カランと扉に取り付けられたカウベルが小さく鳴り、カウンターに立っていた若い店員が、入ってきた客に向けてニコヤカな笑みを浮かべたが、すぐになんだというようにムゥと口を尖らせた。

「なんだ、おまえかよ」

「あら。久しぶりに会いにきた友人に対してする態度じゃなくてよ、黒羽くん」

 快斗の素っ気無い態度に慣れている彼女は、気にする風もなくそうあっさり返す。

 目を丸くしているのは、快斗の隣に立っていたこの店のマスター、慎二だった。

 なにしろ、店に入ってきた客は、これまで見たことがないほどの妖艶な美女だったからだ。

 黒く艶のある長い髪。

 黒々と濡れたように光る瞳に、抜けるような白い肌。

 ほっそりとしているが、胸は意外に大きくスタイルがいい。

 世界のスーパーモデルにも引けをとらないだろうという美女が、今慎二の前に立っていた。

「黒羽くん、君の知り合いかい?」

「高校の時の同級生です」

 高校を卒業して、まだひと月余りだが、進む道が違うと卒業後全く会わなくなる同級生は多い。

 家が近所とか、特別親しければ顔を合わせることもあるが、そうではない相手とは卒業すればそれっきりとなる。

 それこそ、一生会うことはないということも。

 紅子は青子と同じ大学に入ったので、彼女の近況は青子の口からよく聞くが、顔を合わせたのは久しぶりだ。

 しかしまあ、ひと月前までは同級生であったのだから、まだまだ懐かしいと感じる時間はたっていない。

 紅子はカウンター前の四人席に腰をおろした。

 綺麗に身体の線を浮き立たせた鮮やかな赤いワンピースは紅子によく似合っている。

 もともと大人びていた紅子だったが、より大人の女に変貌しつつあった。

 世界中の男はみんな自分に夢中になると公言していた彼女だが、それはまあ例外はあるとして、確かに男の目を釘付けにするに十分な美貌である。

 全ての男は自分の奴隷としか認識していない紅子だが、ただ一人彼女が膝をつく人間が存在する。

「凄い同級生がいたんだな。あんな凄い美貌は初めて見たよ」

 慎二はそう感嘆の声をあげる。

 しかし、慎二もまた例外の一人なのか、紅の魔女が望むような反応はなかった。

 それは最初からわかっていたことなのか、彼女に気にした様子は見られない。

 快斗はトレイにお冷をのせてカウンターを出ると、紅子のいるテーブルの前に立った。

「なんにする?」

「おすすめのコーヒーを戴くわ」

 スプリングを一つ、と快斗はカウンター内にいる慎二に伝える。

 で?と快斗は紅子の方に軽く腰を折った。

「何しにきたんだよ?オレの顔を見に来たってわけじゃねーだろ」

「勿論、あなたの顔だけを見に来たわけじゃなくてよ。魔王ルシファからの予言を伝えに来たの」

「またかよ・・・・」

 快斗はうんざりした顔になった。

 高校時代、何度予言とやらに振り回されたことか。

 なにしろ、紅子の口から出る予言とやらは抽象的すぎて、何がなにやらわからない。

 しかも、ことごとく悪い予言なのだ。

「わりーけど聞く気はねーよ」

「あら、光の魔人のことでも?」

 背を向けて戻りかけた快斗は、え?と瞳を見開いて紅子の方を振り返る。

「新一になんかあんのか?」

「それはあなた次第ね」

「・・・・・」

 彼の光に引かれた守護者がどんどん集まっているようだけど、変り種が一人。

 紅子は、すっと手を上げると、形のいいほっそりした人差し指を店の奥に向けた。

 店内奥にあるそのテーブルは、ある人物が自分の席と決めていて、来店するたび必ずそこに座っていた。

 この店のマスターである慎二の幼馴染であり、そして快斗とは敵対関係にある人物。

「カウンターの中にいる彼が、このわたくしに魅せられない理由があの存在だと言ったら、あなたはどうする?」

「どういうことだよ?あいつになにがある?」

 紅子は魅惑的な笑みを浮かべた。

 どこか焦らすような意地の悪い笑み。

「教えて欲しい?」

「条件があるってのなら、いらねえよ」

 あら残念、と紅子はクスリと笑った。

「今夜は満月ね。白き罪人が空を駆ける夜・・・・あなたを貫くのは二つの光」

「予言かよ?」

「ええ。だから、今夜わたくしとデートしませんこと?」

「はあ〜??」

「デートしてくれたら、教えてあげてもいいわよ、黒羽くん?」

 紅子は、瞳を瞬かせている快斗に向けてニッコリと微笑んだ。

 

「わりぃ、新一。今日ちょっとヤボ用あってさあ。先に帰るな」

 講義の後学生たちがバラバラと部屋を出て行く中、違う講義を受けていた快斗が入ってくると、まだ座っている新一の方へと歩み寄ってそう告げた。

 ノートを片付けていた新一が、首をかしげて傍らに立つ快斗の顔を見上げる。

「ああ?んなことくらいメールしてくりゃいいだろが」

 だーって、と快斗は首をすくめた。

「同じ建物ん中にいるのに、わざわざメールすることないじゃん」

 それに、新一の顔を見たかったしと快斗が言うと、新一は呆れたような顔になった。

 まあ、快斗の恥ずかしい台詞など今更ではあるのだが。

「そんなに遅くなるつもりじゃないけど、夕飯にはちょーっと間に合いそうにない」

「わかった。適当に食っとくから安心しろ」

 新一はトントンと机の上で手の中のノートと本を揃えた。

 言われる前に答えた新一であったが、案の定快斗は疑いの目を向けている。

 こと私生活に関して新一の言うことは全く当てにならない。

 誰かがそばにいなければ、絶対に面倒くさがって食事をしないのだ。

 新一は、なんだよ?と瞳を細め睨むようにして快斗を見る。

 快斗は溜め息をついた。

 一食抜いたって死にはしないが、それでも新一には三食しっかり食べて欲しいと思うのだ。

「夕飯は、慎二さんとこに用意してあるから。講義終わったら店に行ってよね」

 はあ〜?と新一は瞳を瞬かせた。なんで店?

「ほっんとに信じてねえな、おまえ・・・」

「毎度毎度、冷蔵庫の中に夕飯がそのまんま残ってるのを見せられちゃ、ね」

「・・・・・・・」

「慎二さんとこ久しぶりだろ?オレはバイトで会ってるけど」

「・・・まあな」

「春向きの新しいブレンドあるから、飲んでみろよ」

 な、と快斗が言うと新一は渋々といったように頷いた。

 確かに慎二に会うのは久しぶりだ。高校の卒業式の日に行って以来か。

 快斗は高校の時からバイトをしていて、今も月の半分くらいは慎二の店に行っているが。

 しかし、慎二の店には時々あの男も来る。あの男は今も怪盗キッドを狙っているのだろうか。

 快斗は気にもとめていないように見えるが。

 じゃ、と快斗は言って新一から離れていった。

 

 この日の講義を全て終えてから新一は、約束通り慎二の店へと向かった。

 既に日は暮れて、街は明かりが灯っている。

 考えてみれば今日は花金だ。いつも人通りが多い道だが、今日はさらに人が多く賑やかに感じる。

 これからさらに増えていき、終電まで人の姿がなくなることはないだろう。

 街のメイン通りから外れた通りの方へと曲がると、そこは住宅地だった。

 マンションが多い表通りと違って、そこは一戸建ての家が整然と並んでいる。

 その一角に建つ緑の屋根のコーヒー専門店のドアには”close”の札がかかっていた。

 この店の閉店時間は一応20時だが、実際のところあまりきっちりとは決めていないようだった。

 早い時もあれば遅くまで開いている時もある。

 つまりはその日の客の入り具合か、もしくはマスターである慎二の都合で決まるようだ。

「やあ、いらっしゃい新一くん」

 入ってきた新一に、カウンター内にいたマスターの慎二が笑顔で迎えた。

「お久しぶりです、マスター。もう閉店ですか?」

「ああ、今日はね。快斗くんが作り置きしてくれたスイーツもなくなったし、そろそろ新一くんも来る頃だと思ってさっさと閉めちゃったんだ」

 そこ座って、と慎二は新一にカウンターの席をすすめた。

 新一がカウンターの椅子に腰掛けると、慎二は快斗が用意しておいた夕食を冷蔵庫から取り出した。

「絶対に新一くんに食べさせてくれと念押しされたから、ちゃんと食べてね」

 はあ・・・と新一は苦笑いをこぼす。

 さらに呆れるのは、カウンターに並んだ夕食が和食だったことだ。

 ちゃんと茶碗に盛られたご飯と味噌汁、煮物と酢の物、そしてキャベツを添えられたクリームコロッケ。

「味見させてもらったけど、このクリームコロッケ、絶品だったよ」

 いやあ、快斗くんってお菓子だけじゃなく、こういう料理もできるんだね、と慎二は感心したように言った。

「あいつ子供の頃から、働いてるお母さんのために夕食を作ってたというから」

「そうなんだってねえ。お父さんが早くに亡くなって母一人子一人だったって?実は、俺もそうなんだ」

「え?そうなんですか?」

「うん。俺の場合は早くに亡くなったのは母親だったんだけどね。父親は警察官で毎日忙しかったから、必要にせまられ俺も子供の頃から料理を覚えたんだよ」

 もっとも、才能がないのか、あんまり上達しなかったけどね。

 上達したのはコーヒーを淹れることだけかな、と苦笑する。

「父親が部類のコーヒー好きだったんで覚えたんだ」

 それだけは自慢、と慎二は笑った。

 確かに慎二の淹れるコーヒーは新一の好みに合うほど美味い。

 いやあ、父親の勤め先のコーヒーは最悪の味だったとよくグチをきかされてたとか、父の行きつけのコーヒー専門店のコヒーの味は絶品だったとか、慎二はいつにも増して饒舌に喋った。

 まあ、もともとが話し好きのようだったが。

 新一が食事を終えると、慎二は自慢のコーヒーを淹れてくれた。

「何やっても不器用だったのはセイちゃんだよなあ」

 新一は唐突に慎二の口から出た名に瞳を瞬かせる。

 慎二の言う”セイちゃん”とはハデスのことだ。

 ハデスと幼馴染だという慎二は、彼が殺し屋だということを多分知らないだろう。

「セイちゃんとこは、父親がいなくてお母さんとお祖母さんの三人暮らしだったんだ。セイちゃんのお母さんは、そりゃあ綺麗な人だったよ。お祖母さんも上品な人だったし。で、ホントかどうかわからないけど、セイちゃんのお母さんは十七の時に神隠しにあったんだ」

「神隠し?」

 新一は首を傾げる。

「そういう噂だった。まあ、単なる家出だったんだろうけどね。五年後に戻ってきた時には、二歳になったセイちゃんを連れてたって」

「・・・・・・」

「セイちゃんと知り合ったのは幼稚園の時。同じクラスになって、なんか意気投合してね」

 それからずっと腐れ縁なんだと慎二は言った。

「彼は一時行方不明になったって・・・」

 ああ、そうなんだよと慎二は頷く。

「セイちゃんのお母さんが運転する車が海に落ちてね。俺、その日の夕方セイちゃんが助手席に乗ってるのを見てたから、一緒に海に落ちたんだと・・・・」

 車が引き上げられた時、お母さんの遺体はあったけど、セイちゃんはいなかった。

 助手席の窓が割れていたから、まだ幼かったセイちゃんはそこから海に流されたんだろうとみんなが言ってた。

「本当に死んだものと思ってたから、セイちゃんがいきなりこの店に現れた時は死ぬほど驚いた」

 心臓が止まるかと思った。

 でしょうね、と新一は頷いた。

 暗い海に車ごと落ちて行方不明となれば、まさか生きているとは誰も思わないだろう。

「なんの連絡もなく、ひょっこり現れるなんてセイちゃんらしいけどね・・・あの事故は、ブレーキ痕がなく、まっすぐ海に向かって突っ込んでいったという目撃証言もあったから、子供を道連れにした自殺だとも言われたけど・・・・」

 ・・・あれ?と慎二は目を見開くと口を閉じた。

「なんで、こんな話を新一くんにしてるんだろう?」

 幼馴染の、決していい過去とはいえない話をベラベラと喋っている自分に気づいて慎二は困惑した。

 話すつもりはなかった。

 口止めされているわけではないが、これはプライバシーだ。

 いくら幼馴染でも気軽に他人に話していいものではない。

「ごめん。なんか、ちょっとオレ、おかしいみたいだ」

「ああ、大丈夫。今聞いたことは誰にもいいませんから」

 いや、そういうんじゃなくて・・・・・

 う〜ん、と慎二は低く唸った。

「どうも、昨日妖艶な美女を見てから頭が変になってるみたいだなあ」

 慎二は顔をしかめると、コンコンと右手の拳で頭を何度か小突いた。

「妖艶な美女?」

「うん。長い黒髪の、そりゃあ綺麗な子。まだ十代の少女だろうに、ゾクリとするような艶があって。新一くんも知ってる子かな。快斗くんの高校の時の同級生だと言ってたから」

 同級生・・・・

「小泉紅子?」

 あ、と慎二は声をあげると、ポンと手を打った。

「そうそう!確かそういう名前だった」

「・・・・・・・・」

「やっぱり新一くんも知ってる娘なんだ。ホントに凄い美少女だね。学校でも男の子にモテモテだったんじゃないかい?」

「ええ多分。学校が違ったんでよくは知りませんけど」

「あ、そうか。快斗くんとは高校が違うんだ」

「小泉さんは快斗に会いに来たんですか?」

「そうみたいだね。なんか、デートって言うのが聞こえたけど」

 いいなあ、若い子はと、慎二は年寄りのようなことを呟いた。

「・・・・・・」

「それにしても、快斗くんもハンサムだし、きっとモテてたんだろうなあ」

 今もモテモテのようだけど。あんな美人にデートに誘われるくらいだ。

「オレなんかモテた経験一つもないからね」

 女の子とつきあっても、いつもいい人とかお友達で終わってしまうから羨ましいよ、と慎二は苦笑を浮かべる。

「ボクもモテたって記憶はないですよ」

 ええ〜!と慎二は目を大きく見開いた。

「そんなことはないだろ?新一くんだったら、女の子から一杯もらったんじゃないの、ラブレター」

 ハハ・・と新一は笑う。

「慎二さんが想像するような甘い手紙はなかったですね」

「まさか。ないってことはないだろ?」

 つい最近まで知らなかったのだが、工藤新一という名は名探偵として世間に広く認知されていたらしいから。

 慎二はそういう方面は全く疎いことと、工藤新一が騒がれた頃、今の店を開店するために奔走しまくっていたせいで気がつかなかったのだが。

 新一はフッと小さく笑う。

「快斗に言わせると、ボクは事件体質だから、さすがに女の子も引いちゃってるんじゃないかと」

「え・・ああ、そうなのかい?」

「ええ。よくトラブルに巻き込まれるから。幼馴染からもいつも呆れられてましたよ」

 快斗が聞いたら、新一は巻き込まれるんじゃなくて、殆ど自分から首を突っ込んでんだろと反論するに違いない。

 ま、道を歩いていたら死体にぶちあたる確率が異状に高い新一にはそんな自覚もないかもしれないが。

 つまり、トラブルが向こうからくるだけなんだ、と。

 

 都会の空は地上が明るすぎて星の光が消されてしまうが、そんな中、人工の光に屈することなく存在を主張する満月がぽっかりと高層ビルの間に浮かんでいた。

 金色に光る丸い月。

 そんな満月の光が、高層ビルの陰に隠れて届かないオフィスビルの屋上に黒い影が一つ動いていた。

 黒いボストンバッグの中からいくつかのパーツに分解されたライフルを、男は手馴れた手つきで組み立てていく。

 鼻歌でも出てきそうなほど、その男の表情は緊迫感がなく、むしろ楽しげだ。

 今夜は裸眼でも狙えるほど標的の場所は明るい。

「本当にいい満月ですね、今夜は」

 近づく気配もなく、突然声をかけてきた相手に、黒いジャケットの男は眉をひそめた。

 標的に向けて構えていたライフルをゆっくりと動かし、銃口を声がした方に向ける。

「なんだ、おまえか。何しに来たんだ?」

 ハデスはふわりと舞い降りてきた白い男に向けて、フンと鼻を鳴らす。

 今夜はこの白い怪盗が好む満月だが、確か仕事の予定はなかった筈だ。

「まさか、オレの仕事の邪魔をしに来たってんじゃないだろな」

 とんでもない、と怪盗キッドは笑って否定する。

「今宵はせっかくのデートの夜。そのような真似はしませんよ」

「デート?」

 ハデスは目を瞬かせる。

「誰が?」

 私が、とキッドは右手を己の胸に当て、彼女とですよと笑みを浮かべた。

「こんばんは、死神さん。お会いできて嬉しいですわ」

 まるで闇の中から生まれ出たかのような黒ずくめの美しい女が、ハデスを見てニッコリと微笑んだ。

 風にそよとも揺れない長い黒髪。

 モデルのような身体を惜しみなく見せる、足首まである黒いドレス。

 笑みを刻む唇は血の色を浮かべたように赤い。

「初めまして。わたしは紅子。赤魔術の正当なる継承者ですわ」

「赤魔術?なんだ、あんた魔女ってわけ」

 ええ、と紅子は微笑んだ。

 その微笑で全ての男を虜にする魔女だが、やはり死神であるハデスには通用しないようだ。

「怪盗の彼女が魔女ってのもなかなかに面白いな。で、満月の夜に二人こっそりデートってわけか」

「こっそりとは人聞きの悪い。隠れることなくちゃんとあなたの前に現れましたでしょう?」

 ハデスは、ハッ!と短く笑った。

「だから、なんでオレの前に現れんだって」

「それは、彼女があなたに会いたいと言ったもので」

「ええ。今夜はただの下見なのでしょう?本当にお仕事をされるときは邪魔など致しませんわ」

「へえ〜確信犯か」

「魔王ルシファーの予言に間違いなどありませんもの」

「魔王ルシファー・・・ね。それはそれはごたいそうなことで。ま、確かに今夜は下見に違いねえから怒れねえな」

 しかも、類まれな美女に会いたかったと言われては邪険にもできないし。

 ハデスは肩をすくめると、ライフルを引いた。

「デートのことは、あいつも了承済みか?」

「いえ。さすがにプライベートのことですからね」

「なるほど」

 ハデスはニヤリと口端を上げ、紅子の方に視線を向けた。

「で?オレになんの用?べっぴんさん」

「ただのご挨拶ですわ。だって、あなたはあの方と同じ属性をお持ちの方ですから」

 は?

 ハデスはなんのことかわからず目を丸く見開いた。

 そんな顔をすると、死神と恐れられるスナイパーとは思えないほど可愛い印象になる。

 幼馴染だという慎二といる時も、ハデスはこういう顔になった。

「あんたの言う、あの方って誰のことかな」

 あら、と紅子はクスクスと笑った。

「とっくにご存知のはずじゃありませんこと?」

 あなたが唯一同族だと見抜いた人物。

「工藤新一のことですわ」

 へえ〜とハデスはちょっとびっくりしたように目を瞬かせた。

 誰一人気づかないことを見抜いた、この紅子という女は、彼女自身が言うように確かに魔女なのかもしれない。

「工藤新一のことを、わたくしは”光の魔人”と呼んでいます。光は天使の属性でありながら、それを有する魔人。その特異性はあなたにもおわかりになりますわね?」

「・・・まあな」

「そしてあなたも彼と同じ。属性は魔でありながらも神の属性をも有する者。この時代、世界に三人もの特異者が存在するなど、やはり世紀末だからかしら」

「三人?」

 ハデスは眉をしかめた。

 彼が確認できた同族は工藤新一だけだ。

 もう一人いるというのか?

「あら、気がつきませんでした?彼、黒羽くんもあなた方と同じ属性を持つ者ですわ」

 もっとも、あなた方とは少し違った変異種ですけど。

「なんだよ、紅子。人をできそこないみたいに」

 むっとしたようにキッド・・快斗が反論するが紅子は気にもしない。

 キッドは溜め息をついてハデスを見た。

「わけわかんねえよな。昔っから紅子の言うことは荒唐無稽すぎてマジ意味不明」

 聞かなきゃ良かったって何度思ったことか。

 とはいえ、聞きたくなくても毎度予言とやらを伝えてくれるのだからどうしようもないのだが。

「失礼ね。あなたこそ、昔からわたくしの言うことをまともに聞こうとしないのだから。だからいつもヒドイ目に合うのでしょう?」

 聞いてもヒドイ目に合うのは目に見えてる、と快斗は思うがさすがにキッドの姿でレディに暴言は吐けない。

 バサッと軽い布の触れ合う音がして、白い怪盗は赤いスタジャンにジーパンの黒羽快斗に戻った。

「もうデートは終わりか?だったらオレ帰んぞ、紅子」

「まあ。男として、美味しいコーヒーの一杯でも奢ろうという気はないの、黒羽くん」

「・・・・・」

 快斗は、慎二の店にいるだろう新一を迎えにいくことがわかってての紅子の台詞にガックリと肩を落とした。

「わかった。奢るからついてこいよ」

「ああ、待て。慎二んとこだろ。オレも行くぜ」

 ハデスはいつの間にかもとのように分解したライフルをバッグに収めると二人の後に続いた。

 

 天空には金の月。

 地上には、陽気な異端者たちが歩く街。

 夜はいつもと変わらず更けていく。

 

                                             


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