親友の毛利蘭の部屋に足を踏み入れた途端目に入ったソレに、鈴木園子は目を瞬かせた。 それは白い整理棚の上にちょこんとのっていた。 蘭はあまり人形やらぬいぐるみを部屋に置かないのだが、それは小五郎に仕事を依頼した女性客がコナンにおみやげとして持ってきたものなので飾っていたものだった。 ぺたんと足を投げ出して座った形の可愛らしい熊のヌイグルミ。 丸い頭に丸っこい身体。 一才児ほどの大きさのあるヌイグルミの頭には、何故かシャレた白い帽子がのっていた。 「こんなの被ってたっけ?」 「ああ、それね。この前コナンくんが大阪に行った時に持って帰ってきたものなの。むこうで知り合った人にもらったんだって言ってたけど」 「へえ?でもあのガキんちょには大きすぎない?」 「だから、ヌイグルミがかぶってるのよ。丁度いい大きさだったから」 「けどヌイグルミのもんにするには上等すぎるわね。これって、シルクハットでしょ?」 それも純白で作りも丁寧だし、きっと特注だろう。 白のシルクハットですぐに思い浮かぶのは、園子の憧れの王子さまだが。 「・・・まさかコレって、キッドさまのものってことはないでしょうね」 まさかあ、と蘭は笑った。 「怪盗キッドの持ち物なら、コナンくんが持って帰れるわけないじゃない」 「わかんないわよ。だって、あのガキんちょって時々突拍子もないことをやらかすじゃない。キッドさまを間近で見てるのもあの子だけだし」 ひょっとするとひょっとするかも・・と園子は丸い目をした可愛い熊の頭にのっかった白いシルクハットをじーっとみつめる。 これが本当に怪盗キッドのものなら、園子にとっては宝石よりも価値があるものだ。 「園子ってば・・そんなわけないでしょ。いくらなんでも怪盗キッドが自分のシルクハットをコナンくんに渡すわけないじゃない」 う〜ん、と首を捻っているのは園子がまだ納得できないでいるせい。 とはいえ、確かにキッドのシルクハットがここにあるというのも奇妙だ。 蘭ねえちゃん、とふいに幼い声が呼ぶ。 いつのまに来たのか、コナンがドアの所に立って中の二人を見つめていた。 「おじさんが、いつまで待たせるんだって、下で怒ってるけど」 「いっけな〜い!そうだった!」 蘭は慌てて椅子の背にかけた自分のポシェットに手を伸ばした。 今日は園子と一緒に友人の誕生パーティに行くことになっていたが、パーティの会場があまり交通の便のいい所ではないので、行きは小五郎の車で、帰りはその友人の父親が送ってくれることになっていたのだ。 「行こ!園子」 蘭と園子が、バタバタとせわしなく下へ降りていくと、コナンはさっきまで彼女たちが話題にしていた白いシルクハットの方に視線を向けた。 大阪から戻ってきて2週間。 足の方も殆ど治ったし・・・ (そろそろいいかな)
この日は、最後の授業終了のチャイムが鳴って教師が教室を出て行くまで黒羽快斗は気持ち良く自分の机に懐いていた。 その間ずっと、教師を始めクラスメイトの誰一人彼を起こそうとしなかったのは、結局無駄だということがわかっていたからで。 「まーったく!快斗ったら今日一日眠りっぱなしじゃない!先生たちが気の毒だと思わないわけ?」 「んなこと、このオレが思うわけねえだろ」 腰に手を当てて説教する中森青子に対し、快斗は大欠伸で言い返す。 快斗のそんな態度に今さら文句をつけてもしょうがないのだが、幼なじみとしての意地か、青子は何か返さないと気が済まない。 二人のそんなやりとりはクラスではもう日常化されてるもんだから、口を挟む者は誰もいなかった。 いつも通り青子がつっかかり快斗が素っ気なくかわして、最後は青子のキーッ!というカン高い声で終わるのがわかりきっているからだ。 それが普通。 なければ物足りないというほど彼等には見慣れたものだった。 「なんでそんなに眠いのよ?夜更かしでもしてるの?」 「別にいいだろ。夜は絶対に寝なきゃいけねえって決まりはねえんだから」 「やっぱり夜更かししてるんだあ。いったい何してんのよ」 「うるせえな。なんだっていいだろ。おまえだって遅くまで起きてるじゃねえか」 二人の家は隣同士だから窓を開ければ互いに何時に消灯したかすぐにわかるのだ。 もっとも、快斗の場合消灯したからといって寝ているとは限らないのだが。 夜のお仕事は下手をすれば明け方までってこともある。 ヘマはしないがアクシデントが全くないわけではないのだ。 「青子は快斗みたいに遊んでるわけじゃないもんね!快斗を負かすために頑張って勉強してるんだから!」 「それって、無駄な努力とか言わねえ?」 「努力に無駄なんかないもん!そんな風にウサギさんをやってたら、いつか泣くことになるんだからね、快斗!」 「へいへい。せいぜいカメに追い越されないように致しましょう」 とはいえ、カメはやっぱカメだぜと快斗が言わなくてもいいことを付け加えるので青子はやっぱりキーッ!と喚いた。 「こういう人間に何を言っても無駄ですよ、中森さん。なんでも自分が一番だと思っている人間は他人の言葉は聞こえないものです」 二人の間に割って入ってきたキザったらしいクラスメイトの顔を快斗は上目使いで睨む。 薄茶の髪。 お上品に整った顔。 真面目そのものの印象を人に与えながら実は結構したたかな面を持つ、イギリスから来た風変わりな転入生。 「それって、おまえのことじゃねえのかよ?白馬」 「白馬くんは快斗のように青子の言うことを茶化したりしないよ」 「それはおまえが一応女の子だからだろうが」 「一応って何!?青子はちゃんと女の子だからね!一緒にお風呂にも入ったんだから快斗も知ってる筈でしょ!」 ・・・・いつの話だよ。んなことデカイ声で言っていいのかよ?みんなギョッとなってんぜ? だがこういう所も可愛いとか思ってしまうのは、やっぱり幼なじみで大事な女の子だと思っているせいか。 青子は可愛い。 どんなに青子が快斗をののしってもその言葉の中にはっきりと自分への好意が感じられるから余計にそう感じてしまうのかもしれない。 「白馬くん。それってホームズの本?」 青子が白馬の右手にある白い表紙の本に目を止めて指差した。 英語のタイトルや装丁から日本で発行されたものではないとわかる。 白い表紙の中央に描かれたパイプをくわえた男の横顔のシルエットは、間違いなく世界的に有名な名探偵のもの。 「ああ。これは昨日ロンドンから届いたばかりのホームズ研究の本だよ。向こうでも著名なホームズ研究家たちが数年に一度不定期に出しているものでね。発行部数が極端に少ないもんでなかなか手に入らないものなんだ」 「へえ〜。白馬くん、本当にホームズが好きなんだね」 「それで本人もホームズ気取りってか。ヤダねえ。真似は所詮真似でしかねえってのにな」 快斗がそう鼻を鳴らして嫌みを言うと、当然青子は怒った。 「黒羽くん。僕はホームズを尊敬しているが彼そのものになろうとは考えていないよ。僕はあくまで僕で、ホームズではないのだからね」 「それがわかってんなら、さっさと探偵なんかやめたら?毎度毎度キッドにしてやられて情けねえじゃん」 「何言ってんのよ、快斗!キッドはお父さんが捕まえるんだからね!」 「だってさ。おまえなんかおよびじゃねえんだと」 「青子はそんなこと言ってないもん!」 再び始まった快斗と青子の無邪気なじゃれあいに白馬は肩を竦めると、もう何も言わずそのまま教室を出ていった。 怪盗キッド・・・ 日本に戻ってすぐに自分の心をかき乱してくれたあの怪盗は、2週間ほど前に大阪に現れたという情報が入って以来なりをひそめている。 彼が狙うにふさわしいビッグジュエルが今の所出てきていないこともあるのだろうが、最近キッドの動きがどうも以前とは違うように感じられて仕方がない。 (僕の気のせいか・・・) 「快斗のせいだからね!白馬くん、きっと気を悪くしたよ」 「しったことかよ。そんなに気になるんなら追いかけて慰めてやりゃあいいだろ」 「ダメ!青子はこれからナルちゃんとアクセサリー見に行くんだから!」 「さいですか・・・」 アホらし、と快斗が溜息をついてふっと顔を窓に向けた時、思いがけない光景が目に飛び込んできた。 え?と思わず快斗の瞳が大きく見開かれる。 なんで?と首を捻る前に快斗は自分のカバンをひっ掴んで教室を飛び出していた。 駆け出した快斗の向かう先には白馬探がいた。 校門を出た所で彼は紙袋を抱えた小さな男の子と何か楽しそうに話をしている。 どう見ても小学生。それも低学年の幼い子供だ。 顔の半分を占める大きな眼鏡をかけたその子供は、一生懸命白馬を相手に喋っている。 「何やってんだよ?」 不機嫌そうに声をかけると、子供は顔だけ快斗の方に振り向けた。 白馬に向けていた笑顔をそのまま向けられたってあまり嬉しくない。 「ああ、やっぱり君の知り合いか。似てるからそうじゃないかと思った。親戚の子?」 快斗に兄弟がいないことは知っている。 それでも兄弟かと思えるほど子供は快斗によく似ていたのだ。 「見てわかんねえ?オレとこいつは“ツイン”だよ」 「双子?面白い冗談だね、黒羽くん」 白馬はクスッと笑う。 「快斗兄ちゃんのお友達?」 子供は可愛い声で聞いてくる。ったく、慣れたもんだぜ。 「単なるクラスメイトだよ。何話してたんだ?」 「ホームズのこと。僕たち、すごく話が合っちゃったんだ」 「・・・・・・・」 ああ、そうだ・・・こいつも狂信的なホームズフリークだったんだ・・・ 「そりゃ良かったな。ほら、帰るぞ」 快斗はコナンの手を掴むが子供は何故か抵抗をみせる。 「待って!もう少しこのお兄ちゃんと話したい」 「ああん?なんだよ、オレに用があってきたんじゃねえのか」 コナンはちょっと考えてから、ハイと抱えていた紙袋を快斗の手に押しつけた。 中身は何か見なくてもわかる。 つまり、用事はこれだけって言うつもりなのか? 「じゃ僕の家に来るかい?この本のバックナンバーなら全部揃ってるよ」 「ホント?行く!」 「冗談じゃねえ!」 快斗は喚くと後ろからコナンの小さな身体を抱えあげた。 今度は抵抗しない。 コナンは、快斗の腕に抱えられたまま、またねと白馬に手を振った。 「・・・・おまえなあ」 「ちょっとしたジョークじゃねえか」 子供はフンと鼻で笑った。 「まあ、久しぶりにホームズの話ができたのは嬉しかったがな。おまえ相手じゃできねえし」 服部はクィーン派だしな。 「機嫌が悪いな」 「当たり前だろ。この二週間、何やってたんだよ」 「もしかして、心配した?」 コナンはムッとした顔になる。 「・・・いい加減おろせよ」 はいはい、と快斗は抱き上げていたコナンを下におろした。 「まさか、おまえの方から来てくれるとは思わなかったぜ。怪我の方は?」 「治ったよ。だから来たんじゃねえか。それより暗号表は解けたのかよ」 「一応な。だけど、あれだけじゃまだ足りねえぜ」 「足りないだと?」 「そっ。一筋縄ではいかねえってことさ。レイジを見つけた方が早いかもしんねえぜ?」 「ハ・・そう簡単にいくかよ。組織の連中にさえ見つけられねえんだぜ」 コナンは、小さく息を吐く。 もっとも、先に奴らに見つけられると困るのは自分たちだが。 「オレんちに来るか?」 ああ、とコナンが頷くと、それじゃと快斗はスーパーの方に足を向けた。 「おまえの好きなもんを作ってやるよ。何がいい?」 え?とコナンは瞳を瞬かせて快斗の顔を見上げる。 「夕飯だよ。食べてくだろ」 「おまえが作んのか?」 「今夜はオレの当番だからな。とはいえ、ここんとこおふくろ忙しいから週の殆どはオレが作ってるようなもんだ」 「・・・・・」 怪盗キッドがキッチンに立って料理??マジかよ・・・ スーパーに入ると快斗は慣れたようにカゴの中に品物を入れていった。 レジの従業員とも顔見知りなのか、雑談まで交わす様子はコナンには絶句ものだ。 「あら可愛い!快斗くんの弟?」 のようなもんです、と快斗が言うと彼女はTVの人気キャラクターの絵入りのお菓子の箱にテープを貼って、はいとばかりにコナンの手に握らせた。 これにも絶句。 (野郎〜〜さっきの仕返しかよ) コナンは、クククと喉を鳴らしている快斗を睨みつけた。 スーパーを出て住宅街に入り20分ほど歩いた所が快斗の家だった。 ごく普通の、特に目立った所もない家。 おそらく誰もこの家の住人があの世間を騒がす怪盗だとは思いもしないだろう。 そしてコナンは隣があの中森警部の家だと聞いた時、心底あのキッド逮捕に執念を燃やす彼に同情した。 いつもいつも翻弄され、へとへとになるまで追い続けている怪盗が、よりによって隣に住んでいるのだから。 (気の毒だよなあ・・・) と言って、中森警部に快斗の正体を教える気はコナンにはない。 今となっては、怪盗キッドは自分と共通の目的を持つ身近な人間となってしまっているのだ。
快斗はリビングにカバンを置くと、そのままキッチンに入り買ってきた食料を仕分けした。 「わりぃけど、時間ねえから先に夕飯の支度を始めるぜ。そこに座ってろよ」 快斗はコナンを食卓の椅子に座らせると、自分は学生服の上だけ脱いでその上からエプロンをかけた。 紺地のシンプルなエプロンだが、正体がキッドだと知っているコナンにはメチャメチャ違和感があった。こんな姿を、あの園子が見たらなんて思うだろうかとコナンは思わず考えてしまう。 なんたって園子は今だにキッドを素敵なおじさまだと信じきっているのだから。 (オレだってこの目で見てても信じらんねえよ・・・) マジシャンだった黒羽盗一の名はコナンも知っていた。 ショーを見たことはないが、父親の工藤優作から人を楽しませ幸せな気分にさせるマジシャンだったと聞いたことがある。 その彼が初代怪盗キッドで、彼の死後一人息子の快斗が二代目を継いだ。 もっとも、キッドを追う警察もマスコミもそのことを知らないが。 「父親が死んでからずっと二人っきりだったのか」 「ああ。かけおちしたとかで、両親ともに親戚つきあいは皆無だったからな。でも親父は一年の半分以上は海外だったから急に二人だけになったって感じじゃなかったけど」 快斗はコナンのために入れたミルクティのカップを彼の前に置くと、また調理台に向かった。 包丁の扱いも手慣れたものだ。 「おまえの方は中学の頃から一人暮らしだったってな」 まあな、とコナンは肩をすくめるとカップを手にとって熱いミルクティをコクンと飲む。 「親がロスに移住しちまったから」 「なんで一緒に行かなかったんだ?」 「学校を卒業するまでは日本にいたかったんだよ」 「ふうん。可愛い彼女もいるし?」 ニッと笑う快斗に対しコナンは顔をしかめ、うるせえよと言い返す。 「ま、理由はどうあれオレとしてはおまえがこっちに残ってくれたことに感謝するぜ。でなきゃ、今この時期に“工藤新一”と出会うことはなかったもんな」 「ホントはオレ・・・泥棒には興味ねえんだけどさ」 「よーくわかってるぜ。でも頭脳戦は好きだろ?」 「まあな」 頭を使うことは嫌いじゃない。 「白馬も結構頑張ってんだけどよ、キッドの相手にゃ少々役不足で面白みに欠けてっからな」 だから、初めて自分を追いつめた小学生に驚くよりも震えが走ったのだ。期待にわくわくして。 「白馬って?」 「校門とこでおまえと話してた奴だ。聞いたことねえか?あいつも高校生探偵なんだぜ。ロンドン帰りのな」 「へえー?こんな近くにいたんだ、高校生探偵が」 「・・・・・」 ほんとに知らなかったらしい。 まあ、白馬の奴が表に出てきた頃には工藤新一は消えていて、比べられるという屈辱を受けていたのはロンドン帰りの奴だけだったからしょうがねえか。 といって、快斗に白馬を同情する気はさらさらないが。 それからしばらくコナンは料理を作っているキッドという、とてつもなく奇妙で面白い光景をぼんやりと眺めていた。 探偵と怪盗。 本当ならこんな風に馴れ合う関係には絶対にならない筈なのに。 レイジはオレと快斗をツインと呼んだが、その意味する所はまだ解けていない。 ハ・・・ホントやんなっちまうよな・・・・・ コナンは眼鏡を取ると自分の顔を食器棚のガラスにうつしてみた。 ただ、顔立ちや声が似ているというだけの理由ではないと思うが。 だいたい、自分と快斗が双子と思われるほど似ているという自覚はコナンにはなかった。 (ったく、どこが似てんだよ?) 「あ、やべ!」 蘭に連絡しとかねえと! 今日は隣町の知り合いんとこに行ってくるとだけしか蘭に言ってないのだ。 「快斗!電話借りていいか?」 「ん?電話ならリビングにあるぜ。ついでに泊まってくと言っとけよ」 コナンはああ?と眉をしかめた。 「ここにかよ」 「別に問題ねえだろ。オレんとこだって言っても構わねえぜ。知らねえ仲じゃねえんだし」 なんだよ、それ・・・とコナンは呆れた。 そりゃあ、蘭は前の事件で快斗のことを知っているが、しかし自分と快斗の関係を知ってるわけではないのだ。 ホントに問題ないと言い切れんのかよ? コナンは手際よく野菜を調理している快斗の背中を複雑な表情で見つめた。 (こいつ、世間の常識を完璧になめてるよなあ・・・)
「あっ・・・」 蘭に電話するためリビングに向かっていたコナンは、丁度玄関の扉を開けて入って来た一人の女性とまともに目があってしまった。 驚いたように目を見開いたその女性は、似てはいなかったが間違いなく快斗の母親に違いない。で、つい慌てたコナンが「おかえりなさい」と言ってしまったことで彼女は忽ちパニックに陥ってしまった。 「か、かいとーっ!あんたどうしたっていうの!なんでそんなにちっちゃくなってんのよーっ!?」 うそよ!今朝顔を合わした時は間違いなく高校生の快斗だったわ! なのに・・・なんでーッ? 「あの・・・・」 パニック状態の母親は履いていた靴を後ろにすっ飛ばして駆け寄ると、コナンの小さな肩を掴んで激しく揺さぶった。 「快斗!あんた今いくつ!?」 「え・・と・・・7才かな・・・」 コナンが答えると彼女は愕然となってしまった。 「うそよ〜!なんで10年も戻ってるの!私は年くったままなのにーっ!なんであんただけ〜!」 「あの・・おばさん・・・」 人違いなんだってば・・・・ 突然彼女の目がつり上がったので、コナンはゲッとなる。 「お・ば・さん?」 「・・・・・・・」 「何騒いでんだよ?どしたの母さん?」 キッチンからエプロンをつけた快斗がひょっこり顔を覗かせると、母親はさらにパニックになってしまった。 「か・・快斗?あれ?あんたなの?」 声が完全に裏返ってしまっている。 「オレじゃなきゃ誰だってんだよ」 「コ、コンニチワ、快斗のお母さん?僕、江戸川コナンっていいます」 はは・・と、まだ肩を掴まれたままのコナンは引きつった笑いをうかべながらとにかく彼女に自己紹介する。 「・・・別人?」 「当たり前だろ。何言ってんだよ」 ようやく誤解と気づいた彼女は気が抜けたような顔になったが、さすが快斗の母親というか立ち直りは早く、いきなりコナンの身体をぎゅうっと抱きしめた。 「ああ・・可愛い!やっぱりこのくらいが一番よねえ」 「悪かったな、育っちまって。晩飯いらねえのかよ」 「いるに決まってんじゃない。もうお腹ペコペコ」 と言いながら母親はコナンを抱きしめて幸せそうに笑っている。 「小さな子ってほんとに柔らかいわあ」 「・・・・・」 あのぅ・・オレも柔らかいんですけど・・胸が・・・ はっきり言って、彼女は自分の母親より胸があった。
3人で夕食をとった後、TVを見ておしゃべりしてから入浴し、2階の快斗の部屋に入った時は夜の9時を回っていた。 夜更かしさせちゃダメよと母親に言われはしたが、さっさと寝るようなガキではない。 まだここへ来た目的を何も果たしていないのだから。 二人はすぐにパソコンと向き合う。 「こいつがドクターオハラの持ってたフロッピー。おまえ宛だってんでもらってきた」 「彼女、どうなったんだ?」 「んー、あの黒ずくめの男たちから逃がした時は生きてたが、その後んことはしんねえな。うまく逃げてりゃ心配ねえだろうが。生きてた方がいいのか、あの女?」 快斗から受け取ったフロッピーをじっと見つめていたコナンが、つ・・と眉根を寄せた。 「彼女になんかしたのかよ?」 「必要最低限のことしかやってねえぜ。いくらなんでも殺しだけはできねえからな」 そう言って肩をすくめる快斗をコナンはジロリと睨む。 「何したんだよ」 「簡単な暗示さ。キッドとおまえに関する情報の消去」 え? コナンはパチクリと瞳を瞬かせる。 「おまえ・・んなことまでできんのかよ」 「マジックに催眠術はつきもんだろ?」 「・・・・・こえー奴」 コナンは溜息をつくと、受け取ったフロッピーをパソコンに挿入した。 「ここで見んのか?んじゃ、オレは飲み物でも持ってくるかな」 「構わねえよ。おまえも見ろよ」 ふ・・んと快斗は首を傾げたが、すぐに勉強机の椅子をパソコンの前まで引っ張ってきて腰をおろした。 最初にディスプレイに映し出されたのは、12〜3才のショートカットにした黒髪の少女の姿。 少女は正面を向いて可愛らしくニッコリと笑った。 『シン、見ててね。これが5年後のわたしよ』 少女がまるでジャンプするように宙に浮き上がると、灰色のバックが原色の花園に変わった。 そして、その中に立つ少女も様子が変わる。 髪はセミロングにまで伸び、顔立ちも子供の顔から17・8の少女の顔に変わった。 次は20才に。そして、バックは青い海になる。 快斗はポカンとした顔でその不思議な映像を眺めた。 「アレ?ジェレミーってのは女の子だったの?」 「ジェレミーはあいつの死んだ弟の名だよ。本当の名はジェニファー。あいつは弟の身代わりだったんだ」 「・・・複雑な事情ありってか。オレはてっきり男だとばかり・・・」 ああ、それでオレが“シン”じゃないとわかったのか。 「あいつが死んだ理由を聞いたか?」 いや、と快斗は肩をすくめる。 「そんな余裕なかったもんで。わりぃな」 「いいさ。調べる方法は他にもある」 「死因が知りたいのか」 「オレのせいかもしれねえからな」 「なんで?心当たりがあんのかよ」 「オレが・・パズルを解こうとあいつに言ったんだ・・・」 「暗号大好き。おまけに好奇心旺盛だもんな、おまえ」 面白そうに笑って言う快斗をコナンは睨むが、反論はしなかった。 自覚はある。暗号を解くのは楽しくて、それが難解であればあるほど夢中になってしまう自分をよく知っている。 おまえのせいじゃねえよ、と快斗はポンとコナンの頭を叩いた。 「快斗?」 「おまえの場合、真実を知ろうとすることが罪悪に繋がることはないさ。絶対にな。それより、恐れて立ち止まることがおまえにとって罪悪なんじゃねえの?」 「・・・・・」 「焦んなよ?オレたちのまわりも結構緊迫してきてっけど、避けられねえもんじゃねえだろ?」 「違う!問題はオレたちのまきぞえになる人間が出てくることだ!」 「オレたちもまきぞえになっちまった一人だぜ?つまり被害者。ただ、オレたちは泣き寝入りができるほどおとなしい質じゃなかったってだけ」 違うか?と快斗は間近に顔を寄せてコナンに言う。 息がかかるほど寄せられた快斗の顔からコナンは目が離せない。 顔立ちは似ているが、こういう時の表情は快斗だけのものだった。 工藤新一にこういう表情はできない。 「レイジはオレが見つける。あいつらの手には絶対に渡さねえよ」 それから奴らと全面戦争だ、と快斗はニッと笑い柔らかなコナンの頬にキスを送った。
勝てば戻れる。 戻ろうぜ。 キッドとコナンじゃなく、黒羽快斗と工藤新一にな。
|