その島は近辺に点在する島に比べれば小さな島であったが
個人が所有するものとしては最大であった。
電車とバスを乗り継いで着いた港で迎えに来ていた船に乗ってから
新一はデッキの手すりにもたれ、じっと海を見つめていた。
この海を見るのは2度目・・・
前の時はまだコナンの姿で、蘭と小五郎が一緒にいた。
あの時、自分たちが目指したのは月影島・・
苦く悲しい思い出のある島だ。

「新一」
船室にいた快斗がひょこっと顔を出し、新一を呼んだ。
そして快斗は
手すりにもたれて海を見ている新一の隣に並んで立った。

「何を考えてる、新一?」
「・・・・・・」

 


 

 そも、その依頼を引き受けることになったきっかけは、毎度息子の迷惑などおかまいなしの実の母親有希子の唐突な電話によるものだった。

 夜中の2時にかかってきた無神経な電話が誰からなのかは予想がついていて、ベッドの中でシカトを決め込んだ新一だったが、そこは母親、息子の心理などとおにお見通し。

 いっこうに諦めない相手に、結局根負けしたのは新一だった。

 ガバッとシーツを跳ね上げて起き上がり、新一はサイドテーブルに置いた電話を掴み取った。

 とたんにけたたましい呼び出し音は消えたが、今度はさらに明るく賑やかな母親の声が新一の耳を直撃したのだった。

「・・・・・〜〜」

 全く・・・すぐに電話に出なかったら家にいないと思わないのか?

 というより、普通、人が確実に寝ているだろう時間にかけたらたたき起こすことになるという気遣いはないのか?

 新一はこの際一言言ってやろうと思うのだが、先に用件を切り出されては言う暇もない。

「・・・で?母さんの知り合いの弁護士に会えばいいんだな?」

 新一が溜息交じりに答えると、有希子は「お願いね、新ちゃんv頼りにしてるわ!」と明るく言ってから電話を切ったのだった。

 もとい・・・愛してるわよvが後に続いていた。それはわかってるから無視。

 

 新一は、阿笠博士の家で有希子が言っていた弁護士と会うことにした。

 依頼内容が極秘を要するものであったため外で会うのはマズイとの判断で阿笠邸に決めたのだ。

 自分の家は、敵対関係の目があるということで使うわけにはいかなかった。

 これ以上、関係のない人間を巻き込むわけにはいかない。

 やってきた森田弁護士は、50半ばの小柄な男だった。

 彼が言うには、5年前に身体を壊した先輩弁護士に頼まれ受け持った家の主人が先月病死したのだそうだ。

「つまり、遺産相続のトラブルを未然に防ぎたいということですか」

 新一が言うと、森田弁護士は、はぁ、まあ・・・と頷いた。

「土地や株券を除いた預金だけでも5億はありますから」

「先月亡くなったという人の死因に不審な点は?」

「心臓に持病がありましたが、特に体調が優れないということはなくお元気そうでしたので、突然亡くなられた時は私も驚きました。警察の方もこられ、司法解剖もされたんですが殺人と断定できる事実は出てこなかったそうです」

「死因は心臓発作ですか?」

「ええ。あの家の主治医はそう診断されました。警察の方の結論もそのようです」

 ふむ、と新一は腕を組んだまま首を傾けた。

「森田さんは、殺人だったと思いますか?」

 いえ、と森田弁護士は首を横に振った。

「亡くなった時の状況から考えても殺人とは考えられませんし、病死で間違いないと思います」

「じゃあ、ボクに頼みたいということはなんですか?」

 実は・・・と森田弁護士は少々困ったような顔でかけていた眼鏡を指で押し上げた。

「お預かりしている遺言状を身内の方に公開するため島へ行かなければならないんですが、今抱えている裁判の日取りが急に決まったものですぐにはいけなくなってしまったんです」

 彼の身内は既に島へ向かっているし、3日後に自分が行くまで殆ど初対面である彼らだけにするのが心配なのだという。

 なにしろ、遺産の額が半端ではない。

 しかし、何も事件が起きてはいないのに警察に頼むわけにはいかなかった。

 そこへ、遺産相続人の一人である人物が工藤有希子を紹介してくれたのだという。

 なんで、そこに母さんが出てくるんだ?と新一は首を捻るが、どうもアメリカ在住の彼はお茶の間で人気のナイトバロニスの大ファンだったらしい。

 あっそ・・と新一は溜息を漏らす。

「彼も相続人の一人なので島に来てもらうことになっていたんですが、突然入院されることになり・・・で、お子さんだけでもと言ったんですが、日本語が殆ど喋れない子供をそんな場所に行かせるわけにはいかないと奥さんが反対されまして・・・・・」

「それで?」

「そのことを工藤夫人に言いましたら、あなたを紹介して下さったわけです」

(ハ・・そんなこったろうと思った・・・・)

「ボクにその相続人の代理として島に行って欲しいというわけですか」

「あ、いえ・・・その方の息子さんとして行ってもらえないかと・・・丁度年齢も同じくらいですし」

「ハ?ボクに身代わりになれと?」

「ええ。工藤夫人もあなたなら適任だとおっしゃられてました」

 そんな・・・大丈夫なのかよ?

「それで、もう一人の方にもお願いして頂きたいと・・・」

「もう一人って?」

 新一は眉をひそめて首をかしげる。

「はぁ・・・その方の息子さんは双子なので」

「・・・・・・・・」

 成る程な・・と新一は心の中で舌打ちする。

 裏で誰が糸を引いているのか新一はようやくわかった。

 おそらく、相続人の男が有希子に頼んでいる時、あの男も同席していたに違いない。

 くそ親父がぁぁ〜〜

 

 新一は、ハァ・・と手すりに突っ伏すようにして息を吐き出した。

 阿笠邸であったため、当然灰原はこの件を知ったが、快斗が一緒ならとりあえず許可してあげるわと新一にのたまった。

 つまり、新一1人なら絶対に行かせられないというわけだ。

 灰原曰く・・・彼なら工藤くんが転んだとしても下敷きになる覚悟はあるでしょうから。

 ・・・・・・・どういう意味だそれは?

「なに?どうしたの新一?」

「いやさあ・・・身代わり引き受けちまったけど今さらながら大丈夫かなと思っちまってさ」

「島に集まってる相続人たちは、殆どつきあいなくて、子供にいたっては顔も知らねんだろ?」

 一応、親になる相続人のプロフィールは聞いてるしさ。

「心配ないんじゃない?」

 新一は、一応誕生月が自分より後だということで弟ということになった快斗の方に顔を向ける。

「おまえ・・・オレたちの両親ってことになる二人の顔知らねえだろ?」

「あ、そういや見てねえよな」

 新一は上着のポケットから出した写真を快斗に渡した。

「今朝、森田さんから預かった」

 ・・・・ゲッ!

 快斗は写真に写っている人物を見て思わず絶句した。

 おそらく、アメリカの自宅前で写したものだろう。

 痩せて貧相な男と、その男の3倍はあろうかという太った女が写真を見つめる快斗に向けにこやかに笑っていた。

「コレがオレたちの親・・?」

 そう、と新一は頷く。

「彼が入院した理由ってのがな・・・・自宅の階段から落ちそうになった奥さんを受け止めようとして失敗し下敷きになったためなんだと。肋骨3本折って、右腕も複雑骨折だ。まあ、命があっただけめっけもんだと医者に言われたそうだ」

「・・・・・・・〜〜〜」

 わ・・笑えねぇ〜〜〜

 

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