光の中〈そこに見えるのは〉


ぼっちゃま!

 新一がキッドに言われた場所に連絡して間もなく、転がるようにして倉庫に飛び込んできたのは、眼鏡をかけた一人の老人だった。

“ぼっちゃま”というからには祖父だというのではなく、使用人なのだろうが・・・

 こいつの?

 ちょっと意外だった。

 老人はキッドの白いタキシードを赤く染めている血を見て顔色をなくした。

「心配いらねえよ。弾は貫通してるし、止血もちゃんとしてっから」

 老人はキッドの傍らに座り込んでいる少年の方に顔を向けた。

 一瞬、キッド本人の声かと錯覚するほど声が似ていた。

「連絡して下さったのは、あなたですか?」

 少年はコクンと老人に向けてうなずいた。

 キッドのこの状態から、自分で電話をかけられるとは思えない。

 ここに来るまでは、てっきりキッド自身から連絡を受けたと思いこんでいた老人だった。

 なにしろ、怪我をしたから迎えに来て欲しいというだけだったのだから。

 名乗りもなく、それがキッドとそっくりな声であれば老人でなくとも勘違いするだろう。

 老人は、殆ど意識のないキッドの手が傍らにいる少年の手に繋がれていることに気がついた。

 怪我を負い、たった一人で闇の中に身を潜めているだろう彼を思い、老人は生きた心地もなく文字通り飛んできたのだが。

 しかし、彼は一人ではなかった。

 そのことに、老人は少なからず安堵した。

「かなり出血したようだな。輸血が必要かもしれない。すぐに運ぼう」

 ふいに老人の後ろから聞こえてきた男の声に、新一はハッとなって顔を上げた。老人に気を取られ、後から来た男の気配に全く気づかなかった。

 男は30代くらいのがっしりとした体格をしていた。

 白衣を着てなかったら間違いなくその印象だけで格闘の選手かと思う所だ。

 男は持ってきていた毛布でキッドの身体をくるむと、軽々とその腕に抱き上げた。

 新一と繋がっていた手がその時するりと抜ける。

 あ・・と小さく漏らした声に、男が顔を向ける。

「君は工藤新一くん?」

「あ・・はい」

「君のことは快斗から聞いているよ」

 新一が眉をひそめると、男は笑みを浮かべた。

「警戒しなくてもいい。私は黒羽貴一。快斗の叔父だよ」

 叔父?快斗の・・・?

 新一は老人と快斗の叔父だと名乗る男を見つめた。

 この二人が怪盗キッドの協力者なのか・・・

「工藤くん。できれば君も一緒に来てもらえるかな?君の助けがいるかもしれない」

「勿論構わないです。輸血くらいならいくらでも」

 貴一は、フッと笑った。

「本当に勘がいいな。それとも、君は自分と快斗の特殊な繋がりをすでに気がついているのかい」

 新一は訝しげに眉根を寄せた。

「特殊な繋がり?いったいなんのことです?」

「何って、君たちは“ツイン”なのだろう?」

「・・・・・・・」

 思いっきり不信感を浮かべた新一の眼差しを受けた貴一は、まずったかなというように苦笑し首をすくめた。



 新一は、ベッドの上で死んだように眠る快斗をじっと見つめていた。

 先ほどまで窓から入ってきた月の明かりが今はなく、光量を落とした明かりだけが部屋の中を照らしている。

 手術を終えた後も麻酔が効いているために快斗は目覚めなかった。

 薬が効きにくい体質のため、麻酔も特殊なものでなければならないのだと貴一は言っていた。

 そういえば、以前自分が使っていた麻酔銃に撃たれてもキッドは平気で動いていたっけ。

 傷ついたキッドを乗せた車が止まったのは黒羽家ではなく、といって快斗が隠れ家に使っているマンションでもなく、貴一が経営しているという町の診療所だった。

 ただし、何故か“黒羽”の名ではなく“倉多”となっていたが。

 貴一は、生まれてすぐに母方の実家である倉多家の養子になったのだと新一に言った。

 ああ、だからかと新一は納得する。

 快斗の父親である黒羽盗一の経歴を全て調べていた筈なのに、実のでも義理のでも弟の存在はどこにもなかったからだ。

「探偵というのは怖いものだな。それも君のように優秀な探偵が相手だと、自分という者を説明するのにひどく気が折れる」

「どうしてです?偽りを述べるよりは楽だと思いますけど?」

「君は一つでも違ったものを見つけると、幾通りもの可能性を考えるだろう?ま、それが名探偵の資質なのだと思うが・・・・ああ、気にしないでくれ。実は快斗も似たような所があるんでね」

「快斗が?」

「この子は常に先を読むんだ。それこそ、予知能力があるんじゃないかと思うくらいにね」

 君もそうだろう?と貴一は言った。

 新一は言い返せなかった。

「快斗の同級生に占いをやる少女がいてね。自ら魔女だというだけあってよく当たるんだが・・・・彼女が君のことをこう言っていたんだ。快斗と同等の澄んだ強い気を発し悪魔のような狡猾さと人の心を見透かす慧眼の持ち主だと」

 ひでえ言われ方だな、と新一は目を伏せ苦い笑いを漏らす。

「でも、当たってる・・・・」

 貴一は椅子に座っている新一の肩を軽く叩いた。

「もうすぐ夜が明けるが、快斗が目を覚ますまでいてくれるかな?」

「ええ」

 うなずく新一に貴一はうなずき返し、背を向けてドアに向かった。

「快斗と君は驚くほど似た顔立ちをしているが、持っている気は全く別物だね。他人だから、それは当然なんだろうが・・・しかし、見かけは瓜二つだから不思議な感じだ」

 新一は貴一に向けて笑みを浮かべてみせた。

「“ツイン”というのは鏡に映った双つをいうのではなく対極を差してるんですよ。天使と悪魔は全く別のようでいて、実は背中合わせになった同等の存在だというように」

「では君たちは天使と悪魔のようなものだというのか?」

「そうですね。それが一番近いかも・・・」

「じゃあ君が天使?」

 オレが?まさか!と新一は笑った。

「さっきあなたが言ったでしょう?悪魔のような狡猾さで人の心を見透かす・・と。

 オレとキッドが並んでいる姿を見たら一目瞭然ですよ」

 新一はそう言ってクスクス笑う。

「・・・・・・・」

 同じ顔立ちだが、貴一にはこの少年の方がずっと美しく見えた。

 おそらく、誰の目にもそう見えるだろう。

 それは快斗に陰を感じないせいかもしれない。

 恐ろしくなるような美しさというのは、この少年のことをいうのかもしれなかった。



 白い怪盗のマントが吹き上げる風に大きくなびく。

 眼下には小さく見えるビル群と連なった車のテールランプ。

 そして目前には金色の月。

“さあ、行くか。ショーの幕を開けるために”

 シルクハットの縁に手をかけ、いざ飛び立とうとする彼の耳に、ふと黒髪の美しい魔女が囁いた。

 魔女は彼に、魔王ルシファの予言を伝える。

“時すぐる古き塔、2万の鐘を歌う時、光の魔人東の空より飛来し白き罪人を滅ぼさん”

 光の魔人?それは・・・・・

「気がついたのかよ」

 ついさっきまで夢を見ていた自分の瞳にいきなり己の顔が映ったのでギョッとなると、コンと額をこづかれた。

「ボケてんじゃねえよ。気分はどうなんだ?」

 ああ、新一・・・・

「悪くねえよ・・・こうフワフワとシャボン玉みたいに浮いてる気分v」

「ほお〜、そりゃ結構だな」

 ブスッとした表情の新一に快斗は首をすくめる。

 かなり心配かけちまったという自覚はあるから、普段の軽口を叩こうものなら即座に殴られそうだった。

(光の魔人・・ね)

 ずっと忘れていた。

 あの時計台で仕事をする前に紅子が言っていた言葉だ。

 ああ、予言だっけか。

 東の空より飛来し光の魔人ってのは、つまり新一の事だったってわけだ。

 本人はあの時の泥棒がキッドだったってことは知らないようだが。

 なんでかなあ、オレはあの後必死で新一のことを調べまくったのに。

 まあ、ヤバかったのは事実で、そのままにして置けなかったわけだが。

 いつの間にか夜が明けて、窓から陽の光が差し込んでいた。

 快斗の瞳に映るのは、朝の光を一杯に受けた新一の顔。

 何故か、陽の光を受けても新一の瞳はあの希有なる蒼い輝きを放つことはなかった。月が放つ光によってのみあの蒼は存在する。

 それはまるで、怪盗キッドが探し続けるあの忌まわしい“パンドラ”と同じ。

 秘めたものまで同じだってんじゃ、シャレになんねえけどな、と快斗は苦笑を漏らす。

 なんだ?と快斗の顔を見下ろしていた新一の眉間が寄った。

 いやさあ、この体勢が・・と快斗は呟き自分を上から見下ろしている新一の手首を掴んだ。

 そのまま快斗は、驚くほどの早業で新一の身体を仰向けにベッドの上に転がし体勢を入れ替えた。

 一瞬何が起こったのかわからないというように新一の瞳がポカンと見開かれる。

 まさか、怪我をしてずっと意識のなかった快斗が、目覚めた途端こんな力を発揮するなど想像もしてなかったのだ。

「おまえ・・・痛くねえのかよ?」

 新一をベッドに組み敷いた快斗の唇がニッと楽しげに歪む。

「まだ少し麻酔効いてっから、そう痛みはねえよ。だから今のうちってねv」

「なんだよ、今のうちって?」

「ゆうべオレにキスしたろ?だったら、次はオレの番じゃん」

「・・・マジで言ってんのかよ」

「大マジ。常に対等でなきゃねv」

「おまえ、熱あるんじゃねえ?」

「あるねえ。銃の傷ってのは発熱するってっからさ」

「熱でボケたか?」

「ボケてねえって。オレ、IQ400だぜ」

 なんの関係があるんだと新一は顔をしかめた。

「いいじゃん、キス一回くらい。したらまた寝るからさ」

「今寝ちまえ。オレは学校へ行く」

 あれ〜、行くつもりでいるんだあ、と快斗はケラケラ笑った。

 快斗はゆっくりと顔を近づけ、新一の柔らかな赤い唇にキスを落とした。

 重なった快斗の唇の熱さから、微熱以上だと新一は悟る。

 やっぱ、ボケてるな・・・

 新一が諦めて唇を開くと、快斗の熱を帯びた舌がもぐり込み優しく口腔内を愛撫した。

 いつもより執拗に絡められたが、互いに疲労しているためか欲情が沸き上がることはなかった。

 単なる子供の戯れのようなものだ。

「新一・・・おまえ、寝てねえんだろ?一緒に寝ようぜ・・・」

 口づけを解いた快斗は、寝ぼけた声でそういうが早いかパタンと新一の上に倒れ込んだ。

 おい?と声をかけたが快斗は既に寝息をたてて眠り込んでいた。

「・・・・・・・・」

 新一は、はあぁぁ・・と溜息をつくと、さてどうしようかと考えた。

 今からだと、自宅に戻って学校に行けば二時間目に間に合う。

 だが、快斗が言った通りゆうべは一睡もしてないし、夜走り回ったせいで疲れもある。

 で、ベッドに横になってしまったせいで、起きるのもなんだかおっくうだ。

(う〜ん、後で蘭に電話すっか・・・)

 あの幼なじみは、またいつものことだと思いながらも心配してるだろうから。

 そう結論を出してしまうと新一は気が楽になったのか、小さく欠伸を一つ漏らし重くなった瞼を閉じた。

 

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