ALL STANDARD IS YOU







 ─────幸せだったなぁ、とその瞬間、思った。














「──────名探偵!!」

 乱戦の中、キッドに突き飛ばされる。

「大丈夫か?!」

 KIDを標的としていた敵の撃退にばかり気を取られて、自分のことがおろそかになっていたところを狙われたのだ。

「あ、ああ……平気……ってお前は?!」

 守るつもりで、守られたことに慌てる。

 孤高に独りで戦っていた怪盗と手を組むと決めた時から、せめて、自分だけは彼の盾になろうと、彼を守ろうと決めていたのに。

「見た通り。何ともないよ」

 その言葉どおり、どこにも出血した様子がないのに安堵する。

 ようやく、ここまで辿り着いたのだ。

 もう、組織の崩壊は間違いない。

 世紀の怪盗と探偵が手を組んで、二人で最後まで追いつめた組織が最後を迎える。


 先に組織に見つけ出されてしまったパンドラも、KIDが奪取できた。





 後は、無事に脱出するだけだ。





 最後の足掻きだが、断末魔の抵抗を見せるそれは、まだ予断を許さない。

 攪乱するため、途中で二手に分かれて脱出するのは、初めから決めてあった。



 もう分岐ポイントまでは、辿り着いている。

「早く行け!」

「─────ああ、あとでな!」



 KIDを気にしながらも走り去っていく名探偵の背を見送り─────

 その視界から完全に消えたのを確認してから、ズルズルと座り込む。


「は………毒入りとはやってくれるじゃないか……」

 KIDと名探偵の力量に、単なる銃で致命傷を負わせるのは難しいと判断したのだろう。

 代わりに、急所に当てることができなくとも、かすっただけで仕留められるよう、強力な毒針を仕込んだ特殊銃を持ち出してきたのを見て取り、咄嗟に自分の身を盾にした。

 あの状態では、そうすることでしか名探偵を守れなかった。


 だが、ここまで来れば後は名探偵独りでも大丈夫な筈だ。

 武器庫は最初に潰してある。

 これほどの特殊銃は、あれ以外、もはや残っていない筈だ。

 あれが残っていたのも、誤算ではあったのだけれど。


 名探偵の前では、何でもないふりをしていたが、毒がじわじわと効いてくる、

 本来なら即死の筈だ。

 普段から毒に慣らして耐性があったからこそ、ここまで動けた。

 だが、その種類もわからず、解毒薬もないこの現状では、もはや打つ手はない。



(かっこわりぃ………こんな姿、名探偵には見せられないなぁ……)

 ずっと、彼の前では何者も敵わない怪盗としてありたかった。

 惚れた弱みもあるけれど、そうでなければ彼にふさわしくないと思ったのだ。

 罪人である自分には、そうでなければ、彼の隣に立つ資格はないと思ったから。





 だから、こんな姿は見せられない。

 自らの身でしか、彼を護れなかったなんて、彼は知らなくていい。





 彼の記憶の中では、あくまで無敵の怪盗として覚えていてもらいたかった。





 だから、最後の力を振り絞って、通常の声で通信する。

「……名探偵、こちらはこれから脱出する。そっちは大丈夫か?」

『OK……こちらも脱出する!』

「わかった……気をつけて」

『……お前も気をつけて』

 それが愛しい名探偵からの最後の言葉。

「ありがとう」

 通信を切る。

 お互いの安全確認のための超小型無線兼発信機を鳩の足にくくりつける。

「……海に……捨てろ。いいな……?」

 心配そうに主人を見つめていた鳩は、しかし再度の促しにようやく飛び立った。

 何度もKIDの仕事を助けてくれた優秀な鳩だ。

 今度も、違わずに命令を実行してくれるだろう。


 それを見た名探偵は、KIDが無事に脱出して海で発信機を捨てたのだと思ってくれる筈だ。





 これで最後だから。





 これ以降、KIDからの連絡が途切れても、目的を果たした自分が消えただけだと思ってくれるだろう。

 最後まで、正体は明かせなかった。

 今は、それで良かったと心から思う。


 彼を、哀しませるのは本意ではない。


 あの優しい名探偵は、犯罪者といえども、協力して戦った自分が死んだと知ったら、哀しんでしまうと思うから。





 自業自得なのだから、気にしなくていい。罪を犯した自分には似合いの最後だと思う。

 まして、名探偵を庇ってのことだなどと知ったら、きっと彼は傷ついてしまう。

 自分のことで、彼の優しい、柔らかい魂に傷を付けるなど、できるわけがない。










 だから、彼は知らなくていい。


 こんな処で死んでゆく自分のことなど。






 自分の身を盾にすることでしか、彼を護れなかったことなど、彼は永遠に知らなくていいのだ。













 それならば、戦いが終わった途端、姿を消した薄情者だと思われる方がずっと、良かった。

 そうすれば、彼は傷つかずに済む。


 パンドラをKIDが手に入れたことも知っている彼は、いぶかしみながらも納得してくれるだろう。



 そう、その力を望んだ醜い亡者達が果てしない争いを繰り返した魔石は、今この手にあるのだから。





(俺と一緒に、滅びるがいい)。






 もうそこまで、火の手が迫っている。


 組織の崩壊と共に、パンドラも何もかも、燃え尽きればいい。


 それを確実なことにするために、だるい身体を引きずって仕掛けを施す。


 酸素だけは途絶えないようにして、高温で何もかも燃え尽きるように爆破する。

 自らの死体も、残らないようにしなければならない。

 稀代の名探偵を、欺ききらなければならないのだから。



 全て終えると、気が緩んだのか毒で眼が霞んできた。









(ああ……でも、幸せだったなぁ……)







 彼と、ともに戦えたこと。



 覚悟していたけれど、罪を犯して汚れて、何もかも諦めていたから。

 幸福になることも、未来を掴み取ることも。

 だから、そんな中で彼に出会えたことには、感謝してもしきれない。

 父がパンドラに関わらず、KIDになりさえしなければ、真実を知らなければ、と思ったこともあった。

 そうしたら、何も知らずに、幸せに過ごせたかもしれなかったのに、と恨んだこともあったのだ。

 けれど、この道を選ばなければ、名探偵と出会うこともなかったのだと思った時、初めて運命に感謝できた。

 彼と出会えるのならば、いい。

 その幸せを自分は何度過去に戻れたとしても、選ぶだろう。





 他の全てを失っても。





 だから、悔いはない。

 彼とともに過ごせた。

 彼とともに戦えた。

 彼を─────護ることができた。



 その先は、決して望んではいなかった。

 罪人の自分に、そこまでの資格はないと思ったから。



 充分、満足だった。





 だからパンドラをその手に抱いて、浄化の炎に焼かれる。


 それが、魔石であるパンドラにも、罪人である自分にも、ふさわしい末路だと思った。




(─────愛してるよ─────新一)

 最後に、それでも心の中でだけ、ずっと呼びたくて呼べなかった名探偵の名前を呟く。

 自分が呼んだら、彼を穢してしまう気がして。

 想うことも禁じていたのを、最後にそれだけ自分に許す。

 それでも、口には出さなかった。

 外界に出てしまった言葉が、彼を貶めるのを恐れたから。

 心の中だけで呟く。




 それで、満足だった。









(………幸せだったんだ、本当に)









 



END




 麻希利様への地雷進呈品。 
 なるべく 麻希利様に気に入ってもらえるものを〜!と頑張ったら、何故か暗くなってしまいましたという……。
 ウチのサイトで 初の死にネタ!
 でもそれでも快斗は『幸せだった』と言っていますが……読んでくださった方の感想が怖いような気が……

ありがとうございますv
こんなに早く頂けるとは!嬉しいです〜
出だしからもう緊迫感に満ちた話で・・・ああ、やっぱり組織との対決は不可欠なんだなあ・・と。
咄嗟に新ちゃんを庇うキッドは、もう覚悟はできてたんだろうなあとか思ってしまいます。
結局、キッドが思うとおり幸せだったんでしょうね。
正体を知らせなかったのは、新ちゃんを悲しませないため・・・・
うちのシリーズも組織との対決は欠かせないですし、参考になりましたv 麻希利


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