12月


10日
オリヴィエ・メシアン(Olivier Messiaen)

1908〜1992

フランス南東部のアヴィニョンで生まれました。8歳の頃からひとりでピアノと作曲の勉強を始め、11歳でパリ音楽院に入学し、オルガンをマルセル・デュプレ、作曲をポール・デュカスに学び、在学中より多くの作品を残し、1930年頃からはインドのリズム、ギリシアのリズムや鳥の鳴き声などの探求を始め、その影響が作品にあらわています。翌年からパリのトリニテ教会のオルガニストを務め、即興演奏の技術を確立するとともに、多くの宗教音楽を作曲しました。

第2次大戦中にはドイツ軍の捕虜となり、1942年にパリに戻ってからは、母校であるコンセルヴァトアールの教授となった。戦後は十二音技法を発展させた作曲法「セリ・アンテグラル」を生み、作曲界に大きな影響を与えました。

メシアンの音楽は神秘主義的カトリシスム、複雑で論理的な作曲技法、異国的なリズム、鳥の声への徹底的なこだわりなどから、現代音楽の中で特異な位置を占めています。教育の面でも、直接の弟子としてブーレーズ、シュトックハウゼンを育てているばかりでなく、広く世界の作曲家に影響を与えました。

1962年に「トゥーランガリラ交響曲」日本初演のため初来日し。その後も何度か来日しています。1992年、パリの病院で亡くなりました。83歳でした。

代表曲に「トゥーランガリラ交響曲」「鳥のカタログ」「わが主イエス・キリストの変容」、オペラ「アッシジの聖フランチェスコ」などがあります。
「黒つぐみ」は1951年にパリ音楽院卒業試験の課題曲として作曲されました。フルートの表現の多様さを鳥の鳴き声を通じて大いにアピールした名作です。また、1952年〜1963年に作られた一連の作品に鳥の歌を主要素材として用い注目を集めました。
メシアン氏は、20世紀音楽のさまざまな潮流のなかで独自の地歩を確立した巨大な音楽家であり、現存する作曲家としては、他に抜きん出た存在として高い評価を受けている。ラインランド芸術大賞、エラスムス賞などすでに国際的にもさまざまな顕彰を受けており、いわば究極的な顕彰として第1回京都賞の授賞にふさわしい人物であると判断できる。として、第1回京都賞の精神科学・表現芸術部門を受賞しています。


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