「…は?」 学校から直行してきたらしい快斗が新一の顔を見るなり言ってきたことに、新一は思わず聞き返してしまった。 別に聞こえなかったわけではない。言っていることが理解できなかったのだ。 「だから、今度学校でショーをやることになったんだ。そのアシスタントをお願いしたいんだってば」 走ってきたためか快斗はかなり汗をかいていて、ワイシャツのボタンを2,3外しソファの下に座ってパタパタと風を送っている。つい最近、夏服になったのだと言っていた。 一方、冷房がほどよく効いた部屋の中にずっといたソファの上の新一は汗1つかいていない。 飲みかけのアイスコーヒー(ブラックだが…)を差し出すと、快斗はそれを一気に飲み干した。とにかく渇きを癒すのが先らしく、甘くないとかは今はどうでもいいらしい。 「ショーって…マジックのだよな?」 「当然でしょ。それ以外のショーは学校じゃできないね♪」 それにあれは警察さんたち専用だしv 何を言っているのかすぐにわかった新一は、軽く睨みつけて話を逸らすなと咎める。 「ほら、俺たちもう3年だし、これから受験戦争突入するでしょ。まぁ、もう皆がんばってるけど……それで、俺そんな必要ないからひまだぁ〜ってぼやいてたら、そんなに暇なら皆を励ますようなことをしろ!って怒られてさぁ」 「お前な……」 そりゃ怒るだろ…… 現在学校へ行っていない新一はその空気を体験することはできないが、中学のときも受験組の殺気はすごかったし、たまに行く図書館でもそれらしき高校生を見かけるからわかる。 ぴりぴりしている中でそんな呑気なことをいえば怒るどころか下手すりゃ殺されるぞ…… 「そんで、だったらマジックショーでも開こうか?って軽い気持ちで言ったら、皆のってきて。いつのまにかどんどん話が膨らんでいって来週の日曜に体育館借りて盛大にやることになったんだ」 「そりゃ、すげぇな」 それだけ快斗の力が認められているということなのだろう。体育館の使用許可を申請しに行ったらすんなり下りたというし。先生方の中にもファンがいるらしい。 それで皆の気分転換と励ましになるのならばいいことなのだろう。 だがしかし―――――――― 「で、なんでそこで俺がアシスタントやることになるんだ?」 「だって折角大きな舞台を用意してくれたんだし、どうせやるなら盛大にやりたいじゃん?でもそうなると、俺1人だと大変なこともあるし……」 「だからなんで俺なんだよ」 「俺の友だち皆受験組なんだってば!それにアシスタント頼めるような人材なんて新一くらいしか思いつかなかったしねv」 ようやく涼しくなってきたのか、扇ぐのをやめて新一の隣へとよじのぼってきた。 同じ高さから見つめて、快斗はにっと人懐こい笑みを浮かべ、新一の手をとってちゅっと軽く口付ける。そんなスキンシップはいつものことなので、今さら新一は気にならないのでそのままにさせておく。 「新一の学校じゃないけどさ、もう一度くらい高校の空気を味わってみるのもどうかなとも思ったんだ。やめてから、結構経つだろ?」 「快斗……」 確かに、新一がいまだ存在する組織との戦いに集中するために高校を途中退学してからだいぶ経つ。それを後悔しているわけではないけれど……… 道を歩いているときに見かける制服。つい目が追ってしまう。 淋しい、と。本当ならば自分もあんなふうに歩いていたのかと思うとどうしようもなく淋しいと思うことがあるのだ。 快斗はきっとそれに気づいている。本人よりも新一に関しては鋭いから。
快斗は新一の手を離すと立ち上がった。 「シャワー借りていい?やっぱ気持ち悪くて」 「あ、ああ。俺の服使ってもいいから」 「サンキュv」 そのままリビングを出て行く。 勝手知ったるなんとやらで、今さら新一がなにもしなくても快斗はこの家のことを良く知っている。新一が許可さえすればあとは自分でタオルだのなんだの持ち出していくだろう。 ふと出て行った快斗がもう一度ひょっこり顔を出した。 「あ、別に強制じゃないから悩まなくて良いよ。新一の思うままに、ね」 シャワー浴びた後に応え聞かせてね〜。言いながら今度は本当にバスルームの方へ行ってしまった。 再び独りになった新一は、ソファの背もたれに頭を預ける形で天井を見る。応えはもう、決まっていた。
"そうとなればしごくからvよろしくv" それはあとあとOKの返事をした新一に喜んで飛びついて懐いてきた快斗が最後ににっこり笑顔で告げた言葉であった。 「お、鬼……」 ぐったりとソファの上に横たわる新一を傍で見ながらからからと快斗が笑う。 あの言葉どおり、その日から快斗による特訓が始まったのだ。 新一はマジックの知識は豊富であるし、お遊び程度のものならばできる。けれど一方の快斗はほとんどプロ並の実力を持つマジシャンなのだ。 知っているだけと実際に行うのとではかなり違う。 1日の半分は特訓で終わるという日々が続いていた。 そのおかげで新一の腕もかなりのものになり、快斗のアシスタントとしても十分すぎるほどである。 だが1日の終わりには、基本的に体力のない新一は沈んでいた。 「お疲れ〜vいよいよ明日本番だから。よろしく、アシスタントさん?」 寝転がる新一に片手を差し出して言う快斗。 新一は疲れきった目を向けたが、やがて同じように笑いながら、その手を軽く叩いた。
次の日はとにかく忙しかった。 大きい体育館なのに多くの人が集まり満席になる。江古田高校の生徒はもちろん、その日が休日であることもあって他校の生徒も混じっている。 1番前の席にしっかりと陣取っている園子と、付き合わされた蘭を見つけたときには予想はしていたが新一は眩暈がした。 今日新一が快斗の助手をすることは、誰にも教えていないのだ。 「Ladies & Gentleman!本日はボクのショーのためにお集まりくださりありがとうございます」 湧き上がる歓声と拍手の中、快斗は慣れたようにショーを進めていく。 アシスタントとして紹介された新一が舞台に出ると、その姿に観客は驚きにざわめいた。 それはそうだろう。最近めっきり姿を見せなくなった有名な高校生探偵が、助手としていきなり登場したのだから。 だが、もともとこういった舞台に慣れている新一が微笑んでお辞儀をすると、ざわめきは再び歓声となる。前にいた蘭と園子はまだ驚いていたようだったけれど。
ショーが始まると、そんなことを気にせず皆が快斗のマジックに惹きこまれていく。 誰が用意したのか、軽快な音楽にあわせながら快斗は次々と魔法を披露し、新一も教わったとおりの役割をこなしていく。 同じ衣装を着て、双子のようにそっくりな2人が見せるショーに、誰もが魅了された。 真っ白な鳩が観客の頭上を自由に飛び回り、見えやすいようにといつもよりも大きなカードを出して笑いを誘い、かと思えばそれで驚愕するようなマジックを見せる。 この大きな舞台のためと用意した新一の見せ場、大きな箱に新一が入って次に開いたときにはその姿が跡形もなく消えている。驚きに包まれている間に、新一は客の後ろから登場した。 「テレビで見るような美女じゃなくて申し訳ありません」 ステージに戻った新一の言葉に笑いが起こる。新一も美人vと言った快斗に容赦ない蹴り。それでまた笑いは大きくなった。 他にも観客は数々のマジックに驚いたり、快斗と新一の話に笑ったり。 途中からは、アシスタントをしている新一自身も楽しくなる。 間近で見てそれに気づいた快斗は、そっと微笑んだ。
そして大きな拍手を受けて、2人のショーは幕を閉じた。
舞台から下りたとたん、取り囲んだ人々ににこやかに相手をして、内輪で騒いで。ようやく家に戻って人心地ついたときにはすでに夜も遅い時間だった。 昨日までとは違う疲れで、今日も新一はベットに沈む。 そしてその隣には真っ直ぐ新一についてきた快斗。彼もさすがに今日は疲れているらしい。 だが2人とも、満足そうな表情をしていた。 「楽しかった?」 「ん。疲れたけどな。お前が楽しそうな理由がわかった」 「そう?」 2人で狭いベットに寝転がって。快斗は新一の髪に触れてきた。 暑くはないし。なによりも快斗に触れられるのは心地がいい。だから新一はその感情のままに目を閉じる。 「でも近くで見てても、タネわからねぇやつもあるんだよな…」 「いいんだよ、それで。俺は夢を見せてるの。現実に戻ったらすべて消えてしまって虚しいだけでしょ?だから、観客は、夢を見ていてくれればいいの」 それが俺の仕事。 「そぅか……やっぱ、おめぇって………すげ……な」 言いながら、新一はあっという間に眠りの世界へと引き込まれてしまった。よっぽど疲れていたのだろう。穏やかな寝息が聞こえる。 それに快斗は苦笑いをした。 「今日はありがと。俺も久しぶりに楽しめた。……おやすみ、新一」 艶やかな黒髪にキスをして、快斗もそのまま新一の横で目を閉じた。
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