「ミステリアスブルー?」 世界最高とも言われている狙撃者アッシュは、眉をひそめながら煙草に火をつけ、くされ縁ともなっている老人に視線を向けた。 世界中の裏の情報を一手に集められる巨大なネットワークを持つこの老人は、闇の世界でその名を知られているが、その実体を知る者はごく僅かしかいない。 得られる情報は役に立つが、敵にも味方にもなるこの老人は闇の世界でも両刃の剣のような存在なのだ。 正体を知られることは老人にとっても都合の悪いことであった。 だからこそ、老人が自分の正体を晒すのは信頼のおける人間か、もしくは古くからの馴染み客だけになる。 アッシュはその馴染み客の一人だった。 「今度の標的が怪盗キッドなら、知っていて損のない情報じゃよ」 「関係があるのか?」 さあ、と老人は曖昧な笑みを浮かべる。 「怪盗キッド自体秘密が多いが、ミステリアスブルーに関しても謎が多い。どこぞの組織がな、不老不死を実現させようとなりふり構わないことをいろいろやっておる」 「不老不死だと?」 アッシュはフッと鼻を鳴らす。 「どっかの金持ちの悪あがきというところか」 「そうかもしれんが、不老不死というのは人類の見果てぬ夢じゃからな」 バカらしい、とアッシュは吐き捨てた。 「年を取らずに生き続けることが夢だと?それこそ、夢の終わりだな」 「そうじゃな。人類が不老不死を手に入れた瞬間に未来はなくなるじゃろう。死がないということは、時が止まるということじゃからな」 だが、それがわからんバカ者が非常に多いのだ。 「で?そのミステリアスブルーが不老不死に関係してるってのか?」 「怪盗キッドが何故ビッグジュエルばかり狙うか知っているか?」 「いや。何か意味があるのか?」 「昔、わしが奴に教えたんじゃよ。パンドラという宝石の中に不死の秘密がある、とな。そのパンドラのせいで命を落とした女がいてな、奴はそれを知ってパンドラを探し始めたんじゃ」 「女のためか・・・・」 「女といっても、まだ十才かそこらの少女だったがな。キッドは、その少女をひどく大切にしていた。死んだ親友の忘れ形見とか言っておったな」 「ほお?結構甘ちゃんな怪盗だな。俺の知ってる怪盗とはえらい違いだ」 「シルバーフォックスのことか。ま、あやつに甘さを求めるのは無理というもんじゃろうな。仕事の邪魔だとおまえ相手に喧嘩をふっかけてくるような奴じゃ」 もっとも、仕事の邪魔はお互いさまだったようだが。 「ま、奴はいづれ始末するさ」 で?とアッシュは老人に話の先を促した。 「不老不死の方法を探す組織は二つに分かれておっての。一つはパンドラを探しキッドと敵対しておるが、もう一つは世界中から優れた頭脳を集めて研究させておるらしい。で、奴らが選んだ天才科学者の一人が不老不死の秘密を解いたというんじゃ。もっとも、その学者は組織を嫌い今も行方をくらませておるそうじゃがな」 「ほお。なかなか根性がありそうな学者だな」 「だろうな。なんしろ、逃げるだけでなく、追ってくる組織に反撃を企てているという噂もあるくらいじゃ。ま、できんこともないかもしれん。アメリカに留学している当時から何を考えているのかわからない変人と言われておったそうだからな」 「それで、ミステリアスブルーというのは結局なんなんだ」 「その天才科学者が見つけた不老不死の秘密を解く鍵となるもの・・・といったところかの。はっきりしたことはわしにもわからん。だが、既に闇の世界では噂となって流れておる。おそらく、それにも怪盗キッドがかかわってくることになるじゃろうな」 「つまり、ミステリアスブルーというのは、パンドラとかいう宝石と同じものというわけか」 「いや、違う。これはまだ未確認の情報で、殆ど知られてはおらんが・・・・ミステリアスブルーというのは特殊な蒼い瞳を持った人間らしい」 「人間?宝石ではなく?」 「その人間の瞳は月の光を受けると蒼く光るという」 アッシュは顔をしかめると、煙草を灰皿におしつけた。 「その情報・・どこから手に入れた?」 「それは秘密じゃ」 「秘密だと?どう考えても不老不死の鍵を残した側からの情報としか思えんぞ」 アッシュに睨まれた老人は、とぼけた笑いをうかべ肩をすくめた。 「まあ、それはどうでもいいじゃろう。おまえさんだから、この情報を教えた。これをどう使うかはおまえさん次第じゃ」 「・・・・・・・・・・」
ミステリアスブルー・・・・・・ 本当にいたとはな。 アッシュはまるで戦場の様相を見せた街中に立ち、フ・・と楽しげに口端を歪めた。 その彼の横をパトカーが猛スピードで走り抜けていく。
人の目を避けるようにして車がこっちへ向かってくる気配を感じた快斗はベッドから跳ね起きた。 時計を見ると午前3時を回ったところだった。 まだ外は暗く、診療所のまわりは静まり返っている。 あの騒ぎでおそらく中森警部は帰宅できないだろうと、青子はこの診療所に泊まることになった。 快斗が今いる部屋の隣の部屋で青子は眠っている。 多分、青子が夜中の来訪者に気が付くことはないだろう。 それでも快斗は用心しながら、そっと一階へ降りていった。 思った通り、来訪者はフォックスだった。 「おまえ・・!」 シッとフォックスは口元に指を立てる。 「丁度良かった。今、あなたを呼びにいこうと思っていた所です」 快斗はムカッとした顔になって、フォックスの胸ぐらを掴んだ。 「おまえなあ、いったいなにをやらかしてきたんだ?あの騒ぎはいったいなんだ?なんで宝石一個盗むだけで街が戦場みたいになるんだよっ?」 「ああ、あれはちょっとしたアクシデントです」 アクシデントだあ? ええ、とフォックスは胸ぐらを掴まれたまま苦笑を浮かべた。 「それより、マジック。具合はどうですか?」 「おかげさまでしっかり熱が上がっちまったよ」 実際、今も熱が下がってなくて足が地に安定しない。 「大丈夫ですか?話は後にして部屋で休んでますか?」 「んなことできるかっ!新一はどうした?大丈夫なんだろうなっ!?」 「ミスティなら中に」 快斗はフォックスに促され、貴一の私室に入った。 新一はベッドの上で眠っていて、貴一が身体の状態を診察していた。 新一! 「怪我はしてません。眠ってもらっただけですから」 ちょっとヤバイ状況でしたので。 「・・・・相手はアッシュか?」 「おや?どうしてわかりました?」 「警察無線を傍受した。アメリカから仕事にきていた実業家が何者かに狙撃されたってな。あの騒ぎでその後のことはわからなかったが・・・・・」 アッシュなんだろ? 「ご名答。少々問題のある実業家だったようですね。黒ずくめのうさんくさい男と接触があったという情報もあります」 黒ずくめ・・・・・新一が追っている奴らか? 「それにしたって、アッシュ相手に何過激なことやってんだ。テレビではテロリストの仕業だとか言ってるぞ」 「すみませんね。あの男から逃げきるには穏やかな方法では到底無理なので」 実は今言うつもりはないが、初対面の時もかなり派手なことをやったフォックスである。喧嘩をふっかけた自覚はあるが、それでもかなり厳しい状況に陥ったのだ。 「新一がいるのにか」 「だからです。偶然とはいえミスティはアッシュと顔を合わせてしまった。しかも、マズイことに、アッシュはミステリアスブルーのことを知っている」 「・・・・・・・・!」 なんだとお! 「考えていた以上に情報は流れているようですね。この先、ミスティを守るのは大変になってきますよ、マジック」 「・・・・・・・・・」 快斗はまだ目を覚まさない新一の顔を振り返って見つめた。 オレのせいか・・・・・ 完
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