「まったく・・・迷ったあげく庭で寝ちゃうだなんて!風邪を引いたらどうするのよ!」 それでなくとも、コナンくんは風邪を引きやすいのに。 昨夜、夕食をご馳走になった部屋で朝食をとっていた蘭が、隣で神妙に座っているコナンをそう言って叱りつけた。 本当のことが言えないコナンは、黙って蘭のお小言を頂戴するしかない。 昨夜、いなくなったコナンを探していて、途中ミスフォッカーから、庭で寝込んでいたコナンを見つけて部屋に運んでおいたと聞き彼等はホッと胸をなで下ろした。 部屋に戻ると、騒ぎの張本人は気持ちよく布団の中で寝息をたてていて、蘭はもう泣きそうになるくらい安堵したのだ。 「コナンくんが見つからなくて、本気でキツネに連れていかれたかと思っちゃったんだから」 「キ、キツネ?なんで?」 コナンは大きな瞳を瞬かせながら蘭の顔を見つめる。 「だって・・・女性の姿で子供を連れていくキツネがいるって、岩佐くんが言うから・・・」 「あ、それ、オレのガキん時の経験談v」 なにそれ?キツネに連れていかれそうになったってか? コナンはビックリしたように純平を見る。 「いやそれ当たってんじゃない?庭で寝てたってのがそれっぽいしさあ。もしかして、部屋まで連れてったっていうフォッカーさんは実はお狐さまだったりしてv」 快斗がチラッとイジワル半分面白さ半分で金髪のミスフォッカーを見てニヤリと笑う。 だが即座に抗議したのは言われた当人ではなく、地酒をたらふく飲んで朝までぐっすりだった毛利小五郎だった。 「何を言うか、貴様!こんな美しい人がキツネの筈はないだろう!」 実はキツネなんだよ、おっちゃん・・・とコナンはハハと苦笑い。 「日本に伝わるキツネの伝承はわたしも知ってます。キツネの精霊のことですね」 「精霊・・・まあ、そうでしょうか。日本では神様として祭られている神社もありますからね」 と智明がミスフォッカーに答える。 「わたし、キツネの悲恋話聞いたことあります。人間に恋をしたキツネが女性に化けて彼と結ばれることを夢見ながら正体がばれて結局別れなくてはならなくなったという悲しい話・・・その時のキツネの精霊の哀しみ、よくわかります。わたしも悲しい恋、しました」 「え?まさか!あなたのような美しい女性がそんな・・・!」 「わたしが生まれて初めて好意を持った男性には、既に奥さんも子供もいて・・・彼は家庭を大切にする人。そんな彼だから辛くても諦めることにしました。だけど、わたし、今も彼が忘れられなくて。日本に来る決心したのは、もしかしたら彼に会えるかもと思ったから。でも、彼には会えず、その代わり彼の息子が現れてわたしをイジメるんです」 (な・・・っ!) 快斗は目を剥いて絶句し、コナンはぷっと吹き出した。 「な、なんてことだ!純粋なあなたをイジメるなど、男の風上にもおけない奴だ!」 信じんなよ、オッサン・・・・と快斗は脱力し、まさしく女狐だぜ、とコナンは苦笑。
朝食の後、彼等は智明の案内で龍の彫像のある洞窟へ入った。 既にコナンと快斗は一度来ていた場所だが、それを言うことは当然できないので、彼等は初めて来た振りをする。 「わあ、ホントに中は暗いんだ。夜には来たくないね、コナンくん」 「うん、そうだね、蘭ねーちゃん」 うなずくが、とっくに夜中に来ていたコナンにはしらじらしい気分だ。 「ほお?この龍は前の岩壁に向いているんですな」 小五郎がそう言うと、ミスフォッカーはニコリと笑みを浮かべた。 「それにはちゃんと理由があるのですよ、モウリさん」 「僕と彼女がいろいろ考えて、多分そうだろうと出した結論があります。HPでもう一つの龍玉の行方を探したのはそのためなんです」 智明は純平から龍玉を受け取るとそれを龍の目の部分のくぼみに差し込んだ。 どうやら、フォックスはちゃんと龍玉を純平の手に戻しておいたようだ。 「おい、大丈夫なのかよ?」 コナンが快斗に小声で訊く。 アレは小五郎たちが見ても理解できるものではないが、できれば見ない方がいい類のものだ。 なにしろ、アレは災いを呼ぶものなのだから。 「心配ないって。ちゃーんと細工し直しておいたから」 「細工?」 突然、わあ!と歓声が上がった。 何事だと顔を上げたコナンは、龍の前方にある岩壁からその上部にかけて星が輝いているのを目にした。 「もしかして、これって・・・・」 「そう。星宿ですね。中国や日本の古墳に見られるもの。おそらく、この龍は青龍」 「え?でもこれが青龍なら、他にも」 そう、あるはずですね、と智明はうなずく。 四方を護る聖獣、青龍、白虎、朱雀、玄武。 「じゃあ、探せばあるってこと?」 すごいわ、と蘭は瞳を輝かせた。 「ということは、ここって、やっぱり誰かのお墓なの?」 コナンがそう問うと、蘭はちょっと顔を引きつらせた。 考えるまでもなく、古墳というのは死んだ人間を埋葬した墓・・つまり、彼等は今墓の上に立っているわけなのだ。 どんなに学問のためといっても、結局墓を荒らし、死者の眠りを妨げることになるのだ。考古学が悪いとは言えないし、必要なことだとも思うが、それを自分の手で行うかというと話は別だった。 「盗掘された様子もないし、おそらくここに葬られた人は今も静かに眠っているでしょう」 「だったら、これからもそっとしておいてあげたい」 だめかな?と蘭が訊くと、智明も同意するように頷いた。 「蘭さん、優しいですね」 ミスフォッカーが蘭に向けて微笑む。 「とにかく、いったいここに埋葬されている人が誰なのか調べてみますよ」 「多分、みんなからとっても大事にされてた人だと思うよ」 「どうして、コナンくん?」 「だって、誰もここが古墳だって知らなかったのは、このお墓を作った人たちが秘密にしていたからでしょ?誰にも荒らされないように」 あ、そうか、と蘭は頷いた。 そうだね、と智明も笑った。 洞窟を出ると大人3人は古墳についていろんな推理に花を咲かせ、純平と蘭はロマンチストらしい会話を交わしていた。 そんなのどうでもいいという顔で最後に出てきたのは、コナンと黒羽快斗の二人だった。 「あれがおまえのした仕掛け?」 「フォックスに言われた通りにやっただけ。ホントに古墳なのかどうかはわかんねえけど、まあ、掘り返して確かめる気はないみたいだしいいんじゃない?」 ふ・・ん、とコナンは鼻を鳴らしてから快斗の手首に視線を向ける。 「おまえ、腕時計なんかしてたっけ?」 ああ、と快斗は時計をはめた手を持ち上げる。 「こんなのついてちゃ面倒だからさ」 そう言って腕時計をはずした快斗の手首にはくっきりと指の跡がついていた。 コナンは目を丸くした。 「まさか、それってフォックスに掴まれたところか?」 「そ。あんな馬鹿力だとは思わなかったよなあ」 「何を今更。あいつは新一のオレを抱えてホテルの屋上まで上がった奴だぜ」 女装はしていたものの、女のように軽くはなかった筈だ。 それを軽々と片手で抱え上げてくれたのだ。 ったく、あれが女の力か?化け物並みじゃねえかと快斗は顔をしかめる。 「だからこそ、怪盗なんかやってられるんだろ。おまえだって、身の軽さとスタミナは人間離れしてんぜ」 「頭脳も超天才だぜv」 快斗はコナンに向けてニマッと笑う。 「面は軽薄そうだけどな」 おんなじ顔じゃんか、と快斗は文句を言うがコナンは知らんふりだ。 ま、いいかと快斗は肩を竦める。 どうしたって、新一には弱い自分を知っている。 「それよりフォックスの奴、敵じゃないとか言ってたが信用できんのか?」 「さあな。でも、あいつの言ったことの中に一つだけ真実があるとしたら」 なになに?と快斗が訊くと、コナンは見かけにふさわしい笑顔と可愛らしい声で彼にこう言った。 「快斗にーちゃんのお父さんを本気で愛しちゃってたってことv」 「・・・・・・・・・」
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