わたしね、彼のこと、とても好きだったのと彼女は最初のデートの日に言った。 彼女とは小学校で同じクラスになってからのつきあいだった。 帝丹小学校に転校してきた時には、もう彼女が好きだった相手はいなくなっていたから、どういう奴だったのか知らない。 彼女と同じクラスになったのは小学校三年の時だ。 それまでに、何度か見かけたことがあって、可愛いなあとは思ってた。 でも彼女のそばにはいつも同じメンバーがいたので、なんとなく近づくことができなかった。 幼稚園からずっと一緒だという男二人と、一年の時に転校してきたという女の子一人。 あいつらさあ、ついこの間まで少年探偵団つーのをやってたんだぜ、とクラスメートが教えてくれた。 彼女の好きだった奴の家が、名探偵で有名な毛利小五郎のとこだったから結構事件にあってたというのだが、そいつがいなくなってからは、だんだん疎遠になってしまったらしい。 もともと、小学生が大人の起こした事件に関わること自体不自然なのだ。 彼らの親だって、いい顔はしないだろう。 それでも、学校内で困ったことがあると、少年探偵団の面々は張り切って動いてくれるらしい。 三年に上がって、彼らと同じクラスになった時、初めて彼女の方から話しかけてきた。 驚いたことに、彼女は自分のことを知っていて、ずっと話をしたいと思っていたのだという。 彼女のことが好きらしい二人の幼馴染みは、当然不機嫌になったがそれでも邪魔しにくることはなかった。 そうして、ごく自然に彼らの中へ入っていったのだが。 少年探偵団ってガキくせえとか最初は思ったが、やってみるとこれが結構楽しい。 まあ、同じ目的を持ってわいわいと動き回るのが面白かったのかも。 ただ、彼女や元太、光彦が楽しげに話してくれる、まるでドラマのような事件にかかわることは全くなかったけど。 中学に入ってすぐに、仲間の一人だった灰原哀はアメリカに留学すると言っていなくなった。 三年間、ずっと五人一緒だったから、当たり前だけど彼女はとても寂しがった。 実をいうと、灰原哀はちょっと苦手なタイプだった。 すごく綺麗で頭も良かったが、どこか自分たちとは一歩も二歩も引いたところに立っているような感じがしたのだ。 そういえば、彼女の好きだったというヤツも今外国に住んでいるのだという。 そいつの親は仕事の関係で外国を飛び回ってるから、今どこの国にいるのか全くわからないのだという。 つまりは、ずっと音信不通なのだ。 そんなヤツ、忘れちゃえよと言いたかったのに、中学二年の時、ようやっと二人だけのデートにこぎつけたあの日、彼女はこう言ったのだ。 史矢くんを初めて見た時ね、なんかとっても懐かしかったの。 で、時々高矢くんを見るようになってやっとわかった。 史矢くんって、コナンくんに似てるんだよ。 あの日、初めてのデートで浮かれていた気分が一気にドン底に落ちた。 告白する前に、自分は失恋したのだと思った。
彼女の名前は、吉田歩美という。
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「おまえ、歩美とどこまでいってんだぁ?」 土曜の朝、待ち合わせていたファーストフード店で元太がいきなり訊いてきた。 まさか、そんな質問をされるとは予想してなかった史矢は、ブッとストローを噴出す。 「な・・なんだよ、突然」 「別に突然でもねえよな」 なあ、と元太は隣に座っている光彦に同意を促す。 光彦は、うんうんとストローで氷をかきまわしながら頷いた。 「だって、史矢くんは歩美ちゃんのこと好きなんでしょう?」 「おまえらだって、そうだろが」 言われて元太と光彦は、そうだけどと顔を見合わせる。 「オレたちさあ、歩美とは幼稚園の頃からのつきあいだし」 「ずっとボクたち、歩美ちゃんのこと好きでしたよ。でも結局、歩美ちゃんにとって、ボクたちは幼馴染みでしかなかったですけど」 「オレだって、ただの幼馴染みだよ」 そうかあ?と元太は大きな頭を傾ける。 「おまえさあ、告ったんじゃねえの?」 してないしてない、と史矢が首を振ると、二人はさも意外だというように目を見開いた。 「ええ〜〜!おまえ、歩美に好きだって言ってねえの?」 「元太くん、告白しなくたって、お互いの気持ちが通じ合うってことがありますよ」 あ、そうかと元太は納得したように手を叩いた。 こいつら、何言ってんだ? 「何納得してんの?オレと歩美の気持ちが何?」 「何って、歩美もおまえのこと好きなんだから両思いってやつだろ」 だからさあ、どこまでいったのか聞いてんじゃん。 「やっぱ、歩美とは長いつきあいだから気になるしさあ」 「取られるのはやっぱり癪だけど、かといって歩美ちゃんを引き止める権利なんてボクたちにはないですからね」 「まあ、おまえならって、オレたち思ってんだぜ」 元太はそう言って、ニマッと笑う。 「オレたちよりつきあいは短いけど、小学校からの幼馴染みだもんな」 五人でつるんでいた彼らも、もう高校二年の17歳だ。 無邪気に好き好きごっこしていた頃とは違う。 「歩美ちゃん、高校生になってますます可愛くなってきましたからねえ。告白しないまでも、好意持ってるやつたくさんいるから気をつけないと」 要注意人物も何人か、と光彦は手帳を出した。 「・・・・・・・・・・」 もしかして、ブラックリストを作ってるのか? ・・・・あり得る。元太も光彦も彼女のことすごく大事にしてるし。 あのクールな印象だった灰原哀さえ、彼女のことを気遣っていたではないか。 (確かに、彼女は可愛いし性格いいし、ほんとに守りたくなるような子だもんなあ) でも・・・・ 「オレ、中二ん時、歩美に告りかけたことあるんだ」 はあ?という顔で二人は前に座る史矢を見つめる。 「なんだよ。もしかして、急に怖気ずいたってか」 だらしねえの! 「おまえら知ってんだろ?歩美が好きだったってヤツ」 「コナンくんのことですか?」 「コナンのヤツはもういないんだぜ」 「でも、初恋で忘れられないんだろ?歩美は、オレが、そのコナンってやつに似てるから近づいたって言ったんだぜ」 歩美が?と二人は目を瞬かせた。 「オレ、似てるか?そいつにさあ」 う〜ん、と二人はじーっと史矢の顔を見つめた。 「そういや、似てっかな」 「そうですね。今から思うとボクたちがすんなりと史矢くんを受け入れたのはコナンくんに似てたからかも」 「コナンはさあ、生意気ですーぐ抜け駆けしやがんだぜ」 「でも、ボクたちにとってはすごく頼りになる人間でしたよ。ボクたちが事件に巻き込まれた時なんか、危険を顧みずに助けに来てくれましたから」 「そうだよなあ。コナンの奴、オレたちを庇って銃で撃たれたこともあったもんな」 (じゅ・・・銃で撃たれた?) 史矢は、サラリと言われた事実にギョッとした。 いったい、こいつら何やってたんだよ? 確か、コナンって奴が一緒にいたのは、小学一年の時だって言ってたよな。 (・・・・・マジかよ) 「史矢くん。もしかして、歩美ちゃんにコナンくんに似てるとか、好きだったとか言われて諦めたんじゃないでしょうね」 へ? 「ああ!そうなんか!?それで、告ってないし、進展もしてないんだなあ!」 おまえ、なにバカやってんだよ。 「何がバカだよ!どう考えたって、歩美がオレのこと友達以上には思ってないのは明白じゃないか!」 彼女が好きなのは、江戸川コナンって、今ここにいないヤツなのだ。 あのなあ、と元太が呆れたように溜め息をついた。 「歩美の目を見たらわかるじゃん。歩美は、おまえのこと好きなんだって」 「歩美ちゃんは確かにコナンくんのこと好きでしたよ。でも、恋愛には発展しなかったんですよね」 それはボクたちとおんなじ、と光彦は言う。 「コナンくんが好きって感情は、今はもう一種の憧れみたいになってるんですよ。誰だって、格好いい人間には憧れるもんでしょう?」 コナンくんは、本当に格好よかったんですよ。 それより!と光彦はビシッと指を刺した。 「そんな遠慮ばかりしてたら危ないですよ」 「あ・・危ないって?」 「言ったでしょ。歩美ちゃんを狙ってる男は多いんです」 今の所、ボクたちが歩美ちゃんをガードしてるから誰も積極的にアプローチかけてくる者はいませんが。 「でも安心できませんよ」 特にこいつ!と光彦は手帳を開いて名前を指差す。 「松木良弘?サッカー部の?」 クラスは違うが、女子生徒にイケメンだと人気の、長身で格好いい男だ。 自分がモテるのを自覚してて、結構遊んでるという噂も聞く。 「一時さあ、歩美サッカー部のマネージャーやってたろ?そん時、こいつ告ったらしいんだな」 「でも、歩美ちゃん、ハッキリ断ったんです。好きな人がいるからって」 「・・・・・・」 「気をつけろよ。こいつまだ歩美のこと諦めてないみたいだからさ」 「というより、歩美ちゃんに断られたのを根に持ってる風なんですよね。なにしろ、自分が交際申し込んだら、女はみんな喜んでついてくるって思ってたらしいですから」 「ゲ〜〜、やなヤツ!」 元太は、うえ〜と顔をしかめて舌を出した。 (ど・・・どうしよう・・・・) 史矢は血の気が引いて、頭がガンガンと鳴り出してきた。 前に松木に声をかけられ、歩美との仲を聞かれたことがあるのだ。 その時、自分も告白しようとしたけど、歩美ちゃんには好きな男がいることがわかって言えなかったと史矢は答えたのだ。 彼女が自分を好きだと言ったのは、彼女の初恋の相手に自分が似てたからだと。 そう言った時、松木はな〜んだと笑った。 そんなことだろうと思った、と。 (オレ、とんでもないことを言ったんじゃ・・・・・) 「歩美、遅いよなあ。何してんだろ?」 「元太くん、歩美ちゃんとの待ち合わせ時間はまだきてませんよ。ボクたち、史矢くんと話があるから早めに出てきたんじゃないですか」 「あ、そうだった」
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「どうしよう〜遅くなっちゃったあ!」 せっかく時間に間に合うように出たのに、学生証を忘れたことに気付いて戻ったのが不味かった。 でもまあ、走ったらそんなに遅れることはないだろう。 「あれ?歩美じゃねえか」 歩道一杯に歩いている人ごみの中でふとすれちがった相手に声をかけられた歩美は、足を止めて振り返った。 「松木くん?」 「へえ、奇遇。外で会うのって初めてだよな。どう?どっかで入んない?奢るぜ」 「ごめん。わたし、待ち合わせしてるから」 「中原史矢か?」 こくん、と頷くと松木は呆れたように苦笑いした。 「おまえ、いい加減にしてやれよ。あいつのこと好きじゃないんだろ?」 歩美は眉をひそめた。 「好きじゃないって、どういう意味?わたし、史矢くんのこと好きだよ」 「友達程度の好きだろ。おまえ、言ったじゃねえか、オレが告った時。コナンってやつが好きなんだって。あいつから聞いたぜ。おまえ、あいつがそのコナンってやつに似てるから話しかけたんだってな」 「え?」 「むくわれねえよな、あいつも。そんなこと知らずに、あいつ、ずっとおまえのこと好きだったんだぜ」 「違うよ!確かにわたし史矢くんにそう言ったけど、コナンくんに似てたから好きなんじゃない!」 史矢くんがコナンくんじゃないことはわかってる。 最初に彼に関心がいったのは、確かにコナンくんに似てるなあって思ったからだけど。 でも話して、そしてつきあってみて、コナンくんとは違うんだってわかって、でももう好きになってたから自分から告白したのだ。 「おまえが好きだって言っても、あいつには友達以上の感情だなんて思わねえよ。小嶋とか円谷とおんなじさ」 実際そうなんだろ? ち・・・違う・・・・ (でも、もし史矢くんがわたしの言ったことでそう思っているんだとしたら・・・・) どうしよう・・・そんなこと考えたことなかった。 だって、史矢くん、ずっとわたしとつきあってくれたし、優しかったし・・・・ 「おまえ、そんな可愛いのになんであんな地味なのがいいんだ?」 史矢に似てるって言うなら、コナンってやつも地味で目立たない普通の男なんだろう。 勉強もそこそこで、スポーツもたいしてうまくないし、顔も平凡で。 そんな男のどこがいいんだ? 「なあ、オレとつきあえよ。オレはまだおまえのこと、諦めてないんだぜ」 なあ、と松木が歩美の肩に手をかけると、歩美はすぐにその手を振り払った。 「ごめん。わたし、松木くんとはつきあえない。史矢くんが好きなんだもん」 「おまえなあ!」 このオレに向かって、よくそんなことが言えるな! 誰が見たって、オレの方がずっと上だろうが! 顔だって、頭のレベルだって、スポーツだってオレは誰にも負けねえんだ! 「おまえ、生意気なんだよ!オレがつきあってやるって言ってるのに、何えらそうに断るんだよ!」 それとも、オレの気を引くためのポーズか? 歩美は松木に腕をつかまれそうになり思わず身をひきかえたがその手は途中で止められた。 誰かが松木の手を掴んで止めたのだ。 「誰だよ!」 邪魔した相手に眉を吊り上げた松木だったが、相手の顔を見て唖然となった。 腕を掴んだのは、二人と変わらない年頃の少年だった。 松木より背は低いがチビというほどではない。 生成りのジャケットにジーンズ、スニーカーという高校生らしい格好。 しかし、ほっそりした身体つきに見えるのに、松木の腕を掴む力は強かった。 振り払おうにも振り払えず、それどころか痺れさえ感じるのだ。 (まさか・・・・) 歩美は松木の腕を掴んでいる少年の顔を見て大きく目を見開いた。 殆ど癖のない綺麗な黒髪。 青みがかった大きな瞳にそれを覆う黒ブチの眼鏡。 「コナンくん?」 やあ、と少年はにっこりと微笑む。 同性である松木でも、ドキリと心臓が跳ね、カッと頭に血が上るような綺麗な笑顔だった。 「久しぶり。元気だった、歩美ちゃん?」 「コナンくん!ほんとにコナンくんなのね!」 歩美はこれ以上ないというくらい嬉しそうに笑った。 「おい!いい加減離せって!」 松木が喚くと、少年はあっさりと手を離した。 マジで右手が痺れている。 そんな怪力を持ってるとは到底思えない細い腕をしてるくせに。 しかも。 (こいつが、あのコナンだってえ??どこがあの中原に似てんだよ!?) 歩美の初恋の相手だったというコナンがこいつなら、似ても似つかない。 「悪かったな。ちょっと力入れすぎちまった。けどな、女の子に言っていいこと、やっていいことをわきまえないのはどうかと思うぜ」 松木の前に立つ少年は、眼鏡を取り彼を冷ややかな光る瞳で見つめてそう言った。 松木は固まった。 自分の顔には自信あったし、芸能界に入らないかという誘いもあったから自惚れでもなんでもないと思っていた。だが、目の前のこいつはどうだ。 そんな自信など根こそぎにするほど、整った綺麗な顔をしている。 プロポーションだって、やや細すぎるがモデルみたいだし、女のようなという印象ではないがとにかく松木が見たことがないほど綺麗なのだ。 しかも、喧嘩してもきっと負けると感じるこの威圧感。 (なんなんだ、こいつはあぁぁぁぁぁ!) こんなのって反則じゃねえのか! 「行こう、歩美ちゃん」 「うんv」 歩美は久しぶりに会った幼馴染みから差し出された手を嬉しそうに取って歩き出す。 彼らが去った後も松木は、しばらくの間うつむいてブツブツ言いながら突っ立ったままだった。
「びっくりした!コナンくん、全然連絡くれないんだもん!」 「ごめんごめん。オレの親が一つ所に長くいないもんだからさ。寄宿学校とかにも入ってたりしてたんだけど、今はちょっと休学中」 「学校に行ってないの?」 「うん、ちょっとやることがあってさ。で、またいろんな国回んなきゃなんないんだけど、丁度時間空いて」 で、日本に寄ったわけとコナンは言った。 「なんだ。こっちにずっといるわけじゃないんだ」 歩美はがっかりした。 「うん、ごめんね」 謝るコナンの顔を歩美はじっと見つめた。 「何?」 「うん・・・コナンくんって、なんか新一おにいさんに似てるなあって」 ああ、とコナンは肩をすくめた。 「親戚だから、似てっかもな」 「えっ、そうだったの?」 「オレ、阿笠博士のとこ入り浸ってたろ。博士ん家の隣が工藤邸だったんだぜ」 えっ!と歩美は目を丸くした。 全然気づかなかったという顔の歩美に、コナンは苦笑する。 「早く行こうぜ。元太たちと待ち合わせてんだろ」 また歩美は驚いた。 「どうして知ってるの?」 「歩美ちゃん家に電話して聞いたんだ。せっかくこっちに来たからみんなと会いたいって思ってさ」 そうしたら、歩美は変なのに捕まってるし。 「ちょっと様子見てたんだけど、あいつヤバそうって思ったから」 「ありがとう、コナンくん。コナンくんが来てくれて助かった」 うん、とコナンは笑う。 「コナンくんって、いつも危ない時助けてくれるんだね」 「いつもは、もう無理だよ。だから、ちゃんと見つけろよ」 歩美ちゃんを守ってくれる相手をさ。
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