二月に入ると俄然盛り上がりを見せるのはお菓子業界。 他国のイベントまで取り入れて楽しむこの国の人間は、それが業界に乗せられてるのだとしても全く気にしない。 女性たちはその日のためにせっせとチョコを選び、男性陣はひたすらその日を待ち続ける。 (お〜〜やっぱスゲェよな、ここ・・・) 数年前にマスコミで紹介されてから毎年バレンタイン時期になると女性たちで賑わう店がある。 青子もそれにのせられ買いにいったようだが、紹介されてすぐだったためか整理券が配られるくらい並んでいたそうだ。 寒風吹きすさぶ中、ひたすら並んで待って買い求めたチョコレートは、バレンタイン当日快斗の手に渡された。 そのチョコを手に入れるのにどんなに苦労したかを青子は言わなかったが、ニュースになるくらいだからどんなに大変だったのかはわかる。 翌年から青子は手作りにハマったので行くことはなくなったようだが、いまだその店の人気は衰えていないようである。 まあ、毎年バレンタイン限定のチョコが販売されるというのも魅力の一つなのだろう。 「・・・・・・」 外まで溢れて賑わう店をしばらく眺めていた快斗は、ハァ・・・と白い息を吐いて歩き出した。 ダークブラウンのダウンジャケットを羽織った高校生に見える快斗が目を引く整った顔立ちでなければ、チョコをもらえない男の寂しい溜め息と見られたことだろう。 それだけ、がっくり肩を落とし悩んでるような表情であったから。 「何溜め息なんかついてんですか、黒羽くん」 偶然見かけて様子を眺めていた快斗のクラスメートは、ハッキリわかる白い溜め息を見て首をかしげながら寄ってきた。 「なんだ、白馬かよ」 「ええ、僕です。何やってるんですか黒羽くん?」 なんだか悩んでるような後姿に気になって見ていれば、ふいに立ち止まりじっとチョコレートで有名な店を眺めている。 思わず声をかける気になったのも当然だろう。 何しろ、このマジック好きで学校でも目立つ存在である彼が、よもやバレンタインを前にして溜め息をつくなど、考えられないからだ。 似合わないことこの上ない。 もっとも、白馬自身もバレンタインを気が重い日だと認識したことはないので溜め息とは無縁の男だ。 日本の学校に通うようになってから毎年この日には山ほどのチョコを女の子たちからもらっている。 この国では女性が男性に愛を告白する日と認識されているが、最近ではかなりイベント色が強い。 なので、義理チョコというものも存在し、告白に関係なくチョコをもらえる男性も多いのだ。 だいたい、親や兄弟にも渡されるのだから、本来の目的はどこへやらであろう。 もっとも、本命チョコというものは確かにあるので、本来の目的はあることにはあるのだろうが。 「おまえこそ、何やってんだよ」 眉間に皺を寄せた快斗が、長身のクラスメートを怪訝そうに見つめる。 出会った当初は自信家で鼻持ちならないお坊ちゃまな男だったが、最近はそういう面が消えてつきあいやすくなっているので声をかけられたことに嫌悪を感じたわけではない。 情けなくも溜め息をついた姿を白馬に見られたことが気に入らなかった。 変わったことについては、いろいろ挫折を味わいましたからね、と白馬は苦笑して答えている。 これまで挫折もなく事件を解決し、現代のシャーロック・ホームズともてはやされていたのでいい気になっていた。だが、この国に来た途端、現代に甦った怪盗ルパンとも呼ばれる怪盗キッドによって挫折を何度も味わわされたのだ。 悔しくて眠れなかったこともある。 快斗をキッドだと言い続けたのも結局は八つ当たりだった。 勿論、黒羽快斗はキッドではないと思いなおしたわけではない。 ただ、犯罪者としてのキッドは追うが、クラスメートである黒羽快斗は友人として見守ることにした。 実際、黒羽快斗は白馬がこれまで出会ったことのないタイプで、話をすると興味深くそして驚かされる。 彼がキッドだと思ってはいるが、ギャップがありすぎて混乱させられることもたびたびあった。 白馬はチラチラと降り始めた雪を見て、あ・・・と口を開いた。 「こんな場所に立っててもなんですし、お茶でも飲みに入りませんか」 「なんだよ、それってナンパか?」 さらに眉間に皺を寄せていた快斗だが、ふいにキラキラと瞳を輝かせ始めた。 白馬はギョッとなる。 彼がこういう顔をしたときは、決していい話ではないからだ。 「うんうんv茶ァ飲もうぜ!」 でさあ、ちょっと相談のってくんねえ?と快斗にニコニコ顔で言われ、白馬はやっぱり・・・とガクリと首を折った。
駅近くの喫茶店に入り、二人は奥の壁際の席に落ち着いた。 「それで、相談ってなんですか?」 運ばれてきたコーヒーを一口飲んで一息ついた白馬がそう尋ねると、快斗は、ん〜と小さく唸った。 口を尖らせクリームソーダのアイスクリームをストローで小突いている様子は、まるで子供だ。 あの、キザでしたたかで狡猾な白い怪盗と同一人物などとは、目の前の彼を見て思う者はいまい。 「おまえさあ、幻のケーキショップのこと知ってっか?」 はぁ〜?と白馬は瞳を大きく見開いた。 いったい何を言ってくるかと身構えていたから余計に力が抜ける。 「聞いたところによると、バレンタインが近づくと現れる店があるんだってさ。なんか、13日の朝から14日の夜まで限定でチョコを売る店らしいんだけど」 おまえ知ってる?と問われ白馬は即座にいいえと首を横に振った。 「バレンタインの時期にしか店を開けないってことですか」 「じゃなくてぇ〜〜突然現れるらしいんだよな、店が」 は?と白馬は薄茶の瞳を瞬かせる。 「どういう意味ですか、それは」 「ま、一種の都市伝説?」 バレンタイン時期に日本のどこかに突如現れるというケーキショップ。 偶然その店を見つけた人間は、最初は皆こんな店あったっけ?と首を傾げるらしい。 当然だろう。なにしろ昨日までは存在せず見たことのない店なのだから。 甘い匂いに引かれて店の中に入った客は、そこで最高のチョコを手に入れることが出来るのだという。 で、バレンタインが過ぎると、その店は忽然と姿を消すらしい。 まさしく嘘か真実かの"都市伝説"。 話を聞いた白馬は当然複雑な表情だ。 「女性向きの都市伝説ですね」 まあ、バレンタイン限定というのだから女性向きなのは当たり前だろう。 「日本だから女性向きって思われてんだけど」 何故か男が客になることもあるという。 「男がバレンタインにチョコを買ってどうするんですか」 最近は女性も自分用にチョコを買うらしいが、男の場合はどうだろう。 「なんかキーワードがあるらしいんだよな」 その店に招待されるための。 「その話、どこから仕入れたんです?」 その手の話なら女子生徒たちの間でも話題になってる筈だが、はっきり言って白馬には初耳だ。 「公にはまだ流れてねえ噂らしいぜ?あの青子も知らなかったし」 「中森さんも知らないようなことを、僕が知ってるわけないでしょう」 まったく・・・と白馬は眉間に皺を寄せると溜め息を吐いた。 このクラスメートが甘いもの好きだということは知っていたが。 「で?食べてみたいわけですか」 その店のチョコレートを。 バレンタインデーともなれば、山ほど女の子たちからチョコをもらう人気者のくせに。 (まだ食いたいと?) ん〜〜と快斗は瞳を大きく開いて鼻を鳴らした。 普通男子高校生がやれば気味悪い仕草も、彼がやればなんとなく可愛らしく思える。 こういう所が女の子たちに人気なのだろうが。 「そりゃ食べてみたいとは思うよ」 なんつっても、特定の人間しか手に入らない、超限定品だから。 「おまえは欲しくねえの?」 「僕はチョコにこだわりはありませんから」 そこまでチョコレート好きではない。 「おまえ、バレンタインデーにもらえるもんは全部もらってるもんな」 で、白馬は律儀に全部お返しをしているのだ。 普通の男子高校生ではとても真似できない。 チョコが一杯の大きな紙袋が二つも三つもあって、どうやってホワイトデーに返せると言うのか。 そんな予算は普通の男子高校生にはない。 だから快斗は、返せないぜ?と前もって言ってもらうことにしている。 まあ、快斗が幼馴染みでクラスメートである中森青子のことを好きだということは学校内でも公然の秘密だ。 わかってないのは青子だけというのもなんだかなあ、とは快斗も思うのだが。 あまりにも長く一緒にいて、身近な存在であるからだろうが、しかしそういう関係が快斗は嫌ではない。 子供のようにじゃれあってる関係は、ある意味ホッとするもので。 青子のことは好きだ。勿論異性として。 だが幼馴染みから、恋人に、そして最終的には結婚ということ形になることはないだろう。 それがわかっているから、快斗は今の青子との幼馴染という関係を崩したくないと思っている。 バレンタインに青子からチョコをもらい、ホワイトデーにはお返しをする。 そういうパターンを、それこそ幼稚園の頃から続けているのだ。 愛とか恋とかそういう感情を多分青子は既に持っているとは思うが、それをはっきり自覚するにはまだ青子は幼すぎた。 「もうプレミアがつくほど珍しいチョコだったら受け取ってもらえるかなあって」 そう思うわけ。味より何より謎があるのがいいじゃん? 「受け取ってって・・・黒羽くんは誰かにチョコをあげたいと思っているわけですか?」 まあね、と快斗がうなづくと白馬は目を丸くした。 「バレンタインのチョコって、女性が男性に渡すものではないのですか」 「それは日本が勝手に決めたもんだろ。本来は男女関係なく思いを伝えるもんなんじゃねえの?」 「だったら、チョコレートを渡すというのも勝手に決められたものでしょう」 花を贈るという国もあるのだから。 「何言ってんだ。チョコレートってえのはすっげえいい案だったと思うぜ」 考えた人間をオレ尊敬しちゃうv ・・・・・いや、それは単にチョコレートを売るために考えたものでしょうが。 「だいたいさあ、普通のチョコじゃ受け取ってくんないんだよぉ〜〜」 快斗は、はあ・・・と息を吐き出しながらテーブルに突っ伏した。 超高級チョコであろうと、快斗が丹精こめた手作りチョコだろうと受け取りを拒否されるのだ。 「中森さんが、ですか?」 「いや、新一が」 「・・・・・・・・」 「チョコ持ってきたら殺すって新一に言われちまってさあ」 ひでえと思わねえか? はあ・・・と白馬はうなづくしかできなかった。 といって快斗に同情したわけではない。殺すというのは物騒だが、彼がそう言いたくなるのもわかる。 何が悲しくて男からチョコなんか。しかも、工藤新一はバレンタインにチョコの一つももらえない男ではないだろう。 「新一は女の子からチョコもらわねえぜ?」 「え?そんなことないでしょう。彼は相当モテると思いますよ。ファンも多いと聞きますし」 「あいつ、チョコはそんなに好きじゃねえんだよ」 中学の時、調子に乗ってチョコをもらってたら持ちきれないほどになり、眉をひそめた毛利蘭からもらったからには全部食べろ、それが礼儀だと言われ悲惨な目にあったそうなのだ。 「で、翌年からは蘭ちゃんからのチョコしかもらわないことにしたんだってさ」 ま、毛利蘭が防波堤になってチョコ責めを免れたわけだが、新一にとっては彼女からもらえるチョコだけで大満足だったろう。 快斗が青子からもらうチョコを特別に思うように。 「チョコをもらうのは好きな人からだけですか」 いいことじゃないですか、と白馬が言うと快斗は苦笑して肩をすくめた。 「だったら、黒羽くんの出番はないじゃないですか」 なんで工藤くんにチョコをあげたいんです? 「だからあ!バレンタインには好きな人にチョコあげたいってのは人情だろ?」 人情?なにが?どうして? 「好きな人って・・・中森さんは?」 「おまえ何聞いてんの?」 快斗は眉間に皺を寄せバカにしたような瞳で白馬を見る。 「青子からはちゃんとチョコもらうぜ」 でもってホワイトデーには無論お返しをする。 あいつの望みならなんだってするし。勿論出来ることに限るが。 「だから新一にはオレからやりてえんだよ。わかった?」 「つまり、黒羽くんは中森さんも工藤くんも同じくらい好きだってことですか」 「同じ好き・・・ってのは違うけどな」 ふっと笑みを零す快斗を見て白馬はなんとなく言ってることがわかってきた。 「・・・・わかりました。でも、工藤くんはチョコを受け取ってくれないんでしょう?」 そうなんだよなあ、と快斗は溜め息をつきながら再びテーブルに突っ伏した。 「だったら諦めたらどうです。工藤くんはそう簡単に気持ちを変える人じゃないでしょう?」 「何言ってんだよ。だから都市伝説とされてるケーキショップなんだろうが」 「噂だけで本当にあるかどうかわからない店でしょう?」 だいたい、どこに現れるかわからない店だと言うし、望んだからといって都合よくこの街に現れるとは限らない。 ていうか、現れない確率の方が非常に高い。 「そういう店のチョコレートだからこそ、新一は興味を持つに違いねえんだよ」 寒風の中、人気のお菓子屋で限定チョコを買うよりもずっとインパクトが高いのだ。 「ありもしない店を探しているうちに、バレンタインは過ぎてしまいますよ」 だから相談、という快斗に、今度こそ白馬は大きなため息をついた。 「残念ながら、お役には立てませんよ。さすがに、あるかどうかわからない店を探す方法はボクにもわかりません」 やっぱ駄目かあ〜〜と快斗はがっくりする。 「願ってみればどうですか。その店にたどりつく人がいるってことは、その人には他の人にはない特別な願いというか、想いがあったのかもしれませんよ」 欲しいと思わない人間の前に店が現れるとは思えませんから、と白馬が言うと、快斗は、そうかもなと頷いた。
願ってみれば・・・か。 白馬と別れた快斗は、一人雪の降る街中を歩いた。 日が暮れるにしたがって、雪の降り方はだんだん強くなっていく。 「うわっぷ!」 突然吹いてきた風に飛ばされてきた紙が快斗の顔にかぶさった。 なんだ?と顔に張り付いた紙をとれば、それはアルバイト募集のチラシだった。 「”亜梨子(ありす)”?スィートなチョコレート販売って菓子屋か?」 初めて聞く名前だな、と快斗は首を傾げる。 この辺のケーキ店や菓子店はだいたい名前も場所も把握しているのだが。 「明日開店って・・・」 なるほど。新しく出来た店かあ。 地図を見れば、あまり快斗が通らない場所だ。 気がつかなかったのも当然かもしれない。 だが、駅に近いわけでもなく表通りでもない、何故か住宅街からも少し離れた公園の裏手に印がついている。 こんなとこで商売になんのか?と首を捻る場所だ。 「バイト・・・なあ。菓子店でバイトというのは魅力だけどさあ」 とにかく、どんな店か見に行くか、と快斗は飛んできたチラシを持って歩き出す。 日が暮れてあたりが暗くなってきてる上に、雪がずっと降り続いているので歩いている人は全く見かけない。 おまけに通りからも外れているので車も走っていなかった。 「マジで商売なんかできねえぞ、こんなとこ」 公園の場所は知っていたので、その後は建っている筈の店を探す。 あれか?と快斗が見つけたのは、小さな小さな店。 間口が一間ほどしかないのではないか。 明かりがついているので、誰かいる筈だと、快斗はそっと扉を開ける。 「すみませーん。チラシ見たんですけど」 快斗は声をかけるが誰も出てこなかった。 実際、店の中は明るいのに人の気配が全くしない。 「あれえ?出かけてんのかな」 でも扉は開いてたし・・・無用心だよなあ。 快斗は首を傾げながら店内を見回した。 間口に見合って中も狭い。 店内は八畳ほどの広さだろうか。 しゃれた白いテーブルが一つあり、その向こうに商品を並べるのだろうガラスケースがあった。 なんというか、宝石を並べるような上から見下ろすタイプのケースである。 まだチョコは一個も入っていない。 ケースの奥はピンクのカーテンに仕切られた厨房があった。 「なんだろな、ここ?」 誰もいない店。しかも、唐突に現れたような店。 まさか・・・と思い始めた快斗の目にテーブルの上に置かれたメモが映る。 それにはアルバイト希望の方へ・・・と書かれてあった。 メモを手に取ると、その下にレシピと書かれた冊子が置かれてあった。 ”誰でも作れる亜梨子のバレンタインチョコv” 「・・・・・・・」 オレに作って売れってか? 「ふざけてんじゃねえぞ、こらあ!自分で作るならわざわざ店に来るか!」
世間はバレンタイン当日。 その朝、快斗は学校に行く前に青子からチョコレートをもらい、午前中の授業が終わると素早く自主早退した。 結局、快斗はレシピ通りにチョコを作ることにしたのだ。 昼前から雪がちらついて、公園まで来た時には歩く人影は全く見られなかった。 勿論、店の存在に気づいた者はいない。 昨夜家に帰る時、戸締りをどうしようかと思ったのだが、見ると扉に鍵はついてなくて結局そのままにして帰った。 で、学校から直接来た店は昨夜のままだった。 店の持ち主の姿は無論ない。 もしかして・・・・もともと店には持ち主なんかいなくて、あるのはレシピだけなのではないかと快斗は思った。 大切な人のためにチョコを作りたいと思っている人に提供される店。 それが、都市伝説として語られている幻の菓子店なのだ。 「よおし!やるぞ〜〜」 好きな人にチョコをあげたいという客のために作ってやろうじゃん! 快斗はガクランを脱ぐと、シャツの上にエプロンをかけチョコレート作りに取り掛かった。
「いらっしゃ〜い」 とっぷり暮れたバレンタインの夜。 丁度雪が小降りになったのを見計らって家を出た工藤新一は、快斗から電話で聞いた通りにその店にやってきた。 「ちっさい店だな」 「うん。でも、売るのはチョコだけだから丁度いいんだ」 快斗はニッコリ微笑むと、新一を一つだけあるテーブルへと促した。 椅子を引いて座らせると、熱いコーヒーの入ったカップを置く。 「ほんとにここが噂の店なのか」 多分ね、と快斗は肩をすくめる。 「結局店には誰もいないしさ。ま、明日店が消えてたら本物ってことで」 なるほど、と新一は頷きカップに口をつける。 新一も、そういうことには詳しい鈴木園子からバレンタインにだけ現れる不思議な店の噂を聞いていたが、まさかその店で快斗がバイトをするとは。 普通の店なら興味は持たなかったが、変わった店なんで興味を持った。 「客、来たか?」 「うん。おかげさまで完売したよ」 「接客は慣れてっからな、おまえ」 「作るチョコの数は決められてっから、売れる客はそんなに多くないんだけどね」 なんか知らないけど、この店に来られる人間って決まってるみたいだと快斗は言う。 扉から外が見えるのだが、気づかないで歩いていってしまう者もいるのだ。 つまり、店に気づく者だけがチョコを手に入れることができるということなんだろう。 「じゃ、オレも店に選ばれた人間の一人ってわけか」 「決まってんじゃんvだって、オレ新一のためのバレンタインチョコを作ったんだから」 そう言って快斗は新一の前に青いケースを置く。 宝石箱のようなその箱は、蓋を開けると中には宝石のようなチョコレートが二個入っていた。 「亜梨子が誇る、最高のバレンタインチョコ”スピカ”でございます」 「・・・・・・」 しばらく無言で箱のチョコを眺めていた新一は、一つ指で摘んで口の中に入れた。 新一のために甘さをひかえたようだが、それでも口の中になんともいえない不思議な甘さが広がった。 「美味い」 「ほんと?良かった!」 快斗は嬉しそうに笑った。 チョコを持ってきたら殺すとまで言われた快斗であるから、新一が食べてくれたのはまさに奇跡のようである。 まさに”亜梨子”さまさまである。 「もう一個も食べて新一」 「一個で十分だ。それはおまえが食えよ」 「え・・・でも」 新一は迷う快斗の口に残ったもう一個のチョコを放りこんだ。 「うわvすっげえ美味い!感動!」 自分で作ったものの、その絶品ともいえるチョコの味に快斗はニマ〜と表情を緩ませた。 まさにそのまま溶けてしまいそうな顔だ。 「コーヒーおかわりあるけど、どう?」 「ああ、もらう」 「オッケー。すぐ持ってくる」 快斗は言うなり厨房の方へ駆けていく。
年に一度現れるその店は、不思議で暖かい雰囲気を持つ世界でもっとも甘〜い店であった。
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