快斗がその奇妙な懸賞問題を知ったのは学校だった。 四時間目の授業が終わると屋上で昼寝をするのが快斗の毎日の日課。 弁当は三時間目の休み時間に食べ終えているので昼寝の時間はたっぷりある。 新しい獲物を見つけると、その下調べは夜になるので成長期の少年としては睡眠不足を補わなくてはやってられない。 下手をすると、登校してからずっと寝てるなんてこともあったりするが、今回は情報が、わりにオープンなこともあっていつもより楽だった。 フェンスにもたれてトロトロと気持ちよく眠りかけていたその時、ドタドタと騒々しく屋上へ上がってきた少女がいきなり快斗に飛びついてきた。 「快斗!ねえ、快斗!この問題解ける?」 んあ?とせっかくの寝入りばなを起こされボケッとした快斗だったが、相手が青子だとわかるとまたすぐに眠ろうと瞼を閉じる。 「快斗〜〜起きてよお!」 青子は快斗のガクランを掴んでゆさゆさと揺さぶる。 「なんだよ、青子ぉ・・オレ眠いんだってば〜〜」 「これを解いたら寝ていいから、ちょっと見てよ!」 なんだよもう・・と快斗はしぶしぶ目を開けて、青子から突き出された紙を手に取った。 そして、見た途端二度瞬きする。 「何これ?」 「恵子の従兄弟がインターネットで見つけた懸賞問題だってv商品は希望したものをなんでもくれるっていうの!」 どう?スゴイでしょ! 「なんでも?」 「そう、なんでも!この前、撮影が延期になって快斗のモデル駄目になっちゃったじゃない。だから今度はこれを解いてハワイ旅行を頼むの!」 ねvと言われてもなあ・・・と快斗は困ったように青子が持ってきた問題を眺めた。 記号と数字が7つ。 たったそれだけの奇妙な問題。 「これだけ?」 「そ。これだけ!」 「他になんにも書いてないわけ?」 「うん。なんにもなかったって恵子が」 ふうん?・・・なんかの暗号か? 「わかる?」 期待わくわくの青子には申し訳ないが、 「ぜ〜んぜん、わかんね」 「え〜っ!快斗にもわかんないのお?」 ショック! 快斗が解けないなら、もう頼む人間はいないよとばかりに青子は悲痛な顔になる。 「だって、意味が全然わかんねえもん。暗号だとしてもこの記号がさあ、妙ちくりんで」 「なんとか解いてよ快斗〜〜青子ハワイ行きた〜い!」 「ハイハイ。努力してみましょ」 でも期待すんなよな、と快斗は青子に釘を刺す。 「うん。もし駄目なら今度、青子TVのクイズ番組に応募するから一緒に出てね」 快斗はゲッとなった。 それって・・・ 「うんv超難解ウルトラクイズ!」 「おまえ、そうまでしてハワイに行きたいのかよ?」 「行きた〜い!」 「・・・・・・・」
学校から帰宅すると、快斗はすぐにパソコンの電源を入れ、懸賞問題を検索した。 「これか・・・」 確かに青子が持ってきた通り、7つの記号と数字しかない。 「ま、暗号と考えるのが妥当かな」 しかし、何か変だよなあ、と問題を眺めながら快斗は首を捻る。 ちょっと興味深いのは懸賞の説明文だった。 この問題はある場所に来て、主催者の前で解くことになっているのだが、その場所が今度の獲物に大いに関係しているのだ。 一石二鳥ってか。 「やってやろうじゃん!」 青子とハワイ。 婚前旅行ってのも悪くないかもしれないv 警部が仕事で駄目でも、おふくろ連れてきゃオッケーだよな。 ここんとこ働きづめだし、ここらでちょっと休養をvと。 あ、寺井ちゃんも誘ってもいいかな。 「おっし!俄然やる気出た!」 いっちょ、マジでこいつを解いてみっか。 (IQ400を舐めんなよっと!)
午後の授業をさぼった快斗が向かったのは東京駅。 そこから新幹線で会場に指定されているホテルがある京都まで行く。 今回の獲物もそのホテルにある。 予告状はとうに出した。 関西といえばあの服部平次がいるが、多分出てくることはないだろう。 警官相手ならまず楽勝。 おみやげは生八つ橋がいいかなあ。 後は、関西限定のスナック菓子をいくつか買って。 そんなことを楽しそうに考えていた快斗の瞳に、ふと見覚えのある顔が映った。 どう見ても小学校の低学年という小さな男の子。 大きな眼鏡をかけ、フード付きのベージュのシャツに細い足が覗く紺色の短パン姿の子供。 快斗はこの偶然に思わず口笛を吹いた。 背中に小さなリュックを背負って新幹線の改札口をくぐったということは、これから遠出ということだ。 いつも一緒にいる毛利蘭の姿が見えないとなれば、それが内緒の旅行だと知れる。 (へえ〜。もしかしてもしかするかなあ) キッドの予告状は場所が関西ということもあって、こっちの新聞には載っていない。 多分、警察は今回の予告についてマスコミに流してないだろう。 となると、あいつの目的はキッドではなく別のこと。 あの懸賞問題は、謎解きの好きなあいつには興味ひかれるものだ。 本当は追いかけて確かめたかったが、今回は仕事も控えているからやめておいた方が無難だ。 せっかく同じ新幹線に乗り込んでるのに、話もできないというのは残念だが、ま、仕方ないと諦める。 だが、京都までの3時間、あいつがいるってだけで楽しめた。 が・・・ (アレ?) 可愛いリュックを背負った子供は京都に着いても降りる気配はなく、そのまま新大阪へ。 あらあ・・・もしかして西の探偵を引き込んじゃうってわけ? 新大阪下車で思いつくのはそれしかない。 他に用事があるかもしれないのだが、快斗は頭からあの懸賞問題絡みだと思っていた。 ふうん・・・ やっぱ、解けたのかな名探偵は?あの難解なパズルを・・・・ (おんもしれえ〜〜) 「んじゃ、先行って待ってるね、新ちゃんv」 バイ、と京都駅で降りた快斗は、まだ新幹線に乗っているコナンに向けて手を振った。 勿論、コナンはそんな快斗の存在には全く気付いていなかった。
京都エンプラドホテル。 そこが今回の目的地だった。 思った通り、コナンは西の探偵“服部平次”を連れてやってきた。 「やあ、君もあの問題の挑戦者かい?」 快斗は宣戦布告もかねて探偵二人に声をかけた。 なんだ?というように彼等は変装している快斗を見つめる。 自分では完璧な変装をしたつもりだったが、パズルのことをちょろっと漏らしたのがまずかったらしい。 コナンが不審そうな瞳で自分を見た。 まだ疑いの段階のようだが、バレるのは時間の問題かな、と快斗は苦笑する。 ま、別にいいんだけどね。
快斗は西の探偵“服部平次”と一緒に壇上に上がった。 服部は頭が悪いとは言わないが、この問題を解読するのはまず無理だろう。 多分、問題を解いたのはあの子供、江戸川コナン。 西の探偵は代役だ。 快斗はクスッと小さく笑う。 (ますます面白い) 書き始めると、隣に立つ平次が猛スピードで書いていく音が耳に入った。 へえ〜、頑張ってるじゃん。 このパズルはそう簡単に覚えきれるものではない。 さすが西の名探偵と呼ばれるだけのことはある。 結局答えは同じってことに・・・その場合はどうなるのかな、と快斗が思ったその時だった。 あれ?ここ・・・ 書き進めているうちに、ちょっと気になるところが。 なんか、こっちから別のパズルが組めんじゃねえ? 家で解いてた時は気が付かなかったのだが。 神津皓紀と名乗っていた快斗は、ふっと小さく息を吐き、手に持っていたマジックでボードをコツコツ叩きながら頭の中で別のパズルを解いていく。 (あ、違うかあ。全然イミねえや) と快斗が諦めかけた時、突然子供の甲高い声が会場内に響き渡った。 「平次兄ちゃん!そいつの頭、殴っちゃえ!」 おや?と快斗は瞳を丸く見開いた。 あ、やっぱりバレたか。 しかし、突然そんなことを言われた西の探偵は困惑しきりだ。 「おまえなァ〜」 わかるよ服部。 いきなり理由もなくそんなこと言われちゃ、どうしようもないよな。 たとえ、探偵としての能力を信じている相手でも。 しかし、やっと何か変だとわかった平次の視線が、あの子供とダブると、つい快斗は皮肉っぽく笑みを浮かべてしまった。 それが決定打。 「そいつは怪盗キッドだ!」 おっと。もったいないがここまでか。 東京駅であいつを見かけた時に、もう懸賞は諦めていた。 絶対にバレるとわかっていたから。 こうなったら、もうやっぱり超難解ウルトラクイズに出るっきゃないかな。 そんなことを考えながら、快斗はズボンのポケットに入っているリモコンスイッチを押す。 会場の明かりが消えると、快斗はさっさと目的の部屋へ向かった。 その前にエナシス夫人が持つダイヤをちょっとだけ拝借。 挨拶の時、夫人がつけているダイヤを見させてもらったが、どうも偽物っぽかったのだ。 本物はやはり部屋の金庫・・か。
「キッド!やっぱりここやったか!」 「おや。東西の名探偵が揃い踏みでは、いささか分が悪いですね」 「何抜かしとんねん!」 相変わらず熱血だね、服部くんv 「服部!気を付けろ!」 キッドは手の中から閃光弾を転がした。 床に落ちると、それは目が眩むほどの光を放った。 彼等の足を止めたキッドは、ベランダに出ると、下ではなく上に上がっていった。 「野郎〜っ!逃がさへんで!」 ごくろうさんv キッドは迷うことなく下に飛び降りた西の探偵を、にんまり笑って眺めた。 さすがに小さなお子さまには飛び降りるのはちょっとキツイ高さのようだ。 さあて、どうしようかと思っていると、手摺りの上に座っていたコナンが突然落下していった。 驚いたが、黒服の大柄な男たちの姿が消えるまではキッドも動くことが出来ず、唇を噛むしかなかった。 そうして、男たちが部屋からいなくなると、キッドはベランダから一気に飛び降りた。 子供の身体だし、あのくらいの高さだったら最悪のことにはならないと思うが、それでも気になった。 トン・・・と軽い音と共に降り立ったキッドは、ムッツリ顔で座り込んでいる子供を見つけるとホッと胸をなで下ろす。 「大丈夫か、ボウズ?」 「・・・・平気そうに見えるかよ?」 「睨んでくる可愛い顔に苦笑が漏れる。 「十分元気そうに見えるけど?」 笑いながら子供の足に触れると、コナンは顔をしかめて、触んなバカ!と怒鳴った。 どうやら足首を捻ったらしい。 ま、そのくらいだったら大丈夫だ。 「・・・おまえどこにいたんだ?」 そう聞いてきたんで、上のベランダだと答えると子供は真っ赤になった。 そりゃ怒るよなあ。 キッドはクスクス笑う。 でも、東西の探偵に捕まるわけにはいかないしさ。 むくれてる子供の可愛らしさに、キッドはついイタズラ心が湧き、手を伸ばして眼鏡を取ると、その小さな唇にそっとキスをした。 おい?とコナンは眉をしかめるが、そんなことはどうでもいい。 柔らかくて暖かくて、キッドはついハマってしまう。 これって絶対ロリコンだなあ、とか思うが、真実の姿を知ってる身だから気にしないでおこう。 自分でも、いい性格してんな・・なんて。 が、さすがにその子供の口から“クロバカ”などと呼ばれるとガックリきた。 「それ・・ヤメロって言ったろ?」 「オレはやめると言った覚えはねえ」 「・・・・・・・・」 「おまえ、あん時何をするつもりだったんだ?」 あん時? ああ・・パズルのことね。 「組み上げてる途中で、ちょっと気になるとこがあったんでさ」 おまえも気付いてたみたいだけど。 頭殴っちゃえにはまいったよな。 いや、子供だから言えるセリフってね。 コナンが余分なもんを消去するんだと言った時、キッドは成る程と思う。 盲点だな。 つまり、最初の7つがキーワードだったというわけだ。 しかし残った記号のイミがわからない。 「そのままじゃ意味はねえさ。けど、アレがあったろ」 アレ? 「解読表」 なんだよ・・ やっぱ、これもレイジ絡みだったわけえ? 「こんな意地の悪いもんを作るのは奴しかねえだろが」 ごもっとも・・・ あ〜あ、じゃあ解読表を先に解かなきゃ駄目ってわけか。 ちぇー面倒。 それが顔に出たのか、コナンは眉をしかめ上目使いでキッドを見つめた。 それがまた可愛くて、キッドは笑みを浮かべるとシルクハットを子供の頭にのせた。 コナンは目を丸くする。 キッドがキスをしてもコナンは嫌がらなかった。 慣れと言ってしまえばそれまでだが、互いに触れることで何故か安定するのは確かだった。 キッドはモノクルを外すと、先ほど取り上げたコナンの眼鏡をかける。 「OK。ちゃんと機能してんな」 あの女と対峙した時に、ちょっとした思惑もあって発信器をつけておいたのだ。 まさか黒ずくめの男たちに連れていかれるとは思わなかったが。 「しばらくおまえの眼鏡、借りておくぜ」 コナンは、えっ!と叫んで瞳を瞠る。 「こいつはどうすんだ!」 「眼鏡のカタってことで預かっといて」 「オレがあ?一目でキッドの持ちもんだってわかっちまうぜ?」 だがコナンは、こういう奴だと諦めて溜息をつくとキッドを見つめた。 「気を付けろよ、キッド」 「ああ。心配いらねえって」
コナンの眼鏡をかけたキッドは、どこからか調達した大型バイクに乗って市街地を走っていた。 さすがにキッドを追うパトカーが目につく。 まさか、こんな所をバイクで走っているのがキッドだとは誰も思うまい。 こういうのが結構快感なんだよな、とキッドは薄笑いを浮かべた。 「さあて、面倒になる前に早めにとっ捕まえちまうか」 キッドはスピードを上げた。 当然制限速度は越えているし信号も完全無視。 目の端に止めていた反対車線の白バイが、その暴走行為に目を剥き、慌ててUターンすると、キッドの乗るバイクを追いかけていった。 「そこのバイク!泊まりなさい!」 後ろの白バイ警官の警告は綺麗に無視し、キッドは発信器が示す場所に向けて走り続けた。 キッドのバイクを必死に追ってくる白バイに、彼は楽しげに口笛を吹く。 「お〜サスガV白バイ警官の走りはひと味違うね」 でも、まだまだオレの方が腕は上ってねv 白バイ警官の絶叫を背中に聞きながら、キッドはさらにスピードを上げていった。 おっし、見えた。 発信器が示している車は、前方100メートル先を走っている黒い車だった。 「ひゅ〜vポルシェ356Aじゃねえの。あんなクラシックカーに乗ってる奴もいるんだな」 こんな時でなきゃ、ゆっくりと拝見したかったが・・・ (そうもいかねえもんな) キッドはニヤリと笑うと、一直線にその黒いポルシェに向かっていった。 幸運?なことに、暴走バイクとそれを追いかける白バイに巻き込まれては大変だと思ったのか接近してくる車もない。 「止まりなさい!」 いっこうに止まる様子がない暴走バイクにシビレを切らした白バイ警官の声が飛ぶ。 なんだ?と助手席に座っていたウォッカが窓を開けると、そこにはヘルメットを被ったキッドが車と並行して走っていた。 キッドはニッと笑うと、その開いた窓から煙玉をポンと放り投げた。 「うわっ!」 瞬く間に車内は煙に包まれる。 黒いポルシェは急ブレーキをかけ、何度かスリップしながら止まった。 二人は煙から逃れようと車のドアを開ける。 と、 「大丈夫か!」 後ろから状況を見ていた白バイ警官が、急いで駆け寄ってきた。 慌てたのはジンとウォッカだ。 こんな所で警官と関わりになるのはマズイどころではない。 なにしろ、後部座席にはあの女が・・・ 「アニキ!大変だ、後ろの女がいねえ!」 「なに!」 白バイ警官が何事かと彼等の後ろから覗きこんできたので、二人はそれ以上のことを口に出来なかった。 「どうかしたんですか?」 いや、別に・・・と彼等は手を振ってごまかす。 「くそお、逃げられたか、あの暴走バイク!」 白バイ警官は悔しそうに言うと、再び二人の方に顔を向ける。 「怪我はありませんか?最近多いんですよ、ああいう暴走行為を面白がる連中が」 ようやく煙が車外に出ていくと、女が消えた後部座席には一枚のカードが残されていた。 ジンはそれに気付くと眉間の皺を深くした。
怪盗キッド・・・!
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