6月


14日
ハリエット・エリザベス・ビーチャー・ストー(Harriet Elizabeth Beecher Stowe)(1811〜1896)アメリカ 女流作家

コネティカット州で牧師の子として生まれました。神学校を創設する父とともに、シンシナティーに移り、その学校の先生の牧師のカルビン・ストーと結婚します。

やがて7人の子どもの母となった彼女は、ケンタッキーに旅をして、黒人奴隷達の悲惨な生活を目の当たりに見てから、奴隷解放運動に関心をもち、夫とともに逃亡奴隷の世話もしていました。

そして、1851年から翌年にかけて「アンクル・トムズ・ケビン」(アンクルトムの小屋)を書きました。この作品は、第2次逃亡奴隷取締法による奴隷の悲惨な状態を描いた作品で、奴隷制廃止運動の機関誌「ナショナル・イアラ」に連載されています。

この作品は、読者に深い感銘を与え、大きな反響を呼び、奴隷制度反対の世論をいっそう高め、南北戦争のおこる一つのきっかけとなったといわれています。

現在でも世界各国で広く読まれており、また、著者自身が子供向けに書き直したものは、児童文学として世界中のベストセラーになっています。また彼女の、他の作品には「ドレッド」「オールド・タウンの人々」などニューイングランドの地方色豊かな作品、歴史小説、社会小説などがあります。

南北戦争の後は、フロリダに住んで静かに余生を送りました。
アンクルトムズケビン
信仰心の厚い奴隷トムは所有者の負債のために次々に売られ,最後は逃亡した女奴隷たちの行くえを明かさないために残忍な主人レグリーに拷問されて死ぬ。一方子供を連れて逃げた女奴隷イライザは,さまざまな苦難ののち夫と再会して自由の国カナダに去る。
日本では明治二十九年(一八九六)、敬天牧童が『トムの茅屋』として国民新聞に紹介したのが最初とされます。
その後、多くの出版社から、あいついで出版されましたが、現在では多くが絶版となり、なかなか手に入れることはできません。
ストー夫人の言葉
「鞭と悪口は阿片のようなものである」。さらに、「感受性が鈍るにつれて、量を2倍にしなければならない」と続く
19世紀後半から20世紀にかけて、家事の改善・合理化が盛んに押し進められました。
現在あるようなシステムキッチンを発明したのはキャサリン&ハリエットのビーチャー姉妹ですが、この妹というのがストー夫人のことなのでする。


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