最初の爆発で船の乗客はパニックに陥った。 まわりが海という密室の状況がさらに混乱に拍車をかける。 「警部!爆弾はまだあるんじゃないですかっ?」 今回の事件の犯人である4人の身柄を確保した佐藤刑事が目暮警部に言った。 「あるかもしれんが、探してる暇はない!とにかく、乗客をこの船から無事に脱出させることが先決だ!君たちも船の乗務員と一緒に乗客をボートに乗せてくれ!」 「はい!」 佐藤刑事と高木刑事の二人は敬礼するとすぐさま混乱しているデッキの方へ駆けていった。 「目暮警部!」 目暮は、こちらへ走ってくる金茶の青年を見て目を細めた。 「おお、ベネットくん!報告は聞いたよ。君がブリッジに押し入っていた犯人を捕まえてくれたんだってね」 たいしたもんだ、と目暮は感心したように言った。 「いえ、それが仕事ですから」 は?と目暮は首を傾げる。 彼はこのフランス青年のことを、警備会社から派遣された人間だと思っていた。 実際、ジョシュア・ベネットは宝石の警備という名目で来日している。 「あ、そういや君の連れのお嬢さんは大丈夫かね?」 「はい。心配いりません。警部の奥さんは?」 「ああ、みどりは乗客をボートに乗せる手伝いをしとる。あいつはこういう状況になると男より肝がすわるんだよ。それより、こんな混乱状態だ。君は彼女を連れて先にボートに乗りなさい」 目暮はジョシュアにそう言うと、船長と話をするためにブリッジへ向かった。 彼の姿が見えなくなってから、新一はデッキに姿を見せた。 よほど、あの警部とは顔を合わせたくないらしい。 「聞いたね?目暮警部の言う通り、君はボートに乗って・・・・」 「女なら、ね。でも、僕は男なんですよ」 「だが、君はこの船のクルーでも警官でもないだろう?乗客の一人なら男も女もないよ」 それに、誰も男だとは思わないだろうし。 「それを言うなら、あなたもでしょう?」 いや、私は・・と彼が言いかけた時、新一が持っていた携帯が鳴った。 「快斗?状況はどうだ?」 『最悪・・・たちの悪いもん見つけちまったよ』 「なんだ?」 『これまでと違う爆弾が機関室にあった。リモコン式だ』 「リモコン?やつら、そんなもん持ってなかったぞ」 もう一人いるというのか?だが、今から見つけ出すのはこの混乱の中では無理だ。 『多分、今回の乗っ取りのリーダーだな』 「なんとかできないのか」 『リモコンを外したら、即時限式に切り替わる仕掛けになってる』 「じゃ、爆弾ごと捨てられないか?」 『無理。振動計までついてる。ちょっとでも振動させたら爆発するな。ったく、手間のかかるもん仕掛けてくれちゃってさ』 「・・・・・・・・・・・」 『奴ら、最初からこの船を沈める気だったみたいだな』 「快斗・・・・リモコンを外したらどのくらいで爆発する?」 『10分かな』 10分・・・・・ この船の乗客は400人弱・・・船長以下乗務員全てが脱出できるまで、まだあと20分は必要だ。 機関室がやられてもすぐに船が沈むわけではないが、それでも脱出は急いだ方がいい。 「快斗、10分後にリモコンを外してくれ。外したらすぐに船を離れるんだ」 『オッケー。ま、その10分の間にスイッチが押されないことを祈るだけだな』 「犯人はオレが見つける」 新一は携帯を切ると、ジョシュアの方に顔を向けた。 小雨が降っているので、長い黒髪が湿り気を帯び白い頬にはりついていた。 どこかエロティックな雰囲気に息を呑んだ自分に、ジョシュアは苦笑する。 あの怪盗キッドの少年もだが、どこか現実離れした、生身を感じさせない一種不可思議な雰囲気が彼等にはあるようだ。 「機関室の爆弾が20分後に爆発します。船が沈むまで時間はあるとしても、脱出は早い方がいい。目暮警部にそう伝えてもらえますか」 「ああ、それはいいが・・・君はどうするんだ?まさか、ホントにリモコンを持った犯人を捕まえる気じゃ・・・」 「捕まえられるかどうかはわかりません。でも、快斗は今、この船で一番危険な場所にいる。僕が何もしないわけにはいかないんですよ」 新一はそう言って微笑を浮かべた。 「・・・・・・・・」 「では、頼みます」 新一は軽く頭を下げると、再び船の中へ戻っていった。
乗客の殆どは、ボートに乗るためにデッキに上がっているので、船内は人の気配がなくガランとしていた。 ついさっきまで賑やかだったホールも人の姿はなく静まり返っている。 と、どこから現れたのか一人の男がステージに上がっていった。 男は、ステージの上の絵に手をかける。 「その絵をどうするんですか?」 誰もいないと思ったホールで突然声をかけられた男は、ギクリと肩を震わせた。 男が声のした方を見ると、ホールの中央にブラウンの髪をした長身の白人青年が立っていた。 確か、双子の美少女の片割れを連れていた青年だ。 「まだデッキに出ていなかったんですか。ここは危険ですから早くボートに乗って下さい」 白に金モールの入った制服を着た男がそうフォックスに告げる。 この船のチーフ・パーサーだと紹介された男だ。 「その絵は三宅氏がオークションで手に入れたビジュー・サンダラの絵でしょう?」 「ええ、そうです。三宅社長から無事にこの船から持ち帰るように言われたので」 「ああ、そうですね。大事な絵だ。本当はご自分の手で持って帰りたかったでしょうが、こんな状況で絵を優先し自分が招待した客に万一のことがあったら大変ですからね」 「そうなんですよ。だから、私が」 「でも、おかしいですね。三宅社長が絵のことを頼んだのは秘書の方だったと思いますが」 「いえ、そうなんですが、秘書の方は怪我をされたので私がかわりに・・・・」 そうでしたね、とフォックスは微笑する。 トイレの中で、気絶してましたからとフォックスが言うと男の顔色が変わった。 「どうやら、あなた方の目的は三宅社長の絵にあったようですね」 「何者だ、貴様?」 男の口調が変わる。 「わたしですか?ビジュー・サンダラの絵を手に入れたいと思っている一人ですよ」 「何?」 「生憎ですが、ビジュー・サンダラの、それもイーヴァのシリーズだけは誰にも渡せませんね」 「まさか、おまえは・・・!」 フォックスは、ニッと口端を上げる。 「シルバーフォックスか!」 「ご名答」 フォックスは楽しげに手を叩いた。 「わたしは、美術的価値を無視し、己の欲望だけで美術品を扱う人間は嫌いなんですよ」 「何を言ってる!どうせ貴様もこの絵の秘密が狙いなんだろうが!」 「歪んだ人間に絵の秘密は解けませんよ。縁のないものだと思って諦めるんですね」 「貴様には解けるというのかっ?」 「別に解く必要はないでしょう。秘密は秘密のままに。そして名画は愛でるものです」 「ふざけたことを。そこをどけ!でないと、このスイッチを押すぞ!」 男はそう叫ぶとタバコ大の黒いケースのようなものを手に取った。 「機関室に爆弾をしかけてある。これを押せば爆発して、この船は沈むぞ」 「ほう。絵と共に海に沈むおつもりですか」 「馬鹿を言うな。私とこの絵だけは無事だよ」 男は鼻で笑う。 死ぬのは貴様の方・・・・と男が隠し持っていた銃を出すよりも早く、ものすごいスピードで飛んできたコーラの空き瓶が男の顔面に激突した。 男は後ろにひっくり返り、後頭部を床に打ち付けたことがトドメとなって失神した。 おそらく、男は何が起こったのかわからなかっただろう。 おやおや、とフォックスは呆れた顔で気絶している男を見、そして後ろを振り返った。 「ちょっと過激すぎやしませんか?ミスティ」 フォックスはホールの入り口に立っている美少女に向けてそう言った。 美少女、工藤新一は、ふんと鼻を鳴らす。 「街を破壊したオメーには言われたくないな」 「衝撃でこの男がスイッチを押したらどうするつもりだったんです」 「スイッチを押しても爆発はしねえよ。快斗がもう外してる」 ああ、そうだったんですかとフォックスは肩をすくめた。 だが、と新一はゆっくりとフォックスの方へ歩を進めた。 「あと10分もしないうちに爆発するがな」 「結局、マジックでも止められなかったわけですか」 「時間がねえんだよ。解除するより船から脱出しろとオレが言った」 「そうですか」 「フォックス・・・・」 新一はステージの絵を持ってきたフォックスに顔をしかめる。 「そんな顔をしないで下さいよ、ミスティ。この絵はちゃんと三宅氏の手に渡しますから」 「・・・・・いいのかよ?その絵には秘密があるんだろ?」 そのために、この船が狙われたのだから。 「絵が全部揃わなければ解けませんよ。7枚のうち4枚はわたしが持っていますからね」 「解く気はないのか?」 「災いにしかならないものですから」 災い? 「じゃ、なんで集めてんだ?」 フォックスは新一を見て微笑んだ。 「父親が描いたものですから。子である自分に当てた最後のメッセージであるなら、やはり受け取るべきでしょう。たとえ、それが災い以外の何ものでもないとしてもね」 「ちっ・・・」 父親〜! 「って、まさか、おまえ・・・!」 「ええ。ビジュー・サンダラはわたしの実の父親ですよ」 「・・・・・・・・!」 えええ〜〜? 新一は予想もしていなかった意外な事実に絶句した。 それじゃ、絵に描かれた“イーヴァ”は・・・・・ フォックスは驚く新一を見てニッコリと笑う。 「まあ、その話は後ほどということで」 行きましょうか、とフォックスは新一を促した。 「ちょっと待て。あいつをほっとくわけにはいかねえだろ」 新一は気絶している犯人の方に顔を向ける。 「そうですね。犯人のリーダーでもあるようですし」 フォックスは絵を新一に渡すと、気絶している男に手を伸ばした。 「おい、フォックス!」 「その格好で大の男を抱えるわけにはいかないでしょう?」 これは男の仕事です、とフォックスは言って男を軽々と肩に担ぎ上げた。 「・・・・・・・・・」 今更だが、新一はフォックスの馬鹿力に声も出ない。 実は3人の中で一番非力なのは新一だったりする。 快斗も、フォックスほどではないが、かなりの馬鹿力だ。 (な〜にが男の仕事だ!てめえは正真正銘、女だろうが!) しかし、言うだけ虚しいから新一は思うだけにする。 ホールを出てデッキへ上がるために通路を歩いていた新一は、ふと足を止めた。 「どうしました、ミスティ?」 「・・・今、何か聞こえなかったか?」 「いえ、わたしには何も聞こえませんでしたが?」 「・・・・・・・」 新一は音のした原因を探るようにまわりを見回した。 「乗客は皆デッキに上がっていると思いますよ。客室は全て鍵がかかってますし、人がいたのはイベントが行われたホールだけでしたからね」 船の乗務員も皆デッキに上がっている筈だ。 だとすると、まだこいつらの仲間がこの船の中に・・・・・・ 新一は、持っていた絵をフォックスの手に渡す。 「確かめてくる。持って行けるよな?」 「しかし、ミスティ。もう時間がありませんよ」 「大丈夫だ。そんなに時間はかけないから」 気になったことは確かめなくては気がすまない新一だということはわかっているので、フォックスは彼を無理には止めなかった。 ただ、無茶をしないでくれたらいいがとフォックスは吐息を一つ吐き、荷物を担いだまま階段を上っていった。 フォックスと別れた新一は、まわりを確かめながら通路を進んだ。 今回は試乗と宣伝が目的であるため、客室は全て入れないように鍵がかかっている。 人が入りこめる所といえば、さきほどのホールとトイレくらいなものだ。 やっぱり気のせいかと思ったその時、新一は後ろからいきなりドレスの裾を掴まれた。 え?と驚いて振り向くと、そこには4〜5才くらいの小さな女の子が立っていた。 「お姉ちゃん、ホールってどこにあるの?」 「え?」 「アヤねえ、ベルちゃんを探しに来たの」 「ベルちゃんって?」 「パパが買ってくれたピンクの熊さんなの。ずっと抱いてたのに、ママに引っ張られて落としちゃったの」 「君のママは?」 「ママはボートに乗っちゃった。アヤも一緒に乗ったんだけど、途中で降りちゃった」 降りたって・・・・おいおい・・・・ 「君のママ、きっと心配してるよ」 「だって、ベルちゃんが・・・・・」 ベソをかく女の子に、新一は溜息をついた。 まあ、こんな小さな子に今の状況をわかれという方が無理だろう。 「わかった。一緒に探そうね」 新一は女の子の手を繋ぐと、ホールへ戻っていった。
乗客の殆どがボートに乗り込んで無事脱出し、船に残っているのは乗務員と目暮警部と二人の刑事、そして数人を残すのみだった。 「ベネットくん!君の連れの女の子はどうしたんだね?」 ボートに乗せた乗客の人数は、前もって確認していた人数に足りなかった。 名前を確認しながらではなかったので、誰が乗っていないのかは彼等にはわからない。 「乗っていませんでしたか?」 「いや、わからん。この暗がりだし、混乱しておったからな。何故一緒にいてやらなかったんだね」 「何人足りないんです?」 「3人だ」 3人・・・・・ あの少年たち二人と、ロジャーという青年か・・・・・ 「わかりました。私が探します」 「待ちたまえ!もう時間がないぞ!君は先にボートに」 目暮がそう叫んだ時、黒髪の少女がデッキに上がってきた。 腕に幼い少女を抱いている。 目暮は驚きに目を丸くした。 「な・・・!どこにあんな小さな子が!」 「ミスティ!」 ジョシュアが駆け寄っていくと、やはりまだ船に残っていたフォックスもデッキに姿を見せた。 と、突然轟いた爆発音と共に船がグラッと大きく横に傾いた。 雨に濡れていたデッキに足が滑り、もとから慣れていない女物の靴を履いていた新一はバランスを崩し身体が手すりの方に倒れかかった。 「危ない!」 慌てて手を伸ばしたジョシュアの手に、新一は抱いていた女の子を放り投げる。 とっさに間に合わないと判断した新一が、女の子だけでも救おうとしたのだ。 ジョシュアは女の子を受け止めたが、やはり雨で滑って後ろに転倒した。 新一の身体は女の子を投げた反動も加わってそのまま手すりを乗り越えて海へ落下していった。 「ミスティーっ!」 驚くジョシュアの横を、どこから現れたのか一人の少年が走り抜け、ためらうことなく手すりを飛び越えていった。 キッド!? 一瞬の出来事で呆然とする彼等の中で、ジョシュアの行動は素早かった。 新一から受け取った女の子を、遅れてその場にたどり着いたフォックスに押しつけると、彼もまた海へと飛び込んだ。 「は、早く浮き輪を投げるんだ!ありったけだ!」 目暮が叫ぶと、残っていた乗務員は急いで浮き輪を海に向けて投げた。 「なんてことだ・・・・・・・」 目暮は顔を悲痛にしかめ、頭を抱えた。 ピンクの熊のぬいぐるみを抱いた女の子は、フォックスの腕の中で暗い海の方を見つめた。 「お姉ちゃん・・・・・」
どこだ?どこにいるんだ、新一! 快斗は視界のきかない真っ暗な海の中を探し回る。 あんな足にまとわりつくようなドレスじゃ、まともに泳げるわけはない。 しかも、あの高さから海に落ちたのだ。 「新一!」 一度水面に上がって呼ぶが、答えはない。 やっぱりまだ海の中に・・・! 快斗はもう一度海の中に潜る。 夜目のきく目でも、海の中は勝手が違う。 月の光でもあれば別だが、今夜は雨雲がかかり真っ暗なのだ。 息が止まってもいい! 新一を見つけなくは! 落ちてからどのくらいの時間がたったか。 どんなに探しても快斗の手は新一の身体に触れることはなかった。 何度めか海面に上がった快斗の耳に、どこからか彼を呼ぶ声が入ってきた。 「キッド!聞こえるか!ミスティはここだ!」 ベネット?
二人は近くに流れてきた浮き輪を引き寄せ新一を陸まで運んだ。 埠頭から離れているせいか人の姿はなかったが、街の灯りはすぐ近くに見える。 「・・・・・新一」 ずぶぬれで防波堤に上がった快斗は、ジョシュアと二人新一の身体を海から引き上げた。 長い鬘はなくなって本来の短い髪になっていたが、それでもジョシュアの目には彼は少女に見えた。 やはり、黒羽快斗と名乗る少年によく似た顔立ちだった。 その快斗は、いつのまにか女装を解いて、黒の長袖シャツとベージュのズボンをはいた少年の姿に戻っていた。 ジョシュアが海の中で見つけた時には意識はなかったものの、まだ息をしていた。 だが、海から上げた時、新一はもう息をしていなかった。 「新一!」 「何をしてるんだ!早く蘇生処置をしなくては!」 「わかってる!」 快斗は気道を確保すると、唇を重ね息を吹き込んだ。 ジョシュアが心臓マッサージをしようとするが、快斗はそれを拒む。 「オレがやる!これはオレの責任なんだ!」 「何を言ってるんだ!そんなことを言ってる場合じゃないだろう!」 だが快斗は一人で人工呼吸と心臓マッサージを繰り返した。 新一・・・新一・・・・ 「新一・・・!置いていくな・・・・オレを置いて行くなよ!」 快斗は必死に新一の肺に息を吹き込んだ。 そして、心臓を動かす。 「オレを一人にするなよ、新一!ずっとオレに一人で生きろってのかよ!」 気の遠くなる長い時間になるかもしれないってんだぜ! あいつはそう言った! おまえも知ってんだろっ? だから、オレが一緒に生きていけるのは、おまえしかいないんだ! わかってんのかよ、新一! 「絶対に逝くな!オレはおまえほど強くはねえんだから!」 「・・・・・・・・・」 ジョシュアには、快斗が語りかける言葉の意味がわからなかった。 だが、その必死な思いは伝わってくる。 やはり、この二人には想像もできない何か深い繋がりがあるのだ。 「新一・・!」 快斗の腕の中でピクッと肩が震えると、新一は息を吹き返した。 海に落ちてすぐに意識を失ったおかげか、水を殆ど飲まなかったことが幸いしたようだ。 「新一?」 快斗の呼ぶ声に反応したのか、新一はゆっくりと瞳を開ける。 ジョシュアも新一が息を吹き返したことでホッと胸をなで下ろし、その顔を覗き込む。 え? ジョシュアは、ハッと驚きに瞳を瞠った。 いつのまにか雨が止んで、雲の切れ間から月が顔を出していた。 快斗もすぐにそれに気が付いたのか、新一の頭を自分の胸に引き寄せてジョシュアの視界からそれを隠す。 「悪いけど、救急車呼んでくれない?」 「あ、ああ。わかった」 まだ、さきほど一瞬だけ目にしたものの驚きはおさまっていない。 いったい、アレは? いや、それよりも救急車だ。 ジョシュアは、すぐに立ち上がると灯りのある方へと走っていった。
「あ、目暮警部ですか?ベネットです・・・・ええ、大丈夫です。ご心配かけてすみません。 はい、彼女も無事ですよ・・・・もう一人ですか?彼女も無事です。ええ、彼女です。少年ではありませんよ。それで、お願いなんですが・・・彼女たちのことは、どうかそっとしておいて欲しいんです。今回のことで、ちょっとショックを受けているもので・・・はい。近いうちにまた警視庁の方に顔を出させてもらいますので。・・・・ええ、ご心配はいりませんから」 では、とジョシュアは電話を切るとボックスを出た。 昨夜のことはまるで夢だったかのように穏やかな空が広がっている。 しかし、警視庁の方は昨夜の事件のことでまだ混乱が続いているようだ。 それはそうだろう。 かろうじて沈没は免れたものの、船はもう使いものにはならない。 タイタニックをモデルにした客船の悲劇かとも新聞に書かれていたが、犠牲者が出なかったことは最大の幸運だったろう。 そして、犯人の身元も目的もまだはっきりしないようだ。 あの時・・・・救急車を呼んで戻った時にはもうあの二人の姿はなかった。 あんな状態で姿を消さなくてはならない事情が彼等にはあるのだろう。 キッドの正体である黒羽快斗の自宅はわかっているし、彼が姿を消すことは今の所ないであろうからジョシュアは慌てないことにした。 そのうち、彼の方から何か言ってくるだろう。 そのための取り引きだったのだし。 ジョシュアは青い空を見上げながら、ふっと溜息をついた。
え?とベッドの上に起きあがっていた新一は瞳を瞬かせた。 「だから、絵はちゃんと三宅社長に返したので改めて予告状を出したのですよ」 今度はきっちりと正式にシルバーフォックスの名前で。 「おまえ、諦めたんじゃねえの?」 まさか、とフォックスは微笑った。 「イーヴァのシリーズは全部集めますよ。日本に来たのはそのためでもあるんですから」 ・・・え?そうだったのか? 「オレもさあ、出してきちゃったv今度米花博物館に“ミルデの宝玉”っていうビッグジュエルが展示されるんだよ〜vもう、とーっても綺麗なルビーちゃんvv」 おい・・・・・ 「今回、白馬の奴が日本に戻ってくるって言うから、気合い入れて暗号作っちゃったんだよ〜んvいやもう、久々にルンルン気分!」 白馬が? 「あいつ、真面目だから遊び甲斐があるんだよね。頭の回転も早いしさ」 警官相手より退屈しないだよね。 「・・・・・・・・」 じゃ、今頃中森警部の所は大騒ぎだろう。 一度に国際手配されている有名な怪盗二人から予告状が届いたのだから。 新一の表情が徐々にしかめられるのを見て、二人はさっさとドアに向かった。 「それでは、わたしはちょっと出かけてきますので」 「んじゃ、オレは昼ご飯の用意をしようっとv」 「ちょっと待てよ、おまえら!」 起きあがろうと身体を浮かした新一の身体が、ぐらりと傾いてズリ落ちそうになった。 「わっ・・!」 慌てて支えようと手を伸ばすよりも早く、強い腕が新一を受け止める。 さっきまでドアの所にいた快斗だ。 相変わらず、テレポートでもしてんじゃないかと思うほど素早い動き。 快斗は新一の顔を見上げると、薄く開いた新一の唇にキスをした。 「快・・・!」 ムッとなって眉をしかめた新一だが、快斗がそのまま自分を抱きしめてきたのでびっくりしたように瞳を瞬かせる。 快斗・・? 優しく抱きしめてくるその腕と、温もり。 「・・・・・・・・・・」 ああ、そうだよな、快斗・・・・・・ オレたちは、もう互いを失えない所まできてんだ・・・・・・ 新一は自分を抱きしめる快斗の背中にそっと両腕を回すと、彼もまた失うことのできない大事な片割れを力の限り抱きしめた。
完
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