休みという事で(?)さえこ嬢と嵐山に行ってきた。前回のおはなし
さみしい時、落ち込んだ時、うれしい時、怒ってる時、
1つの感情が大きくなったら水が見たくなる。
ま、今日はそんなコトは関係なく成り行きでいったんだけどね。
そして水といっても大量の水。
川や湖、そして海。
大堰川は雨が降ってないのになかなかの水量。
川のせせらぎ、せせらぎというにはあまりに大きい音。
それもまた良し。
やはり大量の水を眺め、水が作る音を聞いているといろんな感情が流れこんでくる。
それでも水のそばで時間を過ごせば最後には落ち着ける。
だから水のそばにいたくなる
びわこホールから眺めるびわこは物哀しい。
仕事をしている最中に眺めるせいか自分ひとりが置いてけぼりをくらってる気がする。
自ら望んだ状況なのに俺は我が侭な男だ。
犬の散歩中に通る大原野神社の池は暗い。
神社の境内の中の池ということもあり光が弱い。
暗い池を見ているからって暗い気分になるなんて安直だ。
それに流れる気配を見せない水は心の停滞を暗示させるような気がする。
楽しい楽しいお散歩タイムじゃなかったら泣いてしまうかもしれない。
1人で眺める日本海は大好きだ。
潮の匂い、単調な波の音、それと照りつける太陽が欲しい。
日本海は冬よりも夏。
冬の日本海はイメージどおりの雄雄しくも哀しげな感じ。
夏の日本海も鄙びた感じでさみしげ。
それでも夏の日差しが少し明るい海を演出しているのがイイ。
1人で釣れもしないのに釣り糸を垂れてトンビの声を聞きながらぼぉーっとしている。
だらだらとくだらない事を考えたり好きな歌を口ずさんだり・・・
それは楽しい時間。
俺は悩み事なんかがあっても相談せずに自分で処理する。
もちろん1人の仕事だし処理できずにいる事もある。
それでも他人に相談するのは苦手だし1人のほうが気が楽だ。
じゃあ処理できない時はどうするか?
考えない!
これが悩み事を解消する最良の手段。
考えなかったらそのうち頭の中で大事さが薄れてゆく。
そのうち新しい悩み事も生まれる。
その繰り返しで俺は生きていくんだな。
それでも1人で考える時は水のそばにいたい。
何よりも落ち着く。
唯一1人で泣ける時。
それが水のそばだったりする。