告 白
HP開設のお祝いにv

 

「妙な視線を感じる?」

 最近なんだか元気のない蘭が夕食の時にうち明けた話。

「そうなのよ。2〜3日前から学校の帰りや買い物をしてる時に誰かにずっと見られているような気がするの」

「なんだあ?まさか、ストーカーって奴か?」

 小五郎がビールの入ったコップに口をつけながら眉をしかめる。

「そりゃ身の程知らずというか、コワイもん知らずな奴だな」

「どういう意味よ、それ」

 蘭は、ジロリと小五郎を睨んだ。

「でも蘭ねーちゃん。学校帰りならたいてい空手の稽古着を持ってるでしょ?」

「わたしが空手をやってるから近づくような男はいないってこと?コナンくん」

「それって、男なの?」

「そんなのわかんないわよ。姿を見たわけじゃなないんだから。でも、その視線の感じからいって男だと思うわ」

「ひょっとして、おまえどっかの男をボコボコにして恨みでも買ってんじゃねえか?」

「失礼ね!そんな覚えはこれっぽっちもないわよ!」

「園子ねーちゃんはなんて言ってるの?相談してみたんでしょ?」

「う・ん。園子は、わたしに気のある男の子がいるんじゃないかって言うんだけど・・・・あはっ、そんなことある筈ないわよね」

 そんなこと、あるかもしんねえよとコナン。

 結構、蘭に熱い視線を送る男も少なくないのだ。

 ただ、まだ面とむかって告白する奴がいないってだけで。

「それにその視線って、なんかわたしのこと見張ってるような感じがするのよね」

 見張ってる?

 そっちの方がちょっと問題なんじゃ・・・

「何か心当たりあるの、蘭ねーちゃん?」

 ううん、と蘭は首を振った。

「いろいろ考えてみたんだけど、思い当たることがなくって」

「・・・・・」

 くそっ。オレが工藤新一のままだったら蘭のそばにいて守れるのに!

 小学校と高校ではどうすることもできない。

「蘭ねーちゃん、ボク学校終わる頃に迎えに行こうか?買い物だって、荷物持ちできるよ」

「あら。コナンくんがガードしてくれるの?」

 コナンの言葉に蘭は嬉しそうな顔をした。

 自分に向けられたその微笑みに、コナンはぼぉ〜となる。

「よせよせ。こんなガキに何ができるってんだ」

「あら、お父さんよりコナンくんの方がずっと頼りになるんだからね。でもコナンくん心配しないで。もう少し様子を見てみることにするから」

「まあ、おまえの気のせいってこともあるだろうが、万一ってこともあるからな。なるべく早めに家に帰ってこいよ」

「わかった」

 


 コナンが学校から帰って事務所のドアを開けると、小五郎は珍しく電話中だった。

「はあ、どうも申し訳ありません。明日はどうしても抜けられない大事な用がありまして・・・・いや、大丈夫ですよ。警察もそう何度もやられてばかりの筈がないじゃないですか・・・はい、ご心配なく。では」

 電話を切った小五郎は、ランドセルを背負ったままのコナンに気がつく。

「なんだ、帰ったのか。ここはガキの遊び場じゃねえんだから、さっさと上に上がって宿題でもやってろ」

 小五郎は邪魔者を追い払うようにしっしっと手を振った。

 邪険にされるのはいつものこと。

 コナンは少しもめげることはない。

「ねえ、今の電話って仕事の依頼?」

「ああ。東都シティの開店一周年を記念したイベントで、どっかの王族が所有していたルビーを展示することになったってんだが、そこへ例のあの泥棒からの予告状が届いたんだと。明日の夜、そのルビーを奪いに来るってな」

「例の泥棒って、怪盗キッドのこと?」

 じゃ、そのルビーって“女神のルージュ”か。

 確か200カラットはあるというビッグジュエルの筈。

 キッドが狙うのも頷ける代物だ。

「じゃあ、依頼はその宝石を守ることだね。なんで断ったの、おじさん?」

「なんでだとお!?決まってんだろうが!明日は沖野ヨーコちゃんのコンサートがある日じゃねえか!死ぬ思いでようやっと手に入れたチケットを無駄にするなど、神への冒涜ってもんだ!」

 ・・・・・何それ?

 つまり、それが依頼よりも大切な用事ってことね・・・ったく、このオッサンはよ・・・

 ハァ、とコナンの口から呆れたような溜息が漏れる。

「あら、コナンくん帰ってたの」

 階段を上って事務所に入ってきた制服姿の蘭が微笑んだ。

「丁度いいじゃない。このガキんちょにも聞かせてあげましょうよ、蘭v」

 そう言って蘭の後ろからヒョコッと顔を出したのは、あのうるさい女の代名詞である、鈴木園子お嬢さまだった。

「ねえ、聞いて聞いて!蘭ったら、今日学校で男の子に告白されたのよ!」

 え〜っ!

 コナンと小五郎は同時にびっくり声を上げた。

「告白って?蘭ねーちゃん!」

「フフンv告白っていうのはねえ、あなたのことが好きになったからおつきあいして下さいってことなのよ」

 わかる〜?と意地悪く言う園子にコナンは顔をしかめる。

「ホントなの、蘭ねーちゃん?」

「う・・ん」

「どんな男なんだ、そいつはーッ!」

「神奈川から来た転校生なの。クラスは違うんだけど、学年は同じ」

「それがねえ。転校してきた日からもう女の子たちが騒いじゃってvなんたって、背は高くてスタイルはいいし、頭はいいし。顔だってそこらの男なんて目じゃないくらいハンサムなんだからあvv」

「園子ねーちゃんも騒いでたクチ?」

「あったりまえじゃない!でも、親友の蘭のためだったら、わたしは喜んで彼のこと譲っちゃうわ」

「園子ったらあ」

 ハッ・・・もともと園子のもんじゃねえだろが。

「で、どうしたんだ蘭?」

「勿論断ったわよ。だって、顔や名前くらいは知ってたけど、話もしたことなかったし」

「だからって、すぐに断るなんてどうかしてない?告白されたら、少しは考えるもんよ、蘭」

「だって・・・・」

「だって、新一くんがいるから?そりゃ新一くんは綺麗な男の子だと思うわよ。頭はいいし、両親は有名人だし。でも、彼だって悪くないと思うな。うちの学校では蘭と新一くんは公認の仲ってことになってるから、そのことも彼知ってたと思うし。それでも告白するなんてよっぽどじゃない」

「公認の仲って、そんなんじゃないわよ、園子」

 蘭は照れたように笑う。

 あんたねえ・・・・その顔じゃ否定になってないってば、蘭。

「ま、明日彼とゆっくり話をしてみて、それから改めて考えてみるのね」

 え?とコナンは瞳を瞬かせる。

「明日って?」

「ああ、彼ねえ。自分のこと少しは知ってもらいたいって蘭をデートに誘ったのよ」

「ええっ!誘いを受けたの、蘭ねーちゃん!?」

「うん。明日は別に用もないし、話をしてみるくらいならいいかなって」

 なんでだよ!つきあう気もねえ奴の誘いを受けるなんてねーだろが!

「さあさ。この園子さまが、明日着ていく服をバッチリ選んで上げるからね。行きましょ、蘭v」

 園子はそう言って蘭の背中を押しながら階段を上っていった。

 二人の少女がいなくなると事務所には唖然とした顔の小五郎とコナンが残った。

「おい、コナン!明日はおまえがついていけ。いいか、絶対に相手の男に不埒なマネ、させんじゃねえぞ!」

「うん!」

 おっちゃんに言われなくても、行くに決まってんじゃねえか!

「俺の留守中に蘭をつれて海外旅行に行きやがった、あの新一のクソガキの例もあっからな。蘭の奴はなんにもなかったと言ってるが、そんなのわかったもんじゃねえからな!」

「・・・・・・・・」

 ほんとになんもなかったよ、おっちゃん(情けねえことに)

 そういや、オレ、蘭に告白なんてしたことねえんだよな・・・・

 


 

 蘭に告白したというその男は、氷川譲といった。

 確かに背は高いし、女が騒ぐのもわかるような容姿だ。

 雰囲気的には、あのサラリーマン刑事の役で人気のあった俳優に似ている。

 そういや、つい最近その俳優が主演している映画が公開されてたっけ。

 そいつは、蘭にくっついてきたコナンに驚きはしたものの、見た限りでは嫌な顔はしなかった。しかも。

「コナン?へえ〜、もしかして親がコナン・ドイルのファンだったとか?いいよなあ。オレも将来自分の子供にドイルってつけようかな」

 何言ってやがるとコナンは思ったが、話してみると本当に氷川はマニアと言えるほどのコナン・ドイルのファンだった。

 おい・・嘘だろ・・・?

 待ち合わせの場所にしていた喫茶店で、ついつい不覚にもホームズ談議に夢中になってしまったコナンは激しく自己嫌悪に陥った。

(何やってんだよ、オレは・・・・・)

 途中、蘭がトイレに立つとテーブルにはコナンと氷川が向き合う形で残った。

 氷川とコナンの横に座っていた蘭の前にはホットコーヒーのカップがあり、コナンの前にはストローを刺したオレンジジュースのコップが置かれている。

(なんでオレが、こんなのを飲まなきゃなんねえんだ?)

 それはコナンが子供だからである。

 あ〜あ、とコナンは溜息をつきたくなった。

「なあ、コナンくん。やっぱり一緒にきたのは毛利さんのお父さんに頼まれたから?」

「そうだけど、ボクの意志もあるよ」

「へえ〜。お姉ちゃんが心配?」

 コナンはストローでジュースを飲みながら、チラッと上目で蘭に告白したという男を見つめた。

「そりゃあね。ストーカーとかいるから心配だよ」

「ストーカー?」

「お兄さん、蘭ねーちゃんの後をつけたことない?」

 ああ、と氷川は笑って首をすくめる。

「なんか気になる女の子だったから、つい学校の帰りに後ろを歩いたことはあったけど、それでストーカーと言われてもね」

「蘭ねーちゃん、ここんとこ視線を感じるって気にしてたんだ」

「あ、そうか。武道をやっている人間って、結構気配に敏感だっていうから・・・悪いことしちゃったな」

「学校以外にも後をつけてたでしょ。ヘタしたら、蘭ねーちゃんのカカト落としをくらっちゃうよ」

「カカト落とし?そいつはコワイなァ。でも、オレは学校の帰り以外に毛利さんの後ろを歩いた覚えはないよ」

「え?」

 こいつじゃない?

 蘭は確かに買い物をしてる時にも視線を感じたと言ってたのだが。

「あ、もしかしてあいつかな・・・」

 氷川はふと何か思いだしたのか、顎に手をやる。

「何?」

「毛利さんの後ろを歩いている時に、何度か同じ人間を見かけたことがあるんだ」

「それってどんな奴?」

「どんなって・・・わりと大柄の男で、まだ結構暑いってのに長袖で黒ずくめのカッコをしてたな」

 !黒ずくめの男!!

「ホントか!?」

 コナンは思わずテーブルの上に身を乗り出した。

「ああ。もしかして心当たりがあるのか?マジでストーカーとか」

 コナンは眉をひそめて考え込んだ。

 奴らなのか?でも、なんで蘭を?

 オレのことを探るためか?死亡確定に疑問を持たれた?

 黒ずくめの男だからといって、それが即組織の人間だとは言い切れない。

 実際、何度か勘違いをした経験のあるコナンだ。

 どうするか。

 今の所、不審な人間は見あたらないが。

 だが、どこかで蘭を見張っている可能性もあった。

 氷川は急に深刻な顔で黙り込んだ子供を奇妙な目で見つめた。

 いったいなんなんだ?

 そうするうちに、蘭がトイレから出てくるのが見えたのでコナンは氷川に、今の話は彼女には内緒にしておくように言い置いた。

 


 喫茶店を出てから数時間後、3人がいたのは水族館だった。

 映画を見にいくのか、それとも行くとしたらトロピカルランドあたりかと思っていたコナンには意外な場所だ。

 でも、蘭が喜んでいるところをみるとまんざらハズレではないデート場所かもしれない。

 水槽の魚を見て、イルカとシャチのショーを楽しむ。

 その間、コナンは勿論蘭と氷川を二人だけにはしなかったし、出来る限り二人の間に割って入った。

 子供だからこそできる強行な行為。

 工藤新一ではシャレにならない。

 いや!その前に他の奴なんかとつきあわせるかあ〜!

「あら?今日近くで花火大会があるのねv」

 蘭が壁に貼ってあったポスターを見て嬉しそうに言った。

「へえ〜、ミレニアム記念花火か。こんなのがあったなんて知らなかったな。ほんとに近いし見ていく?毛利さん」

「そうね。見たいわ」

「ええっ!だって、蘭ねーちゃん、これ7時からになってるよ」

「大丈夫よ。1時間くらいのもんだし。そんなに遅くはならないでしょ?でも、一応お父さんに電話しとくね」 

 蘭はそう言うと電話のある方へと歩いて行った。

 蘭が電話をかけるのを眺めていた氷川は、ふとコナンの方に腰をかがめてきた。

「なあ、おまえさあ、もしかして毛利さんのこと好き?」

 えっ!と氷川からの唐突な質問にコナンは真っ赤になってうろたえる。

 それは、子供が姉のような少女に懐いているという反応ではない。

 呆れるくらい素直なその反応に、氷川はその先を続けられなかった。

 まあ、露骨に自分の邪魔をするくらいだから好意はもっているだろうとは思っていたが。

 本当はその好意をネタにちょっとイジメてやろうと思ったのだが、こう素直だとその気も失せてしまう。

「コナンくん!お父さんが話したいことがあるから代われって言ってるけどどうする?」

 コナンはすぐに駆け寄ると蘭から受話器を受け取った。

 間髪入れずに耳に飛び込んできたのは、小五郎の怒鳴り声。

『いいか、コナーン!絶対二人から目を離すんじゃねえぞ!』

「うん・・・わかった」

 やれやれ・・・もう帰りてえぜ・・・・・

 蘭を見張ってるらしい黒ずくめの男のことも調べなきゃなんねえってのに。 

「お父さん、なんだって?」

「寄り道は絶対させないでまっすぐ帰らせろって」

「ふうん。自分は寄り道ばっかりしてるくせに。そういえば、お父さん、今夜出かけるんだっけ?」

 沖野ヨーコのコンサートにな。ったく、自分の娘がアブねえかもしれねえってのによ。お気楽なオッサンだぜ。

「帰りはちゃんと家の前まで送るから」

 氷川が蘭にそう言うと、コナンはジトッとした瞳で彼を睨んだ。

 当たりめえだ、バーロー。

 


「綺麗だったね、花火」

 うん、とコナンは笑顔で蘭に向けて頷いた。

 確かに綺麗だった。

 かなりの見物客がいたが、殆どが対岸の駅方面に向かったので、彼等が水族館に戻った時には人の姿はまばらだった。

 露店も自分たちがいた場所の反対側に並んでいたから、少ないのも当然かもしれない。

 水族館の駐車場に止めていたバイクを押して正面入り口まで持ってきた氷川は、シートにまたがると蘭にヘルメットを渡した。

 と、突然蘭は何かを思いだしたように声を上げた。

「ああ、そうかあ。あの時の人だったんだ」

「何?蘭ねーちゃん」

「うん。さっきお父さんに電話をかけにいった時すれちがった人、どっかで見たことがあるなあって思ったのよね。その人、5日ほど前に路地であった人だわ」

「路地?」

「買い物メモを風でとばしちゃって慌てて路地に入った時にぶつかっちゃったのよ。そんなに強くぶつかったわけじゃないんだけど、その人のサングラスをとばして壊しちゃったの。謝ったんだけど、その人なんにも言わずに行っちゃったのよね」

「その人、どんな人だったの?蘭ねーちゃん」

「わりと大きな人よ。黒いスーツを着てて・・・ああ、そういえば靴にべっとりと赤いペンキがついてたわ。どっかでペンキの缶につまずいたりしたのかしらって思ったのよね」

 赤いペンキ・・・・・

「もしかして、その路地って先に交差点のある古いビルにはさまれた所?」

「ええ、そうよ」

 まさか、蘭の奴!

 蘭の話からコナンの脳裏に浮かんだのは、ある未解決の事件のことだった。

 たまたま学校の帰りに捜査中の高木刑事と会ったコナンは、奇妙な事件の話を聞いた。

 それは転がったフタの開いたペンキの缶と、路地にひろがった赤いペンキが始まりだった。最初は事件とは考えていなかったが、そのペンキの下に致死量と思われる大量の血液が発見されたのだ。

 赤いペンキは血の跡をごまかすためにばらまかれたものだった。

 現在、警察はおそらく殺されたろう被害者を捜している。

 時期も合うし・・・蘭の奴、犯人の一人の顔を見たんじゃ・・!

「どうしたの、コナンくん?」

「蘭ねーちゃん。ボク、蘭ねーちゃんの後ろに乗りたいんだけど」

「え〜、ダメよ、危ないから」

 ここへ来る時、コナンは氷川と蘭に挟まれる形でバイクに乗った。

 まあ、交通手段がバイクなら、それが一番安全だろう。

「つかまるなら蘭ねーちゃんがいい。ボク、そのお兄さん嫌いだもの」

「コナンくん!」

 蘭はびっくりしてすぐにコナンを咎めたが、言われた氷川は別に気にした風はなかった。

「別に構わないぜ。だけど、しっかりつかまってないと、命の保証はないからな」

「落ちるようなドジはしないよ」

 コナンは、フッと笑って氷川を見た。

 生意気なその仕草に氷川は肩をすくめる。

 何故急にコナンがそんなことを言い出したのか氷川は薄々気がついていた。

 おそらく彼女が言った、黒いスーツの男の存在だ。

 やはり、何か心あたりがあるのだろう。

(好きな彼女を危険から守ろうってわけか)

 子供でも男は男ってわけだ。いや実際のところ、このコナンという子供は妙に大人びた印象を受ける瞬間がある。

「じゃあ、ヘルメットは被っておくのよ」

 蘭はそう言って、自分が持っていたヘルメットをコナンの頭にかぶせた。

 3人が乗ったバイクが一般道路に走り出てまもなく、コナンは不審な黒の乗用車に気がついた。

 まだ、かなり離れているとはいえ、間違いなくこのバイクをめあてについてきている。

 氷川も気づいたのか、ミラーで後方を気にしていた。

「何人いる?」

「二人。顔はハッキリ確認できないけど、黒ずくめは確かだな」

「何?どうしたの?」

 急にわけのわからない会話を始めたコナンと氷川に蘭が首を傾げる。

「スト−カーだよ。蘭ねーちゃんが言ってた」

「ええーっ!」

「後ろを見ちゃダメだよ、蘭ねーちゃん。振り切れそう?」

「どうかな・・・この辺はヘタに横道に入ったら完全に人気がなくなるからかえって危ないだろうし・・・」

 しかし、スピードを上げて振り切ろうにも、蘭やコナンがいてはそう無理もできない。

「ヤバイ!奴ら、対向車がなくなったのを見てスピードを上げたぞ!」

 後ろを走っていた黒い車との距離がどんどん縮まってくる。

「できるだけ、スピードを上げて!何か振り切る方法を考えるから!」

 奴ら、今夜始末をつけるつもりか!

 これまで蘭を見張ってきたのは、彼女が犯行に気づいているかどうか確かめるためだろう。

 だが、事件のことは新聞に載らなかったので蘭は気がつかなかった。

 そうなると、問題は一つ。蘭があの日会った男の顔を覚えているか、だ。

 覚えていなければまだ安心だった。

 が、蘭はしっかりあの路地から出てきた男の顔を覚えていたのだ。

 記憶力がいいのも考えもんだぜ。

 ここで、なんとか奴らから逃げ切ったとしても蘭が危険なのは変わりない。

 どうしてもここで奴らを捕まえる必要があった。

 だが、どうやって・・・・

 と、コナンの瞳にある看板が映った。

 赤レンガ造りのシャレた建物の絵と、右上に矢印と共に書かれた1.5キロという数字。

 そういえば、今夜は・・・・時間は・・・ある!

「次の信号を左に曲がって!」

 コナンの指示に氷川はえ?となるが、迷うより先に彼は言われた通りの道に入った。黒い車もバイクの後を追ってくる。

 そんなに遅い時間でもないのに、走っているのは彼等だけだ。

 市街地であれば、車の間をすり抜けてまくことも可能だったろうが。

「どうするつもりなんだ?このままじゃ、あいつらに追いつかれてしまうぞ!」

「奴らを捕まえるんだよ」

「どうやって?」

 すぐにわかる、とコナンはニッと笑った。

 あいつなら、こんな時のセリフはこうだな。

 《さあ。ショーが始まる》

 全員が参加する観客のいないショーだ。いや、一人だけいるかなとコナンは意味ありげに首をすくめた。

「対抗車線に入って!」

 接近してきた黒い車にぶつかる前にバイクは、スッと反対の車線に入る。

 黒い車は、後に続くことはしないでスピードを上げてきた。

 今度は前に回り込んでぶつけるつもりだろう。

 コナンは口の中で静かにカウントをとり始める。

 と、突然、静寂な夜の道路にけたたましいパトカーのサイレンが鳴り響いてきた。

 おまけにヘリの音までが耳に入ってくる。

 何事だ?と驚くより先にコナンの指示が飛ぶ。

「あのカーブを曲がったらすぐにもとの車線に戻って!」

 氷川は、最初のカーブを曲がると同時に車線を変更した。

 驚いたのは黒い車で、カーブを曲がった途端目の前にきたバイクに慌ててハンドルを切った。

 そのままぶつければ目的達成だったろうが、とっさのことに自己防衛本能が働いてしまったのだ。

 しかも切ったのは右。

 対抗車線に飛び出した車は、反対から走ってきたパトカーと接触し道路を塞ぐようにして止まった。

 おかげで、その後から走ってきたパトカーを全て止めることになってしまった。

 その数、ゆうに30台。いったい何があったんだと目を丸くしてしまう数だ。

 何がなんだかわからず仰天したのは、3人が乗ったバイクを狙った黒い車の男たちだろう。なにしろ、まわりを囲むパトカーに上空にはライトを照らすヘリまでいるのだから。

「こらあ!なにをしやがんだ!公務執行妨害で逮捕してやる!」

 まるで雷のような怒鳴り声とともにパトカーから降りてきたのは、キッド逮捕に執念を燃やしているあの中森警部だった。

 コナンはすぐにヘルメットを取ると、中森警部の方へと走っていった。

「警部さん!その二人、絶対に逃がさないでね!そいつら殺人犯なんだ!」

「なんだとおっ!」

 中森警部はびっくりして、駆け寄ってきたコナンの方に顔を向ける。

「おまえは確か・・・毛利探偵のところの」

「目暮警部に連絡を取ればわかるよ。赤いペンキ事件の容疑者だって」

「あの、死体がまだ見つかってないという事件か?」

 わかった、と中森警部は頷くとすぐに部下に指示を出した。

 そこへ、蘭も走ってくる。

「コナンくん!」

 蘭は中森に向けて頭を下げた。

「すみません。お仕事の邪魔をしたみたいで・・・」

「警部さん、蘭ねーちゃんを保護してくれない?目撃者なんだ」

 ほお?と中森警部は目を瞬かせる。

「成る程。狙われていたわけか。よしわかった。パトカーに乗って」

 言ってから続けて中森警部は部下たちに大声で指示を出した。

「ヘリは上空にいるかもしれん奴を捜せ!パトカーは1台ここに残して奴を追うんだ!」

 いいか、絶対逃がすんじゃないぞ!!

(ハハ・・・相変わらず熱血してんなァ、この警部・・・)

 だが、追う方向が既に間違えてんだけど、とコナンは苦笑する。

「蘭ねーちゃん、早くパトカーに乗って」

「コナンくんは?」

「ボクはお兄さんと一緒に帰るよ。だって、気になるでしょ?」

「コナンくん・・・氷川くんのこと嫌いって言ったのは嘘ね?」

「え?嫌いだよ。蘭ねーちゃんを取ろうとしたんだもの」

 コナンはクスッと笑う。

 蘭も微笑むとバイクにもたれて立っている氷川の方に顔を振り向けた。

「ごめんね、氷川くん!コナンくんのことよろしくね!」

 蘭の声に氷川は、右手を軽く振って答えた。

 蘭がパトカーに乗って行ってしまうと、後にはコナンと氷川、そして犯人の車と現場検証のために残った数人の警察官がいるだけだった。

「まるでサスペンスドラマみたいだったな。まさか、デート中にこんな目にあうとは思ってもみなかった」

 そう溜息をついて呟く氷川からヘルメットを受け取ったコナンは、フンと鼻を鳴らして言った。

「安易に蘭に告白なんかすっからだよ。それに、その気もねえくせにデートを受けちまう蘭も蘭なんだよな」

 え?

 氷川は、突然変わったコナンの口調に目をしばたたかせる。

 それは、小学生という見かけを裏切るような話し方だった。

 ハァ・・とコナンは疲れたように息をつく。

「結果的に追跡の邪魔をしちまったんだから、やっぱフォローはしとかねえとならねえだろうな」

 フォロー?

「わりぃな。ちょっとつきあってくれる?」

「何する気なんだ?」

「おまえはなんもしなくていいから。ただ夜だし、足が必要なんでね」

 コナンはそう言うと、ヘルメットを被り身軽にバイクにまたがった。

 


 コナンが指示した所は、高台にある公園だった。

 展望台のあるその公園は見晴らしがいいので、休日は結構人が訪れるが、夜になると人の気配は全くなくなる。

 以前は穴場のデートコースになっていたようだが、近くに東都シティが出来ると、皆そっちへ行くようになった。

 バイクは公園の入り口に止まった。

 コナンはすぐさまヘルメットを取り、氷川にここで待っているように言うとバイクから飛び降りた。

「おい。いったい何をするつもりか知らないが、一人じゃ危ないぜ」

「平気」

 コナンは氷川の心配に対してあっさりそう返すと、展望台まで続いている石段を一人上っていった。

 冗談じゃない。なんかあったらどうするんだ!

 氷川は急いでキーを抜くと、石段を上っていったコナンの後を追いかけた。

 公園全体が鬱蒼とした木々に覆われているために、灯りがあっても足下が見えないくらい真っ暗だ。

 今にも茂みの中から何かが飛び出してくるような気さえする。

 そういえば、ここはミステリィスポットの一つになってなかったか?

 お化けの季節はまだ過ぎていない。

 ようやく展望台が見えてくると、そこには木がないおかげか月明かりに照らされてわりあい明るかった。

 氷川はキョロキョロと何かを探しているようなコナンの小さな背中を見つける。

 そして、その頭が一点に向けられると氷川もそちらに顔を向けた。

 コナンが見ているそれ。

 丸太に似せて造った石の手すりの上に、白くてぼんやりしたものを見てしまった氷川は思わずギョギョッとなった。

 ゆ・幽霊!?

「やっぱり、こんなところで見物してやがったな。相変わらず性格の悪い野郎だぜ」

 コナンがそう話しかけると、手すりの上に立つ白い影はゆっくりと振り向いた。

 白いマントが翻って、かすかに羽ばたきのような音を立てる。

「これはこれは名探偵。今宵はお会いできないと思っておりましたよ」

 白い影は、ズボンのポケットに両手を突っ込んでふてぶてしく立っている子供に向けて微笑んだ。

 白いマントに白いスーツ、そして白いシルクハット。

 怪盗キッド!?

 どうしてこんなところに?と首を捻るよりも先に思い当たったのは、あの異常なくらい数の多かったパトカーと飛び回るヘリ。

 つまり、彼等が追っていたのは怪盗キッドだったのだ。

 それにしても本物を見たのは初めてだ。何故か氷川は感動する。

「オレもおまえに会うつもりはなかったよ、キッド。今夜はやむおえず、だ」

 コナンは手すりの上に立つ白い怪盗をまっすぐ見つめて答えた。

「私はいつも現場であなたに会えるのを楽しみにしておりますのに、あなたはそうでないと言われる?」

 いや、とコナンは肩をすくめた。

「オレも楽しいよ。おまえが作った暗号を解くのも、おまえを監獄にぶち込んでやることもな。だが、今夜は別だ。見てたんだろ?ここから。警察無線も聞いてたんならわかってるよな」 

 キッドはニコリと微笑む。

「うまく利用して頂いたようで」 

「タイミングがよかったんだよ。けど、仕事の邪魔をしちまったのは確かだからしょうがなくてここへ来たってわけだ」

「どっちにしても、警察は私を捕まえられませんでしたよ。現に、ここへ来たのはあなた一人だ」

 警官たちが見当違いの方向へ向かうように仕向けたのは彼。

 そして、今回のことにはかかわらないつもりでいたらしい名探偵だけが、騙されることなく正確に読んで彼キッドの前に現れた。

 だから楽しいのだ。

「それでもだよ。借りは借りだ。さっさと“女神のルージュ”を返せ」

 キッドはフッと首をすくめると、今夜の獲物だったルビーを投げた。

 コナンはそれを月明かりの中でキャッチする。

 小さな手に余るほどのビッグジュエル。

「フン。こいつも、おまえが望む宝石じゃなかったってわけか」

 キッドは、おや?という表情でコナンを見つめる。

「おまえがそう言ってるのを聞いた人間がいるんだよ。おまえが望む宝石って、いったいなんだ?」

 だがキッドは口端を上げただけで、それには答えない。

「なあ、ぼうず。オレには借りを感じねえのか?」

「借り?」

 急に口調の変わったキッドを、コナンはうさんくさそうに見る。

 それは初めて会った時のキッド。

 探偵をただの評論家だと言ってのけたムカツクキッドだ。

「そうだろ?オレが今夜仕事をしてなきゃ、あいつらを捕まえられなかった。それとも・・・殺されていたかな?」

「何言ってやがる。オレがいて、あんな連中に殺されるわけねえだろが」

「ふっ・・結構な自信で」

「けどまあ、助かったのには違いないから借りたことにしてやるよ。犯罪を見逃せってこと以外なら聞いてやってもいいぜ」

 それでは、とキッドはニヤリと笑うと、フワリと手すりからコナンの前へと飛び降り膝をついた。

 いきなり間近に寄せられたキッドの顔にコナンはギョッとなりはしたものの、睨む瞳にひるむ様子はなかった。

「おまえからのキス一つってのはどうだ」

「な・・何ーっ!?」

 コナンはとんでもないその要求に思わずキッドから一歩身を引く。

「こんな時でないと、おまえからキスをもらえるなんてことはないだろうからな」

「おまえなあ!オレは女じゃないぞっ。何考えてんだよ!」

 嫌がらせか?

「とんでもない。オレはいつも敬意を表してるぜ、名探偵」

 キッドはコナンの心を読んだかのように言って笑う。

「ま、今回はここでもいいぜ」

 キッドはつんと自分の頬を指で差した。

 今回は、だと?何言ってやがる!

 コナンはチッと舌打ちすると、目をつぶってキッドの左頬に軽く唇を押し当てた。

(・・え?)

 アレ?と思ったのは、思いがけずキッドの頬の感触が滑らかだったため。

 まるで女性にキスしたような感じだったので、コナンは男にキスしたという嫌悪感が湧いてこなかった。

 驚いたように瞬きする間にキッドは再び手すりに飛び乗った。

 まるっきり重さを感じさせない動き。

「今度は現場で会いたいもんだな、名探偵v」

「オレの気が向いたらな。だいたい、ガキのオレを夜引っ張り出そうとすんな!」

 コナンがそう怒鳴ると、キッドは楽しそうにクククと喉を鳴らした。

「心しておこう」

 ニッと笑ったキッドのその顔を見てコナンは嫌そうに顔をしかめた。

 キザな奴・・・

 まるで大きな翼でも広げるように両手を伸ばしたキッドの身体がフワッと浮いたかと思うと一瞬その姿がかき消え、続いてバサッと鳥の羽ばたきのような音とともに開いたハングライダーが夜空に向けて飛んでいった。

 それを見送ったコナンは疲れたように踵を返す。

 そして、そこで初めてコナンは氷川の存在に気づいた。

 氷川はじっと、見かけだけは小さくて幼い子供を見つめた。

「おまえって、いったいなにもん?」

「・・・・・・・」

 キッドとのやりとりを聞いていたのなら当然とも言える質問だ。

 探偵だ、とコナンはポツリとそう氷川に答える。

「おまえがあ?」

 そして当然ながら、信じられないというように語尾がはね上がる。

「そう・・・他に言いようがねえんだよ」

 


 蘭を狙った黒ずくめの男たちが、コナンが危惧していた組織とはなんの関係もないことがわかると、とりあえずホっと安堵した。

 そのかわり事件にある代議士が絡んでいるということで捜査は難航しているらしかった。が、その段階でコナンは完全に事件に対する興味を失っていた。 

 そして、日は流れていく。

 今度こそ蘭にオレの気持ちを伝える!

 ずっと、しそびれていた告白。

 幼なじみだから。まだ、そういう子供の延長のような関係を続けたかったから。

 理由はいろいろ。しかし、機会を逃して言いそびれたままにしておきたくなかった。

「復帰早々夫婦で登校かよv」

「うるせえ!」

 級友たちのからかいに顔をしかめるのは久しぶりの工藤新一。

 そして、クラスは違うものの戻ってきたヒーローの話題でもちきりという状況に複雑な氷川譲。

 その二人が顔を合わしたのは2時間目の休み時間だった。

 教室の前の廊下で。

「よお、氷川」

 いきなり名前を呼ばれて氷川はちょっとびっくりする。

「オレのこと、知ってんのか?」

「そりゃあね。蘭に告白したってぇ男のことはすぐに耳に入ってくるからな」

 で?もう諦めた?と聞いてくる工藤新一を氷川は見つめる。

 昨日の学園祭での見事な推理は氷川も見ていた。

 まさか自分のことを知っているとは思わなかったが。

 毛利蘭の幼友達で噂通りの名探偵だった工藤新一は、まるで少女のような整った綺麗な顔をした少年だった。超高校級のサッカーセンスを持つと言われているにしては色白で、体格も華奢な印象だ。

 だが弱々しく見えないのは、強い輝きをみせてにらみつけてくる瞳の色のせいか。

「諦めた・・か。そうかもな。なにしろライバルが超がつくほど強力だからなあ」

 そう呟いて溜息をつく氷川に新一は眉をひそめる。

 そのライバルが新一以外の人間をさしていることに気がついたからだ。

 勝てるわけがないと思ったのは、そのライバルが銃で撃たれながらも犯人を捕まえたという話を聞いた時。

 もはや子供という域にはいない見事な男の存在に、氷川はどうしようもないと悟ったのだ。

 第一、あの子供はあの怪盗キッドさえ一目おいているらしい驚くべき存在なのだから。

「勝てねえよなあ・・・」

「おまえ、何言ってんだ?強力なライバルって誰だよ?」

「ん・・江戸川コナンっていう小学生だ」

「コナン?」

 新一は一瞬キョトンと瞳を瞠ったが、急にプッと吹き出すと声を上げて笑い出した。

 唐突に笑い出した工藤新一に近くにいた生徒たちが、なんだあ?というように首をかしげる。

「・・・?」

 工藤新一とコナンが同一人物だと知らない氷川は、当然ながら新一が何を笑っているのかさっぱりわからなかった。

 

 

 終わり


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