“俺の趣味は時代小説”。前回のおはなし
俺はこれを公言している。
まあ、もちろん他にも趣味と呼ぶべきモノはある。
例えば“マッチを買うこと”、“ぶらぶらお散歩”、“文章を書くこと”。
“音楽を聴く”、“HPのタグを組む”、“車でお出かけ”
とまあ思いつくのはだいたいこんな感じだ。
いつだったか安藤が“お前の趣味は多彩だ”とか言っていた。
ま、実際はどれもこれも浅薄なモノ。
1つの事に深く深く詰めていこうと言った類のモノじゃない。
実は時代小説だって読んでるのは主に藤沢周平と池波正太郎。
司馬遼太郎とか柴田錬三郎なんかも何冊か持ってるが余り好きではない。
マッチも気に入ったモノでも友達にあげたりするし、
実際に使うし無くしたりもするからお気に入りの箱は5,6個しかない。
お散歩もお気に入りのコースはいくつもあるが毎日歩いてるわけじゃない。
文章やタグだってこのHPの更新履歴を見たら一目瞭然だろう。
車も一番最近に遠出したのはいつかの出石が最後。
最近はちょっとしたお買い物にしか運転しない。
もちろん今の状況に不満はない。
俺は性格的に1つのことに深く強く打ち込めるタイプじゃない。
ちょっと気に入ったことをこちょこちょこできればそれで文句はないのだ。
ただ、どうやら俺が趣味としているモノはあまり一般的じゃないらしい。
そういえば今、周りで時代小説を読んでる人は皆無だ。
俺が好きなアーティストだって知ってる人はほんの一握り。
ま、ドライブやHPなんかはいわゆる“一般的”な趣味に入るかも知れないけどね。
ただ、時代小説を読んでるのは珍しい。
珍しい=変な人と思わないで欲しい。
もちろん、俺はいわゆる普通の人だとは思っていない。
そのこと自体には異論はないし文句もない。
ただ、俺にそんなことを言う人は自分を普遍的な“普通の人”
という風に見ているような気がして仕様がない。
俺に言わせれば俺の趣味の事に対して斜視する人はたいてい“変な人”だ。
だいたい最もスタンダードなカタチとしての“普通の人”なんていようはずもない。
それを“自分は普通だけど君は?”みたいな言い方をするのがとても気に入らない。
ま、世の中の人のほとんどは世界の基準は自分にあると思ってるからね。
“世界観”とか“宇宙観”なんかも人それぞれちがうもんな。
まあ俺がこんな事をこんなとこで言ってもはじまらないか・・・
とにかく、俺の文句を言う前に自分を見ろってことかな?
(もちろん俺の対人観も含めてね)