ミステリアス ブルー 13 |
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「地下のコレクションルームも見てきたけど、やっぱ羽瀬さんはおらへんかったわ」 礼子と共にホールへと戻ってきた平次がそう言うと、小五郎はう〜むと唸る。 小五郎たちが羽瀬の部屋へ入った時、そこに彼の姿はなかった。 カバーがかけられたままで使われた形跡のないベッド。 部屋のドアは開いていたが、窓は全部鍵がかかっていた。 羽瀬が持ってきていた黒のアタッシュケースも一緒に消えていた。 「ねえ、蘭。もしかして、わたし達が見た人は羽瀬さんだったんじゃない?」 そうかなあ、と蘭は園子の言葉に首を捻る。 顔も確かめられないくらい暗かったが、それでもあのゾッとするような視線だけは忘れられない。 羽瀬はこの館で初めて会った人物だが、人あたりのいい印象を受けていたから、どうもそうだとは思えなかった。 「とにかく、この館にいないことは間違いないし、そうなると探すのは明るくなってからでないとどうしようもないな」 「ねえ、車は全部あったの?」 コナンが訊く。 「ああ。俺たちが乗ってきた車と、松永さんの四駆、そして礼子さんが運転してきた車はちゃんとあったぞ」 「どっちみち橋が落ちてるから車じゃどこにも行かれへんわ」 「もしかして、そいつが怪盗キッドだったりして」 ふと、光が思いついたように言うと、中森が何ッと目を剥いた。 「ああ、そういやキッドって変装の名人だって話だったな」 「そうそう。誰にも気付かれずにオレたちの中に紛れこむことなんてお手のもんだろ?」 「あっ!その可能性あるある!前にもあったじゃない、蘭!インターネットで知り合った人と山荘に集まった時に、そのうちの一人がキッド様だったってこと!」 「ああ、土井塔さんね」 そうよ!と叫んでから園子は悲痛に表情を歪めた。 「あの時、彼の変装に気が付かなかったばかりに、わたしは悲観の涙にくれたのよ」 (・・・・そうだったよな。おかげで延々4時間もオメーの歌を聞かされたんだった・・) 「そうか・・その可能性もあったな」 考え込む中森を見てコナンは、それは絶対にねーよと心の中で否定してのける。 なにしろ怪盗キッドは、ちゃんとそこにいるんだからなとコナンが、素知らぬ顔で牧野夫人が入れてくれた紅茶を飲んでる黒羽快斗を見つめると、気付いた彼がニッと笑ってよこした。 「・・・・・・・・」 くそっ! いったい何を企んでいやがる! 「よし。今夜はもうバラバラにならずに一緒にいた方がいいだろう。我々はもう1度館の中を見回ってくるから君たちはここから絶対に動かんように」 「んじゃ、オレも一緒に見回るわ」 「ここにいろと言ったろうが!探偵だとかいっていても貴様はまだ高校生だ!二度と勝手に動き回るんじゃねえぞ!」 あらら・・・・・ 小五郎に怒鳴られた平次は、ヘイヘイと言って首をすくめた。 ま、場合によっちゃ、んなの聞いてられへんけどな。 小五郎と中森が出ていくと、松永と吉沢を除けば残ったのは女と子供だけだった。 やや重苦しい空気が漂う中、年長者である牧野夫人が口を開く。 「あの・・・お茶のおかわり入れてきましょうか?」 「あ、せやったらオレ日本茶飲みたいんやけど、ええ?」 「じゃオレ、今度はココアがいいなあvミルクと砂糖たっぷりで」 おまえらなあ・・とコナンが呆れた眼差しで平次と快斗を睨む。 と、わたしも手伝います、と蘭が立ち上がる。 「あ、わたしも!じっとしてるのって、なんか落ち着かないのよねえ」 二人の少女は牧野夫人と一緒にキッチンへ向かった。 山根礼子は目を伏せ、何か考え込むように身動き一つせずに椅子に座っていた。 松永は愛用のカメラを磨いている。 「おい、服部・・・」 平次の方へ寄っていったコナンが、彼の上着の袖をひいた。 「なんかわかったか?」 「ああ・・・橋を爆破した装置の破片をいくつか見つけたわ。時限装置は見あたらんかったから、リモコンかもしれへん。それより、橋の壊れ方がなんや中途半端でな」 「音のわりにはそれほど威力はなかったってことか?」 そうや、と平次はうなずく。 「だいたいやなあ。橋壊したってオレらを閉じこめたことにはならへんやろ?そりゃ、車では無理やけど、歩いて出られるんやし」 「今夜一晩だけ、オレたちをここに足止めしておきたかったってことかもな」 「あと4時間もすりゃ明るくなるで。その間に何をやろうってのや?」 「・・・・・・・・」 「なあ工藤。おまえ、橋の爆破はキッドの仕業やないと思とるやろ」 「・・・・おまえはどう考えてんだ?」 「オレも同感や。キッドも何度か爆弾使とるけど、あないな粗悪な代物を使うのんはちょっと妙やしな」 「粗悪?」 「一応写真にとっといたけど、爆弾自体はなんや素人が作ったもんみたいやったし、それに仕掛ける場所もなんや間が抜けとるような気がするねん。少なくともオレやったら仕掛けんような場所やな」 ふうんとコナンは顎に手をあてて考え込む。 だが、イタズラにしてはタチが悪い。 なあ、と急に美山光が平次とコナンの間に顔を突き出してきたので二人はギョッとして離れた。 「暇だしさあ、服部くんがかかわった事件のこと聞かせてくれないかな」 「はあ?興味あんのんか」 そりゃもう!と光は大きく頷いた。 「実はさ。この前まで出てた探偵もののドラマが今度映画になることが決まったんだ」 「へえ〜。ま、あれ結構オモロかったもんな」 「いやあ、本物の高校生探偵の服部くんにそう言ってもらえると嬉しいよv」 さよか・・・と苦笑い。 相棒の聖児が言った通り、ドラマに出てから探偵業にハマったらしい。 参考までと言いながら、その目は爛々と好奇心に輝いていた。 「事件いうても殆ど殺人事件ばかりやから、聞いてもオモロくないで。ドラマみたいに派手なことあらへんしな」 「毛利のおじさんに聞いた方がいいんじゃない?話うまいしさ」 ん〜と光は眉をひそめた。 「確かにあの人有名だけど、な〜んかピンとくるもんがないんだよな。ほんとに名探偵?とか思っちまってさ」 へえ? 結構カンがいいじゃん、とコナンと服部。 「あっ、オレも聞きたいなあvいい?」 そうニッコリ笑う顔をコナンは呆れた顔で振り返る。 (バカ言ってんじゃねえよ) 泥棒が探偵の手柄話し聞いてどうすんだ? ・・・・・え? 突然、コナンのまわりが闇に閉ざされた。 「停電?」 ガタンと何かぶつかるような音が聞こえたが、いきなり明かりが消えた状態では何があったのか確かめることができない。 「おい!どうなってんだ!」 闇の中で目をこらすが何も見ることはできなかった。 と、ふいに何か嫌な気配を感じたコナンが足を踏み出そうとしたその時、誰かに腕を掴まれ引き戻された。 「今動くんじゃない、ボウズ」 キッド? 明かりがつくと、皆ホッと息をついた。 「なんで電気が消えたんだ?ブレーカーでも落ちたか」 松永が首を傾げて呟く。 「みんな、怪我あらへんか?」 明かりがついたホール内で、互いの無事を確認しあう。 彼等は殆ど明かりが消えた時の位置にいた。 違っていたのは、快斗がコナンの傍らに膝をついていたことくらいだ。 丁度立ち上がりかけてた時だったからけっつまずいて・・とか言って快斗は照れ笑いした。 だが、コナンは当然言葉通りには受け取らなかった。 (こいつ・・・・・) 「もうビックリ!いきなり真っ暗になっちゃうんだもん!」 キッチンにいた蘭と園子、それに牧野夫人が無事な姿を見せたのでコナンたちはホッとする。 怪我もしていないようだ。 「あれ?礼子さんは?」 なにっ! 蘭の声に彼等は驚いて振り返った。 ついさっきまで椅子に座っていた筈の山根礼子の姿は、その時ホールから忽然と消えていたのだ。
「なにぃ!礼子さんが消えただとお!」 「電気が消えてたんはほんの1・2分ほどや。その短い間に礼子さんは消えてしもた」 「でもおかしくない?だって出入り口は一つだけだし、外に出るガラス戸は内側から鍵がかかってたしさ」 そうだよなあ、と光がコナンに同意するようにうなずいた。 「あの人、部屋の奥に座ってて、廊下へ出る側にいたのはオレたちだったろ?で、あんな暗い中、どこにもぶつからないでオレたちの横を通り抜けるなんてできるかな?」 「さすが鋭い!」 園子がキャアvと喜ぶ。 「誰かに連れ去られたってことは?」 「だったら抵抗するやろ。悲鳴も聞こえへんかったし。第一礼子さんが座ってた椅子は全然動いてへんで」 椅子は床に固定されているわけではないから、誰かに襲われたのであれば抵抗するし、椅子が全く動いていないというのは不自然だ。 「だったら、礼子さんは自分から消えたってえのか!」 「そう考える方が自然やな」 「なんで彼女がそんなことをする必要があるんだ!」 「そないなこと、オレが知るわけあらへんやろ」 小五郎に睨まれた平次は、ムッと口を尖らせる。 「ほんとに名探偵?」 光が心底信じられないというように眉をひそめると、小五郎は、なんだとお!とさらに大きな怒鳴り声を上げた。 「暗くなった時、何か倒れるような音がしなかった?」 「え?ああ、これかいな」 コナンの問いにまわりを見回した平次が、暖炉の上で前倒しになっていたアンティーク時計を起こす。 「なんで地震が起きたわけやないのに倒れたんや?」 そう首を捻った平次の表情がふと変わった。 (空気が動いとる?) 平次は暖炉に続く白い壁を撫でるように手を這わせ、そして何かを見つけたのか軽く掌で壁を押す。 すると壁の一部が音もなく外側に開いた。 「・・・・・・!」 「隠し扉か!」 「そのようやな」 平次がニヤリと笑う。 面白そうな展開に好奇心を刺激された子供のような笑い方だ。 すげえ、と同じように目を輝かせているのは美山光だった。 「もしかして礼子さんはそこへ入ったのか!」 多分、と頷いた平次は上着のポケットから懐中電灯を取り出した。 こら待て!と中森が中へ入ろうとする平次を引き留める。 「我々が行くからおまえは・・・・」 言いかけて中森は渋い顔で口を閉じた。 これまで何度も言った台詞だが、一度も聞いてくれたためしがなかったのだ。 そういうこっちゃ、と平次はニマッと笑った。 「すみません、懐中電灯を貸して下さい」 「は、はい・・!」 牧野夫人が、キッチンから持ってきていた非常用の懐中電灯を中森に手渡す。 「服部・・・」 コナンが、くいと平次の上着の裾を引いた。 「オレはもう一カ所気になる所があるから、そっちを調べる」 「一人で大丈夫なんか?」 「ああ。心配すんな」 あいつを連れてく、とコナンが顎をしゃくった。 「黒羽か・・・なんや余計心配やわ」 焼きもちか?とコナンがクスッといたずらっぽく笑うと、平次は動揺したように顔を赤らめる。 冗談だって、とコナンは首をすくめた。 「気を付けていけよ、服部」 「おまえも気ぃつけや。なんや嫌な予感がするんや」 コクンとうなずいたコナンが平次から離れる。 「あ、オレも行く!」 懐中電灯を持った中森が先に入り、小五郎と平次が後に続くと、光が後を追いかけるように中へと飛び込んだ。 「おい、光!」 「悪い、聖児!あとはまかせた!」 しょーがねえな、と聖児は溜息をついた。 「大丈夫かな光くん・・・」 「心配ないだろ。刑事と名探偵がいるんだから」 聖児が心配そうな顔をするマネージャーの吉沢に向けて肩をすくめる。 実際、聖児はさほど今の状況を深刻には受け止めていなかった。 怪盗キッドは犯罪者であるが、凶悪犯ではないというのが頭にあるせいだろう。 「礼子さん、どうして・・・・」 「そういえば彼女、ちょっとおかしな所があったかな」 松永の呟きにコナンは瞳を瞬かせる。 「何かあったの?」 「ああ・・行方不明になっている彼女の兄さんのことを妙にこだわっていてね。いや、別にそれがどうってことはないんだが」 ただ一人の肉親ともいえる双子の兄の消息を気にするのは当然のことだが・・・ コナンが一番気になるのは、彼女の兄三雲礼司を黒の組織が追っているということだった。 おい、とコナンは快斗の手首を掴む。 「ちょっとつきあえ」 「・・・・・・・」 明るい色の瞳を大きく見開いた快斗が、腰までしかない小さなコナンを見下ろした。そんな表情だけ見ると、黒羽快斗という少年は只の高校生にしかみえないが。 「ねえ、蘭ねーちゃん。ボク、部屋に置いたままのリュックを取ってきたいんだけど行ってきていい?」 「ええ?駄目よコナンくん!お父さんもここから動いちゃいけないって言ってたでしょ」 「でも、どうしても取ってきたいんだ。このお兄ちゃんがついてきてくれるからいいでしょ?ねっ!」 「黒羽くんが?」 「うん。気を付けていくからさ」 快斗がそう言うと、蘭もきつく止めることはできない。 心配いらないよ、と快斗は蘭を安心させ、コナンと一緒にホールを出ていった。 「で?名探偵くんの行き先はやっぱり地下室?」 「・・・・・」 「機嫌悪そうだね。なに?」 「おまえ・・何を知ってる」 それに、明かりが消えたあの時、何故止めたんだ? 「・・・・・」 快斗がフッと笑った。 「殺気を感じたろう?それで下手に動いたりしちゃ危ねえじゃねえか」 「誰に向けられた殺気かオメーは知ってんのかよ」 さあ、と快斗は気障ったらしく肩をすくめる。 「言っとくけど、オレがここに来たのは初めてだからな。この蒼の館に何があるのかなんてオレは知らない。ただ」 「ただ・・なんだよ」 「おまえが言った通り、ゲームを考えた奴は別にいて、オレもそいつに会いにきたってこと。それと、オレが運命を友にしなきゃならねえ相手を見つけるためかな」 「運命を共に?おめえとかよ」 コナンは意外な言葉に瞳を丸くする。 「それって配偶者探し・・・とか」 そうかもね、と快斗は面白そうに笑った。 「・・・・冗談の塊みてえな奴だな、おまえ」 「いやいや。オレはいつも真剣だぜ、名探偵?おまえが一つの真実を探し出そうとするように、オレも一つの希望をずっと探し続けている」 「希望?」 そう。 災いがバラまかれた後、パンドラの箱の中に残された唯一の光・・・・ “希望”をね。
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