空を流れる天の川のほとりに、青く透き通った水晶で出来たお宮があります。 そこに住む双子の星の童子達は、毎夜、星巡りの歌にあはせて銀の笛を奏でます。 けれども、七夕の夜だけは、その役目をお休みして、二人で大きな熊手を持って天の川の岸辺に行くのです・・・・・。
二人は大きな熊手で川底を攫ひ、川の水でそうっと洗ふと、空からの淡い光に翳ししてみました。 じっと見つめていると、不思議なことに、それらはまるで虹の光を集めたかのやうにキラキラと輝きだしました。
そして、二人の手で洗われ、空に撒かれて、天で輝く星となるのです。
「みんな綺麗な星になりますね」
結晶は、見ていると幸福な気持ちになるやうな光を浮かべていたり、深い悲しみに包まれたやうな凍へる色を放っていたりと様々でした。 なかでも、一際、美しく蒼く輝く結晶がありました。 全体としては涙のやうに透明なのに、ぞの中心では透き通った蒼い炎が揺らめひて、淡青色の光を放っています。 美しひけれど、見ているうちに物悲しい気持ちになってくる結晶でした。 願った人はどれだけの深い悲しみの中で、願い事をしたのでせふか・・・・。 二人は結晶を見て溜息をつきました。 薄蒼い炎の中を覗きこむと、揺らめく炎の中に一人の男の人の姿が浮かび上がります。 きっと、この願ひ事の主でしょう。 一人の童子が悲しげに呟きました。 「この方の願ひが、いつか叶ふと良いですね・・・・・」 月を見上げ、溜息をつくその人の背中は淋しげに揺れておりました。 男は一人で縁側に座り、月を見上げていました。 手に薄い玻璃の杯を持ち、手酌で傍らの瓶から強い芳香を放つ液体を注ぎます。 金剛石を砕いて撒き散らしたような見事な星空も、煌々とした月の明るさも男の瞳には映っていないようでした。 空も星をも見遥かし、もっともっと遠くを望むかのような寂しげな眼差しをしています。 漆黒の毛並みに瑠璃色の瞳を持つ、愛らしい仔猫です。 猫は続けて小さく鳴くと、「かまって」とでもいうように、男の膝を軽く引っかきました。 「ごらん、今日は月が綺麗だ」 男は微笑んで猫を顔の高さにまで抱き上げました。 「分かるかい? 今日は七夕だよ・・・・」 年に一度、星に願いを掛けると叶うと言われる星祭りの夜です。 男も短冊に願い事を書いていましたが、それを飾ることはしませんでした。 書き上げると、そっと文箱の中に仕舞っておくのです。 毎年、それを繰り返していました。 何故なら、それは叶うはずのない望みだからです。 天の星すら年に一度巡りあえるのに・・・・・、と男は寂しげに呟きました。 文箱の中には年を経るごとに短冊が溜まっていきました。 溜まった短冊の分だけ、男の願いに対する想いも深まってゆきました。 この世ならざる人に逢いたいと望むなら、こうして願う以外に術はありません。 いつかその願いが叶えられる事を信じて。
澄んだ歌声が夜風に乗って微かに聞こえてきます。 「懐かしいね。あの歌の続きは何だっただろう・・・・・」 子供の頃、星祭りの夜に歌った歌です。 「・・・おおぐまの足元・・・だったかな?」 酒に酔ったせいでしょうか、思い出すことが出来ません。 「大好きな歌だったんだが・・・・・・」 考えているうちに、男の瞼はゆっくりと下がってきます。 ゆっくりゆっくり・・・・・。 ![]() ほら、あかいのはアルデバラン。 白鳥座のデネブ、鷲座のアルタイル、琴座のヴェガ、これで夏の大三角形だよ。 耳元でとても懐かしい人の声がします。
頭をぽかりと叩かれて、目を開けると、そこは校庭に並べられた椅子の上でした。 辺りにはもう誰も居らず、自分と同じくらいの少年が呆れたような顔つきで自分を見下ろしています。 「おい快斗、起きろよ! とっくに幻燈は終っちまってるぞ。どうしたんだよ、ぼんやりして」 「ううん、何でもない。起きてたけど、なんか変な夢を見てたような感じがしただけ・・・・」 「バ〜カ、それは寝呆けてるっていうんだよ。ほら、ぼやぼやしてると店が閉まるぜ!」 「あ、待ってよ、新一! だったら、もっと早く起こせよ!」 そうだった。 自分は従兄弟の新一と二人で夏祭りに来ていたんだっけ。 前を小走りに駆けてゆく新一の姿を追いかけながら、快斗は息を大きく吸い込みました。
薄青く色のついた曹達水(ソーダすい)の泡がはじける音や花火の音。 暗がりに乱舞する淡い光、蛍の群れ。 そして天上には見渡す限りの星の海。
「おい、快斗。 お前、ちゃんと短冊吊るしたか?」 夏祭りの会場で、飾られた七夕飾りを見て、新一が思い出したように快斗に尋ねました。 ときおり吹く風が、五色の短冊や折り紙で作った提灯や吹流しを揺らしていきます。 さらさらという優しい葉擦れの音に時折澄んだ風鈴の音が混じります。 「七夕の願い事は、星になるんだってさ」 「じゃあ、叶わない願いでもいいな・・・・」 新一はちょっと遠くを見ているような顔つきで微笑みました。 「いつまでも願い続けていれば、ずっとそこに居続けられるだろう」 そして、ずっとお前のことを見守っていてやるよ。 微かにそう呟いた新一の言葉は、風に消されて快斗には届きませんでした。 そして、「ん?」と不思議そうな顔をした快斗は、いつものように、何でもない、と新一にはぐらかされました。
新一に背を向けて、短冊に何事か書き付けていた快斗は、素早く梯子を上ってかなり上の方へと短冊を吊るしました。 「新一こそ、俺に願い事見せなかったじゃん。」 「バカ、俺はいいんだよ。教えろよ、快斗ってば!」 「ぜってーイヤ。新一のこそ教えてよ」 「絶対叶えたい願いだから教えてやら無い」 「・・・・・・・・なんか新一ってズルい」 「いいの。俺、年上だから・・・・」
ちりん、と可愛らしい鈴の音で、男は我に返りました。 膝に乗った猫は眠たげに大きな欠伸をしています。 夢を見ていたのは、ほんの数瞬の事らしく、月も風も眠り込む前と変わりはありません。
今日は幸せな気持ちで眠れそうです。
おまえが俺に会いに来てくれてから、もう何年もたってしまったね。
俺の魂がここ以外の何処かへ行ってしまうときは、おまえが迎えに来てくれるのか?
夢でも良いからと会えることを願っているよ。
「・・・・・しんいち」
濃紺の空に、新たな煌きが生まれ、時に、ぶつかりあった星の一方が、すうっと軌跡を描いて何処かへ飛んでいったりもします。
「どの星も早く願いが叶って流れ星になると良いですね」
星が輝く限り、人々は自分の願いを祈り続けるでしょう。
元ネタは娘に即興で話した童話。自分ではキレイなオチがついた、と思ってたのですが、娘にはおもったより受けなかったので、快×新ネタに直してアップ。 ちなみに「ほしめぐりのうた」は童話「双子の星」でポンセ童子とチュンセ童子が歌っていた歌です。 しかしいつも以上に、かなりポエマーな世界に突入。以前に書いた「星祭り」の何年か後だと思ってください・・・・・・。 見上げれば一面の星々・・・ 麻希利 |