ピン・・・とバチで弦を弾くと、開け放った窓から見える月を見上げた。

 今宵の月は新月のせいか、鋭い刃のように銀色に輝いて見える。

 まるでそれは喉もとに突きつけられる天からの刃先。

「入るでござるよ、晋助」

 障子の戸がゆっくり外から開けられ、黒ずくめの服に顔には黒いサングラスという長身の男が入ってきた。

「遅かったじゃねえか、万斉」

「戻る途中で小耳に挟んだ情報について少し調べていたでござるよ」

「フン・・・おめえが関心持つような、面白ぇ情報でもあったか」

「さあ・・・面白いかどうかはまだわからぬでござるが」

 万斉は、窓際で胡坐をかいて座る高杉の前に座ると、背中の三味線を外して脇に置いた。

「あえて関心を持った理由と言えるのは、名前でござるか」

「名前?」

「幕閣のお偉方が、なにやら一人の侍を探しているという話を耳にしたのでござるが、それがどうも攘夷志士でもない。かといって、あの松平片栗虎が子飼いともいえる真選組にまで探させるような重要人物のようでもない。いったい何者かと興味を持つのは当然でござろう。しかも、その侍の名が”坂田”ときては」

 ピクリと高杉の眉が動く。

「坂田だと?」

「左様。あの白夜叉と同じ姓でござる。まあ、珍しい姓でもないので、奴と関係があるとはいえないでござるが」

「坂田、なんという名だ?」

「坂田伊織でござるよ」

(坂田伊織・・・・・)

 高杉の眉間に深い皺が寄るのを見て、万斉はおや?と思う。

「やはり、白夜叉に関係した人物でござったか」

 それには答えず、いったん視線を足元に落とした高杉は、再び視線を上げて万斉を見た。

「坂田伊織は、とうの昔に死んだ筈だ。今頃探しても、骨も見つかるまい。何故、今更そんな奴を探す?」

「確かに坂田伊織の生死は不明のようでござるが、どうも幕府が本当に見つけたいのは、その坂田伊織の子供のようでござるな」

「・・・・・・・・」

「興味が湧いたでござるか?調べろと言うなら調べるでござるよ」

「調べろ。徹底的にな」

 了解、と万斉は口端を上げる。

「で?坂田伊織の子というのは、白夜叉のことでござるか?」

「余計なことまで考えるな。てめえは、俺だけに報告すればいい」

(図星か・・・やれやれ。面倒なことになりそうでござる)

 

 

 

「おおっvあったぁぁっ!」

 八軒目に入った本屋でようやく目的のものを見つけた銀時は、思わず歓声をあげそうになった。

 ったく、たった半日でなんでジャンプが消えちまうんだよ!?

 いや、半日というか、十時開店の本屋がたったの一時間で完売し、コンビニでも昼前にはジャンプは赤丸しかないというとんでもない事態になっていて銀時はムンク状態に陥った。

 でもまあ、どっかの本屋にはあるだろうと回ったが、どこも売り切れ。

 なんだってんだ?いじめ?いじめなの!?

 店員にも何がなにやらだったらしいが、五軒目の本屋でようやく理由が判明。

 最近大人気だという少女歌手のポスターとコンサートでの握手券なるものが今週号についていたらしいのだ。

 ポスターはもれなくついているが、握手券は限定五百枚とかで、ランダムに封入されているらしかった。

 それで、ファンがジャンプをまとめ買いしていったというのだ。

(馬鹿野郎〜〜!そんなもん、ジャンプに入れんなよぉぉぉっ!)

 ファンにはお宝だろうが、興味のないもんには迷惑以外の何物でもない。

 おかげで、ジャンプ一冊買うのに二時間もかかっちまった。

 しかも、最後の一冊だったから、あと数分でも遅かったらまた買えなかった可能性があるのだ。

(やべえやべえ・・・ま、手に入ったからいいけど)

 ああ、苦労して手に入れたジャンプだから、滅茶苦茶愛しいぜ。

 マイラバ〜〜v

 銀時はひしっとジャンプを胸に抱きしめた。

(苦労させられた元凶は、家に帰ったら、コナゴナにしてトイレに流してやる!)

 ん?

「うそ〜〜!ここもアウトなの〜!?」

 会計をすませて店を出ようとした銀時の背後で悲鳴のような嘆く声が聞こえた。

 どこか聞き覚えがあるなあ、と振り向くと、やはり見知った忍びがガックリと手をついて項垂れている。

(あいつもジャンプ探し回ってんのか)

 やはり、あと数分遅ければコレが手に入らなかったのだとわかると、ホッとするのと優越感にふっと笑みがこぼれそうになる。

「あ、おまえ!」

 うなだれていた忍び、服部全蔵が視線に気がついたのかいきなり顔を上げ、銀時の姿を捉えた。

「それジャンプか!今週号のジャンプか!」

「え?」

 危機感覚えた銀時は、シッカとジャンプを抱え込む。

「頼む、そいつを売ってくれ!倍の値段で買うから!」

「バカ言え!これ、手に入れるのにどんだけ苦労したと思ってんだ!」

 ぜってえ売らねえ!

「本屋を八軒回ってようやっと手に入れたんだぞ」

「俺ぁ、十五軒だ!」

 それでも買えなかったのだと全蔵はよよよ・・・と泣いた。

「そりゃお気の毒。運が悪かったと諦めな」

 同情はするが、これは俺んだ。

 家帰ってじっくり読むんだ。この幸せを手放す奴がどこにいる!

 いるわきゃねえだろがあぁぁっ!

「頼む!譲ってくれ!どうしても持っていきたいとこがあるんだ!」

 全蔵は、銀時の前でガバッと土下座した。

 持って行きたいとこ?

 

 

 大きな屋敷の門の前で声をかけると、門が僅かに開いておかっぱ頭の小さな女の子が顔を出した。

「ほれ。定期便だ」

「おおv待っていたぞ。今週号は駄目かと思うていた」

 全蔵からジャンプを手渡された女の子は嬉しそうに笑った。

「あ、やっぱ知ってた?」

「鯛子はわしも好きじゃ。ノリのいい歌声がいいのう」

「ああ、俺知らねえから」

「だろうな。だから無理かと思うていた。あっという間に売り切れたろうからの」

 ほんとにあっという間だったよ、と全蔵は溜め息を吐いた。

「ん?誰かおるのか?」

 女の子は、全蔵以外の気配に気づいて門の外に顔を出した。

 門の脇の壁にもたれていた銀時は、自分を見た女の子に向かって、よおと笑いかけた。

 女の子は銀時を見つめ、パチパチと目を瞬かせた。

「ぬし・・・綺麗じゃのう。まるで、銀色の月の女神のようじゃ」

「は?」

「じゃが、ぬしには災厄の相があるぞ。世の災難を全部合わせたような最悪の災いがぬしを襲う」

 へ?と銀時は目を大きく見開いた。

(おいおい・・・世の災難全部って何?俺って無茶苦茶ヤバいってこと?)

「が、安心するがよい。ぬしがその災厄から無事逃れることができれば、誰よりも幸せになれるぞ」

 保障してもよい。

「ハハ・・・そいつはありがたいね」

 苦笑を浮かべる銀時に、女の子はうむと頷くとジャンプを抱えて門の向こうに戻っていった。

「誰あれ?」

「天眼通の阿国。あらゆる事象を予見する巫女だ」

「え?もしかして、あれって御神託?まさか、さっきのって当たるの?」

「よく当たるって評判だが」

「え〜マジかよぉ。当たったら俺最悪ってことじゃん」

 ま、いいけどさ、と銀時は銀の頭をガリガリとかき回した。

「定期便っつってたけど、毎週あの子にジャンプ運んでるわけ?」

「まあな。ちょっとした縁でそうなった。殆ど外出できないらしくてな」

「ふーん。くだらねえ理由なら取り返すつもりだったが」

 まあ、いいかと銀時は肩をすくめ踵を返す。

「おい、ちょっと。時間ねえか。お前に話したいことがあるんだが」

 ん?と銀時は足を止め全蔵を振り返った。

 

 

 川べりの茶店で団子を頼み、川面を眺めながら二人で茶を啜った。

 銀時はチラリと隣に座る男の顔を見る。

 元お庭番で、摩利支天の異名を持つ忍びの中の忍びと言われる男。

 つい最近、吉原で起こった騒動に巻き込まれ怪我を負った銀時を助けてくれたが、結局は忍び同士の揉め事だったため感謝する気はサラサラない。

 さっさと決着をつけておいてくれたら、銀時も怪我をせず、そして吉原も燃えることはなかった。

「んで、俺に話って何よ?仕事の依頼なら、内容によっちゃ引き受けてもいいぜ?」

「いや、仕事の依頼じゃねえ。お前、坂田伊織って知ってっか?」

「・・・・・・・」

 銀時は、またかよと額を指で押さえた。

 この所、その名をいたるとこで耳にする。

 そして、殆ど自分に聞いてくるのだ。

 確かに姓が同じだからというのも理由だろうが、坂田なんて姓はどこにでもあるだろうに。

「知らないわけはないな。なにしろ、お前の母親のことだ」

「テメー・・・なんで?」

 突然変わった気配に、全蔵はゾクッと身を震わせた。

(ハ・・ハ・・・摩利支天と呼ばれるこの俺をここまで緊張させるとは)

 さすがは”白夜叉”

 確信している全蔵にとぼけても無駄だとわかっているのか、銀時は否定はしなかった。

 そのかわり、答え方を間違えれば即座に始末されるだろうと全蔵が思うほどの殺気を突きつけられる。

「実はな。俺の死んだ親父が、坂田伊織に命を助けられてな。で、親父はいつか借りを返したいと言ったら、お前さんの母親は、自分より自分の子に返せと言ったそうだ」

「はあ?」

「まだ赤ん坊だったお前さんを親父に見せ、子供が無事に成長すればいつか狙われる時がくる。その時は助けてやって欲しいとな」

「なにそれ?そんなことを、あんたの父親に頼んだって?俺の母親が?」

「その辺のことを話せば長いことになるが、まあ、簡単にいえば、だ。親父は伊織の子を見つける前に死んで、その役目は俺に引き継がれた」

 ってまあ、そんなとこだと全蔵は銀時に言った。

「何それ?つまり、いずれは俺が狙われるってわかってたってことか?」

 いったい誰に狙われるんだか知らねえが。

「坂田家って、かなり特殊な家系らしいな。知ってるか?」

「んなの、殆ど知らねえよ。俺が物心ついた頃にゃ、もう母親はいなくて、たった一人戦場にいたからな」

「戦場っておい」

 全蔵は前髪に隠れた目を見開いた。

「時代が時代だったんだよ、あの頃ぁ。ほんとなら、もうガキん時に死んでてもおかしかなかったな」

 それが死ななかったのは、あの時、母親の幼馴染みだったという吉田松陽に出会えたおかげだ。

「だいたいなあ、この髪にこの瞳だ。ガキん時から殺されそうになったのは数えきれねえくらいあらあ」

「ああ、そいつぁ、坂田家の先祖にいたせいだな。銀髪で赤い瞳。坂田家について書かれた古文書にそんな記述があった」

「古文書〜〜?んなのあんのかよ?」

「あるんだよ。坂田家っつーのは、奈良に都が置かれる時代よりも古い家系だっていうからな」

 そうなの?と銀時は赤い瞳を瞬かせる。

「それでもって、俺の遠いご先祖は、その坂田家に仕えてたらしい」

 だから、坂田家についちゃ、少なからず記録が残っているのだが。

 その坂田家もいまや血統が途絶え・・・・恐らく、銀時が最後の一人だろう。

 坂田家の直系は、生涯一人しか子供を生めないというのが、早く血が途絶えてしまった理由かもしれない。

「坂田の直系の女は、神の力を持つ覇王を生むという言い伝えがある」

「覇王・・・神の力ってなによ?」

「どんな力なんか知らねえが、とにかくスゲエ力だろうな」

「なんか、いい加減じゃね?」

「う〜〜親父から聞いた話じゃ、大昔に覇王が生まれたという伝説はあるにはあるんだが」

 残念ながら、それに関する文書は、服部家には残されていないのだと全蔵は言った。

「・・・・・・・」

 うさんくせえ話・・・・

 銀時は、湯呑みを手に取り、底に残っていた茶をズズズと飲み干した。

「で・・・だな。お前、覇王か?」

「はあ〜?んな大層なもんかよ」

 神の力とか、んなもんありゃ、失うもんもきっと少なかったろうな。

「だったら、女か・・・!」

 くあ〜〜最悪だ!と全蔵は唸って頭を抱える。

 銀時は顔をしかめた。

「あぁ〜?失礼だな。何が最悪?女じゃわりぃのかよ」

「マジで最悪だ。やべえよ」

 伝説でもなんでも、神の力を持った覇王に興味を持つ者は多い。

 しかも、共存と言いつつ、実際は天人に支配されているこの世界では、覇王は人間の切り札に成り得る。

「攘夷戦争を、またやろうってか」

 昔、侍の尊厳と守りたいもののために天人と戦った。

 だが、今はもうあんな戦いはできない。

「今の状況を覆したいと思ってる奴は、今も大勢いるってことだ。しかし、偽りかもしれないが、今は平和だ。殆どの人間は今の生活を守りたいだろうよ」

「・・・・・・・・」

「だが、わかってもいる筈だ。偽りはあくまで偽り。長続きはしねえ」

「だから、何よ?もう一度戦争起こして、今度こそ奴らを追い出そうってか」

「幕府は一度屈辱を味わっている。だから、もう二度とその屈辱は味わいたくないだろうよ」

 だからこそ、覇王の力がもしあるのならば得たい。

「だが、成人した男を説得し味方とするのはかなり難しいもんだ」

 できないことはないだろうが、互いを完全に信用するのは時間がかかる。

「同じ時間がかかるなら、もっと楽な方法がある。女なら可能なことが、な」

 全蔵が何を言おうとしているのか、なんとなく察した銀時は、嫌そうに眉をひそめた。

「オメーが言いたいのは、赤ん坊だったら、説得の必要も無く思い通りに育てられるってことか」

「・・・・・そうだ」

 

 

 

 

 綺麗に整えられた庭園を眺めながら廊下を歩いていると、コン・・・と鹿威(ししおどし)の音が耳に入った。

 静寂の中で響き渡る音が、より静けさを醸し出す。

 つい、普段は音高く歩く男たちも、つい遠慮してしまうような。

「ここに来るのぁ二度めだが、やっぱり場違いって気がしやすぜ」

「そりゃそうだろ。てめえは、せいぜいが駄菓子屋止まりだ」

「土方さんもでしょうや。どんな五つ星の料理でも一瞬にして犬の飯にしちまうんじゃ、立ち食い蕎麦屋でも嫌がられまさあ」

「んだと、てめえ!」

「やめろ、トシ・総悟。屯所なら好きなだけじゃれあっててもいいが、ここではやめとけ」

 誰がじゃれあってるって?

 土方と沖田は、嫌そうに顔をしかめるが言い返しはしなかった。

 確かにここで騒いでは、近藤に迷惑がかかるのは間違いないのだから。

 三人が足を止めた部屋の障子は半分ほど開いていて、床の間を背に胡坐をかいて座る男が見えた。

「とっつぁん、来たぜ」

「おお、近藤。待ってたぜ」

 実質警察のトップである松平片栗虎と真選組局長である近藤の挨拶は、毎度こんな風である。

 一応上下関係はしっかりあるが、会話に遠慮が無いのは松平片栗虎の性分だ。

 近藤に続いて部屋に入った土方と沖田は、片栗虎と向き合う彼らの局長の背後に座った。

「で、今日の呼び出しは何だ、とっつぁん?あんたに探せと言われた侍のこたあ、まだわかってないぜ」

「いや、その侍のこたあもういい。二十年前に死んだってぇ確認が取れた」

「そうなのか?」

「問題は、そいつが生んだ餓鬼の行方だぁな」

 ハ?

 三人は片栗虎が言った言葉にキョトンと目を見開く。

 生んだ?誰が?

「とっつぁん。生んだって言い方はおかしくないか?」

「あん?何がおかしい?女が子供生むのは少しもおかしいことじゃねえだろが」

「おんなぁぁぁ??何言ってんの、とっつぁん?あんた、俺らに侍探せって言ったろうが!?」

「言ったよお。どこがおかしいのよ。俺ぁ、ちゃんと坂田伊織っつー侍を探せって言ったよね?」

「確かに言ったよ。言いましたよ。だから探しましたよ、その坂田伊織って男を!」

 あ〜ん?と片栗虎は首を傾げ眉をしかめた。

「誰が男だっつーたよ」

「だって、侍って言ったじゃない!侍なら男でしょーが!」

「侍が男だけって誰が決めたよ。女の侍がいたっておかしくねーだろが。巴御前が怒るよぉ」

「・・・・いや、巴御前って、侍じゃないよね?いや、確かに戦場で男に混じって戦ってたけどさあ」

「とっつぁん。坂田伊織は女なのか?」

「そうだよお。会ったこたねぇが、えれぇベッピンだったそうだぜえ。それでもって、無茶苦茶強ぇ」

 鬼神かと思えるほどにな、と片栗虎は言った。

「鬼神とはスゲエな。いや、完全に勘違いしてたわ。てっきり男だとばかり」

「俺もそう思ってましたぜぇ。最初からそう言ってくれなきゃ。バカ強ぇ女の侍ってんなら、探し方も変わってきまさぁ」

「・・・・・・・・」

 女で鬼のように強ぇ侍だと?

 そんな人間を土方は一人だけ知っている。

 坂田伊織とは年齢は合わないが、しかし伊織が生んだという子供だとしたら合わない事もない。

(まさか・・・・いや、奴ぁ知らねえようだったし)

「とっつぁん。いってー、誰がなんのためにその餓鬼を探してんだ?」

「土方よぉ。そういうこたあ聞かずに調べるのがてめーらの仕事だろうが」

 言ってから、片栗虎はポリポリと頭をかくと、まあ・・・と話を続けた。

「おめーら三人には言っといてもいいか。ただし、こいつぁ他言無用だ。最後まで、おめーら三人だけの胸に収めとけや」

「大丈夫だ、とっつぁん。俺もトシもそして総悟も口はかてえ。たとえ、拷問を受けようと喋ったりしない」

「おう。その言葉、忘れんなよ近藤」

 こくっと、三人は頷いた。

「坂田伊織とその子供の行方を探せと俺に言ったのはなあ、将軍だ」

 えっ!と三人は驚く。

「話せばなげー昔話になるわけよ。俺も終わった後に知ったから、聞いたことしかわからねえんだがな」

「終わった後?」

「もう二十年以上前の話にならあ。おめーらは、まだ生まれてねえか、餓鬼だったから知らねえだろうが、あの頃は天人が次から次と現れやがってよお。一触即発って状況だったわけよ。血気盛んで戦う気満々の侍も一杯いてよお。あんな連中に自分の国を荒らされてたまるかってな」

「攘夷戦争のことか?」

「いやいや。まだ、そういうんじゃなかったが、とにかく昔話の鬼みてえのが現れて脅してきやがるから、みんないろいろ対策を考えていたわけよ。奴らを叩き出す方法はなんかねえかってな」

 実際、ただ刀ぁ振り回して、火器といやあ鉄砲か大砲くれえしかねえし、おまけに奴らぁ空からきやがる。

 勢いだけで勝てる相手じゃねえって、その頃でも既にわかってたことだった。

「でな、当時古い文献や古文書やらを片っ端から調べてた奴がいたわけよ。なんか参考になるもんがねえかってな。そうしたらよお、なんと天人はずーっと昔から地球に来てたってえ記録が見つかってな」

「え?そうなのか?」

「ああ。まだこの国の人間が猿みてえな生活をしてた頃はよお、単に資源だけを掘り出していくだけでたいして問題はなかったようなんだが、人間が支配者を置いて国ってえもんを作りだしてからは侵入者に対して警戒し始めたわけだな。それと同時に、立ち寄る天人の種類も変わってきちまって、まあ小競り合いが起こるようになったわけよ。そうなると、空からやってくる天人と人間じゃ力の差は大きいわけだあな」

 小競り合いはやがて大きな戦いとなり、多くの人間が殺されていった。

 そのうち天人たちはこの勢いで攻め入って、この星を我が物にしようとした。

 つまりは、攘夷戦争と同じ戦いが千年以上前に起こっていたってわけだ、と片栗虎は言った。

 初めて聞く歴史の事実に、三人は驚きの表情を浮かべた。

「そいつは知らなかったな。けど、天人は侵略に失敗したのか?」

 今回天人がこの国に大量に押し寄せてくるまでは、彼らは天人の存在そのものを知らなかった。

 つまり、千年以上昔に起こった戦争で、天人はこの星を植民地にすることが出来なかったということだ。

 もし天人が勝っていたなら、今と同じ状況になっていたはず。

 いや、今よりもっとひどい状況になっていたかもしれない。

 一応、人間と天人の共存が危うい均衡ながら保てているのは、ひとえに人の権利を主張する条約に奔走した人々がいたからに他ならない。

 それと、攘夷戦争で侍という存在を天人たちに思い知らせたことも、実は大きかった。

「まあ、こいつぁ都市伝説とも言えなくはないが、記録によると攻め入る天人を強大な力でもってこの星から追い出した存在があったってんだな、これが」

「ええっ!そんな奴がいたの!?」

「千年も昔のことだし、その記録もどこまで信じられるかわからねえが、とにかく、いたってんだよ」

 それが、坂田伊織の先祖だったというわけだ。

「坂田家ってえのは、古い家系でな。千年以上前から家系図を辿れるんだから相当なもんだ。ただ、何故か子供が生まれにくい家系なんで、血筋が極端に少ねえ。本当なら分家筋とかが散らばっててもおかしかねえんだが、今じゃ、その血を継ぐのは伊織が生んだってえ餓鬼だけだって話だ」

 もっとも、その餓鬼が今も生きているなら、だが。

「坂田家は女系でな。生まれる子供は殆どが女で、しかも一人しか生まねえ。だが、たまに生まれるんだと」

 男が。

「そのめったに生まれない坂田家の男は神の力を持つってんだな。男が生まれる条件はなんなのかわからねえが、たいていはこの国に危機が訪れた時だ」

「それで探してんですかぃ?坂田伊織が生んだってえ子供を。男なら千年前の再現ができる。女なら、もしかしたら男を産ませることができるんじゃねえかって」

 沖田の言葉に土方はピクリと眉を寄せた。

「ああそれ、実はやっちゃってたんだな、昔」

 え?

 片栗虎は、新しい煙草をくわえ、ライターで火をつけた。

「既に一人だけになっていた坂田家の女を見つけ、拉致し監禁して子供を生ませようとしたバカがいたんだ」

「・・・・・!」

「まさか・・・それが坂田伊織か?」

「そうだ。さっきも言った通り、坂田家の女は例外なくバカ強ぇ。しかも誇り高いから、たとえどんなに身分のある人間相手でも絶対に言いなりにはならねえ。そいつは、女なら一度身体を奪っちまえばおとなしくなると甘い考えを持ってたようだが、そうはいかなかった。少しでも油断すれば、喉笛を食いちぎられそうな抵抗に、そいつは女を褥に引き込むことすらできなかったってよ」

 仕方なく地下の座敷牢に鎖でつなぎ、男は夜毎通って坂田家の最後の女を犯した。

「毎晩、女の悲鳴と罵り声が聞こえたってよ」

 真選組の三人は、その話に嫌悪の表情を浮かべた。

「とっつぁん。そいつは反吐が出そうな話ですねぇ。まだ生きてんですかぃ、その野郎は」

「なんでぇ。生きてたら速攻で叩っ斬るってか、沖田よぉ」

「そうスね。それもいいかも」

 沖田はニッコリ笑って答えた。

 まだ少年という年頃の沖田には、女を監禁し犯す行為は許せないのだろう。

 それに、つい先日、たった一人の愛する姉を失っている。

 余計に許しがたい怒りを覚えているに違いない。

「そいつぁ残念だなあ、沖田ぁ。その野郎は、とっくにあの世いきになってらあ。そいつと家人数十人が皆殺しよ」

「え・・・皆殺しって・・・マジ?」

「マジもマジ。その後、屋敷は燃えちまって、今は跡形もねえよ」

 まさか・・・・

「それって、坂田伊織がやったって言う?」

「伊織以外いねえだろが。よっぽど頭ぁきたんだろな」

 まあ、無理もねえが。

「で・・・坂田伊織が生んだ子ってのは、そいつの?」

「いんや。そいつは、坂田家の女の性質からして、百パーセントねえな」

「んじゃ、いってぇ、誰の子だってんだ?」

「そうだなぁ。あの時、殺されずに生き残った人間の証言を信じるなら、その野郎の腹違いの弟ってのが有力か」

「おいおい・・・とっつぁん。弟まで犯っちまってたのかよ。ひでぇじゃねえか、そいつぁ」

「それはま、どうでもいいんだわ」

「どうでもいいって・・・・そりゃねえだろ?」

「どっちも生きてねえんだから、今更ってもんだ」

 坂田伊織も死んじまってるしな。

「問題は、唯一生き残ってるかもしれねえ、子供の存在ってか」

「将軍さまは、その子供を探し出してどうしようってんです?まさか、男を産ませようってんじゃないでしょうね」

「んなわけないだろが。将ちゃんがそんなことしたら、おりゃあ泣くよ」

 ってか、オジサンが速攻でぶん殴っちゃうよ?

「だったら、将軍はなんのために見つけようとしてんだ」

「そいつは〜よ、深ぇー裏事情ってもんがあるんだな。こいつばっかは、うっかりにも口には出せねえ。ま、皆殺しにされるようなこたあ、将軍はこれっぽっちも考えちゃいねえから安心しろって、近藤」

「俺たちゃあ、とっつぁんの言うことは信じる。真選組を結成してから、俺たちは全てとっつぁんに預けてんだ。そいつは、今も変わらねえ」

「そうかい。じゃあ、言っちゃうよ?おめえらは伊織が生んだ餓鬼ぃ探しだして、とにかく見守れ」

「見守るだけでいいのか、とっつあん」

「とりあえずな。おまえらより先に見つけちゃう奴も出てくるかもしれねえがよォ。そいつは気にしねえでいいから、ただ見守れ。下手に真選組がかかわってるって知られちゃ薮蛇になるからよ。特に、そいつが女だった場合がやべえ」

「わかった。まかせといてくれ、とっつぁん」

 

 

 

 

 書類整理で徹夜し、仮眠を二時間ほどとって、気分転換に見回りと称して外に出た土方は、スーパーの買い物袋とトイレットペーパーやティッシュペーパーを両手一杯に持った眼鏡の少年を見つけた。

 真選組の山崎と並んで地味キャラと言われている万事屋の従業員だが、雇い主に似て一本筋が通っていて好感の持てる少年だった。

 ボケキャラが多い中、貴重なツッコミで、その返し方も早いので見かけによらず頭がいいのだろう。

 うちの新八は、やれば出来る子なんだよ、と万事屋が親ばかのように自慢するのもわかる。

 よお、と土方が声をかけると、眼鏡の少年は、人当たりのいい笑顔を浮かべた。

「あ、土方さん。見回りですか?」

「まあな。えれぇ荷物だな」

「スーパーで買い物してたら、そこのドラッグストアで安売りしてるって聞いてつい・・・こういうのって、安い時に買っとかないと損ですからね」

「主婦してんなぁ。貸せ。少し持ってやる」

 土方は、重そうな買い物袋二つを新八の手から取った。

「ありがとうございます。でも、いいんですか?お仕事でしょ?」

「見回りついでだ。万事屋は家にいんのか」

「銀さんは神楽ちゃんと一緒に朝から仕事に出てます。僕は今日食事当番なんで留守番ですけど」

「おまえが飯作んのか」

 はい、と新八は頷いた。

「料理は銀さんの方がうまいんですけどね。面倒くさがって、気が向かないとやらないんですよ。あ、でもここんとこ週に二度くらいは作ってくれますね。本当に美味しいんですよ、銀さんの料理」

「そうかい」

 新八は、懐から煙草を出し、火をつける土方の整った横顔を見つめた。

「そういえば、土方さんは銀さんが女性だって知ってるんですよね。どうしてわかったんです?銀さんが自分から言うわけないし・・・僕なんか、人から聞いて初めて知ったくらいなのに」

「ああ、そりゃあ・・・前に屯所で幽霊騒ぎがあったろ」

「はい」

「あん時、おめえら、ふざけた格好で現れやがって」

「・・・・はい、そうでした」

「その騒ぎん中、あの野郎、思いっきり抱きついてきやがったんだよ。あれでわからなきゃ、バカだ」

「は・・・そ、そうだったんですか」

 新八は引きつった笑いを浮かべた。

(そうかァ。銀さん、土方さんに抱きついたんだ。あの人、幽霊が大の苦手だもんなあ)

 かくいう新八も苦手だ。出来れば、出会いたくはない。

「ところで、おめえらのまわりで変わったことは起こってねえか。たとえば、見慣れねえ奴を見かけたとか」

「? いえ、別に変わったことって・・・・かぶき町は出入り多いし、見慣れない人は結構いますけどね」

「万事屋の近辺ではどうだ」

「銀さんのですか?普段と変わりませんけど。あ、変わったことといえば、仕事の依頼がちょっとだけ増えたってことかなあ。おかげで、正月は豪勢なお節を食べられたんで良かったけど。そうだ。薫くんは元気ですか?」

「ああ。しっかり朝飯を作ってくれてる。休みの日は、料理の本みながらいろいろ作ってやがるぜ」

「そうですか。良かった。たまには万事屋に顔を出すようにって言って下さいね」

 万事屋銀ちゃんの看板のある建物の前まで来た新八は、土方から荷物を受け取ろうと手を伸ばす。

 土方は持っていたスーパーの袋を新八に渡した。

「万事屋が戻ったら、確認してえことがあるから今夜寄るってぇ伝えとけ、眼鏡」

「え?あ・・・はい」

 新八が困惑したような表情で頷くと、土方は踵を返し歩き去った。

(え・・・なんだろ?銀さんに確認したいことって)

 土方は、銀時のまわりで変わったことが起きてないかとか、見慣れない人間がいないかと聞いていたが。

 真選組は、まだ銀さんと攘夷志士のかかわりを疑ってるんだろうか。

 銀時が攘夷に一切関わっていないのは、身近にいる新八が一番よくわかっている。

 だが、昔から知り合いだという桂小太郎が、ちょいちょい顔を出すような状況では、全く関係ないという主張は通らないかもしれない。

 う〜ん・・・と新八は眉間に皺を寄せて唸りながら万事屋の階段を上っていった。

 

 

 玄関の戸を開けた銀時の顔は、思いっきり不機嫌そのものの表情をうかべていた。

 そりゃあ、熟睡してたところを無理やり起こされては不機嫌にもなろうというもの。

「そりゃあ、今夜寄るっつーのは聞いたけどね。けど、こんな真夜中に来るのは非常識って言いませんかねえ」

 え?お二人さん。

 日付けはとっくに変わり、階下のお登世の店も閉店して静まり返ったこの時間にやってきたのは、真選組の幹部二人。

 土方だけかと思ったら、沖田までいる。

「悪いな、万事屋。もっと早く来るつもりだったんだが、所用で足止めくってたもんでな。それから、この野郎は現場で一緒だったから勝手についてきただけだ」

「ふ〜ん。お忙しいこって。だったら、今夜でなくても良かったんじゃねぇ?」

 声まで不機嫌な様子を隠さない銀時だが、それでも叩き出さないのは、珍しく土方が低姿勢をみせていたからだ。

「ま、入れよ。茶は出さねえぞ」

「んなもんはいい。さっさと用件すませて帰るから」

「ふん?」

 忙しいなら、来なきゃいいのに。

 朝早い仕事が入ったんで、珍しく酒も飲まずに布団に入ったというのに、これじゃだいなしだ。

 事務所兼応接室兼居間に二人を通した銀時は、先にドンと椅子に座った。

「すいませんね、旦那。次来るときゃあ、かど屋の新作ケーキを手土産に持ってきやすから」

「おっvそれって限定の奴か?」

 さすがに銀時のあしらい方がわかっている沖田は、甘味で機嫌をとり始めた。

「やっぱ知ってやしたか。ちょいとツテを持ってやしてね。五個までは確実に手に入れられまさぁ」

「マジでか」

「おい!んな話をしに来たんじゃねえぞ!」

 てめえは黙ってろ!と土方に睨まれた沖田は、つーんとそっぽを向く。

「じゃあ何しに来たんだよ。長話はごめんだぜ」

「すぐにすませるさ。ただし、ごまかしはもうなしにしてもらいてえな」

 銀時は眉間を寄せ、なんだよ?というように土方を見た。

「万事屋。坂田伊織は、オメーの母親に間違いねぇな?」

 銀時は、いきなり確認するように聞いてきた土方に、一瞬息をつめた。

 そんな瞬きくらいの表情の変化に納得したかのように土方は頷いて立ち上がる。

「わかった。用はそれだけだ。邪魔したな」

「え?」

「え〜そんだけですかい?」

 俺にはなんの説明もなしってか、土方このヤロ。

 こっちは納得いかないという顔で沖田は土方の後に続く。

 二人が靴をはいて外に出ると、銀時がダダダと走ってきた。

「てめえ、どういうつもりだ!?」

 土方は、さっきよりさらに機嫌の悪い顔で睨んでくる銀時を振り向いた。

「万事屋。身辺には気をつけろよ」

「あ〜〜?なんだと?てめえは何が言いたい!」

「おめーが心配してることはねえよ。俺たちの役目は、おめーに対し、不埒な真似をしようとする奴らぁ片っ端から始末することだ。それ以外はなんもねえ」

 銀時は赤い瞳を瞬かせ、呆れたように息を吐いた。

「はあぁぁ?何言っての。んな真似出来る奴ぁいねえよ。おめえら、暇じゃねえんだろ?んな無意味なことすんな」

 だいたいなあ、と銀時は続ける。

「前にも言ったろうが、土方。俺は女になりそこねたんだよ。俺に餓鬼生ませるなんてこたあ、もう誰にも出来ねえんだよ。たとえ、将軍さまでも、な」

 銀時は言って、バン!と引き戸を締めた。

 

 

「ねえ土方さ〜ん」

 万事屋を出た後、一人考え事をしながら歩く土方の後を沖田が呼び続ける。

(そ・・・うか。とっつぁんが言ってた坂田の女の性質ってのは・・・・・)

「土方さんてば〜〜」

「うるせえな、総悟!考え事してんだ!邪魔すんな!」

「そりゃあ、すいませんねえ。けど、ちょっとくらい説明してくれたってバチはアタリやせんぜ」

「あぁ〜?」

「旦那って、女だったんスか?でもって、とっつぁんが探せっつってた餓鬼?」

「・・・・・ああ、そうらしいな」

「へえぇぇ、そうだったんだ。いやあ、俺、全然気がつかなかったぜ。そういや、旦那は侍で鬼みたいに強ぇや」

 そうかそうか。旦那は実は姐さんだったんかあ。こりゃ、びっくり。

「確かにやべえや」

「・・・・・・・」

「旦那、いろいろ知ってたみたいスねえ。将軍が出てきた時ぁ、驚きやしたぜ」

「俺も驚いた。あの野郎、いつも死んだ魚みてえな目ぇして、ぼんやりしてやがるくせに、いってえ、どっから情報を得てやがる」

 いらいらしながら煙草を吸う土方を沖田は上目使いで見つめた。

「それで?」

「それでって、何んだ?」

「決まってんじゃねえですかぃ。そ・れ・で、土方さんは、どうやって旦那が女だって知ったんです?まさか、旦那に不埒な真似を」

 ブッと土方はくわえていた煙草を噴き出した。

「な・・・んなわけあるかっ!てめえ、俺をなんだと思ってやがる!」

「顔だけいい、欲求不満のスケベ男」

「総悟ぉぉぉっ!」

 思わず出た拳を、あっさり避けた沖田は、土方に向けフフンと鼻で笑った。

「まあ、俺ぁ仕事はきっちりしやすから、安心してくだせえ。たとえ、真選組副長だろうと例外なしに始末しやすから」

「抜かせ!俺がテメーに斬られるわきゃねえだろ!」

「いやいや。斬られてくだせえ。でなきゃ面白くねぇ」

「総悟!」

 沖田はニッと笑って背を向ける。

「念のため、一回りしてきまさあ」

 言ってさっさと走り去る沖田の背中を、土方は忌々しげに見送った。

 

 

 

 川べりを歩いていると、よぉ・・・とどこからか声をかけられ、坊主姿の桂は足を止めて笠を持ち上げた。

 日が暮れてあたりは暗くなっていたが、夜空に輝く金色の満月が岸に寄せていた屋形船の窓に、見知った顔を浮かび上がらせ、桂は眉間に深い皺を寄せた。

 思わず声が険悪を帯びて低くなる。

「貴様・・・そこで何をしている?」

「見りゃあわかんだろ。月見だ。今夜の月があんまり綺麗なもんでな。水面に映る月もなかなか美麗なもんだぜ、ヅラぁ」

「ヅラではない、桂だ。全く、真選組は何をやっているのだ。優雅に月見なんぞやってる手配犯一人見つけられんのか」

 高杉は、はっ!と短い笑い声を上げた。

「あんなクズ共に、俺が見つけられるかよ。だいたい、テメーも堂々と江戸を歩き回っててまだ一度も捕まってねえだろが」

 酒が入っているせいか、それとも楽しいことでもあったのか、高杉の機嫌は良いように見える。

 だが、それはあくまで高杉の上辺しか知らない者にはだ。

 腐れ縁ともいえるほど長い付き合いである桂には、高杉の機嫌が下降しているのがありありとその表情に伺える。

 こういう時の高杉には、過去あまり近づかないようにしていた桂だが、あえて八つ当たりするために声をかけてきたとは思えない。

 つまり、自分に何か言いたいことがあるのだ。

 案の定、高杉は桂に向けて、入れというように顎をしゃくる。

 桂は小さく溜め息をつくと、船に乗った。

 船頭らしい男は、桂のために入り口を開け、彼が入ると静かに戸を閉じた。

 あまり気配を感じさせない男だった。単に雇っただけの男ではなく、高杉の部下なのかもしれない。

 高杉は、いつもの派手な柄の着物を着て、傍らに三味線を置いていた。

 桂が座ると、高杉が杯を勧めたが、桂は首を振った。

「貴様の酒などいらん。俺は、貴様が俺と銀時を春雨に売ったことを許してはおらんからな」

 許す気もない。

「あんときゃあ、おめえらよりこっちの方が損害がでかかったんだぜ」

「貴様が俺たちを巻き込まなければ、起こらなかったことだ」

 桂の言葉に、高杉はクククと喉で笑う。

「巻き込まなくても、どうせ手を出してきたろうが」

「俺はな。だが、銀時は違う」

「銀時も来たさ。あいつぁ、守るもんを手に入れたからな」

「・・・・・・・」

 桂の脳裏に、万事屋の子供たちの顔が浮かぶ。

 確かに今の銀時には、彼らとの絆は命より大切なものかもしれない。

 あの二人に害が及ぶと判断すれば、銀時は間違いなく首を突っ込んできただろう。

「わかってて、何故あんな真似をした?おまえは、本気で世界を壊すつもりか?」

 俺には理解できん。

「オメーにわかってもらうつもりはねえよ」

 高杉は杯に注いだ酒を、くいと飲み干した。

「で?いったい俺になんの用なのだ」

「ヅラぁ。もうおめーも知ってんじゃねえのかい。おめーは昔っから、銀時にゃ過保護だったからなぁ」

「・・・・坂田伊織殿のことか」

「とうに死んだ亡霊を今頃になって探すた〜な。人って奴ぁ、何年たっても変わらねえもんらしいぜ」

「たとえ伝説でも、力が得られるならいいと思う奴が多いのだろう」

 これが銀時にかかわってなければ、桂も放っておいたかもしれない。

 天人が追い出されるというなら、願ってもないのだ。

「坂本の野郎も調べてたようだし、おめーもある程度のことは知ってんだろうから、結論だけ言うぜ」

「なんだ?」

「銀時は俺が預かることにした」

「おいっ!?」

 桂は目を見開いた。

「預かるってなんだっ!貴様、銀時を拉致でもする気か?」

「そうだなあ。今のあいつじゃ、おとなしく俺んとこにはきやしねえだろうな」

 となれば、拉致ってことになるか、と高杉はフフフと笑った。

 桂は顔をしかめた。

「高杉。おまえ、どういうつもりだ?」

「あぁ?どういうつもりたあなんだ?」

「一度おまえに聞きたいと思っていた。何故、銀時を置いていった?銀時がおまえにどんな感情を持っていたか知っていたろう!」

 高杉は、口端を引き上げると、傍らに置いた三味線を取り上げた。

「何故銀時を振ったんだ、高杉」

 ビンビン・・・とバチで軽く音を鳴らす高杉が肩をすくめる。

「なんだ。銀時の奴、俺に振られたって思ってやがんのか」

「実際そうだろう。貴様は、鬼兵隊と一緒に陣から消えたんだからな。残された銀時がそう思うのは当たり前だ」

「もう終戦間近とはいえ、あん時ぁまだ戦争中だったんだぜ」

「だからなんだ?貴様、銀時と何か約束をしていたのではないのか」

「約束・・・ね」

 高杉は、ククッと喉をを鳴らす。

「ああ、したな。だから、俺は今ここにいる」

  ?

「どういうことだ、高杉?」

「そいつぁ、おめえに話すことじゃねえよ」

 桂はムッとした顔で高杉を睨んだ。

「銀時はおまえには渡さん。あいつは俺が守る」

 松陽先生の信頼を得、幼馴染みとして、ずっと銀時の身近にいたのは高杉だけではない。

 自分もそうだという自負が桂にはある。たとえ、銀時の気持ちが今も高杉にあるのだとしても。

 桂にとって銀時は家族以上、半身のような存在なのだ。

「おめえには無理だぜ、ヅラぁ。もう江戸を焦土にする気はねえんだろ?」

 高杉の言葉に、桂はギョッとなって腰を浮かした。

「高杉!貴様、いったい・・・・!?」

 高杉は三味線から険しい表情で迫る桂へと上目使いに視線を移した。

「知らねえのか、ヅラ。坂田伊織が銀時を身ごもって村に戻るまで、どこでどんな目にあっていたか」

 そもそも、どうして子供を身ごもったかを。

 

 

 

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