 (あいつら、いったい何に話しとんのや?) 平次が複雑な気分で見ている中で、コナンは快斗に確認をとっていた。 「おまえ、彼女を撃った男のこと知ってんだろ」 「アッシュのことか?そりゃあ有名人だからね。殺し屋としては超一流。受けた依頼を一度もしくじったことがないっていう鬼のようなスナイパーだぜ」 「お気楽に言ってんなよ。おまえ、そんな奴の標的になってたんだぜ」 「そうだよなあ。マジやばかった」 コナンは眉間に皺を寄せると瞳を伏せた。 「奴を見た時、オレはゾッとした・・・あいつは殺し屋という以上に危険な存在かもしれない」 (新一・・・?) 「おい!そろそろ飯食いにいかへんか!」 痺れを切らしたような平次の声に、快斗はククッと楽しそうに笑う。 「愛されてるね、名探偵」 「バーロ。なに言ってやがる」 「西の探偵に今回のことどう説明する気?」 しねえよ、とコナンが言うと、快斗はえ?という顔になる。 「あいつをこのゲームに参加させる気はねえって言ってんだよ」 「それじゃ、納得しないでしょうが」 納得させるさ、とコナンは唇を引き上げて笑った。
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