12月


28日
ウッドロウ・ウィルソン

(1856〜1924)

「運命の中に偶然はない。
   人はある運命に出合う以前に、自分がそれをつくっているのだ。」

アメリカの政治家 第28代大統領

バージニア州の神学の先生の子に生まれました。その後プリンストン大学で法律を学び、卒業後同大学の先生となり、1902年総長となっています。

1910年に民主党に推されてニュージャージー州知事となり、進歩的諸改革で注目され、1913〜1921年(2期8年間)第一次大戦中の難しい政局を担当し、第28代アメリカ合衆国大統領となりました。

彼は内政面では「ニューフリーダム(新しき自由)」をかかげ、関税を引き下げ、連邦準備銀行制、反トラスト法の制定等の革新的諸政策を推進し、外交面では大戦終結のきっかけとなる世界平和に関する14ヶ条の提案を発表しました。

大戦後、ベルサイユ講和条約や世界の恒久平和の基盤として国際連盟の創設に努めましたが、自国アメリカは上院の反対で連盟の参加は阻まれてしまいました。1919年ノーベル平和賞を受賞しましたが。1920年の選挙は反対党の共和党の勝利に終わり、翌年辞任しましたが、その進歩主義的な政策は後にルーズベルトの政策に受け継がれました。
彼は、戦後の平和を構築するために当時としては革命的ともいえる二つの主張を行いました。それは、住民が希望しさえすれば、独立国家を形成することができるとする「民族の自決権」と、小国も大国も平等な立場で話し合える場を提供する国際機関としての「国際連盟の創設」でした。彼は、戦争へと駆り立てられた民衆こそが政治の主役になれば、再び戦争を望むはずはないと信じていたのです。

しかし、結果は「民族の自決権」によって乱立した小国の中で、多数派の民族と少数派の民族が争うことになってしまったとも言われています。
ウッドロウ・ウィルソンは、9歳になるまでアルファベットがわからず、11歳でやっ と読めるようになりました。
アメリカ国家
「1812年の戦」でバルティモアの近くにあったフォート・マックヘンリーがイギリス艦隊の砲撃に曝されたとき、朝霧の晴れ間にへんぽんと翻る星条旗を見てフランシス・スコット・ケイと言う弁護士が感激の余り作詞したのが、後に国歌となる「Star Spangled Banner」です。それはイギリスの作曲家ジョン・スミスの「天国のアナクレオン(酒と恋いを賛美したギリシャの詩人)」という酒場の歌に合わせて唱われ、忽ち流行しました。

 1916年に至り、ウッドロウ・ウィルソン大統領は陸・海軍の儀式にこの歌曲を使うことを命じましたが、正式に国歌として認証されたのは、1931年5月3日、憲法発布記念の前日、連邦議会によって可決された時とされています

12月


28日
堀 辰雄(ほり たつお)

1904〜1953

「風たちぬ、いざ生きめやも。」

小説家

東京の下町、向島の彫金師の息子として生まれました。はじめ数学者を目指していましたが、19歳の時に萩原朔太郎の「青猫」を読んだことがきっかけで、文学の道を進むことを決めました。その後、室生犀星に紹介され、その年の8月、犀星に連れられてはじめて軽井沢を訪れ、芥川龍之介を紹介され、彼は芥川龍之介と室生犀星を文学上の師として、終生敬愛し続けました。

しかし、9月の関東大震災では母親を亡くしてし、さらに、悪いことに彼はこのとき、当時不治の病であった結核を発病してしまいます。この大正12年(1923年)は、彼にとって激動の年となりました。

その後、彼は東京帝大国文科に入学し、翌年には、室生犀星門下の中野重治らと「驢馬」を創刊しましたが、1927年に芥川龍之介が自殺。芥川の死に大きな衝撃を受けましたが、何とか卒業。かれの卒論は「芥川龍之介論」でした。

彼はその後も、病の中で、喀血を繰り返しながらも、昭和5年には短編集「不器用な天使」を出版。同年発表の「聖家族」で文壇に認められるようになりました。

しかし、病状はすぐれず、サナトリウムと軽井沢で療養していましたが。昭和8年には、その療養先の軽井沢で同じ境遇の矢野綾子と知り合い婚約をするのですが、幸せな日々は長く続かず、彼女の病状はさらに悪化、昭和10年には彼女につきそって富士見高原のサナトリウムにはいるのですが、その年の暮れ彼女は息を引き取りました。

彼女が亡くなってから、彼は彼女との思い出をまとめるように「風たちぬ」の執筆をはじめ、「風立ちぬ」を構成する章を雑誌に発表していましたが、昭和13年に、単行本「風立ちぬ」発行し、彼女の思い出を振り切るかのように結婚しています。

その後も、病と闘いながら執筆を続けましたが、戦争の中、病は悪化し、戦後はほとんど病床にありました。そして、昭和28年5月28日、多量の喀血により、亡くなりました。

代表作には「菜穂子」「かげろふの日記」や紀行文「大和路・信濃路」等があります。


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