ふと、あたりにチラチラと舞うものに気づいて、立てた片膝に埋めていた顔を上げ た。さっきまで皓々と輝いていた月はおぼろげな優しい光をほんのりと放ち、再び舞 い始めた雪が辺りをいっそう白く染め上げようとしている。
「やっぱ、寒いよなぁ」
そう声に出してみても眼下に見下ろす住宅街は静けさに沈み、空中に押し出された 音はかすかな響きを拡散させていくだけ。 さっきまで遠くに聞こえていたパトカーのサイレンの音も今はない。
今夜の仕事も梃子摺ることなく首尾よく終わった。 ただそれが自分の求めるものでなかったというだけで……。 それこそ毎度のこと、今に始まったことではないと、そんなこと自分が一番よくわかっている。ただ家々に降り積もる雪のように胸のうちに積もり行くものが時々重くなる。 黙っていることの苦しさと、騙していることの後ろめたさと、不安と焦りと自分が自分でなくなるような喪失感。様々な想いがない交ぜになって込み上げてくる。 それをどこに持っていけばいいのか、快斗にはそれがわからない。
「やっぱ、寒いよ」
呟きとともに虚空に広がる息が白くけむり、舞い散る小雪を巻き込んであたりに溶 け込むのをじっと見つめていた。
キィーッとわずかにブレーキ音を響かせて車が停車する。人気のない洋館の前でハ ザードを点滅させて高木刑事は後部座席を振り返る。
「工藤君、着いたよ。」
冷たい窓に頬を押し付けて、後部座席でぼんやりとしていた新一はのろのろと体を起こし、ドアを開ける。
「遅くまでごめんね。いつも頼りっぱなしでさ。」
雪が舞い込むのも気にせずに、高木刑事は助手席の窓を大きく開けて乗り出すようにして申し訳なさそうな顔で新一に声を掛ける。
「いえ、僕でお役に立てるのでしたら」
新一は苦笑交じりの笑みを浮かべ、走り去る高木刑事の車を見送った。夜も更けた住宅街に人気はなく、わずかにこぼれる家々の灯りだけが優しげなぬくもりを感じさせる。
あまり後味のいい事件ではなかった。殺人事件の現場に呼ばれることが多い新一が係る事件に後味のいいものなんて無いのかもしれない。それでも今夜の事件はことさら胸に応えるものがあった。それを人前で見せたつもりは無かったのだが、付き合いの長い高木刑事はそれとなく察したらしかった。 声を掛けようとしてうまい言葉を見つけられずにいる高木刑事の様子を思い出して、少しだけ暖かい気持ちになった気がした。
「オレもまだまだってことだよな。」
うんっと、軽く伸びをしながら暗闇に沈む我が家を見上げる。 古びた外観の大きな洋館。 昨日からの雪が白く覆うその屋根にすぅっと目が引き寄せられる。ちょうど屋根裏部屋の天窓の辺り、そこのうずくまる白い塊にじっと目を凝らす。
「ばーろー」
そう呟かれ声は一緒に吐き出された白い吐息とともにほんの少しだけそこに漂って消えた。
バンっと、勢いよく押し開けられた窓の向こう、こっちを振り向いてびっくり眼をこれでもかというほど見開いた雪だるまの襟首に手を掛けると、新一はものも言わずにぐいっと引きずり込んだ。 バサっと、音を立てて白いマントに積もった雪が屋根裏部屋に散らばり、床を白くする。
「…っ、し、新一?」
「っんなとこで、雪だるまになってんじゃねぇよ。オレん家はれっきとした住宅街に建ってんだよ。通報されたらどうすんだ。」
苦虫を噛み潰したような渋面で低く呟かれて顔が引き攣る。
「だ、だ、大丈夫だよ。誰も見てないって、……し、新一?」
そのままぐいぐい引き摺られるようにしてバスルームへ、そして脱衣所に放り込まれて快斗はおどおどと仁王立ちの新一を見上げる。
「暖まるまで、出てくんじゃねぇぞ。」
と凄まれてコクコクと頷きながら、快斗は「ばーろー」と呟き踵を返して出て行く新一をしばらく呆然と見ていた。不意に笑いが込み上げてきて快斗は腹を抱えて一人笑い出す。
「………俺ってば、愛されてるかも」
屋根にうずくまる雪だるまを見つけた後、新一はあわてて家に入ると暖房の設定温度を上げてスイッチを入れ、バスルームでバスタブにお湯を張るため蛇口を全開にした。 それから屋根裏部屋に登ってムカつきを叩きつけるような勢いで窓を開け、びっくり眼の雪だるまを引っ張り込んだ。そして今、キッチンにいる。 棚にずらりと並んだコーヒー豆や紅茶の缶の奥から一寸迷ってココアの缶を取り出した。 小鍋にココアと砂糖を適当に入れ、ポットのお湯を少し加えてとろ火に掛ける。 スプーンでぐるぐるかき混ぜココアを煉ると、ぺろっと味見。冷蔵庫から牛乳パックを取り出し、そして迷うように小鍋の中身とコンロの脇のシュガーポットを何度も見比べる。
「……ったく、オレは甘いのは苦手なんだよ!」
新一はちょっとやけになりながら乱暴に小鍋をかき混ぜ続けた。
―――――そして、
常夜灯の淡い灯りに浮かび上がるリビングのテーブルに残されたのは青い瞳の黒猫 がにやりと笑うカップが2つ。白いカップの底をほんのわずかに彩る優しい優しいココア色。窓の向こう、西の空には傾き始めた銀の月。
********************************* 麻希利様のサイトの50万打を踏もうとして500005を踏みましたので・・・、というのは口実ですが、いつもお世話になってる麻希利様に何かお礼をしたくて書いてみました。 実はお題ものに挑戦しているのですが、短いものをスキッと仕上げるのって難しいですねぇ〜。my設定はいろいろとあるのですが、それを書こうとするとどうしても中長編になってしまうので、お題にはそぐわないかなとも思うし、今のところ書ききれないですし・・・・。 今回お届けのブツは自分的にはそれなりに設定があるので(タイトルにも一応こじつけに近い意味があったりします。ハハ) ええっと、ええっとね・・・・、あの、言い訳はいろいろありますが長くなるのでとりあえずやめときます・・・・。突っ込みと返品は無期限で受け付けます(笑)。 ではでは。お目汚しですみませんでした。 未久 ありがとうございます、未久さん!
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