■闇

 

 

 昔、まだ小さかった頃…物事がまだよくわからなかったころ……

 俺は「暗闇」が嫌いだった。訳なんて今となってははっきりと思い出せない。

 ただ、自分が呑み込まれてしまいそうな気がして―――――

 あの暗闇に取り込まれたまま、二度と出て来れないような気がして―――――

 

 

 とっくに日が暮れてから家に帰るなんてこと、日常茶飯事になってしまった。高校生だったころもそうだったけれど、大学生となった今ではさらに輪をかけて多くなったような気がする。

 相変わらず忙しい両親は世界中を飛び回っているため、家で誰か待っているわけでもなく(蘭が時々心配だといって押しかけてくるが...)、急ぐ理由なんてないのでゆったりと夜道を歩く。

 電灯がついているところ以外は真っ暗で、他の光はといえば両脇に建つ家のいくつかからもれる電光と空に輝く月だけ。本当に暗いところは自分の足元でさえよく見えない。

 けれど、いつからかこの闇がひどく心地よいと思えるようになった。

 昔はあんなに怖かったのに……

 だって闇は全てを覆い隠してくれるから。自分の中の汚さも、弱さも、何もかも覆い隠してくれるから…。自分は皆が思うほど綺麗じゃない。だって皆と同じように普通に生きている人間だから。いろんな感情を抱えている人間だから。

 聖人君主なんてどこにもいないんだ。だからこそ、崇めるような、そんな目で見られるとひどく心が重くなる。押し付けられる人物像なんかになれやしないから。

「闇にとけこみたいと思う人は、弱いのかもしれないな...」

 すべて見えなくなればいいと願うから。見たくないと願うから。

「ならばやつは...強い人なのだろうか...」

 闇に浮かぶ白をまとい、不敵な笑みを浮かべて獲物を掻っ攫う。決して黒く染まらないあの白は、時々眩しくて見ることができない。

 闇に浮かぶ「ハンザイシャ」の彼と、闇にとけこむ「タンテイ」の自分。

 なんだかおかしくて、自嘲気味な笑みが浮かぶ。そうこうしている間に、闇に包まれた家について、重い門を開けた。

 

 

[fin.] ウ〜ン、意味フメイ...

 

 


 

■雪

 

 

 朝、寒さで目が覚めた。昨日も寒かったけれど、今日のは特別。もしかしてと思って、ベットから抜け出し窓へと近づいた。そして外界を遮っているカーテンを一気に開いてみる。

 ああやっぱり。悪戯が成功した子供のように嬉しくなる。自然に口元に笑みが浮かんだ。

 飛び込んできたのは、白、白、白……地面を覆っているのも、空から舞い降りてくるのも、白。

 夜中から降り続いていたのだろうか?結構積もっているようだ。これではこの大都市の交通網は麻痺することであろう。雪国の人が見たら笑うかもしれない量だけど、それでも子供たちは喜ぶだろう。あちこちで小さな雪だるまが見れるかもしれない。

 

 新一は目の前の窓を一気に開け放った。とたんにきん、と冷えた空気が暖房で暖まっている部屋の中へと入ってくる。新一の体も包み込む。

 なぜかそれが、心地よい、と感じた。なぜだろう?考えていたら後ろからふわりと暖かいものに包まれた。それがなにかと考えるでもなくわかるから、そのまま体重を後ろへと預けた。胸のあたりで組まれた、綺麗な手が見える。

「風邪引くだろ?こんな薄着で窓開けて」

 そう言いながらも決して閉めようとはしない。彼も外の景色に見慣れているのか、それとも閉めるとこの状態でいることへの言い訳がなくなるからなのか。

「珍しいから見ておこうと思ってな。今日は休みだし、どうせ外に出ねぇし…」

「そりゃそうだけどね」

 厚手のカーディガンをかけられたまま、彼を背中にしょったまま、新一は窓の外に片手を出してみた。部屋の中にいるときよりもかなりひんやりとした空気が包む。そしてその広げた手のひらの上には雪が舞い落ちた。

 美しい白の結晶だ。美しい……でも、肌に触れたとたんにみるみる溶け出して、透明な水へと変わってしまう。それが、ちょっと淋しい。

 ふと新一はなにかを思った。そしてそれを、口にしようと思った。

「雪ってお前に似てるよな。白いし、一部の人間に迷惑かけて、一部の人間を喜ばせて。それから…」

「それから?」

「冷たくて、掴んだと思ってもすぐに消えちまうところ」

「………きちんとここにいるじゃん。きちんと、本物だろ?」

 言いながら、組んでいた手をといて新一の頬に触れる。冷たくなっていた頬に、その手は確かに温かくてそこにいることを証明した。それを感じながら、新一はさらに身を乗り出して雪を掴もうとする。が、それは後ろの男によって遮られた。窓が閉められ、再び冷気が遮断される。

 むっとして文句でも言ってやろうと振り向いた瞬間、言葉が飛び出す前にふさがれた。驚いたが抵抗する気もないし、好きにさせておく。いつもよりも長めに貪られてようやく解放されたとき、新一の息はすっかりとあがってしまっていた。

「いきな、り、どうしたんだよ…?」

「雪は俺に似てるって言ったじゃん。だったら、新一を浚ってしまうかもしれないだろ?」

 

 

[fin.] バカップル...キザ......

 

 


 

■ギャップ

 

 

 普段は素直じゃない、恋人。(の、つもり……)

 何か彼にとって都合の悪いことがあると、す〜ぐに手、ではなく足が出るし、なかなか聞きたい言葉を言ってくれない。それになんとも口も悪い。彼の外面に騙されている方々にぜひとも聞かせてあげたいくらいだ。

 彼はちょっとした有名人だから、街を歩けば注目の的。それでなくても綺麗で、かっこいいから。彼の隣にありたい、と願う輩は数知れず。威嚇するのも一苦労。

 でも今現在、そんな彼の隣にいるのはこの自分。そして、この瞬間だけの楽しみを。普段の彼とこのときの彼とのギャップを味わえるのは自分だけ。

 

 突き上げると甘い声。縋るように伸ばされる手。上気した頬。このときだけの彼。普段とは違う、彼の姿。これは、自分だけのもの。

 どうしてほしい?聞くと、潤んだ瞳で睨まれる。まったくもって逆効果。それを彼はわかってない。そんな顔されるとますます苛めたくなる。そう耳元で言ってやったら爪を立てられた。酷いな〜。笑う自分に彼が言う。

「お前、ギャップがありすぎるぞ…」

 その言葉にまた笑う。そして特上の声で耳元で言ってやった。

 そのギャップが、またいいんでしょう?

 

 

[fin.] ナニヤッテンダ...コイツラ......

 

 


 

■仲間はずれ

 

 

 

 遠くから聞こえる楽しそうな笑い声。駆ける音。それを1人で見つめるのは、仲間はずれの子供。あの輪の中に入りたいけれど。入って一緒に遊びたいけれど。できなくて、いつも独りぼっち。ずっとずっと見ているだけ。

 仲間はずれの子供は、皆がいなくなったときに遊びだす。独りで遊びだす。皆は太陽の下で。独りの子供は薄暗い、月の下で。

 いつか帰れる日を夢見ながら。あの輪の中に入れる日を夢見ながら。

 空を飛び、悪戯を仕掛け、成功したら笑って。たった独りで遊び続ける。それが終れば残されるのは寂寥感。彼を見守るのは白い月。

 

 ねぇ誰か。僕に気づいて。僕に気づいて。

 僕は独り。ここに独り。

 淋しいんだ。苦しいんだ。哀しいんだ。

 お願い誰か気づいて。この手をとって。お願い……!

 

 伸ばされた手を、誰かが掴んだ。とても温かい手。とても優しい手。離したくなくて必死にしがみついた。きつくきつく、握り締めた。そしたら今度は、体全体が温かいものに包まれた。そっと抱きしめてくれる、優しい腕。今度はそれに縋りついた。

 

 独りはいや。独りはいやなの……

 大丈夫、もう独りじゃないだろう?

 でも誰も、この声に、この手に気づいてはくれなかった。

 それはお前があっちこっち動き回るから。捕まえるのに苦労したんだ。

 寒かった。とても。ここは温かいね。お日様みたい。

 お日様は、ずっとお前を見ていたよ。

 

 仲間はずれの子供は、もう独りじゃなくなった。

 

 

[fin.] コドクナKIDトミツケタタンテイ

 

 

 


 

■雨

 

 

 雨は好き。皆が無口になるから。

 雨は好き。皆の顔が見えないから。

 

 偽らなくてもいい。見えないから。大きな傘に顔を隠して。どんな表情してても、誰にもばれない。気づかれない。

 

 雨は好き。すべてを洗い流してくれるから。

 

 泥も、血も、穢れたこの体も。

 やんだらきっとすぐに元通り。けれど今だけは、降り続いている今だけは、そんな気にさせてくれるから。綺麗になったと思わせてくれるから。

 

 雨は好き。だってこんな日は……

 

「おかえり。すごい雨だったな。ああ、やっぱりあんんまり傘さしてる意味なかったか」

 笑いながら迎えてくれる人。大きなタオルでこの濡れた体を包み込んでくれる人。よく見れば、彼だって濡れてしまっているのに。自然に笑えて、抱きしめる。タオルごと。

 

 雨は好き。だってこんな日は、この人がとっても優しいから。

 

 

[fin.] 私ハ雨ガ嫌イデス......;;

 

 

 


 

■キス

 

 

 キスにはすごい力があると思う。あいつと出会ってから、そんなふうに思うようになった。ただし、あいつとの、に限定だけれど。

 されると一気に体温が上がるし。さらに長くされると体から力が抜けていく。そしてなにも考えられなくなって、あいつの意のままになってしまうんだ。それは少し悔しかったりするんだけれど。

 あいつはどこでもキスをしたがる。朝出かけるときの玄関で。帰ってきたときに。前なんて公衆の面前でやりやがった!まぁそのときは報復として弁慶、思いっきり蹴ってやったけれど。あいつは涙目になってひどい〜と言いながらもさっさと歩く自分を追いかけてきた。

 まったく、ひどいと言いたいのはこっちだ!時と場所を考えやがれ!帰ってからそんなことを言ったら、じゃあ今はいいんだね♪なんてあっさり復活したあいつにその場で押し倒されて……それ以上は言いたくない。

 

 ああでもやっぱあれだな。キスの一番の力。それは……

 

「快斗」

「ん〜?…っ!!?」

 

 ほら、やっぱり。自分からキスをすると、こいつはお得意のポーカーフェイスなんてものを忘れ去って、真っ赤になりながら驚く。普段はいっつも余裕の笑みを浮かべてやがるからな。

 こいつをこんな顔を見られるのも、やっぱりキスの力だ。

 

 

[fin.] ...ノロケ?......恥ズ....

 

友華さんから15万ヒット記念フリーノベルを頂いてきましたv
ほのぼのとして、甘々でつい読んでしまう魅力があります。
いいなあ、やっぱり快新は〜〜v  麻希利

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