並んで立っている、そっくりな少年たちは、 島で唯一の桟橋に船がつけられた。
「ああ〜〜もうガッカリだぜ・・・」 広いリビングのソファに座っていた、大学生らしい若い男がガックリと肩を落とす。 「やっとこぎつけた白鳥女子大とのコンパを蹴ってまで、こんな辺鄙な島に来たというのに・・・・」 俺の前にいるのは、ムサイおっさんと女子プロレスラーのようなごつい女と色気のないガキだけだとは・・・・ ああ〜白鳥女子大のマドンナ亜美香ちゃんと話が出来る絶好のチャンスだったのになァ〜〜 「ちょっとお!何をさっきからブツブツ言ってんのよ!あんた、いったいここへ何しに来たわけ?」 彼に女子プロレスラーという評価を下された雨村潮(あまむらうしお)は、テーブルを挟んだ向かいのソファに腰掛けている男、真上芳人(くらきよしと)の顔をジロリと睨んだ。 年齢的には2つかそこらしか違わないだろう。 顔はまあ可愛い方だろうが、自分より身長があって逞しい筋肉を持った女を口説く趣味はない。 それは潮も言いたいことで、芳人のような見るからに遊んでますというタイプは好みではないし、お呼びでもなかった。 イトコという関係だから一応口はきくが、これが赤の他人なら当然無視してる所だ。 彼らの親、潮の母親と芳人の父親が姉弟で、先週亡くなった真上有人(まがみゆうと)の子だった。 二人がここへ来ることになったのは、潮の母親が病気で現在治療中であり、芳人の父親は仕事で南アフリカに出張中だったからだが。 「まあ、親父に代理頼まれて来たんだけどさ。どうせ、遺産配分なんてもう決まってんだろうし、今更俺がどうしたって取り分が増えたり減ったりするわけじゃねえだろ?」 じじいが生きてる間なら、媚次第でどうにかなったかもしれないが。 だから、今回来たのはある楽しみがあったからなのだ。 それは・・・・ 「なあ、美登利(みどり)さんって、すげえ美人だったんだろ?」 芳人が、若い彼らと少し離れた席に座っていた40才くらいの男に訊いた。 彼は有人の末の息子、正人で、潮や芳人の叔父にあたる。 「ああ。本当に綺麗な人だったよ。3才年上だったが、今も私にとっては憧れの女性だ」 正人は現在私立大学の助教授で、義理の姉だった美登利のことが忘れられないというのか、いまだに独身だった。 美登利と麻人(あさと)は有人の妹の子だったが、二人がまだ小さい頃に事故で両親を亡くし、ただ一人の身内であった彼が引き取ったのだ。 有人は、亡くなった妹にそっくりな美登利をとにかく可愛がっていた。 「長い黒髪が綺麗でね。抜けるような色白で、特に大きな瞳が印象的だったよ」 ふうん・・と芳人は潮の隣に座っている茶色の髪の少女の方に顔を向けた。 少女は、何よ!という表情で芳人を睨み付ける。 「親父もよく言ってたんだよなあ。イトコで妹でもある美登利さんは、まさしく絶世の美女だったって。けど、写真が一枚もなくってさ、つくづく残念だなあと思ってたんだよ。そこへ今回の話がきてさ。その美登利さんの娘が来るらしいってんで、俺、すげえ楽しみにしてたんだよ」 いやマジで。 なにしろ、白鳥女子大のマドンナを蹴ってまでこんなところへやってきたんだからさ。 「なのに・・・・これって詐欺じゃねえ?」 何が詐欺よ!と少女が噛み付いた。 確かに死んだ母親とは全く似た所はないらしい。 らしいというのは、母が亡くなった時に父親が彼女の映った写真をすべて処分し、今だに娘である矢島美貴は母親の顔を見たことがないからだ。 なぜ父がそんなことをしたのか美貴にはわからない。 母親に全く似ていない美貴への気遣いだとしたら、余計なお世話である。 髪が茶色なのも、浅黒い肌も、これといって特徴のない平凡な顔立ちなのも、すべて父親譲りだ。 彼女を見ると誰もが、父親にそっくりだと言う。 自分でもそう思うのだから、確かにそうなのだろう。 でも、母を知ってる人なら、もしかして自分の中に母の面影を見つけてくれるのではと考えたのだが、どうやら期待はずれだったようだ。 「そういや、美登利さんの弟の子供が来るんだって?」 「ああ。彼は今アメリカにいるんだが、怪我をして来られないから息子たちを寄越すと連絡があった」 「これも親父から聞いたんだけど、美登利さんにちーっとも似てないんだって?」 そうだな・・と正人は頷いた。 「私と同い年だが、チビで近眼でやせっぽちの、どこといって目立たない男だったな」 本当に姉弟なのかと疑うくらい似てない二人だったのだ。 「でも優しい叔父さんだわ。母が亡くなってから、時々贈り物を持って会いにきてくれたもの」 愛する妻を失ってから父は仕事に熱中し、娘の美貴を殆ど構わなかった。 娘の誕生日すら忘れていて、美貴はいつも寂しい思いをしていた。 それを癒してくれたのが、母の弟である真上麻人だったのだ。 アメリカに渡ってからも、毎年誕生日やクリスマスには忘れずにプレゼントを送ってくれる。 「んじゃ、期待できないってことかァ・・・」 「お生憎。母さんの話じゃ、麻人叔父さんの子供は双子の男の子よ」 男・・・芳人はまたもガックリとうなだれる。 「年は美貴ちゃんと同じ筈よ。17才。きっと仲良くなれるわ」 初めて会う身内だもの、と潮は少女にニッコリ笑ってそう耳打ちした。 初めてといえば、ここにいる全員が初めて会う身内なのだ。 住む場所が遠く離れていたということもあるが、それよりもどの家族もぜんぜん親戚づきあいをしない家族だった。 年賀状すら出したことがないらしい。 互いの住所も知らなかったのではと思えるふしがある。 だからといって、仲の悪い兄弟ではなかったようなのだが。 「それより、俺、腹へっちまったんだけど。食事はどうなってんだ?」 「食料は森田弁護士が手配し、昨日のうちに運び入れてあるはずだ」 「うげっ!もしかして、自炊?」 まあ、女が二人もいるから心配ないかと芳人が言うと、堪忍袋の切れた潮の手から灰皿が投げられた。テーブルの上にあったガラス製の灰皿だ。 当然、当たれば痛いだけですまない。 うわっ!と芳人は飛んできた灰皿を避ける。 灰皿は芳人の顔スレスレに飛んでいった。 「危ないだろ!オレの頭は女子プロレスラーのおまえと違ってデリケートなんだからな!」 「デリカシーのない顔して、何がデリケートよ!だいたいわたしは女子プロレスラーじゃなく、報道カメラマンなんだからね!」 「どんな顔だとしても、当たれば大変ですよ」 え?と彼らは唐突に聞こえてきた、初めて耳にする少年の声に目を瞬かせる。 いったいいつ入ってきたのか、彼らが向けた視線の先には、やはり初めてみる少年が立っていた。 いや、数時間前までは、ここにいる人間みんなが初めて見る顔だったのだが。 「この灰皿、高級品だぜ。割れたりしたらもったいねえじゃん」 そう言ったのは、その少年の後ろにいて灰皿を拾う少年だった。 「・・・・・・・・・」 彼らは新しく来た訪問者二人を見てポカンと口を開けた。 多分高校生・・・矢島美貴と同じ年頃だろう。 黒髪に抜けるような白い顔・・それも誰の目から見ても整った綺麗な造りの顔だ。 背は普通だが、体型はほっそりしていて、頭は小さく手足が長い。 そして、何よりも驚くのは、二人が瓜二つだったことだ。 双子・・・・では、この二人が真上麻人の子供たちなのか? 「驚かせてすみません。声はかけたんですが、気がつかれなかったみたいで」 「んで、近くまで行こうとしたら、いきなり灰皿が飛んでくるんだもんなあ」 びっくりだよ、と肩をすくめる少年の方は、癖毛というより猫っ毛の黒髪だ。 彼の前にいる少年は癖のないストレートの黒髪をしている。 見かけの違いは、多分それだけだ。 「真上シンです。後ろにいるのは、弟のカイ」 やはり年の功か、先に我れに返ったのは正人だった。 「あ、ああ・・・すまない。ちょっとびっくりしてね。私は君たちの叔父に当たる真上正人だ」 「はじめまして、叔父さん」 新一が手を差し出すと、正人は戸惑った顔になるが、すぐに握手を交わす。 「そういや、君たちアメリカ育ちなんだよな。俺は真上芳人だ」 そう言って握手しようと伸ばした芳人の手は、新一の後ろにいた快斗がすかさず握っていた。 「はいはいvよろしくね!」 ムッと寄せられた芳人の眉間に、快斗はニヤリと笑う。 「わ、わたしは矢島美貴!」 「わたしは雨村潮。君たちのイトコだよ」 よろしく、と綺麗な顔をした双子は会釈した。 「お茶入れてくるね!コーヒーでいい?」 双子は美貴に向けてコクンと頷く。 「ついでに夕食の準備も始めるから。芳人、あんたはこの子たちを部屋に案内して」 呼び捨てかよ、と芳人は口を尖らせたが、逆らう気はないのか文句言わずに双子を連れて部屋を出ていった。 正人は、ぼぉ〜とした表情で双子を見送る。 「驚いたな・・・美登利さんにそっくりじゃないか」 え?とキッチンに行きかけた潮と美貴が振り返った。 「お母さんに?あの二人が似てるの?」 ああ、と正人は頷く。 「若い頃の美登利さんにそっくりだよ。まさか、麻人の子供が似るとはね。遺伝子というのは、本当に驚くべき奇跡を起こすものだよ」 お母さんに・・・ 美貴は双子が出ていった方を見つめた。 「それじゃ、本当に綺麗な人だったんだね、美貴ちゃんのお母さん」 さすがに女性的とは言えないきつさが感じられる美貌の少年たちだが、それを抜きにした顔を思い浮かべれば確かに誰もが認める美女だろう。 「でもまあ、これで芳人のグチを聞かずにすむかも」 「え?どうして?」 「あいつ好みの美人が二人もいれば、文句は出ないでしょ?」 「え〜〜?だって、男の子よ?」 「見るだけなら一緒。まあ、手を出すほどバカじゃないでしょうけど」 「潮さん〜〜それって、ヘン!」 「ヘンって・・最近の女子高生って、その手の話題が好きなんじゃないの?父方のイトコに女子高生がいるけど、女子校ってこともあってスゴイ会話が飛び交ってるらしいわよ」 「・・・・・・・」 「でも、実際問題であれば許せないけどね」 やったらただじゃおかない・・と潮はポキポキと両手の指を鳴らした。
芳人が双子を案内したのは、二階の海側の部屋だった。 窓からすぐ間近に青い海が広がっている。 「部屋割りは、森田弁護士が前もって決めてたんだけど、いいかい?」 「ええ、構いません」 笑みを浮かべて頷く新一を芳人は見とれるようにじっと見つめた。 「ホント、おまえ綺麗な顔してるよな。本当に男か?」 フッと新一の浮かべられた笑みが微妙に変わったことに気がついた快斗が、さっと彼らの間に割って入る。 「実はさあ、オレが女なんだって言ったら信じる?」 「信じないね」 即答する芳人に、快斗はそお?と笑って首を可愛く傾けた。 そして、ケラケラ笑い出した快斗に呆れたのか、芳人は双子を残して部屋を出ていく。 「なあ、シンちゃん。ここでキレちゃ駄目だよ」 芳人がいなくなると、快斗はクルリと新一の方を向いてそう注意した。 いやもう、いつ新一の足が出るかとハラハラしていたのだ。 「なんか、あいつ見てると白馬の従兄弟を思い出しちまってさ」 なんかむかつく! 「ああ、あいつね。あいつはバカだけど、あの芳人ってやつはそんなバカじゃねえと思うな」 「わかるのか?」 オレって勘はいいからと快斗は首をすくめる。 「それよりさあ、聞いてた情報と違わねえ?」 「一人足りない」 「う〜ん・・まだ来てないのか」 それとも・・・・・ それとなく、聞いてみる?と快斗が言うと、新一は首を振った。 「少し様子を見よう」 オッケーvと快斗はニッと笑う。 「何事も姫の仰せのままにv」 「てめえ〜〜!」 それ、やめろって言っただろうが! ブン!と繰り出された黄金の蹴りを、快斗はサッとかわしドアの方へ飛んだ。 「んじゃ、まずはティータイムを楽しもうぜ、シンちゃんv」 「・・・・・・・・・・」 新一は、ハァァ・・と深い溜息をつくと、快斗に続いて部屋を出た。
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