それは本当に偶然だった。 最初は人違いかと思ったのだが、ふとした拍子にこちらに向けられた横顔が確かに彼だったので白馬探は驚きのあまり、しばらくその場から動くことができなかった。 どう考えても、この場所と彼とは結びつかない。 シンと静まり返った深夜、人の通りはなく、どこか後ろめたさを感じさせるその場所に立つ二人の男。 一人は長身で、均整のとれたモデル体型の男で、何故か夜なのにサングラスをかけていて顔立ちははっきりしなかった。 つまり、素顔をさらせない立場の人間なのかもしれない。 そして、男の腕の中にいるのはまだ少年で、背は男の胸くらいまでしかなく、どちらかといえば華奢な印象だった。 このあたりは売春が横行しているという地区で、本当なら白馬はこんな通りに足を踏み入れることなどなかった筈なのだが。 男の腕の中にいた少年が男からの接吻けを受ける様子を、白馬は息を呑んで見つめていた。 重なった唇、互いの舌が絡まる深く濃厚なキスからどうしても目が離せない。 何故、彼が? 目の前のシーンが信じられなかった。 何故? その夜は、宿敵である怪盗キッドの予告日で、白馬はまんまと獲物を手にして逃走するキッドの後を追いかけていた。 いつものように白いハンググライダーで逃走する怪盗キッド。 白馬は警察とは違うルートでキッドを追い・・・そして迷い込んだこの通りで彼を見つけた。彼一人なら、これほど動揺することはなかったろう。 だが、白馬がよく知る彼は見知らぬ男と一緒にいたのだ。 華奢な躰を男の手にゆだね、両手を相手の首に回してキスを受ける彼は、どう見ても意に反した行為という印象ではなかった。 白馬は、二人の姿が、俗に言うラブホテルの中へ消えていくのをただただ呆然と見送った。 この夜は、派手なキッド出現の影に隠れるように、ある廃ビルの屋上で身元不明の射殺死体が発見され、そしてキッドを追いかけていた白馬は見知った少年の意外な行動を目撃するという謎の多い夜であった。
学校の朝は、がやがやと賑やかだ。 「おはよう、白馬くん!」 教室に入った白馬に真っ先に気が付いた青子が元気よく彼に声をかける。 「あ、おはよう中森さん」 白馬もいつものようにニッコリと微笑んで挨拶を返すと、他の女生徒も寄ってきて声をかけていった。 彼女たちに挨拶を返しながら、白馬は彼の姿を求めるように教室内を見回した。 昨夜は、偶然目撃したあの場面がちらついて殆ど眠れなかった白馬である。 これはどうしても、本人から直接話を聞かなければ気がおさまりそうになかった。 だが、教室に彼の姿はなかった。 「黒羽くんは?」 「え、快斗?いつものように朝刊持って屋上に上がってったわ。ここで読むと青子が煩いからって」 青子はそう言ってツンと口を尖らせる。 「そりゃ、キッドの話題じゃ青子が文句言うからでしょ」 「だって恵子!またお父さんが馬鹿にされたのよ!」 あたし、キッドなんか大っ嫌い! はいはい・・・・ (屋上か) 「何?白馬くん、快斗に用なの?」 「うん、ちょっとね」 「え〜行くの?もうすぐチャイムが鳴るよお?」 「すぐに戻るから」 白馬は笑みを浮かべてうなずくと教室を出ていった。 屋上に上がった白馬は、すぐに一人でいる快斗の姿を見つけた。 金網の下に腰をおろし、広げた新聞を膝の上にのせボンヤリと空を見上げていた。 「あれ?白馬じゃねえの。どうしたんだ?」 「君にちょっと聞きたいことがあってね」 ふうん?と快斗は首を傾げながら歩み寄ってくる白馬を見つめる。 「聞きたいことって?」 「昨夜のことだけど・・・君、10時頃どこにいました?」 「なんだよ。まだ、オレのことキッドだと疑ってんのかよ」 快斗は溜息をつくと、バサリと膝の上の新聞を下に落とした。 開いたそこには、昨夜キッドが盗んだビッグジュエルのことが載っていた。 「家にはいなかったのでしょう、黒羽くん」 「いないって、なんでそんなこと言えんだよ。確かめたわけ?」 「いいえ。僕が君をある場所で目撃したからです」 「へ?」 快斗は白馬の言葉にキョトンと瞳を瞬かせると口元を歪めた。 「どこで?」 「ラブホテルの前です」 「ラブホテル?おまえ、ンなとこに行くのかよ?堅物かと思ってたら結構やるじゃんv」 「ちっ!違います!僕はキッドを追っていて偶然そこに!」 「偶然ねえ・・怪盗キッドがラブホテルに入ったってわけ?」 「そうではなく!キッドの逃走経路を追いながら走っていったらそのラブホテルがある路地に・・・・」 教師が聞いたら目を見開きそうな“ラブホテル”の連呼に、快斗はくくくとおかしそうに笑った。 「わかった。キッドを追っていて見失った地点がそのラブホテルだったってことだな」 「いえ、見失ったのはもっと手前でしたが」 「そこでオレを見たって?」 「ええ。背の高い男の人と一緒でした」 「フ〜ン。その男の顔も見た?」 白馬は首を横に振る。 「暗い上にサングラスをかけてましたから」 「へえ〜、それでよくオレだって言えるよな」 「偶然明かりの方に向いた横顔が君でしたから。君に似た人間といえば工藤くんですが、彼は・・・・」 「あいつならそんなとこに行くわけねえってか?けど、オレならあり得ないことはないって白馬は思ったわけだ」 「君でも信じられませんでしたよ!君があんな・・・!」 「男と一緒にラブホテルに入るわきゃないって?いや白馬くん、オレのことも信じてくれちゃってるわけだvけど、自分の目で見たことだしィ」 昨夜は気になって眠れなかった? 目を赤くしちゃってまあvと快斗はおかしそうに笑う。 「黒羽くん!」 「で?偶然目撃しちゃった白馬くんはどうしたいというわけなのかな?教師に言う?それとも、売春でオレを捕まえるのか?」 「僕は、何故君がそういうことをしたのか理由を知りたいんです」 「理由・・ね。おまえらしいよな、白馬。犯罪をおかす人間にはそれなりの事情があるって思うわけだ。犯罪を暴いたあと、その理由を聞いてやるのがおまえの良心ってわけだよな」 白馬は瞳を見開いて快斗を見つめた。 快斗が、自分を責めているわけでも皮肉を言っているわけでもないのはわかるが、何故がズキリと胸が痛む。 「けどさあ、人には余計なお世話ってこともあるんだぜ?ま、どうしても理由を知りたいってんなら自分で調べたら?それが探偵の仕事だろ?」 「友人の秘密を暴くことが僕の仕事ではありません。僕は・・・君にあんな行為をして欲しくないだけです!」 快斗の瞳が丸く見開かれたかと思うと、突然弾けるような笑い声が上がった。 「おまえ、サイコーvそのセリフってさあ、下手に言ったら間抜けだけど、さすがおまえが言うとサマになるよなあvv」 「黒羽くん!」 快斗は立ち上がると白馬の横を通り過ぎ、そして振り向いた。 「オレを止められるもんなら止めてみな」 けど、誰もオレを止められやしないんだぜ? あの名探偵、工藤新一でもさ。
オレを止められるものなら・・・・・ そう言った快斗に、白馬は悲痛な叫びを聞いたような気がした。 誰かにすがりつきたいのに、誰の手にもすがれない強いプライドを持った人間の声なき叫び。 だからこそ、白馬は彼を止めたいと思った。 何故、あーいうことをしたのか。 彼は、決してあんなことをするような人間ではないのに。 明るく、誰にでも好かれる人気者。 成績は常にトップクラスで、非常に高いIQを感じさせる彼。 単に手品好きというだけでなく、本当にプロ並みの技術を持った彼だからこそ、白馬は怪盗キッドだと疑った。 しかし、調べても出てくるのはキッドだという証拠ではなく、別人だということばかり。 それでも、白馬が彼をキッドだと思うのはもはや勘としか言いようがない。 だが、勘だけでは彼を捕まえることはできなかった。 以前快斗が新一に言った通り、白馬は本質的に優しい人間なのだ。 白馬はその日一日、快斗から目を離さなかった。 青子と無邪気にじゃれあう快斗、クラスメートとふざけあって、教師に怒られる彼は本当にいつもと何ら変わらなかった。 変わったのは、自分の快斗を見る目だと白馬は思う。 誰とは知れない男に身をまかせキスをする快斗は、白馬の目に妖艶で魅力的な生き物に映った。 あの時、白馬はまぎれもなくゾクリと背筋に甘い痺れが走り抜けたのだ。 青子と一緒に校門を出た快斗は、一度家に戻った。 昨日の今日で夜出かけるとは思えなかったが、白馬は一度帰宅してから私服に着替えると快斗の家に向かった。 「あれ?白馬くん、どうしたの?また快斗に用事?」 白馬の姿を見かけ驚いたように声をかけてきたのは、中森青子だった。 白馬が、ええと頷くと青子はちょっと意外そうな顔になった。 「ねえ、もしかして快斗なにかしたの?」 白馬は街中を走り回っていた。 油断した! 青子の話では、学校から戻ってすぐに快斗は出かけたらしい。 水色のシャツにジーパン、デニムのベスト。 ちょっとその辺に出かけるみたいな格好だったと青子は言った。 あれ?白馬?と息を切らせる彼にびっくりして声をかけてきたのはクラスメートの一人だった。そして・・・ 「黒羽なら、さっき見かけたぜ」 クラスメートから聞いた場所は繁華街でもホテルのある地区でもなく、高級マンションが立ち並ぶ一角だった。 (黒羽くん・・・!) ようやく白馬が彼の姿を見つけた時、隣には危惧していた見知らぬ男の姿があった。 背広姿の中年の男。 あの夜、白馬が見た長身の男ではない。全くの別人。 快斗とその男は並んでマンションに入っていった。 慌てて白馬も後を追ったが、あいにくそのマンションはセキュリティ付きで、住人以外には入れないようになっていた。 管理人に事情を話して中に入れてもらうわけにもいかないし、白馬は弱りきった。 昨夜とは別の男とマンションに入っていった快斗。 それが何を意味するのかわからないほど世間に疎い白馬ではない。 やっぱり黒羽くんは・・・ と、ふいに上着のポケットに入れていた携帯電話が鳴った。 突然出かけて帰ってこない彼を心配したばあやからだろうかと白馬は眉をひそめて携帯を手に取る。 「はい」 『よお、白馬』 白馬は携帯から聞こえてきた声に目を瞠る。 「黒羽くん!?」 『今、入り口開けるからさ。来いよ』 快斗は部屋の番号を白馬に告げる。 目の前のガラス戸が静かに開く。 白馬は中へ入ると、エレベーターで快斗のいる部屋まで上がった。 いったいどういうことなのかと、白馬は首を傾げる。 白馬がここまで来ていることを彼は知っていたのか。 白馬が教えられた部屋の前に立つと、中からドアが開けられた。 「黒羽くん・・・・」 快斗はニッと笑うと、入れと言うように軽く顎をしゃくった。 中に入ると、さすがに高級マンションというだけあって、広いリビングが目に入る。 いや、カウンター式のキッチンと、大きなベッドまで仕切もなく一つのフロアにあった。 とにかく、おそろしく広い部屋だ。 「おまえん家に比べたらたいしたことねえだろ?」 部屋の中を見回す白馬に快斗が苦笑しながら言う。 そんなことは、と白馬が肩をすくめると快斗はクスクス笑った。 「一人・・・ですか?」 「決まってんじゃん。ここへ呼んだのはおまえだけだぜ」 「でも、君と一緒に男の人が」 「ああ、そいつはこの下の住人。なに?オレの客だと思った?」 ニヤリと意地悪く目を細める快斗に白馬は一気に力が抜けた。 「いったいここは・・・」 「オレの知り合いの持ちもん。そいつ、めったにここに戻ってこねえし、好きに使っていいってっからさ。時々使わせてもらってる」 オレ、高いとこ好きだし。ここは眺めがいいだろ? 「僕のこと、最初から気づいてたんですか」 「そvわざとクラスメートの目に止めさせてさ。木下の奴に会ったろ?」 「・・・・・・・・・」 確信犯だ。 「なんのつもりですか、黒羽くん。まさか僕をからかうために呼んだわけではないでしょう」 「おまえをからかうつもりなんかねえさ。けど、やっておかなきゃならないことがあったからさあ」 「やっておかなければならないこと?」 いったい、なんです?と眉をひそめる白馬の首に快斗の両手がかかり、いきなり唇を寄せられた。 「・・・・・・!」 思いの他柔らかな快斗の唇が重なってくる。 白馬は驚きに瞳を一杯に見開いて間近にある快斗の白い顔を見つめた。 そして・・・ 口封じvと快斗の、男にしては赤い唇が魅惑的な笑みを形作る。 「・・・・・・・」 白馬はしばらく呆気にとられたように快斗を凝視した。 学校では明るく無邪気に振る舞い、白馬には常に悪態をつく快斗の顔をじっくり見たことはなかったが、こうして見ると彼が非常に綺麗な顔をしていることがわかる。 男くささのない、といって女っぽくもない中性的な美しい顔立ち。 長い睫毛に、薄いが形のいい赤い唇、滑らかな肌。 彼はこんなに色が白かったのか? 自分と同じ18才になる筈なのに、髭を剃った様子もなくまるで少女の顔を見ているような気になってくる。 体質的に髭の薄い男もいるだろうが、しかし全くないというのも奇妙だ。 中学生になりたての少年のようなその顔・・・ じっと自分の顔を見つめる白馬に、快斗はフフンと笑う。 「オレの魅力にやっっと気が付いた?」 「黒羽くん・・口封じとはいったいどういうことです?それは、昨夜のことを言ってるんですか?」 「そう思ってくれてもいいぜ」 ま、他にもいろいろあるんだけどさあ、それが一番説得力あるし、と快斗は言う。 「どうしてなんです、黒羽くん?」 「何が?オレが男に抱かれた理由が聞きてえっての?」 「君がお金のためにそんなことをしているとは、僕にはどうしても思えないんです」 ああ、そうさと快斗は白馬に肩をすくめてみせた。 「金のためじゃねえよ。身体売らなきゃならねえほど金が欲しいってわけじゃねえしさ」 「じゃあ何故!?」 「言ったろ、白馬。知りたきゃ自分で調べろって。オレは自分の口から言う気はないからな」 でもまあちょっとヒントを言ってやるとさあ。 鬱憤晴らしかな、と快斗はキュッと口端を上げて驚く白馬の顔を見つめる。 明るい色の瞳だが、それは陽気な性格を表す色ではなく、どこか人の心を鷲掴みにするような蠱惑に満ちた光を帯びていた。 彼がこんな瞳を持っていたなんて、白馬は全く知らなかった。 「どうするかはおまえ次第。オレは今のおまえに求めるものなんかねえけど、おまえにはあるんだろ?」 だから、オレを追ってここまで来た。そうなんだろ? オレを止めるというおまえのセリフには笑っちゃったけど、本気で言ったってことはわかってんだぜ。 さあ、どうする?ロンドン帰りの名探偵さん。 「僕は・・・君を友人だと思ってる」 いや、違う・・・ 多分、初めて会った時から彼は、怪盗キッドと同じくらいに僕の思考を狂わせた存在だった。いや、だからこそ、彼と怪盗キッドを重ねてしまったのか。 そう思った途端、白馬は背筋にあの夜感じたゾクッとするような痺れを感じる。 それで?と問う快斗の唇を白馬は無意識に己の唇でふさいだ。 開いた彼の唇から舌を差し入れ、口腔内を探り彼の舌を貪るように絡め吸い上げる。 そして、ためらいもなくキスを受け入れる彼の、柔らかくて熱いその感触に白馬はさらに狂わされる自分を感じた。 まさか、同性相手に自分がキスをするなど信じられないことだった。 だが、白馬の心にはなんの嫌悪感も、そしてためらいも浮かんではこなかった。
セミダブルのベッドに仰向けに横たわらせた少年はひどく華奢に見えた。 運動神経がよく、体育の授業でも教師が舌を巻くほどの能力を見せる黒羽快斗は、か弱さなど全く無縁のように思っていた。 休み時間に彼がクラスメートの少年たちと腕相撲をしているのを見たことがある。 彼は、自分より体格のいい男子生徒を軽く負かしていた。 彼は決して弱い存在ではないのだ。 快斗を組み敷いた白馬は、長く細い指で彼の着ているシャツのボタンを上から順番にはずしていった。 シャツの下から現れたのは白磁のように滑らかな肌で、その白い胸を彩る赤い実のような二つの突起に白馬は思わず目を奪われた。 そこに女のような柔らかな丸い膨らみは存在しないが、それでも目を離せないほど美しい胸だった。 これが男の胸なのか? 白馬には信じられなかった。 引き寄せられるようにしてその赤い実を唇で啄むと、快斗は小さく吐息をもらした。 甘いその感触に惹かれて、白馬はそっと舌先でそれを転がす。 もう一つの実は指の腹で軽く回すように刺激すると、快斗はピクンと反応した。 「黒羽くん・・・僕は同性とこんな行為をしたことはないんだけど・・・・・」 「んなこと、聞かなくったってわかってるぜ。けど、知識はあんだろ?」 それに、童貞ってわけじゃなさそうだしさあ。 「おまえみたいな、いい男、女がほっとくわけねえもんな」 ニッと笑みを浮かべる快斗の唇に疼きがさらに高まっていく。 誘われるように白馬は唇を重ねた。 ん・・と甘い声が漏れる。 同性との行為は全く知らない白馬だが、それでも反応を返してくる快斗の躰が抱かれなれたものであることはわかった。 一度や二度なんかではない。 彼は男とのこういう行為を何度も経験してきているのだ。 いったいどうして・・? 訊けば自分で調べろよ、と彼は言うだろう。 ふと、白馬の脳裏にクラスメートである可愛い少女の顔が思い浮かんだ。 ずっと、彼は幼なじみという中森青子のことが好きなのだと思っていた。 いや、多分それは思い違いではないだろう。 端から見ても快斗が彼女のことをどんなに大事にしているのかわかる。 「生真面目な奴って、やっかいだよなあ」 ふいに快斗はクスリと笑い、自分を組み敷いている白馬の下肢に右手を伸ばした。 白馬はギクリとして躰を浮かす。 「どうしようもないくらい反応してるくせに、頭ん中ではつまんねえことばっか考えてんだからさあ。オレが女だったら、しらけるかプライド傷つけられて平手打ちの一つはくらわせてるぜ」 なあ、白馬?と、快斗は熱くなっている白馬のものをズボンの上からギュッと握りしめる。 ツ・・と白馬は顔をしかめた。 同性相手に自分が欲望を感じていることを思い知らされた白馬は、カッと頭に血が上った。どんなに言い訳しても、自分は快斗に対して情欲を覚えている。 女のように陵辱したいと感じているのだ。 黒羽くん・・・・! 白馬は、小悪魔のような笑みを浮かべている快斗に負けた自分を感じた。 諦めて、ふうっと息を吐き出す。 そして、一度快斗の目元に口づけると白馬は彼のジーパンのベルトをはずし、引き裂くような勢いで下着ごとひきおろした。 想像以上に白くほっそりとした形のいい脚を白馬は大きく左右に割り開くと、その間に自分の躰を割りこませる。 体毛の薄い、やはり青年期に入る18才の男とは思えないような白い脚だった。 だが、彼は少女ではない。 白馬の想像を超える不思議な生き物がここにいる。 白馬の指が快斗の狭い器官に入り込んだ時、初めて彼の形のいい眉がひそめられるのを見て何故かホッとする自分がいた。
まるで夢を見ているような、それとも非現実的な世界に身をおいているような気怠い空間の中で白馬はぼんやりと天井を見つめていた。 ふと、ベッドが僅かにきしんだので隣を見ると、快斗がサイドボードに手を伸ばし、引き出しから何かを取り出していた。 快斗は目的のものを手にすると、ゆっくり半身を起こした。 スッと手を上下に動かして箱の中から飛び出したそれを口にくわえ、一緒に持っていたライターで火をつける。 一度、スーッと煙を吸い込んでから煙草の箱とライターをサイドテーブルの上に置く。 その慣れた仕草に白馬は顔をしかめた。 「君は煙草を吸うんですか」 「ちょっとした精神安定剤代わり。ホントはあんまり好きじゃねえんだけどさ」 「好きじゃないならやめた方がいいですよ。躰にいいものじゃないんですから」 快斗はそれには答えず、静かに煙草をふかす。 妙に似合うのが白馬には気に入らなかった。 「君は・・・いったい何人の男と寝たんですか?」 快斗は、白馬の問いにフフンと鼻で笑う。 「気になる?」 「気になりますよ。今更僕が言っても説得力はありませんが、君はこんなことをするべきじゃない」 ホント、説得力ねえよなと快斗はクックッと笑う。 「ま、誘ったのはオレだから、おまえが気にするこたねえけどさ」 それに、オレが何人と寝たかなんてこともおまえが知る必要はねえよ。 「黒羽くん!」 「男と関係を持つのは、やっぱ打算が働くわけで、転んでもただでは起きないってのがオレの信条。おまえの場合もそういうわけだからさ、深刻に悩む必要なんかねえよ」 「・・・・・・」 「で、やっぱさあ、打算なしの本気だったらオレも抱く方に回るしね」 男だからな、と快斗は唇を歪める。 「・・・・それって、誰かを本気で抱いたことがあるということですか?」 「あるぜ」 即答した快斗に、白馬はちょっと息を呑む。 そりゃあ18の男だし、白馬の初体験も15だったのだから意外に思うことではないのかもしれないが。 「・・まさか、中森さん?」 「青子ぉ?嫁入り前で、まだてんでガキのあいつに手を出すわきゃねえじゃん。それこそ、あいつのオヤジさんに殺されちまう」 「じゃあ、いったい・・・」 快斗の交友関係は一応調べていたが、それでも彼女以外に思い当たる人物はない。 快斗はいったんくわえていた煙草を取ると、虚空を見つめたまま口を開いた。 「工藤新一」 え・・? 沈黙。そして白馬は何度か快斗が言った名前を反復する。 ええぇぇぇーッッ! 予想もしていなかった人物の名前に白馬はらしくなく間の抜けた顔で仰天した。 快斗は、予想していた白馬のそのリアクションに吹き出す。 「盛大に驚いてくれてありがとう、白馬くんv」 「工藤くんって・・・まさか!」 嘘でしょう!? 「嘘だと思う根拠はなんだよ?」 「彼が・・・工藤くんがおとなしく君に抱かれる筈がない!」 何度か事件現場で顔を合わせたことのある工藤新一は、おそろしくプライドの高い、どこか他人とは一線を引いているような人物だった。 自分と同じシャーロキアンということで親近感がわいて会話を交わしたことはあるが、すぐにわかった。 彼は自分とはタイプの違う天才だということを。 最初見た時は、あまりにもその顔立ちが黒羽快斗に似ていたので血の繋がりを疑ったのだが、どんなに調べても彼等にはなんの繋がりもなかった。 本当に他人の空似であったわけだが。 しかし、双子といえば、10人が10人共信じてしまうだろう。 よく見れば、性格や印象は全くちがうのだが。 確かにおとなしく抱かれちゃくれなかったよな、と快斗は笑って白馬に向け首をすくめてみせる。 「だから、あいつの隙をついてベッドに縛りつけた」 「黒羽くん!」 「動けないように両手を縛ってさ、声を上げられないように口にタオルを突っ込んでそれから犯した」 「そっ・・君はわかってるんですか!それは!」 「犯罪だよなあ。強姦・・傷害罪か。そんくらいの知識はオレにもあるぜ」 「・・・・・・・・・」 信じられない。黒羽くんとあの工藤くんが・・・・・ 「何故・・・そんなことを・・・?」 彼等が、単に顔見知りというだけの知り合いではなかったということも白馬は知らなかった。 「大事に大事に思ってるとさ、次第に不安になってくんだよな。こいつが消えちまったらどうしようとか。特にあいつ、オレの言うことなんかてんで聞いてくんねえし。不安で苛々して、もう勝手にしろとか思ったりさあ」 「それで苛立ちを直接工藤くんにぶつけたというわけですか」 「まあな。確かにオレとあいつは繋がってんだってことを認識しときたかったんだよ」 「繋がってって・・・君と工藤くんには血の繋がりはないのでしょう?」 白馬が不思議そうに問うと、快斗はふっと笑って煙草を引き出しの中の灰皿に押しつけた。 打算のない本気。 彼は本気で工藤新一のことを想っている? 「それで・・工藤くんは?」 「当然怒ったぜ。一日口きいてくれなかったもんな」 は? 「口をきいてくれなかった・・って、それだけですか?」 それだけですむような問題だろうか。 目を丸くする白馬に、快斗はくっと喉を鳴らした。 「そっ。そんだけv見かけだけ見てたらわからねえだろうけど、あいつ、いい根性してんだぜ。自分にはどうでもいい相手には巨大な猫かぶってるしさ」 そう言って快斗こそ猫のように喉を鳴らしながら、上から白馬に口づけた。 触れるだけのキス。 「念のため言っとくけど、あいつに直接聞いたりするなよな」 「そんなことはしませんよ」 快斗はニッと笑う。 「おまえのこと、結構好きだぜ。頭のいいヤツと喋んのは楽しいしさ」 それに、初めてにしてはおまえうまかったしvと快斗が言うと白馬は赤面した。 だが次に快斗が言った台詞は、そんな白馬の甘い気分を消し去るものだった。 「命が惜しけりゃ工藤新一にはかかわるなよ、白馬。どうせ、もうおまえと現場で会うことはねえと思うけど」 あいつは殺人事件専門だし。 「ど・・どういう意味ですか、それは?命って・・・・」 白馬は驚いて起きあがろうとしたが、快斗に押さえつけられたため瞳を瞬かせることしかできなかった。 意外なほど強い力。 「う〜ん、言い方を変えりゃ、あいつはオレのだから手を出すなってこと」 OK?と快斗は白馬に向けて綺麗にウインクする。 しかし、白馬は答えを返すことができなかった。 黙っている白馬に快斗は苦笑すると、枕元に丸まっていた自分のシャツを取って袖だけ通すとベッドから離れた。 「黒羽くん・・・・?」 「先にシャワー浴びるぜ。あ、今日はここに泊まってってもいいからさ」 「いえ。外泊はできないことになっているので」 躰を起こした白馬がそう言うと、快斗はふうんと首をすくめた。 「お坊ちゃんだもんな」 ばあやさんが心配するってか。大事にされてんだよなあ。 「ち・・・・違うでしょう!」 突然強い口調で否定され、快斗はえ?と瞳をクルンと動かす。 あ、いえ・・と白馬は顔を赤くして口ごもった。 「き・・君のことです、黒羽くん。僕が君を追いかけていたのは好奇心じゃない。助けを求める君の声が聞こえたからです」 快斗は眉をひそめた。 その顔は不愉快なセリフを聞いたというようにしかめられている。 「オレが助けを?おまえに求めたってのかよ?」 いったいなんの冗談だよ? 「学校の屋上で、君は僕に止められるものなら止めろと言った。あの時、僕は君の悲鳴を聞いたんです」 それは耳で聞こえたものではなかったけれど。 「・・・・・・・・」 快斗は肩を落とすと、ハァ〜と息を吐き出した。 「それって、完全におまえの勘違いだぜ、白馬。オレは悲鳴なんか上げたりしねえよ。たとえ」 たとえ、目の前に自分の“死”が迫っていたとしてもな。
その日は晴天で、朝から眩しい光に目を細めながら白馬は通学路をぼんやりと歩いていた。 朝、自分のベッドで起きた彼は、まるで長い夢を見ていたような気がした。 そう、あれは夢だったのではないかと。 しかし、そんなことですますのは許さないとばかりに、白馬の首筋には赤い鬱血の跡がしっかり残されていた。 かろうじて、シャツの襟で隠れる位置ではあったが。 それがいつ、どうやってついたものかわからない白馬ではない。 多分、ワザとだろう。 口封じとして残された、それは契約の印。 と、突然後ろから走ってきた誰かに白馬は肩を叩かれた。 「おい、白馬!そんなチンタラ歩いてたら遅刻するぜ!」 そう元気いっぱいの明るい声をかけてから、彼、黒羽快斗は白馬を追い越して前を歩くセーラー服の少女の方へ向かって走っていった。 おっそ〜い、快斗!と少女は文句を言いつつも、幼馴染みの彼が追いつくのを立ち止まって待っている。 だってさあ、青子〜と情けなくも言い訳を並べたてる少年はいつもとなんら変わらなかった。 「彼にかかわるのはおやめなさい」 「え?」 白馬が瞳を瞬かせて振り向くと、背後にストレートの長い髪をなびかせた美少女が意味ありげな笑みを、その赤い唇に浮かべて立っていた。 「小泉さん?」 「彼はあなたの手におえる人間じゃないわ。それはもうわかっている筈よ」 「まさか・・・君は黒羽くんのことを知ってるんですか?」 「いいえ、何も知らないわ。でも、彼が見かけ通りの人間ではないことはわかるわ。悪いことは言わないわ。黒羽くんとはただのクラスメートとして、これまで通り学校だけのつきあいをすることね」 せっかくの輝かしい未来を彼一人に壊されたくはないでしょう? 「でも、救いを求める声を聞いたらやっぱり放っておけないでしょ」 「救いを?」 紅子はクスッと笑った。 「それはあなたの思い違いよ。もし本当に黒羽くんが救いを求めているのだとしたら、あなたはただ黙って彼を見守るだけでいればいいわ。今の彼は誰も必要とはしていないし、それを癒せる人間が誰かを彼はちゃんと認識しているから」 紅子はそう答え、じゃれあいながら前を歩く快斗と青子に視線を向けた。 「中森さんがいれば、彼は心配ないわ」 「・・・・・・」 「だから、あなたは黒羽くんなど構わずに、あなたが今最も執着しているあの白い怪盗を追えばいいのよ」 怪盗キッドを・・・・・ もしかしたら、彼、黒羽快斗が怪盗キッドであるかもしれないのに? いや、これまでどんなに調べても彼がキッドである証拠は見つけられなかった。 「そう・・もう一人、あなたが近づいてはいけない人物がいるわね」 紅子はスッと右手を伸ばすと、その白い指先を白馬の着ているシャツの襟元に向けた。 なんだ?と首を傾げた白馬だったが、すぐに彼女が指さす場所に何があるか気が付き、彼は真っ赤になって襟元を掴んだ。 「忘れない方がいいわ、白馬くん。彼は普通の人間じゃない。あの蒼い瞳は人の心を全て暴き出すと同時に災いを呼ぶ。光の魔人を受け止められる人間等そうはいないのよ」 光の魔人・・・!? 白馬は驚きに瞳を瞠って彼女を見つめる。 彼女が誰のことを言っているのか白馬にもわかった。 「小泉さん、君はいったい・・・・・・」 紅子は、フッと笑うと長い黒髪を翻す。 「忠告はしたわよ」 白いスーツに白のシルクハットを被った怪盗のシルエットが浮かび上がる。 彼の白いマントが風に揺れた。 「キッド!」 白馬は怪盗の姿を追って夜のビル街を走った。 捕まえなければ! 彼をこの手で捕まえて、真実を聞き出さなければ! 「待て、キッド!」 君は唯一僕の心を惑わす存在。 胸にわだかまるこの迷いを消すには、あの怪盗の正体を暴かなければならない! 怪盗キッドは、ただ一人追ってきた白馬を振り向くと、薄く笑みを浮かべた。 そして、白い怪盗は金色の月が輝く天空へと舞い上がる。 END