学芸会―――

小中学校で児童・生徒が演劇・音楽などを次々に舞台に出て発表する行事。

当然コナンの通う帝丹小学校にも学芸会なる物が存在する。

そしてそれを見るのを楽しみにしている恋人兼自称保護者が一人…

 

 

 たとえキミが…

 

 休日の昼下がり、何をするわけでもなくコナンと快斗は公園をブラブラとしていた。

「コナンちゃんv」

 がばっ!

 突然、快斗が少し前を歩く可愛い恋人を後ろから抱き上げた。

「んだよ」

  うっせ〜な、早く下ろせよ。蹴られてーか?

 人がいないとは言えこの恰好はかなり恥ずかしい。

「コナンちゃん学芸会あるんだって?」

 快斗は渋々といった風にコナンを下ろし、ウキウキと見つめる。

 その目は『行ってもいい?いいよね?ってか行くよ?』と語っていた。

 目は口ほどに物を言うと言うが、ここまで目で語れる人間はそうは居ないだろう。

 ポーカーフェイスはどこへ行ったんだと思わず額に手をやる。

「あるけど…来んなよ?」

 快斗の祈り(?)も虚しくチラッと遣された視線と共にあっさり却下されてしまった。

「なんでっ、どうしてっ!」

 せっかく最新のDVカメラ買ったのに!

 快斗の今にも噛み付きそうな勢いにコナンは両手をズボンにつっこみ、ため息をついた。

「担任の小林先生、知ってるだろ?」

 下から見上げてくる恋人に快斗も少しは冷静になる。

「子供好きであがり症の先生だろ。それがどうしたんだよ?」

 コナンの担任と自分が行ってはいけない事に、一体何の繋がりがあるのか?

「あの先生、『クラス全員参加で劇やる!』ってそりゃもう恐いほど力入っててな…」

 コナンは教鞭片手に燃える担任の姿を思い出し、先程よりも深いため息をつき沈黙した。

「演目が『浦島太郎』」

 僅かな間の後俯いていたコナンがボソッと呟いた。

「え……?」

 それを聞いた快斗は理解するのにほんの少し時間を要した。

 それって、それってもしかしなくても…

 快斗の反応にコナンは静かに視線を流した。

「んで、俺の役が―――」

「い、いい!いいです!!言わなくて結構です!!!」

 快斗は顔色を変え両手をぶんぶんと顔の前で振る。心持ち後退ったようにも見える。

 その様子を見てコナンの唇がニヤリと上がる。

 ―――そして爆弾は投下された。

「ヒラメ」

 直後、静かな公園に何とも言えぬ声が響き渡ったのは言うまでも無い。

 

 

 

 学芸会当日。帝丹小学校の校門前を行ったり来たりする怪しい青年が1人。

時折、学芸会の会場である体育館を見つめてはため息をつき、また地面を見つめてはブツブツと何かを呟き歩き始める。

かれこれ1時間はそうしている姿に学校関係者はいい加減に声をかけるべきかと青年の肩に手を伸ばそうとした瞬間…

「よしっ!!」

何を決意したのか分からないが、青年はその紫紺の瞳に決意の色を湛え、体育館の方へ足早に去って行ってしまった。

 

 一方、学芸会に命を賭けている小林澄子(26)率いる1年B組ではとんでもないハプニングが起こっていた。

教室の真ん中でクラスの子達に囲まれ乙姫役の歩美が、声も無く泣いていた。

「歩美ちゃんが悪いわけじゃないですよ。だから泣かないでください」

「そうだぜ歩美。誰も怒っちゃいねーよ。あ、そうだ!今度うな重奢ってやるから。な?」

 何とか涙を止めて欲しくて、歩美の両サイドで光彦と元太が必死に宥める。

 しかし、歩美は両手で顔を覆ったまま首を横に振るばかりである。

『だって、だって…』

 唇の動きで歩美がそう言っている事が分かる。

 前日から少し喉が痛むと言っていたが今朝起きると全く声が出なかったらしい。

 先程も声も無く泣いていたのではなく声が出なかったのだ。

「ほら、泣かないの。とりあえず乙姫役を誰かに代わってもらって一緒に出ましょう?」

 背中を優しく撫でながらの哀の言葉に歩美はコクンと頷いた。

 それを確認した哀はいいですよね?と小林に確認を取った。

 小林も頷き返したがそこでふとある疑問が浮かんだ。

「代わってもらうって…誰か乙姫のセリフ覚えてる人いますか?」

 小林は教室を見渡し女の子一人一人に確認をしていく。

 しかし、全員が目を合わせると申し訳なさそうに覚えていないと言う。

 みんな自分のセリフとその前に誰がどんなセリフを言うのかを覚えるのが精一杯だった。

 残る女子もあと1人。

「灰原さん。あなたは?」

 最後に問われた哀も答えは同じだった。

 尤も哀の場合は覚えているがそんな役は真っ平ごめんと言うのが本心だったのだが、それを知るのは本人を除けばあと1人だけだ。

 もちろんそれはコナンなのだが哀の心情を読み取り何も言わなかった。

 此処で何かを言って怨みを買う真似だけは避けなければならない。

 そんな考えに耽っていると何やら袖を引っ張られている事に気付き、コナンは隣を見た。

 すると歩美が縋る様な目でコナンを見つめていた。泣き腫らした目が痛々しい。

「どうしたの?歩美ちゃん」

 何か言いたいことがあるの?

 歩美を気遣うコナンの声を聞いて元太と光彦が勢い良く振り向いた。

「そうですよ!コナン君!コナン君ですよ!!」

「そうだ!コナンが居るじゃねーか!!」

「へ?」

 両サイドから肩を掴まれ間抜けな声を出す。

 2人の声にクラス全員の視線が瞬時にコナンの方へと集中する。

「あ、あの〜…?」

 何を言われているのか訳が分からず、しかしコレはどう考えても歓迎できる雰囲気では無さそうなことだけは分かった。

 コナンの中で嫌な予感が膨らんでゆく。しかもこの類の予感は外れた事が無い。

「コナン、お前確か…劇のセリフ全部覚えてたよな?」

「そうそう。歩美ちゃんが乙姫のセリフを覚えながら帰ってるときに間違いとか指摘してましたよね?」

 他にも歩美ちゃんの相手して乙姫以外の役全部やったり…

 元太と光彦に言われコナンは己の予感が当たったことを確信してしまった。

 小林もその言葉を聞きコナンに期待の眼差しを向けてくる。

「本当なの?江戸川君」

「え…?いや…その…」

 お願いだからそんな目を向けるのはやめて欲しい。

 確かに覚えてはいるが何が悲しくて乙姫の役なんぞをしなくてはならないのか?

 小学生として学芸会に出ると言う時点で既に頭が痛いのに…

 とにかく何とかこの場を逃げ切らなくては、と口を開く。

「ぼ、僕じゃなくても、はい―――」

「江戸川君」

 唯一の退路を断ったのはコナンが自分を引き合いに出そうとしていることを感じ取った哀だった。

 その声はとても優しく、静かだった。

 コナンが恐る恐る振り返ると、知らない人間が見れば間違いなく頬を赤らめるような綺麗な笑みを浮かべる哀がいた。

 しかし、哀の本性を知るコナンはその笑みの向こうに『サンプル大歓迎』の文字を見た気がした。

 そんなコナンに自分の言わんとしたことが伝わったのを確認した哀はコナンの肩に手を置き、止めを刺す。

「がんばってね?」

「………はい」

 ガックリと肩を落とし、返事を返す。

 俺って不幸?不幸だよな?

 心の中で自問自答しても虚しいだけだが一時の現実逃避くらいにはなるだろう。

「江戸川君。やってくれるのね?」

 コナンの返事に小林は嬉々として確認を取る。

 じゃあ準備をしますね。

 そう言い残し小林は足取りも軽やかに教室を出て行ってしまった。

 その様を呆然と見送るコナンを哀が覗き込んだ。

「安心しなさい。ちゃんと綺麗にしてあげるから…」

 せめてもの救いは快斗が来ないかもしれない事だよな…

 哀の声をどこか遠くに聞きながらコナンはそんなどうでもいいことを考えていた。

 

 

 

『――プログラム6番、1年B組。浦島太郎――』

 始まった劇に快斗はビデオを三脚の上にスタンバイし、コナンの出番を待った。

 席は舞台が最も良く見える場所を確保した。

 そのために朝早くから家を出て、開場1時間前から校門前で悩んでいたのだから。

 竜宮城のシーンまではアレも出てこないので何とかなるだろう。

 しかし…どうしてコナンちゃんがよりによってあんな役なんだ〜〜〜!!

 他の保護者の迷惑になるのでポーカーフェイスを保っているがその下で快斗は悶え続けていた。

 ふとステージを見ると、亀に連れられた浦島太郎が竜宮城にやってくるシーンまで進んでいた。

 浦島太郎を迎える為に頭の上にタイやヒラメのお面を着けた子供達が次々とステージの上に出てくる。

 あまりにもおぞましい光景に快斗はヒラメの団体が画面内に納まるようビデオをセットし、目を閉じて耳を塞いだ。

 たとえアレでもしっかりビデオに撮っておくからね、新一!!

 快斗が心の中で炎を燃えたぎらせている間にも、劇はどんどん進んでいく。

「『ようこそ、竜宮城へ…』」

 静かな体育館に落ち着いた、透き通るような乙姫の声が響いた。

 その声に快斗はステージの方へ視線を向けた。

 どんなに耳を塞いでも直に流れ込んでくる愛しい人の声―――間違えるはずが無い。

 案の定、乙姫を見るとそれはどう見てもコナンだった。

 カツラを被り、化粧を施してはいるが、その程度で分からなくなるような関係ではないのだから…

 快斗の唇が薄い笑みを形取った。

 

 

 乙姫の登場に保護者は勿論、職員達までがざわめいた。

 こんな子供がこの学校に居ただろうか…?

 舞台の上に立つ乙姫は遠目にも美しいのが分かる。

 小学生相手に『美しい』なんて形容詞はどうかと思うが、彼女の容貌は『可愛い』等と言う領域ではなかった。

 丁寧に結い上げられた長い黒髪、透けているようでそうでない神秘的な羽衣。

 その羽衣を纏いつつも、鮮やかな存在感を放つ少女は、全く見劣りしないどころか羽衣の美しさすら引き出している。

 そして、何よりも印象的な深い海を思わせる双眸は、本当に乙姫では無いかと言う錯覚を起こさせた。

 ざわめく周囲を尻目に、快斗は三脚を掴みビデオの画面に乙姫の姿のみを捉える。

 周りの障害物など完全無視。

 気位の高い恋人のこんな姿、一生に1度…いや、3回生き返ったところで御目に掛かれないだろう。

「今、撮らなきゃいつ撮る………ってね」

 1人呟き、ざわめきを気にすることなく演技を続ける乙姫の姿を目に焼き付けるように見る。

 ビデオに撮っているとは言え、生で見られるのはこの瞬間だけ。

 僅かな動作すら見逃さないように、と全ての神経を集中した。

 しばらく必死にステージを見ていると、ふと隣で聞いたことがあるような声がした。

「ちょっと、お父さん!あれコナンくんじゃない?」

 ほら、あの乙姫!言って隣の男の肩を叩く。

「ああ?んなワケねぇだろうが。第一あのガキはヒラメだっつってたじゃねーか」

 しっかし美人だな〜どこのお嬢様だ?

「そうかなぁ…?」

 父のやる気の無い返事に少女は納得いかないといった風に乙姫を見つめた。

 コナンが居候をしている毛利探偵事務所の大黒柱、毛利蘭(違)と、言わずと知れた名探偵、毛利小五郎である。

「あれ?蘭ちゃん」

 隣に居るなんてちっとも気付かなかったよ。

 そりゃそうだろう。耳を塞いで目を閉じていたのだから(笑)

「あ、黒羽君じゃない!」

 やっぱり来てたんだ?

 声をかけてきた快斗に蘭は声を潜めて問いかけた。

「まぁねv」

 コナンちゃんの初舞台だしv

「ほんと、仲良いよね。ビデオまで撮ってるの?」

「叔母さんに頼まれちゃってさ…」

 快斗は頭を掻きながら肩をすくめて見せた。

 蘭には、快斗はコナンの母の妹の子供と紹介してあった。

 だから、蘭の目には仲の良い従兄弟同士としか映っていなかった。

「へぇ…じゃあ、それ文代さんに送るんだ?」

「ま、まぁね。そういうこと」

 そんなつもりは全く無かったし、撮影しているのも自分のためなのだが、とりあえず適当に話を合わせておいた。

 ふ〜ん。と相槌を打ち、劇を見るのに戻ろうとした蘭は、ふとさっきの疑問を快斗にぶつけてみた。

「そうだ。ねぇ、黒羽君。あの乙姫、コナン君よね?」

「そうだよ。昨日までは、ち…違う役だって言ってたけど、何かあったんじゃないかな?」

 さっすが幼馴染み。どんな姿でも分かるんだ…などと心の中で感心しつつ、快斗はそれはもう嬉しそうに笑って答えた。

「やっぱり!そうよね。ありがとう黒羽君」

 快斗に礼を言うだけ言って、蘭はほら見なさいよ〜と父との会話に戻っていった。

 それを見た快斗も、再び劇へと集中した。

 乙姫の登場の時に少々ざわついたものの、その後は皆、乙姫に引き込まれたかのように静まり、1年B組の『浦島太郎』は大盛況に終わった。

 

 

 

「ほ〜んと、びっくりしたぜ」

 おかえり、乙姫様?

「…やっぱり来てたのかよ」

 蘭に博士の家で遊んでくると言って帰ってきた工藤邸。

 鍵が開いていたから来ているとは思っていたが、玄関の扉を開けるなりそんなセリフが飛んで来るとまでは流石に予想していなかった。

 コナンは疲れがドッと出てくるのを感じてその場に蹲りたくなった。

「もちろんvあ!ビデオもちゃんと撮ったからね。見る?」

「…いい」

 一瞬だけ心底嬉しそうな快斗に視線を移し、横をすり抜け、さっさと奥へと入って行ってしまった。

 その後を苦笑した快斗が付いていった。

 

 

「ふ〜ん…そんなことがね」

 んで、コナンちゃんが乙姫だったわけね。

 リビングで見るからに不機嫌な恋人にコーヒーを出し、事情を聞いた快斗は、自分のカフェ・オ・レの入ったカップをソーサーに置いた。

 コナンを見やれば、体中から不満といった雰囲気が滲み出ている。

「あ゛〜明日学校行けねぇ…」

 コナンはとうとう頭を抱えて下を向いてしまった。

 そんなコナンに快斗は追い討ちとルビが振られそうなフォローを口にした。

「大丈夫だって。コナンちゃん見違えるほど美人だったからv」

 あ、もちろん普段から十分美人だよ。けど、アレは特別〜v

「でも、オメーは分かったんだろ?蘭にも言われたしよ…」

 大体美人って何だよ?

 そのまんまvとウィンクをして快斗はコナンの両頬に手を添えて目を覗き込んだ。

「ホント、大丈夫だって。オレの言うことが信用できない?」

 その意外なほど真剣な顔にコナンはドキッっとして目だけ逸らした。

「そうじゃねーけど…」

「ならこの話はおしまい!レモンパイ焼いといたんだ。食べるでしょ?」

 とりあえず、終わった事は仕方が無い。とコナンはこくりと頷いた。

 それを確認した快斗は幸せそうに足取りも軽くキッチンへと消えていった。

 

 

 快斗のレモンパイで少し機嫌を直したコナンはただいま〜、と毛利探偵事務所のドアを開けた。

「も〜、そんなこと無いですよ!」

 入ると同時に聞こえてきたのは蘭の笑い声だった。

 見れば受話器を持った顔が少し紅い気がする。

 一体誰と何の話をしているのだろう?まさか…彼氏?!

でも、蘭はオレのこと…それに蘭に限って…

 いやしかし…

「コナン君おかえり」

 ソファに座り、1人で百面相をしていると、電話を終えたらしい蘭が声をかけてきた。

「ただいま、蘭姉ちゃん。あ、あのね。今の」

「お腹空いたでしょ?すぐご飯作るからね」

 今の電話、誰から?最後まで言い終わる前に蘭はさっさと台所へと行ってしまった。

 何なんだ一体。聞かれて困ることだったのか?

 蘭の行動にコナンは再び思考の海へ沈んでいった。

 

 

「しかしまぁ、こいつにこんな芸があったなんてな」

 結局蘭の電話が誰からのものなのか分からず、もやもやしたまま夕食になってしまった。

 しかも、やはりと言うか何と言うか今晩の話題は「乙姫」だった。

 小五郎に見つめられ、ははは…と乾いた笑いで答えるしかない。

「そうよ。お父さんったら『大人になったら絶対美人になる。育ててみてぇ』とか言ってたのよ?」

 小声だったから周りには聞こえてないみたいで良かったけど…などと蘭がぶつぶつ言っている。

 おいおい、光源氏かよ…笑みがどんどん引き攣っていくのが自分でも良く分かる。

「…僕疲れたからお風呂入って寝るね」

 コナンは食べ終わったお茶碗を持って台所に逃げるように去って行った。

 

 風呂に出てきても、蘭と小五郎の会話の中に「かわいかった」だの「きれい」だのと微かに聞こえてくるので、どうせまだ盛り上がっているのだろう。

 勘弁してくれと思いつつふて寝を決め込むコナンだった。

 

 

 

 翌朝、結局ふて寝もろくにできずに寝坊したコナンは1人で小学校へ向かっていた。

 学校近くに来たときに、ふと前を見てみると、校門前に少年探偵団のメンバーが待っていた。

 コナンを見つけると、歩美、光彦、元太の3人が口々に大変だと叫び、コナンの方へ走ってきた。

「何だよ。朝っぱらから」

 昨日のことでも十分大変だっただろうが…と3人に先を促した。

「あのね、朝学校に来たらね」

「先生とか他のクラスの奴等がいっぱい」

「教室の前に集まってるんですよ」

「はぁ?なんでまた?」

「つまり…」

 訳が分からない、とキョトンとしていると歩いて追いついてきた哀がコナンの横に立ち、一言でよく分かる説明をした。

「乙姫の素顔を見たいのよ」

「へ?」

 コナンは首をぎぎぃっと動かし、哀たちを見回した。

「まじ?」

 できれば否定して欲しかったのに、4人とも同時に頷き返してきた。

 

 

 ……………何なんだあれは。

 それが4人と一緒に校舎内に入った時の感想だ。

 下駄箱で上履きに履き替え、廊下を曲がった瞬間、目の前に広がるのは黒い人だかり。

 人の山ってのを現実にするとこんなんなんだろうな〜などと頭の隅でどうでもいいことを考えてしまった。

 その山が、コナンを発見するなりゴオォっと低い音を立てて移動してきたかと思うと、コナンの前でピタリと止まった。

「江戸川君…だっけ?君、B組だよね?」

 山を代表して訊ねてきたのは隣の1年A組の担任、大畑だった。

 自分の前の人垣にコナンは逃げ腰になりながらもコクコクと頷いた。

「実は、昨日の劇で乙姫をやっていた子を教えて欲しいんだ。誰に聞いてもヒミツとしか言ってくれんだよ」

 小林先生まで教えてくれないんだ。としゃがみ込んでコナンと視線を合わす。

 快斗のお墨付きだけあって、誰も『乙姫』の正体には気付いていないようだ。

 更に、絶対に秘密にするという約束をクラス全体で守ってくれているようで、コナンはひとまず胸を撫で下ろした。

「どうして大畑先生がそんなことを調べてるの?」

 折角皆が黙っててくれたんだ。ここで何とかして撃退しないと…

 気を取り直して、いかにも分かりませんといった風に小首を傾げてみせた。

「そ、それは、ほら、先生はあんな子が学校に居たのを知らなかったから、先生として知っておかないとと思ったんだ」

 何とも苦しい言い訳だ。

 心の中でため息をつきつつも、ふ〜んと適当に相槌を打っておいた。

「それで…どうなんだい?」

 大畑とその他大勢が期待ででいっぱいの目でコナンを見つめる。

 クラスの連中は遠巻きにコナンの行動を固唾を飲んで見守っていた。

 コナンは大畑に視線を合わせると息を吸い、ニッコリと微笑んだ。

「知りません」

 コナンの回答に人垣はもちろん、クラスのメンバーの目までもが点になった。

「「「は?」」」

 コナンは固まってしまった人垣の間を何事も無かったかのようにスルスルと抜けて行った。

「ちょっちょっと、江戸川君!知らないって…」

 いち早く立ち直った大畑がコナンを呼び止めた。

 ピタ…と立ち止まりコナンは再び微笑んだ。

 快斗あたりが見ていたら、何も無くとも土下座して謝りそうな笑みだったが…

「知りません」

「でも…」

 何とか食らい付こうとするが、スッと目を開いたコナンに続きは言葉にならなかった。

「知りません」

 声が低くなり、無表情に言われ、ひっ…!と人垣が一回り広くなった。

 何より、コナンの周りの空気が変わったのだ。

 何と言うか…空気が淀んでいると言うか、どす黒いオーラが出ていると言うか…

 とにかく、関わらない方が身のためだと本能的に感じ取っていた。

 そのままコナンが無言で見つめていると、1人また1人と人が減っていった。

 

 

 最後の1人が居なくなったのを確認して、クラスそろって教室に入った。

 コナンと哀を除くクラス全員の心中は一緒だった。

 

――――江戸川君(コナンくん,コナン)には逆らわない方がいい。

 

 

 学芸会、それはクラスの結束を固めるものであり、いろんなことを学べるものなのだ。

 

新オープンされた「本館ナシANNEX」さんの記念フリーノベルを遠慮なく頂いてきましたv
そういえば、秋の学芸会なんかあるんですねえ。
残念ながら、うちのチビたちが行ってた小学校ではなかったんですけど。
「浦島太郎」・・コナンちゃんの可愛さは当然として、
魚一杯出てくる劇を見に来た快斗の”愛”の強さと根性に乾杯!(笑) 麻希利
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