「新一・・・早く帰ってきて」

広い部屋に響く小さな声。

ソファーに横になりながら、快斗はここにいない想い人に呼びかける。

「新一が、いないと俺――――」

彼の人を求める声は、そのまま静寂に飲みこまれた。



彼の憂鬱







「犯人は、あなたです!」

お決まりのセリフを口にして、事件は終わった。

「助かったよ、工藤君」

目暮からかけられる言葉もいつもと変わりなく、返される言葉も変わらない。

「いえ、目暮警部あとはよろしくお願いします」

「わかっているとも。オイ、高木刑事。事情聴衆は他の者に任せて、工藤君を家まで
送ってくれんか」

「いいですよ。タクシーで帰りますから」

断りをいれる新一を制して

「いや、いかん。今回はずいぶん長く引きとめてしまったから、黒羽君も心配しているこ
とだろう。早く帰ってあげなさい」

「はぁ――」

言われた内容に一瞬ドキッとするが、相手は目暮だ。深い意味はある訳がない。

気がつくくらいの目をもっているなら、新一に頼る回数は各段に減るだろう。

それは、ある意味快斗にとっては喜ばしいことだが(なにぶんにも、事件に盗られる事

があまりにも多すぎる)新一にとっては歓迎できる内容ではない。

警察が、バカだから探偵として事件に関わる事ができるのだから。

なかなか、辛らつな意見である。

目暮にいわれて、今の今まで忘れきっていた快斗の事を思いだす。

確かに連絡一本いれることなく、家を空けてしまったから心配しているかもしれない。

反対に自分が下調べだなんだと言って家を空けるのには、無頓着なクセして新一が

留守にする事には神経が逆撫でしたネコに変身してしまうのだあの勝手な同居人
(快斗曰く恋人♪)は。

そう考えてクスリと笑う。

ここは警部の申し出に甘えて送ってもらうことにした。

だが新一の優秀な記憶は、重大な事を忘れていた。

留守の時の快斗が変身するのは、ネコだけではないという事に・・・・




車の中で高木から「工藤君。夕飯はどうする気だい」尋ねられて、そんな時間なのかと

どおりで少しばかり食欲があるはずだと思い当たった。

「家で食べますから」簡単に返事をする。

この時間なら、きっと快斗も食事はしていないだろうから―――――

そうおもって、ふと気付く。

もしかしたら―――――自分の考えに入りこんだ新一をよそに高木が話しかけてくる。

その一言一言に「そうですね」相槌をしながら自分の想像が当っていません様にと祈
る新一だった。





門の前に車をつけ、礼儀正しく足をそろえて車から降りる。

流れる一連の動作に目を奪われた高木は、新一に例を言われるまでボッと見惚れて
いた。

「高木刑事?」

我に返り、慌てる高木に苦笑して「お疲れ様でした」と言葉をかけ、新一は門の中に
姿を消す。






「快斗いるのか」

家の中は夜だというのに、明かりもついていない。

出掛けているのかと思ったが、その考えを打ち消した。

新一の読みが、間違っていなければ快斗は家にいるはず。外に出ようともしなかった
だろう。

部屋にいないとすれば

「居間の方か」

この先、待っていることに頭を痛めながら居間へと続く廊下を歩き出した。




思ったとおり快斗はいた。

ソファーで眠っている。丸まっているからクセッ毛のせいもあってまるでネコの様。

「快斗」

名前を呼び、そっと髪に触れる。見た目よりも柔らかい髪質。

いつも快斗は、新一の髪はサラサラして手触りが良いから好きだと言ってくれるが、

新一も快斗のフワフワと気持ちの良い感触がとても好きだと思っていた。本人には

内緒にしている。

だって、誘っていると思われるのはシャクだから。

どのくらいそうしていたのだろう。

ゆっくりと快斗の瞼が開き新一を捕らえる。

「新一?」

「ただいま、快斗」



ムギュ!!



腰にいきなり抱きつかれ、バランス崩して床に尻もちをつく。快斗の下半身ソファーの
上、上半身新一の上という態勢。

ギュウギュウ抱きしめる力が強くなるから、起き上がれない。

いいかげん、我慢の限界を超えた時

「新一。逢いたかったよ――。もう逢えないかとおもった」

「なに、バカなこといってんだ」

「だって・・・・」

「だってじゃねぇだろ」

「俺、死んじゃいそうなんだもん」

「たかが、4日逢ってないだけだろ」

「4日もだよ!!」

睨み付ける様、新一を見下ろす快斗に予感が当たっていたと確信を得る。

「俺・・俺・・お腹すいてもうダメ・・・・」







1時間後

食卓に並ぶ側から、綺麗に皿が空になる。その食欲は見ている方が胸焼けを起こし

そうになほどの物で、新一は自分も空腹を感じていたことを綺麗サッパリ忘れ去っていた。

「新一、おかわり」

すでに何度目のおかわりなのか、数えるのも虚しい要求にご飯茶碗を受け取ることで
答えていた。

「美味しかった。ごちそうさまでした」

礼儀正しくあいさつする快斗に、新一も礼儀にのっとって

「お粗末さまでした」と返してやる。

空腹を満たしたせいか、快斗の様子も落ちついてきた。

「やっぱり、新一の作るご飯が一番美味しい♪」

ノンキに言う快斗に盛大な溜め息を持って返事をする。

「ハァ〜〜!」

「なにその溜め息?俺、ちゃんと褒めたんだぞ。新一の作る物の事。それとも、新一も

目の前にいるから余計美味しく食べれたって言えば良かったの?」

「あのなぁ・・・」

「わかった!新一、怒ってるんだ。俺が殆ど食べちゃったから」

「そんなことで怒るかバカ!俺は呆れているだけだ」

目の前にいるこの男前な顔をもつこの男。

一通りのことはなんでもこなせるくせに、家事に関してはその才能を花開かせることは
なかった。

新一と違って、ひとり暮らしでもなく家に母親がいて食事他やってくれる環境にいて、

フランス料理のフルコースを作り出せる腕前は最初から期待していない。

ただ、米を洗って炊くくらいのことは出来るとおもっていたのだ。

相手はIQ400、黒羽快斗。

実際にした事はなくても知識としてはあるだろうと信じてどこが悪い。

新一も噂では聞いたことはあっても、やったと言うヤツにはお目にかかったことがない

<米を洗剤で洗う>を目の当たりにした時、その場に泣き崩れないまでも、床に座りこ

む程度のショックは受けていた。

本人真剣にやっているから違うとも言えず、その日の夕飯はご飯ナシおかずのみとい

う結果で悲劇の幕は閉じられた。




それ以来、暇な時間を見つけては教えている。

だが、上達する兆し欠片もなく現在に至っていた。

快斗は快斗で、新一の手料理が毎日食べられて、顔を見ながら食事をするに慣れて

しまったから、新一が事件で家を空けたら最後、食欲が落ちて取らなくなってしまって
いた。

自分のようで家を空けるのは精神上別の次元にあるので、そんな状態になったことは
一度もない。

最初の内は、コンビニ・出前でごまかしていたのがすでに快斗の中でゴハン=新一の

図式ができ上がっていたので、味も不味ければ心は寒い!の一言。結局新一が家に

帰ってくるまで、お預けされた犬の様にしてひたすら耐えるしかなかったのである。




「おまえ、また教えてやるから覚えろ」

「うーん、その意見に関してはさすがの俺も自信ないなぁ――」

悪びれない態度に、いっそうの疲れが増す。

おばさんに恨みはないが、なんでこんなのに育ったんだ?どれだけ頭良くてキレても、

人間最低生活できなきゃ意味ねぇーよ・・・・・

「おまえがそんな風じゃ、俺が安心して事件に出掛けることできないの」

「俺のこと心配してくれているんだ。うれしいよ、新一〜〜〜♪」

感動のあまりお子様返りして新一の胸にスリスリしてしまう。

やられている新一はというと(目暮警部に言われるまで、すっかり忘れていたことは黙

っとこ)天井を見ながらおもっていた。

「事件が起きたら新一、俺のことなんて頭の片隅にもいないいとおもっていたから」

テレながらいう快斗。珍しい物見たなとおもうより前に(ゲッ!)と心の中で汗をかきな
がら

「あたりまえだろ。快斗の飯作るの俺の趣味になってるんだぜ」

美貌を誇る探偵は、怪盗を騙しきる。

「そういう快斗こそ、キッドしている時俺の事なんて忘れ去ってるんじゃねぇの」

新一の趣味とまでいわせた自分の食事作りに夢見る前に、問われた内容に(ウッ!)
とくる。

(覚えてねぇ―――!!!)

さすがは、月下の奇術師の異名を持つ男。

自慢のポーカーフェイスを総動員して

「新一を忘れる俺なんて、俺じゃないぜ。そんな俺はいらないよ」

知力を誇る怪盗は、探偵を欺いた。

実にお似合いの2人。





心は引きつりつつも、表面は完璧な微笑を張りつかせた2人は互いに顔を合わせて向
かい合う。

「俺、覚えてみせるよ」

「そうだな。俺も簡単な物から教えてやるから」

「ありがとう。俺がんばる!」





その後、どうにか形ある物を作る事に成功した快斗は、作ることの楽しさを覚えてしま
い、新一に怒られるまでしつこく同じ料理を作りつづける事になる。







end

たくさんアップされた素敵なノベルからこの話を選んだのは
料理ができない快ちゃんがいたからv
ひたすら空腹に耐えて新ちゃんを待つ快ちゃんが妙に愛しい〜v
そして、自分の空腹感よりも快ちゃんの空腹を満たすために
事件現場から帰ってきて料理する新ちゃんがけなげです(^^)
ラストのオチも最高です、きょう様vv

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