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大学三年生・夏
工藤新一と服部平次の二人は、司法試験に合格した。
何故に司法試験かというと。
大学卒業後、何をやって生きていくか(勿論、推理は止められないが)決められてない二人に、教授がとりあえず受けてみることを勧めたのがきっかけだ。
法律を学んでも、分らない事はたくさんあるが、「法律家」になってみると分って来る事もある 特に、一生事件に関わって生きていくならば余計そうだろう。
そう勧められるて、その気になった二人だった。
勿論、並以上に頭の良い二人である。見事現役合格にこぎつけた、と言うわけである。
「おめでと〜」
工藤邸のリビングルームは、合格祝いパーティーの会場と化していた。
無事合格を聞きつけた、蘭が女子大仲間の園子と和葉を引き連れて、強引に台所を占拠したのは、昼前からだった。何故か今日に限って、隣の阿笠(灰原)哀も、混ざっている。
何時もは、そんな事態に文句たらたらの男二人も、今日はお祝いメッセージを捌くのに忙しく、逆に軽い昼ご飯を作ってもらっているのに感謝してしまったぐらいだ。
お祝いにすぐ駆けつけられるほど近くにいない二人の両親(片方など、ほとんど行方不明だ、相変わらず締め切りが危なくて、編集から身を隠しているらしい)は言うに及ばず、
知り合いの警察関係者、友人、同級生、幼馴染の母親(どうやら、蘭たちの情報源はここらしい)などなど…
とりあえず電話の応対が一段落つくと、
「準備するから」
と、女性軍に、家から追い出された。
「何で、俺達が追い出されなきゃなんねえんだよ」
「まあ、いいやないか。家におってもうるさいだけやし」
男二人連れ立って、どこに行こうか歩いていると、不意に肩を叩かれた。
「あれれ?名探偵、どうしたんだよ?こんなとこで」
振り返ると、見慣れた顔が立っていた。
勿論、どこから仕入れたのか、誰より早くお祝いの電話をよこした奴。
「黒羽、お前こそどうしたんだよ」
「いや、名探偵ん家に行こうと思って…」
名探偵二人そろって、肩を落としたのを見て快斗は首を傾げる。
「まずかった?」
「いや…」
「あそこに行く気があるんなら、俺は止めへんけどな」
「どうかした?」
何があったか興味深々に目を輝かせる。
「…蘭たちが来てんだよ」
「ああ、名探偵たち、追い出されたんだ」
楽しそうに言う快斗に、二人は凄く嫌そうな顔になる。
更に、今日はお祝いだねえ、美味しい物いっぱいあるんだろうなあ、行っても良いよねえ、などと続けている。
「それが目的かい」
「ええ、いいじゃん、俺達親友だもんねえ」
新一が大きく溜め息をつく。
「そういえば快斗、お前、ロンドンの白馬にまで連絡しただろ」
「当然」
「お前も暇やなあ」
「だって、白馬、仲間外れにすると、うるさいよ〜」
楽しそうに言った快斗に、思わず頷いてしまった二人だった。
確かに、親から情報が入って、3人の誰からも連絡が行っていなかったら、嫌味の電話が入っていただろう。
妙に納得してしまった2人に、そうだろう?と、嬉しそうに言った快斗が、暇なら合格祝い買ってやるから1時間ぐらい付き合え、と言う。
そして、一時間後、始めの「おめでと〜」に、戻る。
工藤邸に集まったのは、主役の2人は勿論、それにくっついてやって来た快斗、いろいろ準備した蘭・和葉・園子、隣家の哀と博士。
それだけでなく、哀の友人 と言うこは、新一がコナンだったときの友人でもある 光彦・元太・歩美の3人 これは、哀がうっかりパーティーの話を漏らしてしまった為 や、蘭曰く「最近、仲いいのよ〜」というその両親までいる。
他に、遅れてではあるが、最近抱えていた案件が解決したところだという、警視庁のお馴染みの面々も顔を出すことに、何時の間にかなっているらしい。
そうなるとここに、こう言う事が大好きな新一の両親や、以外にもこう言う騒ぎが好きな平次の両親がいないことのほうが不思議のような気がしてしまう…2人にとっては来ない方が幸せである事は間違えないのだが。
とにかく、おめでとうの乾杯に始まり、程よくアルコールが入った頃に、警視庁ご一行様が到着する。
「やあ、工藤君・服部君。おめでとう」
相変わらず帽子をかぶったまま、ではあるが、珍しくも美人の奥さんを連れた目暮を先頭に、佐藤刑事と高木刑事が紙袋を手に部屋に入ってくる。
「いえ、ご無沙汰しています」
「この春、警視に昇進されはったそうで…」
「そのせいで、君達に合う機会も減っとるのだがね」
お互いにいろいろ忙しかったため、この春から、目暮とは会う機会の無かったりした2人であった。まあ、ある意味その方が平和なことではある。
その代わり、と言ってはなんなのだが、二人を呼び出すことが多くなっているのは、この春やはり警部補に昇進した高木や佐藤だったりする。
ちなみに、よく現場で顔を合わせた人物の残り・白鳥警部は、去年のうちに警視に昇進して、今は警視庁捜査2課の管理官をしていることもあり、今日はこの場にいない。
平次が府警本部長の息子であり、また警視総監の息子の親友である2人のお祝いなのだから、キャリアであるところの彼が来ても可笑しくは無いのだが、彼が来るとなるとその周辺のキャリア達も来ることになってしまうので、気を使ったと言う所だろうか 彼としては、佐藤警部補がいるのだから来たいのは山々であっただろう。
再び、遅れてきた者達を含めて乾杯をして、程よくアルコールも回り、宴もたけなわになってきた頃、女の子達は、関係の無いファッションや恋人の話になり 蘭と和葉は、あまりにも実りの無い初恋に見切りをつけ恋人をゲットしていた。園子は、相も変わらずの不定期遠距離恋愛である。ちなみに、歩美はこちらのグループに入っている。
男達は、と言うと、約二名 もちろん飲んだくれている小五郎と、余り話に付いて行けない博士なのだが を除いては、最近の事件の話だ。余りにもらしすぎて、涙を禁じえない。と、呆れているのは快斗だったりする。
哀は、こちらのグループにいたのに、何時の間にか女の子グループに拉致されている。
少年達は、コナンの影響をいまだに受けているのか目をキラキラさせながら警察関係者たちの話を聞いている。
と、おもむろに、目暮が話を変えてきた。
「ところで、服部君は、司法試験に受かったということは卒業後、警察には来ないのかね」
その場にいるものたちの視線が、平次に集まる。
勿論、新一のそれもだ。
「…悩んどるんです。ただ、いろいろ試してみるには、持っとっても邪魔にならんて教授に言われたから受けたようなもんですし…」
本気で法律家を目指しているものたちに背中から刺されそうな言い草に、快斗が見つからないように笑う。
「新一君は?」
目暮の目が、今度は新一に向く。
「俺ですか?俺も似たようなものです。ただ、事件に関わることだけは止められませんが、なあ、服部」
「ああ、せやな」
「かっこつけ〜」
真顔で言う二人に、快斗が茶々を入れる。
それを見て、嫌そうな顔をしている二人に、背後から声がかけられた。
「それなら、うちでバイトしない?」
「「へ?」」
振り返ると、女の子のところで話をしていたはずの英理が、いた。
「簡単な事務とか、事件の再調査とか」
どうも、その場の人間全員、話の展開についていけないらしい。
「司法試験合格者なら待遇良くするし、いい経験になるわよ」
「はあ…」
「あ〜蘭のおかぁさ〜ん、何ナンパしてるんですか〜」
それに気がついた園子が声をあげる。
「あ〜お母さん、何してるの〜?」
その声に、蘭が振り向く。
そしてその声に、その場一番の酔っ払い・小五郎が反応した。
「くぉうら〜、しんいち〜はっとり〜、俺の英理になにおする〜」
「お父さん!!」
「あなた!!」
びっくりする蘭は、顔を真っ赤にした英理を見て嬉しそうな顔になる。
そうなると、やはり酒の入っている旧知のメンバーはからかいに走るし、で、収集がつかなくなる。
後片付けのために残っていた女の子達とその保護者がやっと帰り静かになったのは、既に0時を過ぎていた。
「で?何でお前が残ってんだ?」
それでも、ビール片手に居座っている快斗に、新一が呆れた目を向ける。
「英理さんの件、気になるじゃん」
興味津々の快斗に、2人同時に溜め息をつく。
「なんや、興味有るんか」
「そりゃあそうだよ、妃英理といえば、法曹界では有名人だぜ〜」
「弁護士の世話にならなきゃならないような、身に覚えがあるのかよ」
わざとらしい当てこすりにも、快斗の面の皮は負けないらしい。
「あるわけないじゃ〜ん、快ちゃんいい子だも〜ん」
「限りなく厚い面の皮やなぁ」
「で?」
目を輝かせて、顔を覗き込んでくる快斗に、新一が首をすくめ、平次は肩を落とす。
「とりあえず、行って見る、よな?」
「そやな、講義室で勉強するより、ためになりそうやしな」
「そうそう、世の中、勉強だぜ」
「あんなあ…」
「後学の為にも、ついてっていいよね」
「おいおい…」
何で自分達よりこんなに嬉しそうなんだ?
それは2人共通の疑問だった。まあ、相手が快斗なのが悪いのは、判ってはいるのだが。
そんなこんなで、名探偵2人は泊り込んだ快斗と、妃法律事務所に向かっていたりする。
瀟洒なビルに入っている妃法律事務所に着くと、前もって連絡はしてあったのですんなり応接室に通される。
英理は快斗の顔を見ると、少し不思議そうな顔をしたが、すぐに微笑んで3人にその機能的だがリラックスさせるような雰囲気のある部屋に相応しいソファに腰掛けるよう勧めた。こんなときも悪びれないで、真っ先に腰掛けるのは快斗だったりするのだが。
「いらっしゃい、昨夜の話、考えてくれたのかしら」
挨拶を交わした後は、知らない関係ではないのですぐに本題に入る。
「はい、その前に、何故僕たちなのか、それを教えてくれませんか?」
「理由?そうね、一番のそれは、うちで仕事をしながら司法試験浪人をしてた人が、今年めでたく合格した、と言うこと」
「それだけなら、俺達やなくても良かったんや無いですか?」
「だから、一番は、って言ったでしょう?二番目のそれは…そうね、具体的なほうが判りやすいわね」
英理は少し考えると、受話器を持ち上げて内線らしきものをかけた。
「次のアポイントの方、いらしたらそのままこちらにお通ししてくれる?」
何をしようというのか、感じた2人が腰を上げる。
「いいんですか?」
「良いのよ、それが、君達を選んだ二番目の理由なんだから。っと、そういえば、快斗君って言ったわよね」
思い出したように、もう一人の客に視線を向ける。
娘の幼馴染によく似た風貌を持つその客は、昨日の宴会でも名探偵2人と仲の良いところを見せていたが、英理にしてみれば得体の知れない人物である。
更に言えば、なんか、いやな予感を感じさせる…
「はい」
「何で君がいるのかしら?」
「面白そうだから、です」
にっこり笑って返された答えに、やっぱり…とばかりに頭を抱えたのは、名探偵2人だけで無かったのは、職業柄の人物洞察の結果だろう。
更にその笑顔の裏側まで読んでしまうのは、年の功もそこに入るからだろう。
「それだけ?」
「う〜ん、それと、名探偵たちと仕事したいかなあ…なんて思ったりして」
「はあ?」
「なんや、それ」
英理に問われて答えたそれ、に、新一と平次が声を上げて立ち上がる。
やっぱりね、とばかりに微笑む英理に快斗はいたずらっ子の顔を見せる。
「で、君は、何が出来るの?」
「とりあえず、コンピューターの扱い全般は名探偵達より得意です。情報処理なんか特に、市販のアプリケーションの扱いだけじゃなくって、プログラムも作れます」
「あら、優秀じゃない」
「はい、優秀です。お買い得で〜す」
「黒羽!!」
「何アホ言っとんねん」
名探偵2人の突っ込みを上手くかわして、もう一度にっこり。
「口は、堅いんでしょうね」
「必要に応じては」
「…いいわ、雇いましょう。でも、2人と違って、必要な協力をして貰うだけだけれど。確かに、優秀なエンジニアは、いたほうが便利だものね」
辞めた人2人に、補充三人じゃ計算が合わないけど、三人とも学生だものね、もしかしたら必要以上に優秀かもしれないけれど…失敗したかしら?
そこにノックの音が響く。
「はい」
「お客様をお連れしました」
先刻受付にいた秘書らしき女性が、数名の男女を案内して応接室に顔を出す。
それに合わせて、新一達も立ち上がり英理の後ろに移動する。そのTPOをしっかり考えた動きに、英理はとりあえず満足する。
案内されてきた者達は、応接室に思ったより人がいたことに吃驚したようである、が、不安そうな様子はそのままに、室内に入ってきた。
案内をしてきた女性は、プリントされた資料を英理ばかりか新一達の分まで用意しておいたようで彼らにもそれを渡すといったん退出した。
客は若い女性とその両親らしき男女の三人で、英理に対して頭を下げた後不審そうな目をその後ろに立つ三人に向けてきた。
「こちらは、今日から当事務所で働くことになりました工藤新一・服部平次・黒羽快斗です。この2人は、名前ぐらいならご存知かもしれませんね」
英理の口から出た、よく新聞で見かける二人の名探偵の名前にその客は目を丸くする。
「町沢様のご依頼には、彼らの意見が必要と思われましたので、彼らにも同席させました」
資料に目を通さずとも英理の言葉に、何やら難しい事件がらみであることが察せられた。
俄然、資料に目を通し始める2人に呆れた目を快斗は向けた。
三人の客がソファに腰をおろしたのを見ていたかのようなタイミングで秘書嬢が、お茶を持って入って来た。
そういうタイミングも一流であることに、快斗は心の中で舌を巻く。
ちなみに名探偵2人の目にはそんな様子、ぜんぜん入っていない。
客が一口お茶に口をつけ、落ち着いたのを見計らって英理は口を開いた。
「では、全面的に検察と争う方針でよろしいのですね」
「はい」
父親が力強く頷く。
「かなり難しい裁判になると思われるのですけれど」
「だからこそ、妃先生のお力が必要なんです」
「栞さん、それでよろしいんですか?」
「はい、私が悪くなかったとは言いませんが、あの先生が何も糾弾されないのでは、何もならないと思います」
今回の依頼人 町沢栞は、意志の強い瞳を英理に向けた。
「わかりました…工藤君、服部君」
「はい、なんでしょう」
「資料には目を通し終わった?」
「一通りは」
事件の概要はこうだ。
最近取りざたされることが多くなった医療ミス 私立のF総合病院の看護婦だった栞が夜勤の時、手術後の患者の痛みの訴えにその時夜勤だった医師の指示により投与した鎮痛剤により、患者がショック死をした。その患者は、まだ高校生で示談では納得のいかないその家族がミスをしたという看護婦を訴えた。問題は、鎮痛剤の量。栞は、指示の内容に疑問をもちその田口という医師に問いただしたが、指示通りに投与しろといわれ仕方なく通常よりかなり量の多いそれを投与した、と言っているのだが。田口医師の方は、そんな間違い起こしていないと主張、警察に押収された証拠物件は、田口の言葉を裏付けるもので栞の目にした記録ではなく、そのまま栞は起訴されてしまった。という物である。
「町沢さんは、医師のミスがあったとして裁判を戦うつもりです。どう思いますか?」
英理の依頼人のいる前とは思えない質問に、新一と平次は目を合わせて頷き合うと新一の方が口を開いた。
「この資料に書かれている状況では、かなり困難どころか99%主張が受け入れられる事はないと思います。正しい量の書かれた記録が存在して、医師もそう証言している。一方、町沢さんの証言を裏付ける証拠は何もない。勿論、第三者も存在しない。だからこそ、看護婦の苛酷な労働から来るミス、とされても何ら不思議ではない状況だからこそ、検察も起訴に踏み切ったのでしょう」
「公判の維持に必要な物的証拠および状況証拠がそろっているからこその起訴やな。基本的に被害者の死と医療側のミスとの因果関係がはっきりしていないと検察側に不利なことが非常に多い、病院側は事実を隠すことも多いから余計にや」
「そういうことね」
流石と言うか、しっかりした2人の物言いに、英理も舌を巻く。
「でも、本当は…真実は違うんです」
「町沢さん?」
「田口医師が、ちゃんと自分のミスを認めて反省する人なら、私が実際に投与したのは事実なのですから。でも、あの医師はそんな人じゃないんです。あのときだって、二回も確認したのに、ナースは医者の指示通りにすれば良いんだって取り付くしまもなくって…由香ちゃんのご家族だって、そんな真実を知らないままじゃいけないって思うんです」
身を乗り出して、瞳に強い光をたたえて見据えてくる栞にその場にいる者達が皆気圧される。
「真実…ですか」
「真実は一つ、やもんな」
「それじゃあ、その娘も浮かばれないよねえ」
「だからこそ、あなた達をこの場に立ち合わせたのよ。東と西の名探偵君」
よく新聞をにぎわせている2人の名探偵を、期待の眼差しで町沢一家は見つめている。
何か糸口は?
栞のいうことが本当ならば、書類の改竄があったことは確実だ。しかし、改竄前の書類などとうに処分されているだろう。
病院関係者からの証言も、もし取れたとしても憶測の範囲を出ないだろう。
それでは、裁判で戦えない。大体、憶測では真実を指し示せない。
改竄前と後、書き換えられた個所以外に何か違いを示すものはないものか…
ふと、頭にひらめくことが有った。
顔を上げると、平次と目が合う、その瞳の色が深くなったかと思ったら小さく頷いてみせる。それで、平次も同じことを考えていたことに新一は気が付いた。
「一つ、運がよければ証拠になる可能性がある事が有ります」
「工藤君?」
「服部もそう思うだろ?」
「ああ…栞さんに少し確認の必要は有ると思うんやがな」
「そうだな」
2人の台詞に栞が身を乗り出してくる。
「何でも聞いてください」
「では、いいですか?妃弁護士」
「どうぞ」
その場のボスに許可を取って、栞に向き直る。
「まず、その医師の書いた指示書には触れていますね」
「はい、クリップボードについていたのを外してカルテに挟んだのも私です」
「では、改竄された後の書類を見たのはどこでですか?」
「警察で始めて見せられて、吃驚しました」
「証拠品やからビニール袋に入っとった?」
「はい」
「仕事は、事件の後しましたか?」
「いいえ、夜勤明けの後の休みを取って、出て行ったら、責任をとって辞めてくれ、と」
「そりゃずいぶん早い対応で…」
快斗の呟きに、栞が大きく頷く。
「そう思いますよね」
「勿論」
「指示書はどこに置いてあるんですか?」
「書類用の引出しです。普通、書ききったことに気が付いた医師が、看護婦に出させます。医師によっては、自分で出してくれる人もいますけど」
「事件の前後に指示書に引き出しに触りましたか?」
「いいえ、そういう場に当らなかったので、2、3日は触っていないです」
「そうですか…」
また、新一は平次と目を合わせる。
「それくらいでええんやないか?」
「ああ、そうだな」
「後は、町沢さんの運次第やろ」
「どういうこと?」
「妃弁護士、証拠物件の医師の指示書の指紋採取の請求をしてください」
「指紋?」
「付いているはずの指紋が付いとらへんことが、証拠になる」
平次の言ったことに、英理は名探偵二人の言いたいことに気が付く。
「触ったはずの町沢さんの指紋が出なければ、改竄を指摘できる」
「そういうことです」
依頼人を送り出し、指紋請求の手配をしに英理が応接室から出て行ってしまうと、入れ違いに秘書嬢がお茶とお茶菓子を持って入ってきた。
「妃弁護士が、もう少しお待ちくださいと」
そしてそういい置くと、部屋から出て行った。
そして、三人が残される。
「なんか、そういうことか〜って感じだね」
「ああ」
「そやな」
快斗の言葉に2人が頷く。
要するに、難しいが真実が別のところにあるに違いない事件の弁護をするに当って、新一と平次の力が欲しいのだろう。
「それにしてもさあ、やだよねえ」
「はあ?」
「あからさまに二人の世界作ってさ」
「なんやそれ」
「自覚してないんだ〜先刻だって推理中目だけで解り合ってるし〜」
一気に二人の顔が紅くなる。
と、そこに英理が入ってくる。
「あら?どうしたの?」
「いえ…なんでもないです」
「ならいいんだけど」
そう言うと、にっこり笑って問い掛ける。
「わかったかしら、二番目の理由」
「はい、こちらでお世話になります」
そうして、新一・平次・快斗のバイト生活が始まった。
専ら新一と平次は、公判関係の書類の清書と整理、快斗と何時の間にか引き込まれた哀は、HPの管理とハッカー対策が主な仕事で、初めにぶつかったような事件もなく平和な日々を送っている。
ちなみに、妃弁護士事務所での最初の事件 町沢栞の事件は、被告の申し立てが認められ、差し戻し及び再捜査になっている。それは全て、法曹界の女王様・妃英理の仕事だった。
名探偵の仕事ではない。
彼らは、彼らの仕事をこなすだけ。
ただそんな日々は、それから起こる嵐の前の静けさみたいなものだった。
妃弁護士事務所でアルバイトなどしなければ出会うことはなかっただろうその事件は、新一と平次だけでなく、いつもの警察関係者や平次の父である大阪府警本部長、白馬の父である警視庁警視総監も結果的には巻き込む大事件に発展することになる。
お気楽な平和な日々は、もう少しで終る事になる。
二人の好きな事件は、二人が思わないような大きさで、平和なバイト生活と何時ものような突発的な警察からの呼び出しにはじまる事件を解く生活を脅かすことになるのだ。
それをまだ、2人は知らない。
2000.11.3.脱稿