ミステリアス 17 |
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「じゃあ、何故3つの宝石を持っていたの?あれは兄が持っていたものよ。それに、あなたは神秘の蒼が偽物だということを最初から知っていた」 「・・・・・・・」 「失踪する前まで、兄は時々わたしのもとに電話やメールを送ってきてくれたわ。そして最後に兄が送ってきたメールにはこうあった。”私は今、ミステリアスブルーと白の魔術師に囚われているから戻れない”と。ミステリアスブルーは本物の女王の宝石。そして、白の魔術師というのは怪盗キッド、あなたのことだわ」 「確かに宝石と私を結びつけるのはわからなくもありませんが・・・それで私が三雲礼司を殺したというのは飛躍しすぎではありませんか?」 「兄が8年もの間わたしに連絡してこないなんてあり得ない!あのメールを最後に本当に兄は忽然と消えてしまったのよ!」 あなたが殺したんだわ! 「・・・・・・・・」 「あなたがここに来たのもその証拠だわ。ここは兄とわたしだけが知っていた秘密の抜け道・・あなたが兄から聞いていない限りここへ来られるはずはないのよ」 キッドは薄く笑みを浮かべて彼女を見つめた。 「そんなことはありませんよ。三雲礼司から聞かなくても、この場所へ来られる人間はいます」 謎を解く、優れた推理力を持った人間ならね。 たとえば、高校生探偵の工藤新一や服部平次・・・・ 「あくまでとぼけるつもりなのね」 「とぼけるも何も、私は彼を殺してなどいない」 「嘘よ!兄はどこ?どこにいるの!」 キッドは、ふっと短い息をつく。 「嘘は言ってない。レイジを探しているのはあなただけじゃないんだから、礼子さん」 え? 礼子は、ふいに口調の変わったキッドに瞳を瞠る。 キッドは驚く礼子の前でシルクハットを取り、モノクルを外した。 彼女の瞳が、さらに大きく見開かれる。 「あな・・た・・・・・黒羽くん?」 快斗に戻ったキッドはコクンと頷いた。 「変装じゃないよ。これがオレの素顔。信じられないんだったら触って確かめてもいい」 「な・・ぜ?」 いったいどういうことなの? 何故この子が!
「どういうことなんや、工藤?」 別に、と新一は素っ気なく平次に答える。 「こっちの方が動きやすかった。それだけだ」 「あ・・アホ言うなや!またぶっ倒れたらどないすんねん!」 おそらくまた灰原ってちっこいネーチャンが作った解毒剤を使ったのだろうが、完全ではない薬は新一に多大な負担をかけるということを平次は自分の目で見て知っていた。 得体の知れない殺人者、それもプロのスナイパーらしき人間がいる中でのその負担は、コナンの姿でいる以上にマイナス面が大きい。 心配すんな、と新一は平次の肩をポンと叩く。 「あの・・・工藤くん、どっか身体が悪いの?最近姿を見せなかったのはそのせい?」 いや、と新一は光の方を見て首を振った。 「どこも悪くない。ちょっとした疲れをこいつは大袈裟に言ってるだけだ」 平次はムッとした顔で新一を睨む。 くそっ!頑固もんが! 新一は手を伸ばすと、トンと隠し扉になっている壁を押した。 「おい工藤。行くんか?」 「ああ。礼子さんがまだ見つかってない」 「警部さんと毛利探偵もここへ入ったきりなんだけど」 「彼らなら、もう皆と一緒に脱出したよ」 え?と平次と光は互いの顔を見合わせる。 なんで? 「行き止まりで戻ってきた時、あの爆発騒ぎが起こったんだ」 「行き止まりって・・・じゃ、礼子さんはどこへ行ったんや?」 「別の抜け道に入る場所がどこかにある筈だ」 「別の抜け道・・か。オレらがおっこちたとこも妙な迷路やったし、あってもおかしくはあらへんな」 「迷路?」 「そうなんや。グルグル歩き回らされたあげく、出てきたんは、ここから殆ど離れてへん場所やった」 「そこでオレたち死体を見つけて・・・」 「死体?」 新一は眉をひそめる。 「ああ、そうや。羽瀬のオッサン、撃たれて死んどった。それもライフルによる狙撃や」 狙撃・・・・ まさか、あいつ・・!
「オレと礼司は8年前にちょっとした契約をかわしたんだ」 「契約・・?8年前って・・・・」 「礼司が身内から姿を消すちょっと前かな。オレの父親がレイジを追ってる組織に殺されたすぐ後」 「殺された・・・っ?」 「レイジは生きてるよ、礼子さん。少なくとも、オレが高校に入る頃まではちゃんと会ってたんだから」 「・・・・・・・・」 「彼は元気だったよ。危険な連中に狙われてるから、あなたに会うことも連絡することもできなかったけど」 快斗は再びシルクハットとモノクルをつけると、呆然としている彼女の方へゆっくりと歩み寄っていった。 そして、彼女の手に女王の3つの宝石を渡す。 「これはレイジから預かったもの。あなたにお返しします」 もう、オレには必要のないものだから。 礼子は目の前に立っている怪盗キッドだという少年の顔に手を伸ばした。 手に感じる暖かな肌は、それが変装ではなく本当に素顔なのだということを彼女に伝える。 「レイジはあなたのこと、すごく気にかけてました。たった一人の心優しい妹だから、本当は心配させたくはなかったって」 「・・・・・・」 ここへ来たのは、そのことをあなたに伝える目的もあったんですよ。 こういう状況でしかあなたに伝えられなかったから。 「気をつけて。レイジを追ってる連中はもうここまで来ている」 「兄が伝えてきた”白の魔術師”というのは・・・やはりあなたのことだったのね」 「うん、そう・・・それと”ミステリアスブルー”というのも宝石のことじゃなくて、オレと同じようにレイジにナンパされた奴のこと」 そう言ってキッドは少しだけクスリと笑う。 「オレたちはレイジを探して組織の手から救わなきゃならない」 「兄を・・・救う?」 そう、とキッドは彼女に向けてうなずく。 「それが契約」 だから心配しないで。 礼子は思ってもみなかった真実を聞かされ、しばらく声もなくキッドの顔を見つめていた。 だが、突然彼女は叫び声を上げそうになった口元を両手で押さえた。 大きく見開いた瞳は、まっすぐにキッドを凝視している。 「わ・わたしは・・・なんてことを・・・・・・・」 やめさせなければ! 「礼子さん?」 彼女はキッドに背を向けると、止める間もなく駆け出していった。 「待・・っ!」 呼び止めようと彼女の名を呼びかけたキッドは、近づいてくる気配にハッとして振り向く。 相手もキッドの姿に気付き驚いたように足を止めた。 「キッド!」 「えっ!マジ!」 キッドは現れた二人の高校生探偵と光を見る。 ふ・・とキッドと新一の視線が合った。 「こんなとこで何やっとんねん、キッド!」 あなた方には関係のないことですよ、とキッドは薄く笑うと白いマントをフワリと翻した。 「待て!キッド!」 新一と平次はすぐにキッドの後を追う。 僅かに遅れて光も追いかける。 (スゲエ!これって本物だあぁぁ!) 一度はこの目で見たいと思っていた怪盗キッドを見、そして東と西の高校生探偵と一緒にキッドを追いかけている自分がいる。 ドラマなどではない。 これは、まさしく本物の事件なのだ! 「やるぞぉ〜!じっちゃん(?)の名にかけて〜ッ!」 光は、番組が違〜う!とディレクターが泣くような台詞を嬉々としながら口にした。
「げぇ〜、道が分かれてる!」 キッドの後を追っていた3人は、左右に分かれた通路の前で立ち止まった。 まさか、また迷路? できたら、光はもうカンベンしてほしい気分だ。 「キッドの奴、どっちへ行きよったんや?」 「服部。おまえは美山と右へ行け。オレは左に行く」 「ちょ−待てぇ!」 平次はいつものように勝手にしきる新一の腕をひっ捕まえる。 「おまえを一人にできるかい!行くなら一緒や!」 「そんな時間はねえな。おまえが心配するようなことはないからオレの言う通りにしてくれ、服部」 平次は眉間を寄せる。 「工藤・・・・おまえ何を掴んだんや?」 「まだ何も掴んじゃいねえよ。全てははこれからだ」 「・・・・・・・」 じゃあな、と新一は一人で左の通路へ入っていった。 「なんか・・・スゴイ人だなあ」 感心したように言う光に、何がや!と平次は噛み付いた。 「いつもいつも勝手に動いては人を振り回しよってからにぃ〜〜!」 光は怒る平次の顔をマジマジと見つめた。 「へえ〜、二人はそういう関係なんだ」 平次はムッとした顔で光を睨む。 「なんや関係て?」 「気の強い奥さんと尻に敷かれてる旦那って感じ?」 「な〜んやとおっ!」 「あ、あくまで印象だから・・・オレと聖児もよく言われるんだけどさ」 年の離れた優等生の兄と、面倒ばかりかける落ちこぼれの弟・・とか。 同い年なのにさ。 「落ちこぼれ?」 オレ頭悪いから、と光は首をすくめて笑う。 「アホ言いなや。頭の悪い奴がオレらについてこれるかい」 平次は諦めたようにため息を漏らす。 「しゃあない、行くで」 平次は光を連れて右の通路を行く。 「それにしても、奥さんホント美人だねv」 「・・・・ええかげん、その冗談やめへんと置いてくで」
新一が入った通路はたいして進むことなく外に出た。 どうやら出た所は館の裏手らしい。 キッドの姿はどこにも見えない。 「チッ・・服部が行った方だったか・・・・」 そのまま平次にまかせるか、それとも戻った方がいいのかと新一が考えたその時、ふと聞き覚えのある声が耳に入ってきた。 あれは・・・・! 声のする方へ向かった新一が見たのは、突然部屋から姿を消した山根礼子だった。 礼子さん? 「もうここに来ているのでしょう?お願いしたいことがあるの!姿を見せて!」 いったい誰を呼んでいるんだ? (・・・・・・・っ!) 突然新一は、背後から伸びてきた手に身体を抱えこまれ木の茂みの陰に引きずり込まれた。 「キッド!」 シッ、とキッドは口元に人差し指を当てた。 「どういうことなんだ?彼女はいったい・・・・・」 「どうやら山根礼子と魔物は関係があったらしいな」 魔物・・・・ 「それって羽瀬氏を殺した奴のことか」 おや?とキッドは瞳を瞬かせる。 「知ってたのか名探偵」 「服部が彼の死体を見つけた。凶器はライフル・・・羽瀬氏は狙撃されたのか?」 「・・・・・・」 「おまえも彼の射殺体を見つけて・・・いや、もしかしておまえは」 ああ、とキッドは頷く。 「あいつはオレの目の前で撃たれたよ」 「何故そのことをオレに言わなかったんだ!」 「そりゃ、おまえには関係ないことだったからさ」 「人が殺されて関係ねえことあるか!」 「そう怒るなよ、名探偵」 キッドは肩をすくめる。 「多分、あの魔物の狙いは・・・・・」 え?と新一がキッドの様子に眉をひそめたその時、ゆっくりと近づいてくる誰かの気配を感じ口を閉じた。 足音をたてず、必要最低限な気配しか感じさせないその人物は、まっすぐ山根礼子のもとへ向かってくる。 彼女も気がついたのか、緊張した堅い表情で近づいてくる人物を待つ。 現れたのは、ダークグレイのコートを羽織った長身の男だった。 濃いサングラスをかけているため顔はハッキリしないが、かなり整った顔立ちのように見える。 新一は何故かその男を見た瞬間、身体がゾクリと震えるのを覚えた。 男は殺気も何も感じさせていないというのに。 キッドが魔物だと呼んだのもわかる気がする。 奴は・・・・ 「殺し屋だな。それも、超一流の」 キッドは男の持つ狂気に身を堅くしている新一の肩に回していた腕に力をこめた。 「あなたが”アッシュ”?」 男は彼女の問いに答える気はないのか、口を開く様子はない。 「ごめんなさい。状況が変わったの。依頼をキャンセルさせて」 男はやはり表情を変えずに黙っている。 「契約違反だということはわかってるわ!どんなことでもするから!あなたが要求するだけの違約金も払うわ!だから・・・・」 だから! 怪盗キッドを殺さないで! (え・・・?) 新一は間近にあるキッドの顔を見たが、相変わらずというかその顔にはなんの感情も浮かんではいなかった。 まさか気がついていたのか? 山根礼子が殺し屋にキッド暗殺を依頼してたことを。 「・・・・・キッド」 「彼女はオレがレイジを殺したと思ってたんだ」 「三雲礼司を?おまえが何故?」 いろいろあるのさ、とキッドは苦い笑みを浮かべる。 「しかし彼女も無茶なことするな。殺し屋に直接依頼のキャンセルをするなんて」 「どういう・・・」 「違約金を取られるだけならいいんだけどさ。ああいう一流の仕事人って奴はプライドが高いし」 「しかし、彼女が依頼を取り消さなければおまえが殺されるんだぞ!」 「殺し屋に命を狙われるなんてことは慣れてるさ」 今更一人くらい増えたってどってことないね。 「おまえ・・・・」 新一は瞳を瞠ってキッドの横顔を凝視する。 「そんな危ねえことをやってたのかよ!」 「おまえもオレと変わんねえだろ?」 キッドにそう言い返された新一は口をつぐむ。 確かに黒の組織を追うことで命の危険にさらされているのは事実だ。 特にジンは、あの殺し屋と同じくらい危険な男だった。 わかっている・・・わかっているが・・・・・・ ぐっとキッドの腕がさらに強く新一の身体を抱きしめてきた。 なんだ?と瞳を瞬かせた新一は、いつのまにか”アッシュ”と呼ばれた男の手に銃があることに気付いた。 バカな女だ、と殺し屋の口から初めて言葉が出る。 新一は悪い予感を覚えるが、すぐに反応できず、動こうとした時にはキッドの腕の中にある身体は僅かも動かすことはできなくなっていた。 声を出そうとした口もすかさず伸びてきたキッドの手に塞がれる。 そして、そのまま顔をキッドの胸に押し付けられた新一は視界をも奪われた。 キッド! 唯一自由になっている聴覚が一発の銃声を捕らえた。 悲鳴は上がらなかった。 だが、新一の脳裏には、頭部を鮮やかな血に染めて倒れる山根礼子の姿がはっきりと映し出された。 |