万事屋の戸を開けると、ニッコリ笑った沖田がケーキの入った箱を差し出した。 「約束のもん、持ってきやしたぜ、旦那」 「マジでか!?」 銀時が嬉しそうに満面の笑みを浮かべるのを沖田は眩しげに見つめた。 ずっと男だと疑いもしなかったが、こうして女だとわかって見ると、本当に目の前の万事屋主人は女に見える。 珍しい銀髪の柔らかそうな癖毛と、やはり珍しい赤い瞳。 普段は眠そうに半分しか開いていないような瞳だが、よく見ると吸い込まれてしまいそうな綺麗な色をしている。 銀時の後ろからケーキの箱を覗き込み、一緒に歓声を上げている天人の少女に負けないくらい、抜けるような白い肌も、真剣相手に木刀を振り回しあっさり勝ってしまうバカ強い腕を持ちながら、実はそれほど骨格が太いように見えない身体。 本当に、そのだらけた大人のイメージとバカ強さにすっかり目を曇らされていた。 重そうなケーキの箱を受け取り、キャアキャアと少女と喜んでいる様子は、女子高生と変わらない。 「五個にしては重くね?」 「ちょいと頼んだら、十個入れてくれやしてねぇ」 「ちょいと、ねぇ」 沖田の頼むは、ほぼ脅しと言っていいだろう。 「ま、食えるならどうだっていいんだけどね」 言って銀時は沖田を家に上げた。 「私服ってことは、沖田くん、今日は休み?」 「そうでさぁ。いくら忙しいと喚かれても休みはきっちり取るのが俺の信条でさ」 「忙しいのか。そいつぁ羨ましいこって。こっちは今日の仕事キャンセルされて暇だっつーのにな」 「あれ?そうなんスか。だったら、今日はここで時間潰してもいいかなあ」 「何、総一郎くんはせっかくの非番にデートの予定もなしなの?」 「総悟でさあ、旦那。デートの代わりに、両手に花っつーのもオツかもしれやせんぜ」 そうかい、と銀時はふっと笑う。 「あれ、沖田さん?」 台所で洗い物をしていた新八が、来客かとひょこっと顔を出した。 「よお、新八。沖田くんから例の限定ケーキもらったぜ」 「あ、そうなんですか。ありがとうございます。銀さん、すっごく楽しみにしてたんですよ」 「へえ〜だったら持ってきて良かったぜぃ」 新八は、お茶を入れてくると言って、また台所に引っ込んでいった。 沖田は廊下を歩きながらぐるっとまわりの気配を確かめる。 まあ、銀時が平気なのだから心配はいらないだろうが。 もし、何かあれば、たとえ相手が誰であろうと沖田は斬って捨てるつもりである。 新八が運んできたコーヒーを飲みながら、手土産に持ってきたケーキを頬張る万事屋の三人を眺めていると、なんだか一人気を張っている自分がバカらしく思えてくる沖田だった。 血は繋がっていない三人だが、こうして見るとまるで家族のようだ。 血の繋がったたった一人の姉を失った沖田にとって、生きる場所はもう真選組にしかない。 それならば、家族と呼べるのは近藤と一緒に江戸へと出てきた仲間たちだろうか。 江戸はいろんな事情を抱えて地方から出てきた者が多い。 特に、この万事屋があるかぶき町は、ヤバイ事情を持った連中がうようよしている。 だからこそ、問題がおきやすいのだが、沖田が知る限りでは大きな事件は起きていない。 それは、かぶき町には四天王と呼ばれる力のある人間がいてガッチリおさえ込んでいるからだ。 銀時がいつ江戸に出てきたのかは知らないが、このかぶき町で力を持った一人として認識されているのは間違いのないところだった。 旦那は強ぇ・・・おそらく、旦那に勝てる奴ぁ、このかぶき町にはいねぇと思えるほどに。 その強ぇ旦那が、実は女だったってぇ・・・・ (いってぇ、なんの冗談かと思いてぇや) 銀時が女だと知った今も、やはり万事屋の旦那という呼び方は変えられない。 松平片栗虎から聞いた、坂田伊織の身に起こったことが、そっくり銀時の身に起こる可能性があるのだ。 (旦那は知ってんのかなぁ。聞いてみてぇけど、なあんか聞きずれぇや) 「そういや非番とか言ってたよな、おまえ。今日はなんか予定あんの?」 「別になんもありやせんけど」 「おまえ、デートの予定もないアルか。偉そうにしてて、奥手アルな。だらしないアルヨ」 「あぁん?チャイナ。おまえにんなこと言われる筋合いはないぜぃ」 「予定ねえなら、晩はうちで食ってかね?ケーキの礼に、好きなもん作ってやんぜ」 え?と沖田は驚いたように目を見開いた。 「食べてぇもん、あるか?」 「旦那が作るんですかい?」 木刀を振り回すイメージしかない銀時の手が、台所で包丁を握る姿はどうもイメージできない沖田が、意外そうな顔で首をかしげた。 「銀ちゃんの料理、美味いアル。めったに作ってくれないけど」 「え、そう?だったら、デミたま食べてぇかな。前にひでぇ味の食ってから一度も食べてねぇし」 「おお、いいぜ。デミたまな」 「マジでか!デミたま作ってくれるアルか、銀ちゃん!」 「じゃあ、僕、買い物行ってきます」 「ああ。洗いもんは俺がやっとく」 「わたしも行くね、新八」 定春を連れた神楽が、新八の後を追っていく。 バタバタと騒々しい音が玄関を出て行くと一気に家の中が静まり返った。 銀時はテーブルの上にあるカップと皿を重ねてトレイにのせると、腰を上げた。 「手伝いやしょーか、旦那」 「いや、おめーはお客だから座ってな」 銀時が台所の方に行ってしまうと、一人になった沖田は頭を後ろにそらし大きく息を吐き出した。 視線を前に向けると、銀時がいつも座っている古い大きな事務机があり、壁には”糖分”と書かれた額がかかっている。 銀時が甘味好きだというのは、銀時と顔見知りの真選組隊士なら誰でも知っていることだ。 見回りしていると、よく団子屋で団子を頬張っている銀時をよく見かけた。 あと酒好きで、酔っ払って歩いている銀時をよく見かける。 出会ってからまだ一年にもならないが、なんだか昔から知ってる気がするのは、自分が銀時を気に入ってるからか。 (確かに俺ぁ、旦那のこと好きだよな) 大好きだった姉に、友達はいないかと言われて真っ先に思い浮かべてしまうほどに。 だが、沖田は銀時という人間の過去を全く知らなかった。 かつての攘夷戦争に志士として戦っていたのではないかという疑いがあるくらいだ。 それは、桂率いる攘夷党を捕まえに行った場所に銀時がいたからだが。 実際どうなのかは、わからない。 沖田がどんなに攘夷戦争時代の資料を調べても、銀時らしい人物は出てこなかったからだ。 銀時ほどの腕があって、なんの活躍もせず記録にも残らないというのはちょっと考えにくい。 となれば、銀時は攘夷戦争に行ってないのか? だったら、なぜ、桂の所にいた?本当に、ただ巻き込まれただけだったのか? それとも・・・桂は銀時のことを知っていて、その力を利用しようとしたのか。 「何しかめっ面で考え込んでんだ?」 洗い物を終えた銀時が、いつのまにか戻ってきて沖田の手に湯のみを渡す。 「仕事先で分けてもらった茶っ葉が残ってたからいれてみた。結構いいやつだから、まずかねえぜ」 ども、と沖田は受け取った茶を啜る。確かにいいお茶だった。 「ねえ、旦那。旦那の故郷ってどんなとこなんです?」 「故郷ねえ・・・生まれたとこは知らねえけど、記憶に残ってる場所はいろいろあんぜ」 銀時は沖田の向かいに腰を下ろすと、ニッと笑った。 「俺は物心ついた頃にはもう一人だったからな。生きる為に、あちこち移動しまくってたのよ。だから故郷っていえるとこはねえわけ」 「そ・・うですかい」 武州の田舎で姉とずっと一緒に暮らしていた自分とは全く違う育ち方をしていたのだ。 「一番いい思い出として残ってるのは、ほんの数年のことだけどな。庭に大きな桜の木があって、子供の声がして、柔らかな風が吹いてて。夏は川で遊んで秋になると一面稲穂で金色になってんだ。すっげえ綺麗っだった」 ま、そこでも、やな思い出があって出ちまったけどな、と銀時は苦笑いを浮かべる。 「で、最後に江戸に出てきたわけですかぃ」 「そうそう。もう、ここで骨埋めちまおうかなって気になってんな。おまえは?」 「俺ぁ、いつかは故郷に戻ってそこで生涯を終えてえなと思ってんですけどね」 「そうか」
年が明けてからちょこちょこ仕事の依頼が続き、のんびりとソファの上でゴロゴロすることもなかったのだが、その日は早朝の仕事を終えたらなんにも予定がなくひさしぶりに銀時は寝転がってジャンプを読んでいた。 新八と神楽は、日が暮れる前に定春の散歩がてら、足りなくなってるものの買出しに行っていて家には銀時一人。 聞こえるのは、ページをめくる微かな音だけ。実に静かな時間だ。 ふあぁ〜と銀時は欠伸を漏らした。読みかけのジャンプが腹の上から床にバサリと落ちる。 重くなってくる瞼に抵抗する気もなく、そのまま眠りに入りかけた時、いきなり机の上の黒電話が鳴り出した。 (ああ?電話ぁぁ?めんどくせえなあ・・・・) 電話の音で眠気が去りかけたものの、だるだるした身体はどうもすぐに動こうとはしなかった。 と、鳴り続ける電話の音に、はいはいと返事を返しながら新八が入ってくる。 新八は机の上の電話から受話器を取った。 「はい、万事屋です。は?ああ、多九郎さん。この前はご馳走になってありがとうございます。え?」 しばらく相槌を打ちながら話を聞いていた新八は、受話器を手で押さえるとソファの上で横になっている銀時の方に顔を向けた。 「銀さあん、仕事の依頼なんですけど、どうしますぅ?」 「仕事ぉ?どこ?」 寝転んだまま、眠そうに目をしょぼつかせながら銀時が尋ねる。 「多九郎さんからです。ほら、狂死郎さんの所のホストで、この前飼い猫を見つけたお礼だってお寿司を届けてくれた」 「あ〜あ〜、あの茶髪かぁ。何?またあの猫逃亡したんか?」 「いえ、違うみたいですけど。なんかお客さんが店の中で指輪をなくしたそうで、それを見つけるのを手伝って欲しいって」 「指輪?見つかんねえの?」 「小さいものですからね。その客も店の中でってのは確かでも、どこでなくしたのかわからないそうで。言われた時、近くを探しはしたそうなんですけど、見つからなかったらしいんです」 「ふ〜ん」 「で、今夜店の営業が終わったら探すのを手伝ってくれないかって」 どうします?と新八が銀時に聞く。 そうだなあ、と銀時は目を細め、額を指でこすった。 店の営業が終わった後となれば夜中だ。さすがに未成年の新八や神楽も一緒にというわけにはいかない。 「わかった。俺が行く」 「いいんですか?」 「ああ。指輪見つけりゃいいんだろ。明日も予定ねえし構わねえ」 新八は頷くと、待たせていた相手に依頼の返事を返した。
夕飯を食べた後、新八は家に帰り、しばらく騒いでいた神楽が寝床につくと銀時はいつもの木刀を腰に差して家を出た。 下のスナックお登世ではまだ賑やかな声が聞こえてきている。 「こんな夜中にお出かけかぃ?」 頭の上から聞こえた声に、銀時は眉を寄せる。 「何おまえ?仕事終わったのかよ」 かつての凄腕忍者は、現在フリーターをやっていて、ピザの配達やら荷物の配送に鍛えられた能力を発揮している。 大昔、銀時の先祖に服部家がつかえていたこともあり、亡き父の遺言でもあるとかで全蔵は勝手に銀時のボディガードを買って出ていた。 忍者であるから殆ど姿を見せることはないが、銀時の行動を陰から見ているのは明らかで殆どストーカーと変わらない。とはいえ、目的は銀時の身を守る為であるから叩きのめすわけにもいかなかった。 まあ、本当に危険な状況にならない限りでしゃばってはこないし、プライバシーも侵害しないので銀時は放っておくことにしている。 「いや、これからちょいと急ぎの届けもんがあるんだが」 「俺も仕事。高天原で客の指輪探しだ」 「ああ、あのホストクラブ。指輪探しとは大変だねえ」 「野ッ原で探しもんするわけじゃねえから、そんなに大変でもねえだろ」 「まあな」 ニヤリと笑う気配の後、全蔵の気配が消える。 飲みに出るには遅すぎる時間に気になった全蔵が仕事へ向かう足を止めたのだろうが、心配はないと判断したのだろう。 銀時は、ふぅと溜め息をついた。 真選組も誰に何を聞かされたのか、用もないのに顔を出すわ声をかけてくるわ。 (うっとおしい・・・・いや、手土産持ってきてくれるのはいいんだけどね) それも、毎回銀時には手が出せないような高級菓子なんで、ついつい文句を口にするのをやめてしまう。 やっぱ確信犯なんだろな。見透かされてるというか。 「あ〜あ、めんどくせえ。このまま放っておいてくれたらいいのに」 銀時は星明りに鈍い光を放つ銀髪をかきまわしながら、ホストクラブ高天原へと歩いていった。
「ちわ〜す。万事屋で〜す」」 既に営業を終え表の明かりが消えた高天原に入っていった銀時は、奥に向かって声をかけると、すぐに茶髪のスラリとした長身の男が、店の奥から出てきた。 「ああ、銀さん。こんな夜中に呼び出して申し訳ない」 現在、狂死郎に次ぐナンバー2である多九郎である。 クールビューティーと言われるように、どこか冷ややかな印象のあるイケメンだが、話題が豊富で飽きさせないと女性客にはかなり人気がある。 特に若い女性より、年増の女性客に多九郎の熱烈ファンが多かった。 「せっかく来てくれたんだけど、ついさっき見つけちゃってね」 多九郎は銀時に指輪を見せる。 かなり大きなダイヤがついている。さすがになくして放っておける代物ではないだろう。 「なんだあ。じゃ、俺来たの無駄じゃん」 「悪かったよ銀さん。来てもらったから出張料くらいは出すから」 プラスこれ、と多九郎が出して見せたのは、なんとロマネコンティ。 銀時には一生縁のない酒ともいうべき超高級ワインだ。 「でえ〜〜何それ!?本物?まさか中身は別物とか」 「中身も本物。ただし一番安いやつだけどね」 「一番安いっつーても、十万はするんじゃね?」 まあね、と肩をすくめた多九郎は銀時を近くの席に勧めた。 「客からのもらいもんで、少し飲んでしまったものだけど味見がてらどうです?」 「マジでか!」 勿論もらうとばかりに、銀時は差し出されたグラスを受け取った。 多九郎はコルクを抜いて、銀時の手にあるグラスにロマネコンティを注ぎいれた。 「スゲ・・ロマネコンティなんて、一生飲めねえもんだと思ってたぜ」 出来がいいものとなれば、一本百万以上にもなるという酒だ。 いつも飲み屋で安い酒を飲んでる銀時にはまさに拝むことすらない幻の酒である。 「うめえ〜〜」 ひと口含んだだけで銀時は感激してしまった。 「開けたものだし、これ全部飲んでもいいですよ」 「いや、嬉しいけどさあ。後で請求・・・ってことないよね?」 勿論ありませんよ、と多九郎は笑いながら空になったグラスに酒を注ぐ。 男女関係なく、多九郎の美貌で笑顔を向けられたら、たいてい相手は頬を染めるが、銀時には全く効果がないようだった。 とっておきの笑みを浮かべたというのに、関心すらもたれていない様子に多九郎が内心敗北感を味わっていることなど無論銀時は気づかない。 三杯目に口をつけた頃、銀時はクラリと眩暈のようなものを感じた。 「あり?俺、なんか酔った?」 いやいや、それないよね。まだグラス三杯目だし。 酒に強いってことはないが、それでもグラス二杯で酔うほど弱くはない。 「銀さん」 名前を呼ばれ、ん?と目を細めた途端天地が逆になった。 いや、ソファに仰向けに倒れこんだのだ。 しかも、すぐ目の前に多九郎の整った顔がある。 (え?ナニコレ?なんか押し倒されたっぽいんですけどぉ?) 「銀さん、俺・・・銀さんのことが好きだ」 銀時は目をパチクリさせる。 「はあぁぁぁ?何言ってんの?からかってんの?それとも脅してんの?」 ちょ・・・と、銀時は慌てて身体を起こそうとするが、何故か寝起きのように身体に全く力が入らなかった。 「悪い・・銀さん、強くて俺なんかじゃとても敵わないから、薬つかわせてもらった」 はぁ?クスリ? 「なんだとお!薬ってなんだ!ちょ・・・これ、俺襲われてるわけぇぇ?」 「一回だけでいいんだ。一回だけ銀さんを」 抱かせてくれないか。 「バカ言ってんじゃねえよ!てめえ、ホストのくせに、女ぁ強姦する気かよ!」 女を喜ばせ幸せな気分にさせるのがホストってもんじゃないのかい! 「俺は女は駄目なんだ。昔から好きになるのは男だけだった。ホストになったのは、ここなら美い男が一杯いるから。でも銀さんは俺が好きになった男の中では特別なんだ」 強いだけでなく、顔も好みだったし、その銀色の髪も白い肌も全てが好きだと多九郎はうっとりした顔で焦る銀時の顔を見下ろす。 (こいつ人の言うことまるで聞いちゃいねえ〜!ちょっ!なんなの?マジでその気かよおおぉぉっ!) あれ?と右手を股間に這わせていた多九郎の手が止まり、目を見開いたまま固まった。 「・・・・ない?」 「どこ触ってんだ、スケベ野郎がっ!あるわきゃねえだろうが!俺ぁ女だっつってんだろ!」 人の言うこときけっつーの! 振り上げた銀時の拳が多九郎の顎にヒットする。 しかし、やはり薬の影響か、いつものようにふっ飛ばすまでにはいかない。 だいたい腕を上げられただけでも、銀時だからというもので。 普通ならとうに意識すらなくしている筈なのだ。 「銀さんが・・・女性?そんな・・・」 そんな、そんな・・・・ 「そんなまるっきり詐欺じゃないかあ!」 「詐欺ってなんだ!男に薬飲ませて強姦しようってぇ奴に文句言う資格あんのかぁぁ!」 「ぎ・・んさ〜ん」 思いっきり怒鳴られ、半泣きで顔を歪めるナンバー2ホストに銀時はやれやれと息を吐いた。 薬を飲まされたとわかって一瞬びびったが、どうやら銀時が女でも構わないと襲うつもりはなさそうだった。 「なんで・・・銀さんが、女??胸なんかまるでないじゃないか!」 「・・・・うるせえよ」
腹立つけど、ロマネコンティはもったいないとおかしな理由付けして、飲むだけ飲んで銀時は意識を手放した。 普通の人間なら、二杯飲んだ段階で眠っていておかしくないのだが。 というか、薬入ってるとわかって、それでも飲むという気がしれない。 やはり並の人間ではないというか。 多九郎は、眠ってしまった銀時の顔をみながら、やっぱり好きだなあと再認識する。 しかし、その銀時が女だったとなれば、意思を無視して抱くなど絶対にできない。 その点は敬愛するオーナーの狂死郎に叩き込まれており、信頼を裏切ることなど多九郎にはできなかった。 多九郎はブランケットを持ってきて、銀時の身体の上にかけた。 あれだけ飲んだのでは、丸一日寝ていてもおかしくはない。 しかし、このまま店に寝かせておくわけにもいかないし、明るくなったら万事屋まで送っていこうと多九郎が考えた時だった。 誰かが入り口の戸を開けて店の中に入ってきた。 とうに店の従業員は帰宅しているはずで、灯りが消えた店内に入ってくる客もいない。 すわ、泥棒か・・・!と緊張した多九郎の前に現れたのは、黒っぽい着流しに、マフラーを巻いた初めて見る男だった。 短い黒髪に、きつい眼光。一目で只者ではないとわかる男だ。 男はソファで眠っている銀時に気づき、眉間に深い皺を作った。 それでも、ナンバー2ホストと言われる多九郎でさえポカンと見惚れるほどの美形であった。 ソファの上の銀時と、テーブルの上にある酒ビンを見てさらに男の表情が険しくなる。 「ロマネコンティかよ。何こんないい酒飲んでひっくり返ってやがんだ、こいつは」 「あ・・あの・・・あなたは?」 あぁ?と男は多九郎の存在に初めて気づいたように片眉を上げた。 「おめえが今回の依頼人かよ。こいつに、何酒飲ましてやがんだ。仕事が終わったなら、さっさとこの野郎を帰しやがれ」 面倒だろうが、と男は吐き捨てるように文句を言った。 おい、と黒髪の男は銀時の肩に手を伸ばす。 「起きろ、万事屋。帰んぞ」 いい気分で眠ってるのを起こされて銀時は唸るが、うっすら開けた目に黒髪が映ると、不機嫌に結ばれた唇に笑みが浮かんだ。 「し〜ん・・・」 白い手が男の首に伸びる。 銀時のそんな甘えたような仕草を初めて見た多九郎の胸が、ドキッと跳ね上がった。 (え?まさか、この人、銀さんのいい人ぉぉぉっ?) いや、確かに店のホストの中にもめったにいないようなイケメンだが。 しかも、迫力あるし、強そうだし。 「あ〜ん?何が”しん”だ、てめえ。寝ぼけてんじゃねえ」 しかし焦る多九郎とは反対に、男は銀時に対して邪険な扱いだ。 男は自分の首にまいたマフラーを銀時の首に巻くと、そのまま腕に抱き上げた。 「おい、てめえ、こいつになんかしなかったろうな?」 銀時を抱き上げた男にジロリと睨まれた多九郎は、プルプルと頭を振った。 「だったらいいが。こいつにもう酒飲ますな」 男はそう釘をさすと、眠り込んだ銀時を連れて店を出て行った。
店を出ると、外はもう夜が明けかけていた。 「おう、無事だったようだねえ」 銀時を抱いた土方の頭の上から声をかけられる。 仕事帰りの服部全蔵だった。 やはり、仕事とはいえ夜中にうろうろさせるのはマズイと全蔵はこっそり土方に声をかけたのだが、どうやら心配なかったようだ。 「これが無事かよ。酔っ払って眠りこんでやがんだぜ。もし、敵に襲われでもしたらどうなってたか。あのホスト野郎じゃ、どうにもならねえ」 ハハ・・と全蔵は苦笑いする。 「ま、後はまかせたぜ、副長さん。俺はまだやることがあるんでね」 おい、と土方は声だけで姿を見せない元お庭番を呼び止める。 「情報があればこっちにも回せよ」 そちらさんもね、と全蔵は土方に返すと音もなく立ち去った。
ぎ〜ん・・・と呼ばれる声に、重くなって閉じていた瞼をほんのちょっとだけ持ち上げると、サラリと風に揺れる黒髪が見えた。 あ、くそ、なんだよぉ〜この嫌味ったらしいキューティクル満点のサラサラヘアーは。 「こぉのバカ銀。てめえはどこでも寝られるっつーても、墓場の前で寝る奴があっかよ」 寺の大木の根元に両脚を投げ出しながらもたれかかっている銀時の前にしゃがみこんで顔を覗きこんでいるのは、高杉晋助だった。 村の女の子たちからは最近大人っぽくなったとか、カッコイイとか言われ人気のある晋助だが、まだまだ頬は丸く子供っぽい線が残っている顔だ。 「あ、こら寝んな、バカ!」 晋助だとわかってまた瞼を閉じかけた銀時に、晋助は目の前の白い頬を手のひらでペチペチ叩いた。 「いてえよ、しぃん・・・・」 「ったく。こんなとこで寝てたらお化けが出んぞ」 「お化け・・お化けはヤぁ・・・」 寝ぼけ声を出しながら、銀時は刀を抱えていない手を晋助の着物の襟に伸ばす。 ギュッと掴まれ、軽く引かれるが、晋助は抵抗しなかった。 まだ柔らかな互いの頬がピトっと触れ合う。 「銀・・・誰かになんか言われたか?だから、逃げたのか」 「逃げてねぇ・・・俺は逃げねぇ」 「へえ、そうかい」 だったら、いいんだけどよ、と晋助はニヤッと笑いながら銀時の頬に自分の頬をスリ・・とこすりつけた。 銀時はくすぐったそうに首をすくめた。 「しんすけ〜〜」 銀時は名を呼びながら晋助の胸元に自分の顔を押し付けた。 お香のような柔らかな花の匂いが晋助の胸元から香った。 晋助がずっとお守りのように持っている匂い袋の匂いだ。 しんすけ・・・・さむいよぉ・・・・
「銀っ!」 強い口調で呼ばれて銀時はハッとしたように目を開ける。 ぼんやりと意識をとばしていた銀時は、息がかかるほど近くに幼馴染みの顔を認め赤い瞳を瞬かせた。 「俺がわかるか銀時!?」 「高・・・杉」 殆ど唇が動いただけで声が出ていなかったが、それでも己の名をいったと認識し目の前の顔にホッとしたような色が浮かぶ。 なんだ、夢・・か。子供の頃の夢なんて見たの久しぶりだなあ。 それにしても。 こいつホント綺麗な顔してんだなぁ、と銀時はまだはっきりしない頭でぼんやりと思う。 子供の頃から、愛想がなく不機嫌な顔ばかりの高杉だったが、綺麗な顔してるって女の子にもてていた。 好き、と告白されてる場面を見たのも一度や二度ではない。 なのに、変わらず高杉の隣にいられた”女の子”は銀時だけだった。 誰も銀時が女だと知らなくて、男同士でつるんでいると思われていても、実はちょっと優越感を持ってたなんてきっと高杉は知らない。 「なに・・?俺、寝てた?」 尻の下が冷たい。 息がかかっている所はあったかいのに、他は凍えるくらい冷たかった。 ふと上げた視線の先には、凍てついたような星が瞬いていた。 ああ、俺・・・また外で寝てたのか。で、また高杉が見つけて起こしてくれた・・・・ さみぃ・・と冷たくなった手を高杉に伸ばそうとして息を飲む。 血に真っ赤に染まった手。 まだ乾いていないその血は、手から滴り落ちそうなほどに濡れていて。 既に嗅ぎ慣れた天人の生臭い血の匂いとは違う、だがよく知っている錆びた鉄のような匂い。 「こ・・れ・・・・?」 なに、これ?まるで人間を斬り殺したような。 「見るなっ!」 気づけばあたりに漂う血の匂いにまわりを確かめようと顔を動かしかけた銀時の頭を、高杉が捕らえて己の胸に抱きしめた。 血の匂いに混じって、覚えのある懐かしい匂いがした。 ああ・・まだ持ってたんだ匂い袋・・・・ 「俺・・・人を殺した?たくさん・・たくさん殺した?」 高杉は銀時の頭を抱きしめながらまわりに視線を流した。 十人ではきかない何十人もの侍の死体が地に転がっている。 これをやったのが銀時だとしても、銀時が責められることなど何一つない。 こいつらは、殺されて当然のことをしたのだから。 こいつらのせいで、仲間が何百人も天人によって惨殺されたのだから。 気にすることねえよ、と高杉は言った。 (しんすけ・・・) 銀時はさっき見た夢と同じように高杉の胸に顔を押し付ける。 「なあ銀・・・戦争が終わったら、俺と生きてくか?」 「・・・・・・・」 先生と暮らしたあの場所に戻って一緒に暮らそう。 おめえが望んでも望まなくても・・・俺はずっとおめえのそばにいてやっから。 だから。 春になったら、一緒に桜を見よう。
一緒に桜を・・・・
目を開けた時、薄紅の桜の花びらが風に舞うのを見た。 それはただの幻影だったが。 見慣れた天井。見慣れた部屋。 銀時は大きく息を吐き出してから身体を起こした。 子供の頃の夢を見て、そして攘夷戦争、おそらく終戦間近の頃の夢を見るなんて久しぶりだ。 しかも、どちらも高杉がいた。 (なんつーか、俺ってば未練がましいよなあ。思いっきり振られちまったのに) 高杉は、俺とした約束なんてもう覚えちゃいないだろう。 でも、幸せだった。多分。 先生を失って、戦争で多くの命を奪い、仲間を失って。それでも多分自分は幸せだった。 今感じてる平穏という幸せとはまた違う幸せ。 「ああ〜〜なんで起きるかなあ。もうちょっと見てたかったのに」 寝直そうかと身体を倒しかけて、あれ?と銀時は首をかしげた。 「そういや、ここ俺ん家?」 いつ戻ったんだ? 銀時は布団から出て襖を開けると、居間兼事務所には神楽と新八がいた。 「あ、やっと起きたネ。寝すぎアルよ、銀ちゃん」 文句を言う神楽に、呆れた顔をする新八を見、銀時はウ〜ン?と首を捻る。 「俺、いつ戻った?」 「知りませんよ。朝来たら、銀さん部屋で寝てたんですから」 「わたしも知らないネ。起きたら、銀ちゃんもういたネ」 「明け方に戻ったんじゃないですか。まさか覚えてないんですか?」 覚えてねえ・・・と銀時が答えると、二人はやれやれという顔で見た。 「お酒飲んだんですか?」 ああ〜、と銀時は視線を彷徨わせる。 「ま、ちょびっと・・かな」 「ちょびっとねえ。それで夕方まで寝てたら世話ないですよ」 「ゆ・・夕方?え?今何時?」 「四時を回ったとこですよ。仕事ないからって、一日寝てるのもどうかと思いますよ」 ・・ちゃあぁぁ〜〜 十六の少年に叱られた銀時は、面目なさそうに首をすくめた。 さすがに、仕事先で薬入りの酒を飲まされ襲われかけたなどと子供たちに話すわけにはいかない。 ってーと、多九郎がここまで送ってくれたのか。 まあ、あの野郎がやったことを考えれば、当然のことで感謝することはない。 それどころか、菓子折り持って謝りに来て欲しいくらいだ。 「悪かったな。お詫びに今夜の飯、俺が作っから」 「マジでか!わたし、銀ちゃんの肉じゃが食べたいネ」 「あ、僕、この前銀さんが作ってくれたカニコロがいいです!」 「オーケー。んじゃ、買い物行ってくらあ」 言って銀時は着替えのために部屋へ戻っていった。
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