遠い昔、神のお告げを信じて島にやってきた巫女は
白い髪と血のように赤い瞳を持った
若く美しい女性だったという。

閉鎖的な村に生まれ育った女性は
その容姿ゆえに気味悪がられ逃げるようにしてこの島へとやってきた。
当時島には10家族ほどしか住んでいなかったが、
彼女は巫女として無人となっていた神社に住み着いた。


「だが、ある嵐の夜巫女は忽然と島から姿を消したというんだ」

 彼女は医術の心得もあったんで、島の人間にはとても大事にされていたから大騒ぎになったようだけどね。

 嵐の夜、島の外に出ることなど不可能だし、となれば後は事故か神隠しということになる。

「結局、巫女は見つからなかったわけ?」

 潮がそう聞くと、正人はそうらしいなと答えた。

「じゃあ、今もこの島のどこかに、その巫女がいるかもしれないね」

 島をずっと見守るために、と快斗が言う。

「あ、それっていいね。そういうことなら怖くない」

 表情が硬かった潮は柔らかく微笑んだ。

 美貴はまだしっかりその潮の腕を掴んでいるが、先ほどまでの動揺はおさまり落ち着いたようだった。

「それにしても、海側の戸が開いていたというのは問題だな」

 正人がそう言って顔をしかめる。

 昨夜、誰も戸を開けていないのだから。

 戸がひとりでに開くわけはない。

「俺たちが出てから、後でまた戻った奴はいないのか?」

「いるわけないでしょ!みんな、すぐに自分の部屋に戻ったんだから!」

 少なくとも、あたしと美貴ちゃんは怖くて朝まで一歩も出なかったわ!と潮は言って芳人を睨んだ。

「おまえなあ。ちょっと聞いただけでなんでそう突っかかるんだよ?」

 芳人はブスッと口を尖らせる。

 この2人の言い合いは、どうやらこの島を出て別れるまで続きそうだ。

(な〜んか、ドラゴンもこうして見ると可愛いじゃんv)

 快斗がククッと面白そうに芳人を見て笑うと、いきなり後頭部をグーで殴られた。

「? ?」

 涙目で振り返ると、なんだか不機嫌そうな新一が上目遣いで睨んでいた。

 な・・なに?

「え・・〜と。何かな、シンちゃん?」

 オレ、なんかした?と目で尋ねても、新一は口を引き結んだままプイと横を向いた。

 どうやら、自分で考えろということらしい。

 そんな2人のやりとりを、芳人はしっかり目撃していた。

 彼らの力関係は、最初の出会いの時に感じたとおりらしい。

 だが、カイと呼ばれる少年の正体は国際手配されている犯罪者”怪盗キッド”だ。

 では、シンと呼ばれている少年はいったい何者だ?

 そして・・と芳人は壁にかかっている肖像画を見つめた。

 肖像画は、昨夜布をとったままの姿でそこにあった。

 真上有人の養女であり、美貴の母親だったという美しい女性”美登利”。

 正人も、潮と美貴も、そして双子もその絵を見つめた。

「・・・・・・・・・」

 肖像画を見つめる、瓜二つの顔をした少年たち。

 おい、と芳人が声を出すと絵を眺めていた彼らが振り向く。

 絵の前に立っていた2人の少年の顔と、絵の中の女性の顔が芳人の前で見事に重なった。

 そっくりな顔・・・・・

 これが偶然だなんて、あり得るわけがない。

 だとしたら、これは故意であって必ず目的が存在する。

「おまえら・・・いったい何もんだ?」

「・・・・・・・」

 新一の瞳がスッと細くなるのを見て、快斗が苦笑いを浮かべる。

 あまり機嫌がよくないんだから、これ以上は怒らせたくはないんだけどね。

「おまえらって、誰のこと言ってんのよ?」

「決まってんだろ。その絵の人物にそっくりな面をしたガキ共だよ。そこまでそっくりってのは気味悪くねえか?」

「あんたねえ!なんてこと言うのよ!仮にも血の繋がった従兄弟でしょうが!」

「だって、まるでクローンを見てるみたいじゃねえか!いくら血縁があったって、ここまで似るってのは異常だぜ!」

芳人!

「芳人くん。それは言いすぎだ。美登利さんだって、亡くなった私の叔母に瓜二つだったんだよ」

 あのねえ、と快斗が芳人に向けて小首をかしげながらニッと笑う。

「世の中には自分にそっくりな顔の人間が3人いるって言うだろ?あんたにだって、びっくりするほど似てる人間がどっかにいる筈だってことさ」

 もっとも同世代とは決まってないから、よぼよぼのじいちゃんの若い頃とか、幼稚園に通ってるチビ助が将来あんたにソックリになるってこともありうるわけだよなぁ。

「・・・・気にならないのか?」

「気になるよ」

 答えたのは新一だった。

「美登利さんのことは聞いていたけど、こんなにも似てるなんて全く知らなかったから本当に驚いた」

「こんな奴の言うことなんか気にすることないわ。叔母と甥ですもの。不思議なことじゃないわ」

「母と娘では全然似なかったのにな」

「・・・・・・!」

 潮の手から強烈なビンタが放たれ、芳人の顔にヒットする。

 快斗は彼女のバネのきいた鮮やかな平手うちに、ヒュ〜と口笛を吹いた。

「いい加減にしなさいね。言っていいことと悪いことの区別がつかない子供じゃないでしょ?」

「・・・・・・・」

「潮さん・・!」

 美貴が困惑した表情で潮の腕に抱きつく。

「ついに暴力沙汰になったねv彼女、怒らせるとホント怖いんだぁ」

 誰のせいだと思ってる、と芳人はむくれて面白がっている快斗を睨みつけた。

 こんな奴、庇ったって意味はない。自分が言ったことなんか、屁とも思ってないのだから。

 いや、そもそもこいつは、麻人の息子ではないのだ。

「あれくらいのビンタ、簡単に避けられるのにしなかったってのは」

 やっぱり、惚れちゃった?

「ふざけたこの口を裂かれてえか?」

 芳人はギューと間近に寄せられた快斗の頬をつまんで引っ張った。

 ・・・・・え?

「ひっど〜い、お兄ちゃんもやっぱりシンちゃんと一緒でサドなんだ〜〜」

「・・・・・・・」

「オレがなんだって?」

 快斗はギクリとなった。

「あ・・え〜っと・・・・」

 焦って振り返ると、新一はついと背中を向けて離れていく。

 快斗は大慌てで新一の背中を追った。

(な・・んだ・・・・・?)

 芳人は茫然となって目を瞬かせた。

 さっきつまんで引っ張った少年の頬は、どう考えても造りものではなく本物の肌だった。

 つまり彼は変装しているわけではないのだ。

 う・・・うそだろう〜〜〜

 あいつは、怪盗キッドなんだぞ!

 それが、10代にしか見えないガキだってのか!?

 パニックを起こしかけている芳人の目の前で、新一は奇妙な行動を起こした。

 絵がかかった壁に垂直に手を伸ばし、そのままゆっくりと右回りに歩きだした。

(なんだ?)

 快斗を除いた全員が、突然の新一の行動に驚いて目を瞬かせた。

「どうしたんだね?」

 正人が首を傾げて問うと、快斗がしーと人差し指を唇に当てた。

 彼だけは、新一が何をしているのかわかっているようだ。

 一周回って絵の前に戻ると、今度はフローリングの床を斜めに進み、そして再び壁に沿って歩くと対角線を描くようにもう一度部屋を斜めに横切った。

 いったい何をしているのか。

「カイ、戸を閉めて。カーテンも」

「了解」

 快斗は海に面したガラス戸を閉じ鍵をかけると、再びカーテンをきっちり引いた。

 途端に、あの気味の悪い風の音が消える。

 美貴は風の音が聞こえなくなると、ホッとした顔になった。

 いくら風の音だといっても、やはり気味が悪い。

 それも木霊の泣く声だとか言われれば、ずっと聞いていたいものではなかった。

「聞こえませんか?」

 急にそう聞かれた彼らは、え?という表情で新一を見る。

「風の音がまだ聞こえるでしょう?」

「ああ、聞こえるぜ。だが、それは外の風の音じゃない」

 芳人が言うと、正人や潮と美貴の3人は首をかしげながら、それでも真剣に耳をすませた。

 だが、戸を閉めてから風の音はいっさい耳に入ってこない。

「ちょっと。あなた達には聞こえるの?」

 わたしたちには何も聞こえないわ、と三人はねえ?と顔を見合わせる。

「風は下から吹いてんだよ」

 快斗が言うと、3人はええっ?と足元に目をやった。

「どうやらこの部屋の床下は、ある一点が空洞になっているみたいですね」

 しかも、入り口がちゃんと作られている。

「入り口?そんなものがいったいどこに?」

「多分ここ・・・」

 新一は部屋の中央からやや肖像画に近い位置に立ち、靴の踵でコンと床を蹴った。

 確かに微妙だが音の反響を感じられる。

 しかし、空洞があるという床のフローリングを見ても開くようには見えなかった。

 以前・・と新一は言って肖像画の女性の視線を追うように首を巡らせ、その先の壁にかかった古い壁掛けの時計を外した。

 時計に隠れていたその場所にはスイッチのようなものがあった。

「以前、僕はいろんな仕掛けが施された館を見たことがあるんですが、そこはパスワードを打ち込まないと開かなかったんですけど、ここは」

 新一がそのスイッチを押すと、さっきまで彼が立っていた床の一メートル四方が浮き上がりスライドするようにゆっくりと開いていった。

 簡単だ、と新一は驚愕の表情を浮かべ絶句している彼らにニッコリと笑ってみせた。

 簡単ってなあ・・と芳人は呻く。

「こんなところが開くなんて、そもそも普通は気がつかねえよ」

 同感・・・と潮は初めて芳人と一致した感想を呟いた。

 一応下へ降りる階段はあるものの、上から三段くらいしか見えず中は真っ暗でどうなっているのかまるでわからなかった。

「地下室になってるのかな?」

 首を傾げながら潮がしゃがんで中を覗き込んだ。

 さすがに報道カメラマンだけに好奇心が強い。

 普通の女子高生である美貴は、離れた所で地の底に繋がっているような真っ黒な穴に怯えたような表情を浮かべて立っている。

 今にも暗い底から何かが這い上がってくるようで気味が悪かった。

 できれば、すぐにも入り口を閉じて欲しいくらいだ。

 だが、潮だけでなくこの場にいる芳人や双子も興味深げに穴の中を覗きこんでいた。

「地下室ではないでしょうね。下から上がってくるこの風からして、密閉されているのでなく明らかに外へ繋がっている」

「じゃあ、通路になってんの?」

「洞窟とかに繋がってんじゃない?こんな岩が多い海岸には多いじゃない。波に洗われ侵食されて中が空洞になっちゃうっての」

 快斗が言うと、潮たちは成る程と頷く。

「こういうのがあるんだったら、まんざら潮が言ってた黒い影も気のせいってわけじゃないな」

 芳人の呟く声を耳にした潮は、ムッとなって顔をしかめた。

「なによ!まだ信じてなかったわけ?」

「昨夜以来、誰もこの部屋に入った者はないのに、戸が開いていたのもその侵入者によるものかもしれないというわけか」

「叔父さん・・・・」

 美貴は怯えた目で叔父の正人を見つめた。

「7人目か?それとも、今回のこととは全く関係ないこの島に侵入した人間なのか?」

「誰かはわからないけれど、我々の知らない人間がこの島にいるのは事実」

 となれば・・・・・

「リビングに懐中電灯があったな」

 新一が言うと、快斗は持ってくる!と言ってすぐに部屋を飛び出していった。

「ちょ・・まさか、中へ入るの?」

 美貴は信じられないというように双子の片割れである少年の顔を凝視する。

 得体の知れない人間が潜んでいるかもしれないのに。

 いや、それよりも、こんな真っ暗な場所へ降りていこうなんて・・・・

 美貴には到底考えられないことだった。

「わからないままでいるわけにはいかないだろ?」

「でも!危ないわ!」

 はい、と戻ってきた快斗が新一に懐中電灯を手渡す。

「オレも一個荷物んなかに入れてたからついでに持ってきたv」

「ああ?おまえに懐中電灯なんていらないだろ?」

 暗いとこでも平気で走れる人間なんだから。

「そいつは俺がもらうぜ」

 芳人はそう言って快斗の手にある懐中電灯を横から奪い取った。

「なに?あんたも行くの?」

 当然だろ、と芳人は瞳を瞬かせる快斗に向けて肩をすくめた。

「おまえらだけで行かせられっかよ」

「ああ、ちょっと待って。カメラ持ってくるから」

 え?

「まさか潮さんも降りるの!?」

 勿論、と潮は美貴に向けて頷いた。

「だって、面白そうじゃない」

 さすがに女とはいえ、日本中を飛び回る報道カメラマンだ。肝が据わっている。

 そのうち、フリーになって世界中を飛び回るのが潮の夢なのだ。

「美貴ちゃんは叔父さんと一緒に残ってて」

「潮さん・・・」

「大丈夫だって!いざという時のボディガードが3人もいるんだし」

「おまえにはボディガードなんていらねえんじゃないの」

「失礼ね。合気道2段のわたしは守れないって言うの?」

「おまえ、合気道のほかにも、なんかやってんだろ」

 あら、わかった?と潮はクスッと笑う。

「そっちはナイショ」

「アハッv守られるのって、オレたちの方だったりして!」

 快斗は面白そうに声を上げて笑った。

 芳人は、誰が守られる側だって?と胡乱げに快斗を見つめる。

「・・・・・・・・」

 正人は、怖さも緊張も何もない彼らを呆気にとられた顔で眺めた。

 この子たちは・・・・

 部屋からカメラを持ってきた潮が戻ってくると、最初に懐中電灯を持った新一が下り、そのすぐ後に快斗が、そしてやはり懐中電灯を持った芳人が続き・・・・

「じゃ、行ってくるね。心配しないで叔父さんと待ってて」

「潮さん!」

「昼食の準備に間に合わなかったらごめんね」

「あ・・わたし、一人でも用意できるから!気にしないで、潮さん!」

「ありがと」

 ニコッと笑って潮は階段を下りていった。

「気をつけてね、みんな!」

 

 

 下りてみてわかったが、人の手が加えられていたのは岩を削って作られた階段だけでそこは天然の洞窟になっていた。

 壁や天井には人の手が加わった様子はみられない。

 持っていた懐中電灯の灯りで浮かび上がる洞窟に芳人も潮も目を瞠った。

 階段が途切れたその場所は、さらに幅が広くなっていて2人が並んで歩くことができた。

 天井は2メートル近くあるので、彼らが立っていても頭がつくことはない。

「スゲエな・・・・こんな広い洞窟は初めて見たぜ」

 あたしも・・・と潮もびっくりしたように洞窟の中を見回している。

 洞窟はまだずっと続いていた。

 先を歩いていた双子は、ちょっと立ち止まってまわりを確かめるように灯りを動かしてからまた歩きだした。

 本当にいい度胸をしている。

 好奇心旺盛な高校生というだけでなく、こういう状況に慣れているような気さえした。

 いや・・実際慣れているのだろう。

 少なくとも彼らの一人は・・・と潮は前を行く華奢な少年の背中を見て思った。

「ホント、噂通りよね」

 ん?と潮の呟きを耳にした芳人が訝しげに眉をひそめる。

「何が噂通りなんだ?」

「あんたには関係ないわよ」

 おまえなあ・・と芳人は相変わらずの潮の態度に呆れ返る。

 とにかく初めて顔をあわせた時から、何が気に入らないのか潮は彼に対し妙につっかかってくるのだ。

 まあ、自分も言いたい放題で怒らせた自覚がないこともないが。

 それでも、まだ言葉を交わす前から潮はこういう態度だった。

「おまえ、俺のどこがそんなに気に入らないんだ?」

「あら。何が目的かわからない得体の知れない男を前に、警戒しないはずないでしょ?」

「得体が知れない?それって、どういう意味だ」

 潮は足を止めると、横を歩く芳人の顔を見つめた。

「あたしね、真上芳人に一度会ったことがあるのよ」

「・・・・・!」

 驚く芳人に対し、潮は一歩も引くことなく目をそらさなかった。

 ひとしきり睨みあってから、芳人は諦めたように深い溜息をついた。

「・・・・いつ会ったんだ?」

「あたしが高校生の時。新聞で芳人が描いたイラストが有名なコンテストに入賞したという記事を母が見つけて教えてくれたのよ。で、こっそり一人で上京し見に行ったわけ。丁度そこに本人がいたのよ。話はしなかったから芳人はあたしのことは知らないでしょうけど」

「通りで・・・あいつ、そんなこと全然言わなかったものな」

「なに?あんた、芳人の知り合いなの?」 

 まあな、と彼は笑って首をすくめる。

「本物の芳人はどこにいるの?」

「ハリウッドでCGの勉強中。映画作りに参加したいんだと」

「はあ〜?イラストレーターになるんじゃなかったの?」

「似たようなもんじゃねえの」

 で?と潮はもう一度問う。

「あんた何者?」

「真上芳人の友人で、少なくともおまえの敵じゃあない」

「なによ、それ。敵がいるっていうの?」

 いるかもな・・と言ってから芳人は前方に明かりを向け眉根を寄せた。

「こんなとこで言い合いしてる場合じゃない。”双子”がいないぜ」

「えっ!」

 見ると、前を歩いていた筈の2人の少年の姿が見えなくなっていた。

 灯りも見えないところからして、ずっと先に進んでしまったようだ。

 新一と快斗も、途中で後ろを歩いていた筈の芳人と潮の2人がいないことに気づいた。

「あらら・・・お二人さんいないね」

 そんなに早く歩いてないのに。

 新一が懐中電灯の明かりを後ろに向けたが、二人の姿は見えなかった。

 かなり遅れているらしい。

「何かあったかな?」

「大丈夫だろ。あの二人ならさ」

 たとえ怪物が出て来ようとへっちゃらだぜ。

「たいした信用だな」

 新一は目を眇めて快斗を見る。

「おまえが知ってるのは、どっちの方だ?」

「は?どっちって?」

「とぼけんな。おまえがそこまで信用してるということは、その能力を既に知ってるからだろうが」

「・・・・・・・・・」

 快斗は、う〜ん・・と唸りながらポリポリ頭をかく。

「別に信用とかじゃないけど・・・まあ、ある程度能力は知ってっからさ」

「男・・の方か」

「うん、そう・・・・」

「あいつは真上芳人じゃないのか?」

「・・・・・」

 どっからそういう結論がはじき出されるのかなあ。

 毎度思うことだが、名探偵の思考回路っていったいどうなってんだか。

 

 

NEXT BACK