12月


24日
ジェームス・プレスコット・ジュール

(1818年〜1889年)

「電気の導体の発熱量は導体の抵抗と電流の2乗との積に比例する」

イギリスの物理学者

イギリスのマンチェスターに近いサンフォードで裕福な醸造家の息子として生まれました。若いころ病気がちだったため、学校には行かず、家庭教師について学び、ドルトンに師事しました。

科学に興味を持ち、家の一室を実験室にして研究を初め、1840年には電流の熱作用について有名なジュールの法則を発見。1847年、彼の最初の詳細な実験と結論を載せた論文が発表されたのですが、そのときには科学者たちの気に入られませんでした。理由は彼が酸造業者であり、学者でなかったからだと思われています。また彼の実験が派手でなかったのも一つの理由だと思われます。

その後、彼の考えはケルビンに支持されるようになり、ようやく、彼の研究への関心が深まっていきます。そして、熱の仕事当量を実測し、エネルギー保存の法則の元となります。

又、ケルビンと共に気体の温度変化を研究、気体の自由膨張では温度が変わらないことを確認し、1854年にジュール・トムソンの実験を行ないました。この研究は、その後の気体の液化や低温物理学発展(冷蔵産業)の基礎を作りました。
彼は新婚旅行の最中にも、時間をさいて特殊な温度計を作り、旅行先での滝の上と下で水の温度を測定したほどでした。 滝の上部から落ちる水が位置のエネルギーを失い下部で静止したために温度が上昇したのではないかと考えての実験でした。
現在、仕事の単位に用いられている「ジュール」はその名を記念したものです。しかし、彼は研究費を全て自己資産で賄ったため、晩年は破産状態になったといわれています。
彼が学者でなかったため、彼の発見についての報告はすべての学会誌から掲載を拒否されてしまい、やむなく彼はマンチェスターでの一般講演の際に発表し、その全文をマンチェスターの好意ある新聞に載せてもらいました。

そして数カ月後に,ある科学者の集まりの席でやっと発表できたのですが、ほとんどの人が全然関心を示さなかったのです。ただ1人23才の男 だけが熱心に聴いていました。その人こそウィリアム。トムソンで後年ケルビン卿として知られるようになった人なのです。

トムソンの理論的で賢明な賞賛のおかげで彼の研究への関心が深まるようになり熱狂的なものさえ現われるようになり、彼の評判が高くなったといわれています。
ジュールの実験

おもりを落下させるときのエネルギーで水中の羽根車を回し、その時に水の温度が上がることを発見したジュールは、正確な測定を行った結果、一定の仕事をすれば一定の熱量が発生することも確認しています。
実験の結果によれば、1カロリーの熱が4.2ジュール(J)の仕事に相当します。ここに出てきた値が「熱の仕事当量」と呼ばれるものです。
この実験は、ある形態のエネルギーは、他の形態に変わっても消滅することはないという「エネルギー保存の法則」の成立に大きく寄与しました。

また、それより前に、ジュールは、水の入ったガラスの筒の中で、電磁石を回転させると、発生した電流が水を暖めることを発見し、発生した熱の量は常に電流に比例することを知り、これを論文にまとめて1840年にロンドン王立協会に提出したのですが、このときは、アマチュアの実験として無視されてしまっています。


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