光のささない地の底は 地の底では時は流れず、過去の姿をそのままに留める。
道が右に緩やかに曲がっている手前で新一はふと足を止めた。 「新一?どうかした?」 快斗の問いには答えず新一は持っていた懐中電灯を彼の手に渡した。 「先に行ってくれ」 は?と快斗は瞳を瞬かせる。 「何?あの2人を待つ気?」 だったらオレもと快斗は言うが、新一は首を振った。 「いいから先に行け」 どうせ、すぐに戻ってくることになるだろうけど・・・というのは口には出さない。 ここに立って気づいたことがある。 しかし、快斗はまだ気づいていないようだ。 確信はあるが、実際のところ確実とは言い切れない。 となれば、やはり確かめさせるのが一番だろう。 後で知ったら怒るだろうが、体調が万全とは言いがたい時は無駄に体力を使いたくない。 そんなことを新一が考えているとは思わず、快斗は言われたとおり懐中電灯を手に先へ進んだ。 一人でその場に残すのは心配だったが、すぐにあの2人が追いついてくるだろうし。 快斗が行ってから、新一は闇に包まれたその場所で目をこらし、硬い岩肌をゆっくりと手のひらで撫でていった。 5分もしないうちに快斗は新一のいる場所に戻ってきた。 眉間に皺を寄せて。 「新一・・・まさかと思うけどさ。アレ、知ってた?」 ああ、と新一は軽く肩をすくめる。 「やっぱり、そうだったか?」 そうだったか・・って。 あっさりした新一のその返答に快斗はガックリくる。 まあ、わかってたけどね。 「教えてもらいたいものだね。どういう根拠でアレがわかったんだよ?」 「おまえの目で見ても、何もなかったか?」 「なんの仕掛けもなかったよ」 ムスッとして快斗が答える。 「じゃあ、入り口はここか」 そう言って新一は岩壁に手を当てる。 「下を見ろ。岩がこすれた跡が僅かだが残っている」 それに、と新一は目の前の岩壁のひび割れを指差した。 「ほんの少しだが、ひび割れの向こうから光が入ってきている」 「つまり、先があるってわけ?だったら最初から言えよな」 「そうかもしれないとは思ったが、実際のところは確かめないとわからないからな」 「だからオレを行かせた?」 「確かめるのは一人で十分だろ」 はいはい・・・と快斗は力なく笑う。 「その通りでございます・・・で?新一は、この岩の向こうへ行きたい?」 当然だろ、と新一は快斗の質問に即答した。
少年たちよりかなり遅れて芳人と潮はその場所へとやってきた。 「やだ、まだ追いつかないわね」 いっこうに双子の姿を捉えられないことに潮は不思議そうに首を傾げた。 それほど長い間立ち話をしていたわけではない。 ほんの数分見失っただけで、これほど距離の差が開くものだろうか。 だいたい、こんな真っ暗な洞窟で走ったりするわけはないのだし、しかも脇道などない一本道だ。 「シンくん!カイくん!」 潮は前方に向かって彼らの名前を呼ぶが返事はなかった。 なんかおかしい。 「ちょっと何よ!」 潮は懐中電灯の明かりが照らし出した光景に目を見開いた。 明かりが映したのは、行く道を塞ぐ岩の壁だったのだ。 「行き止まりだな」 「そんなの見ればわかるわよ!なんで行き止まり?あの2人はどこ行ったのよ!?」 「俺たちが追い抜かしたのでなければ、別の道へ行ったってことだ」 「別の道ってどこよ?そんなの、あった?」 「・・・・・・・・」 芳人は持っていた懐中電灯でまわりを照らしてみる。 どう見ても、この先へ行く道はない。 もしかして、何か仕掛けでもあるのではと探してみるが、少なくとも芳人にはそれらしいものは見つけられなかった。 「ねえ、どっかに仕掛けがない?よく映画やドラマであるじゃない。隠されたスイッチを押すと目の前の岩が動いて道が出てくるってのが」 「足元が崩れて落とし穴にまっ逆さまってパターンもあるよな」 芳人が言い返すと潮は嫌そうに顔をしかめる。 「ま、とにかく双子が消えちまったのは確かだから探してみるか」 言って芳人が洞窟の硬い岩に触れると、潮は前を向いたまま数歩後ろに下がった。 おい・・と芳人は眉間を寄せる。 「言い出したのはそっちでしょ。もし穴が開いたらあんた一人で落ちてね」 「・・・・・いい性格してんな、おまえ」
新一と快斗が、作り物になっていた岩壁の一部の下からスイッチを見つけ塞いでいた岩の向こうへと入ったのは、芳人と潮がその場所を通り過ぎるほんの数分前のことだった。 芳人がもう少し足元に気をつけて見ていれば、岩が動いた痕跡を気がついただろう。 ただし、開いたといっても30センチほどの隙間ができた程度で、ちょっと太り気味の者なら抜けるのは困難であるから扉とは言いがたい。 2人はその隙間を抜け、再び岩壁を閉じると彼らの視界に入ってきた意外なものにしばらく茫然となった。 まさか、こんなものがあるとは予想もしていなかった。 2人の目の前にあるのは、赤い鳥居とその向こうに建つ木造の社だった。 その場所は懐中電灯の明かりがなくとも、そこに何があるのかわかる程度の明るさがあった。 社の右上方を見ると、外へ通じている穴があった。 よじ登れない傾斜でもないので、そこから外へでられるだろう。 波の音が聞こえる。 「へえ〜ビックリ。こんなとこに神社があるなんて」 「洞窟に神社を作るのはそう珍しいものじゃないだろう」 だが、人の目に殆ど触れる可能性のない場所に作られるというのは珍しいかもしれない。 新一と快斗は、ゆっくりと鳥居をくぐって社へ向かった。 いつ頃建てられたものかはわからないが、ずっと放置されていたものではなさそうだ。 ちゃんと修理され、ペンキも塗りなおされた跡がある。 「新一・・・」 快斗が僅かに視線を動かした先には、少しだけ開けられた扉の影からこちらを伺っている者の気配があった。 彼らがふいうちのようにその扉に駆け寄り大きく開くと、キャッ!と甲高い悲鳴が上がった。 (子供・・!?) 2人の前で大きく目を見開き、怯えた表情で立ち竦んでいたのは12〜3歳の女の子だった。 そのことにも驚いたが、さらに驚いたのは彼らを見つめているその大きな瞳だった。 その瞳は、まるでルビーのように赤い色をしていたのだ。 そして、腰まで伸びた髪は雪のように真っ白だった。 アルビノ・・・・生まれながらに色素が欠乏している子供。 が、もっとも驚くべき事実がその子供にはあった。 それは・・・・ その女の子の顔が、新一と快斗の顔に異常とも思えるほどよく似ていたことだった。 新一と快斗の2人は、なんとも言えない複雑な気分で女の子を見つめていた。 白い七分袖のシャツに短パン姿。 靴は履いておらず素足だった。 「なんか・・こう次々とおんなじ顔が出てくるとさあ、オレたちってもしかして本当にクローンだったのかとか思っちまうよな」 頭に手をやり、やれやれ・・と吐息まじりに快斗が呟く。 実際、新一もその女の子を見た途端ちらりとそんなことを考えさせられた。 それは絶対にあり得ないことであったが。 突然現れた二人の少年に怯えていた女の子だが、瓜二つの少年たちを見るうちにキョトンとした表情に変わった。 彼女にとっても驚きだろう。 「お兄ちゃんたちは、ミドリのお兄ちゃんなの?」 新一と快斗は互いの顔を見合わせてから女の子の方に向き直った。 「多分違う。オレたちは、君のことを知らないから」 「ミドリちゃんていうの?」 可愛い名前だねvと快斗がニッコリ笑うと、女の子は僅かに残っていた警戒心を解きホッとしたような表情になった。 彼らを見て、自分に危害を加える人間ではないと信じたのだろう。 君はいつからここにいるの?と新一が訊くと、ミドリは生まれた時からずっとだと答えた。 ずっと有人おじさんと2人で暮らしていたのだと。 それが先月の終わり頃、有人おじさんにしばらくここにいるようにと言われたのだとミドリは言う。 食料はあるし、退屈しないように本も一杯置いていってくれたので、自分は有人おじさんが呼びにきてくれるまで待っていたのだと。 でもずっと待ってても来てくれないので、怒られるかもしれないけどこっそり家に戻ったのだと言った。 そうしたら、彼はどこにもいなくて、家には全く知らない人間がいたのでびっくりしてここへ逃げ帰ったのだという。 それが、潮たちの見た走り去る黒い影だったのだろう。 そして、おそらくはこの女の子が森田弁護士の言っていた、この場所に揃うことになっている7人めの遺産相続人に違いない。 「ミドリちゃんのお父さんとお母さんは?」 「知らない。ずっと有人おじさんしかいなかった」 自分のそばに彼がいてくれるから、親のことなど気にならなかったと彼女は答えた。 新一は口元に手を当て考え込んだ。 真上有人は殆どこの島から出ることはなかったというし、彼と親しかった女性もいなかったというから隠し子ということはまずない。 でも、こんなにも彼らに似ているとなれば全くの他人ということはないだろう。 彼らにそっくりということは、つまり有人の姪だった美登利にそっくりだということだからだ。 そして、この子を遺産相続人に指定しているとすれば・・・・ 「新一・・・」 ふいに快斗が考え込んでいる新一の脇をこずいた。 「あれ、見ろよ」 え?と新一は、快斗がくいと顎をしゃくった方に視線を向けた。 前方の一段高くなっている所に丸い鏡が置いてあり、その前に小さな箱が置かれてあった。 (あれは・・・・) 彼らが見ているものに気づいたミドリは、サッとその場所へ駆けていくと置いてあった小箱を持ってきた。 「これね。ずっと前に有人おじさんが持ってきてここに置いたの。中に何か入ってるみたいなんだけど、どうやって開けていいのか全然わからなくて」 これを開けられたら、中身ごとこの箱をミドリにくれると有人は言ったのだが。 快斗はミドリからその小箱を借りると、しばらくじっと見てからクルクルと手の中で回し始めた。 カシャカシャと小気味のいい音と共に箱の表面に描かれた模様が変化し、そして音が止まると箱の一辺がなくなっていた。 ミドリは、まるで魔法のような快斗の手際にルビーのような赤い目をまん丸く見開いた。 「開いた!スッゴ〜い!」 開いた箱の中にあったのは、一個の青い宝石。 「パズルか!」 新一は瞳を瞬かす。 これがここにあるということは、この件にもあの三雲礼司が関わっているということになる。 それで父さんがオレたちをここに・・・・ 「このことを知ってたのか、快斗」 「ぜ〜んぜん。優作さんはなんにも教えてくんないもんな。まあ、行けばわかるみたいなことは言ってたけどさ」 「あのね。もう一つ開けられない箱があるの」 来て、とミドリは新一と快斗の手を掴んで引っ張った。 快斗は何を思ったのか、小箱を開いたままもとの場所に置くと彼女に引っ張られるまま新一と奥の部屋に続く扉をくぐった。 その部屋は彼女の居住空間なのだろう。 6畳ほどの広さの板の間に、小説や百科事典などが入った棚と小さな折りたたみのテーブル、ソファベッドが置かれていた。 それ以外には何もない殺風景な部屋だが、唯一女の子のいる空間だなと思えたのは、ソファベッドの上に鎮座している大きな熊のぬいぐるみを見た時だった。 黄色いその熊のぬいぐるみは、世界中で愛されているキャラクター、熊のプーさんだった。 青子の部屋にも大きいのや小さいのが飾られている。 そういえば、蘭の学生カバンについているマスコットが確かそうだったなと新一も思い出した。 あれ!とミドリが指差したのは、箱は箱でもダイヤル式の金庫だった。 よく事務所とかに置かれている一般的な金庫だ。 「快斗」 「オ〜ライvこんなの楽勝楽勝v」 快斗はニッと笑うと金庫の前にしゃがみこみ、扉に耳を当てるとダイヤルをゆっくり回していった。 魔法の指を持つ少年は、あっさりと金庫の扉を開ける。 またも彼女は驚いて歓声を上げた。 「お兄ちゃん、スゴ〜イ!」 「なになに、こんなの朝飯前ってね!そんなに驚くことじゃないって」 「感心することでもねえな」 「感心しなくていいから、褒めて新ちゃんv」 快斗はそう首をすくめて可愛く笑うと、中にあった茶封筒を彼に手渡した。 中に入っていたのは十数枚の紙の束と一枚のフロッピーディスク。 「なにそれ?」 「どうやら、この子の出生について書かれてるみたいだな」 新一が内容を確かめ始めてすぐに、フッと快斗は扉の方を振り返った。 そして、ニィと面白そうに口端をつり上げる。 「どうした、快斗?」 「んvようやくこの場所を見つけたみたいだぜ」 「あの2人か?」 そう、と快斗は頷く。 「オレが行くから新一はここにいて」 快斗はそう言うと部屋から出ていった。
行き止まりのところに何もないことを確かめてから、芳人と潮はもときた道を戻ったのだが、双子を見失う前の地点までは戻らなくていいので探す場所はそう長くはない。 しかも引き返す途中で芳人が入り口に気がついた。 巧妙に岩肌に似せて作られた蓋を開いてスイッチを押す。 だが、岩は大きく開くことはなく、僅かな隙間を横向きにすり抜けるようにして中へ入らなくてはならなかった。 「あたし・・・もうちょっとダイエットしようかしら・・・」 途中、ある部分が引っかかったことに潮はちょっとショックを受ける。 「いんじゃねえの。別にデブってねえんだから。出るとこ出てなきゃ、つまんないぜ」 「それは男の見方でしょ」 「結局は、男の目を気にしてスタイル良くしようってんだろ?なら、男がそれで良いって言えばダイエットの必要はないだろが」 「あんたの意見なんか聞いてないわよ」 そうかよ、と芳人はフンと鼻を鳴らす。 「それにしても、びっくりよね。こんな地の底に神社があるなんて」 「地の底というよりは、岩の内部が空洞になったってとこだな。すぐ近くに波の音が聞こえるぜ」 おそらく大昔は波に洗われ一部が削り取られた岸壁であったが、何かで岩が崩れそのまま空洞として残されたというところだろう。 あいつらもここを見つけて入ったのは間違いない。 2人は階段を上ると、開いたままの扉から中を覗いた。 「あの子たち、いないみたいね」 いったいどこに行ったんだろう?と潮がまわりを見回していると、芳人が何かを見つけたのかズカズカと中へ足を踏み入れていった。 「なに?どうしたの?」 後を追って中へ入った潮は、首をかしげながら芳人が手に取ったものを覗き込んだ。 「えっ!?それって、宝石!」 小さな箱の中に納まっていた青い石に、潮は瞳を瞠った。 なんでこんなものが・・・・ 「本物なの?」 「多分本物だ」 この小箱は以前、李が持っているのを見たことがあった。 箱の模様や宝石のカットとかは多少違っているが同じものだ。 勿論、李が持っていたものとは別物だろうが。 何故、これがこんな場所にあるんだ? 「・・・・!」 なにっ! 突然、手の中にあった小箱が消え芳人は反射的に身を捻る。 「おまえ!」 え?なに?? 潮もびっくりして芳人が見ている方向に顔を向けた。 「あれ?カイくん・・?」 いつのまに来たのか、彼らが入ってきた扉のところに快斗が立っていた。 その手には、細いリボンのようなもので巻きつかせた小箱がある。 芳人の顔が険しく歪んだ。 「それが、おまえの狙いだったのか!?」 当然、と快斗は薄く笑い、見せ付けるようにして小箱に唇をつけた。 「獲物もなしでこんな所まで来るわけないでしょう」 残念ですが、これは、あなたには渡せませんよ? そう言って快斗は、くくっと喉を鳴らすとその体勢のまま後ろへ飛んだ。 「待て、キッド!」 芳人はダッと、その場から姿を消した快斗の後を追いかけていった。 驚いたのは潮だ。 事情が全くわからず茫然としていた潮は、え?え?と戸惑っているうちに2人の姿を見失ってしまった。 「ちょ・・ちょっと!何よ、いったい!あんた達、どこ行くのよ!」 あたしを置いていく気!? 開いたままの扉から外を見るが、2人の姿はどこにも見つけられなかった。 と、ふいに潮は背後からジャケットの裾を引かれギョッとなった。 恐る恐る振り返ると、潮のすぐ後ろには白い髪の女の子が立っていた。 え? 一瞬幽霊かと思った潮だが、彼女の手を掴んだ女の子の手は暖かかった。 赤い瞳・・・そして、驚くべきことに女の子の顔はあの双子と、そして美貴の母親である美登利によく似ていた。 絶句する潮に女の子が可愛い声で話しかける。 「お兄ちゃんがお姉ちゃんを呼んできてって」 お兄ちゃん? 潮は女の子に手を引かれるまま奥の部屋へと入った。 そこには、ついさっき芳人と共に姿を消した少年と瓜二つの顔をした少年がいた。 潮は瞳を大きく見開いて瞬かす。 「シン・・・くん?」 新一は潮に向けニコリと微笑む。 「え・・と・・・・この子、誰なの?」 「それは、ここに書いてありますよ」 新一は茶封筒に入っていた紙を潮に手渡した。 受け取ったその紙に書かれていた文字は日本語ではなく英語だった。 「これ・・・・」 「潮さんは、英文読めますよね」 「読めるけど・・・・」 視線を傍らに向けると、潮のそばにいた女の子がサッと離れて目の前の少年の腕に抱きついた。 「・・・・・・・・」 よく似た顔立ちの少年と幼い少女は、まるで本当の兄妹のようだった。 何がなにやら、さっぱりわからない潮は、とにかくこれを読めば少しは事情がわかるかと思い、紙一杯にびっしり書かれた英文に目を通し始めた。
快斗を追っていった芳人は、岩をよじ登り僅かにくぐり抜けられる岩の隙間から外に出た。 そこは丁度潮のいた社からは死角になるため、彼女には2人が見えなかったのだ。 身軽に岩をのぼり先に外へ出ていた快斗は、やや息を切らせながら隙間から這い出てくる芳人を少し離れた場所で待っていた。 暗い岩穴から出て真っ先に視界に広がったのは青い色をたたえた海だった。 岩穴で聞いた音よりずっと大きな波の音が耳に入る。 右斜め方向に、彼らのいた真上有人が所有していた白い家が見えた。 つまりあそこの切り立った崖の中をずっと歩いてきたのだ。 芳人は穴から出るとゆっくり立ち上がる。 彼が追ってきた少年は、腕を組んで岩の上に立っていた。 小箱は少年の手の中にある。 「・・・・・・・」 ヒュッと風を切る音と共に鋭い蹴りがほっそりした少年を襲った。 快斗は芳人が繰り出した蹴りを、スッと身体を傾けるだけでかわす。 「さすがに反射神経は人間離れしてるな」 そりゃあね、と快斗は顎を上げて笑う。 「トロくちゃ仕事になんないからさあ」 芳人が拳と蹴りの連続技を繰り出しても、目の前の少年にかすりもしなかった。 ほお・・と、芳人は初めて感嘆の声を漏らした。 本気は出していないが、それでもこれだけかわせるというのは驚きだ。 「我流じゃないな。いったい、何をやってた?」 さあ?と快斗は肩をすくめる。 「カンフーじゃないことは確かだけどね」 じゃあ何かと聞かれても、ちょっと答えられないけど。 「さすがにさあ、一撃で人を倒せる腕はもってないからあんたに本気出されると困るんだよなあ」 そうなると、もう殺しあいになっちゃうからさ。 ここでやるのはヤバイでしょ? 芳人は拳を引き、小首を傾げる少年とまっすぐ向き合った。 「どういうことなのか聞きたいものだな。本当にそいつがおまえの目的のものなのか?」 「んー、実はそうじゃない。この小箱があの場所にあったのは全くの偶然なんだよね」 「なんだと?」 「実際さあ、ここへ来る目的などオレにはなんにもなかったんだ。あえて言うなら、シンのため・・かな」 「おまえの双子の片割れか。いったいあいつは何者なんだ」 信じがたいが、目の前の少年は変装などしておらず素顔で自分の前に立っているのだ。 怪盗キッドが素顔で行動するなど、およそ考えられないことであるが、実際この手で確かめているのだ。信じがたくとも、それが真実だと思うしかない。 全く・・・怪盗キッドがこんな子供だったとはふざけた話だった。 そして、これが素顔であるなら、一緒にいたシンという少年と双子だというのも嘘ではなかったのかもしれない。 「あ〜と。言っておくけどね。シンとオレは双子じゃないよ」 全然血は繋がってないという快斗の言葉に、芳人は眉を寄せる。 「あれだけそっくりなのに、血が繋がってないってのか」 「そう。ちなみにオレたちの親も親戚ってわけでもなく、全くの赤の他人」 「それを信じろって言うのか」 芳人が疑わしそうに言うと、快斗は首をすくめて笑った。 「別に信じなくってもいいけどさ。どうせあんたには関係ないことだし」 芳人はムッと口をとがらせる。 初めて会ったときから頭にくる奴だったが、正体がこんな子供だと知ればさらにむかつきを覚える。 こんな子供に振り回されて面白いわけがない。 「李の所でも見たが、そいつは、いったいなんだ?」 芳人が快斗の手の中にある小箱を指差すと、クスクスと楽しそうな笑い声が聞こえた。 目の前に立っている、国際手配されている犯罪者は、無邪気で子供っぽい笑い方をする少年だった。 「こいつが普通の宝石だったらね、あんたにあげてもいいんだけどさ」 「普通の宝石じゃないのか?」 快斗はにっと口端を上げる。 「こいつは”パズル”さ」 パズル? 香港であんたに会ったあの日は、ミスター李が持ってた”パズル”を受け取りにきてたんだよね、と少年はニッコリ笑った。 「・・・・・・・」 でも、ただではくれなくてさ、しっかり仕事させられちゃったけどv 言って、快斗は持っていた小箱を芳人の方へポンと投げた。 驚いて手を出した芳人は、受け取った小箱を見て仰天した。 さっき見た時は箱の中に青い宝石が見えたのに、今はどこにも開く所がないのだ。 (なんだ・・??) 「そいつを開けるのは至難の技だよ?なにしろ、超天才で変人の男が遊び感覚で作った意地の悪い代物だからねぇ」 「おまえは開けられるのか?」 「と〜ぜん!オレはそいつに負けない天才だも〜んv」 「で、変人か」 それは違う、と快斗はムッツリとなる。 コロコロ表情が変わるところは、本当に子供だ。 (怪盗キッドは、こういう男だったのか) ふっと、快斗は顔を海の方に向けた。 芳人も快斗が見ているものを見る。 彼らがこの島へ来るときに乗ってきた船がこちらに向かってきていた。 「来たみたいだね」 「森田弁護士か?来るのは明日だったんじゃ・・・」 「用事が早くすんだんじゃないの」 快斗は言って芳人の方へ歩み寄ると、小箱を取り再び岩の隙間に身体を滑り込ませた。 続いて芳人も隙間に入り、新一と潮のいる社へと戻った。
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