BLACK NIGHT
「危ない!!!」
切羽詰った忠告の声は誰のものであったか。
今となっては―――既に回避の余地のない状況にとって、警告は皮肉にも何の意味も持ち合わさない。
「何っ!?後」
油断をしていた訳ではないが完全に不意を衝かれた。
背後からの砲弾、しかも直撃にライガーの重厚な機体がまるで多面体のボールのように鈍い轟音を上げて転がる。
相俟って操縦席にはひどい負担が伸し掛かる。
「――――うあッ、………く………」
全身がバラバラにでもなりそうな、体が酷く打ちつけられる痛みに軋みをあげる。
関節部には衝撃を和らげるサスペンションが付けられはいるものの、
ショックを吸収しきれず瞬間的に踏み込んだ脚に激痛が走る。
「ビットさん!」
「ビット!」
「ちょっとビット、大丈夫!?」
後方支援の遠隔射撃の手を止め、リノンが心配そうにビットのほうを向く。
「大丈夫だ、何ともないよ」
赤いランプの明滅するセレクターが急かすようにチカチカと一定のリズムを刻む。
蛍光色の光の粒子が映し出すホログラフィのビジョンに向けて、力無く笑うビットに
皆は一様に安堵の声を漏らしたが、ライガーだけは微かに不安げな唸り声を上げた。
■■■■■
「痛………ッ………」
幸いなことに外傷は大した怪我もなく、出血もない。ただ痛みだけが自分を嘲るようにいつまでも苛む。
悟られさえしなければチームメイトに無用な心配を掛けなくて済む。
それだけがせめてもの救いだった。
「ザマないな。こんな姿、あいつにだけは見せられるか」
ビットは自嘲する。
思わず口を衝いて出たその呟きを払拭するように、何度かかぶりを振って、唇を噛み締めた。
一人になりたかった。
一人になって誰の目に憚ることなく、思う存分感情を解放したかった。
その後には冷静になれるはずだと自らを信じるところも確かに存在している。
らしくもなく、排他的な感情に心を任せ、ホバーカーゴを後にした。
■■■■■
ビットは月の光を煌々と浴びながら痛めた脚を庇いながらゆっくりと目的地を目指す。
この付近一帯を望めるほど切り立った崖の上。
そこで荘厳な景色をぼんやりと眺めながら身を落ち着ける時間が気に入っている。
崖、とは言っても比較的傾斜はなだらかで然程負担も感じない。
治まりかけている痛みに視線を落とし浅く安堵の息をついた。
ビットの眼前にいつもの光景が広がった。
さすがに上高部まで登りきると、気流が急速に変化する。
地質が良くないのだろう、申し訳程度に生茂された植物を避けて、赤茶けた褐色の土を踏みしめた。
夜になって湿り気を含んだ、それでも爽やかな風が金色の毛先を遊んでいった。
(なんだ?)
ビットは僅かに目を細めた。
視力の極めて高い彼に漸く認められるほどの変化。
小さな、では言い表せないほどとても小さな深い橙色の灯火が浮かんでいる。
それが赤みを増して強く燃えて、またすぐに暖かな色に静まる。
何もない広大な土地で、月明かりだけを頼りにゆっくりと歩を運ぶ。
時折赤く燃えるのが煙草だと確認できるほど近づいた時には、
ゾイドの姿もなくまさかウォ―リア―だなどと思う由もなく引き返す必要性としては皆無であった。
「………あれは………」
しかしその人影を、目を凝らして見ると意外にも良く見知った相手だった。
だったら、とっくに相手にも気が付かれているだろう。
取り敢えずビットは先客である男に呼びかけてみる。
「ジャック」
応える代わりに、ビットのほうに顔を向けた。
咥えていた煙草を指で抜き、灰を落とす。
「妙なところで会うな、散歩か?」
さわ…と風が渡って足元の雑草を靡かせる。
風の行方を追うと、しっとりとした白い月が静かに浮かんでいた。
ただ、そのすべてを見透かしたような眼から無意識に逸らしたかったのかもしれない。
「―――あ、いや、俺は………」
言葉を模索して、言い淀む。
まさか、ドジして怪我して一人で落ち込みに此処に来ました、とは云い難い。言える筈がない。
そもそも、ビットは自分の弱さを人に曝け出す事を極端に嫌っているのだ。
嫌っているというと言い方が悪いだろう、恐れているという方が妥当だろう。
信じる事が力となり、信じる事で勝利を掴んできた。唯一無二、最高の相棒と共に。
(でも………)
現実はこれだ。
あまりに不甲斐のない自分を知られたら、相棒は呆れ果て、強敵達には笑われてしまうのだろうか。
ただ杞憂の危惧を抱き決して心中穏やかではなかった。
そして今、眼前でビットを不審げに見詰める男は、正しく現在最も遭いたくないあのジャック・シスコなのだ。
(よりによってなんでこいつに会っちまうんだ?)
自分の不運を呪いながら、会話の取掛りを、しかも当り障りのないものをと
迷い言葉を濁す間に流れを完全に逸してしまった。
良くも悪くもそんな器用なこと彼には不可能にも思える。
ジャックはといえば意に介さず煙草を吸いながら、暫らく、ビットの百面相を黙って見ていた。
一本疲弊して踏み潰す頃には、さすがに無理だと判断し先に沈黙を破った。
「今日はバトルがあったそうだな」
「あ、ああ」
現時点のビットにとって最悪の会話の流れになった。
ゾイドオウォーリアー、ましてや自分たちの関係なら当然の話題であった。
「当然、勝ったんだろうな」
「俺とライガーは最強のコンビだぜ?聞くまでもないだろ」
「ああ、そうでなくては俺が困る」
「近いうちに又バトルしようぜ、ジャック」
「―――いいぜ、怪我が治ったらな」
「んなのすぐ治る……って……あ、あれ?」
あっさりと誘導されたビットは自分の失言に気がついて不機嫌に眉を寄せた。
そのあまりに素直な様子に、くっくっと笑いを堪えきれずジャックは肩を揺らす。
馬鹿にされたと受け取ったビットは余計に眉を顰める。
この期に及んで言い訳をしながら。
「俺は別に怪我なんてしてねぇよ!!」
「嘘だな、歩き方で解る」
「……ぐ……」
言葉に詰まる。
虚勢や張ったり、そんなものが通じる相手じゃないのは自分にもわかっている。
ただ、そうしなければならない意志もあっさりと譲れるほど軽いものでもないのだ。
「何故そこまで隠そうとする?」
あくまでも静かに聞いてくるジャックの疑問は自分だけに留めておきたい、それが本音だった。
ビットは男をまじと見た。秘めていた不安が胸を掠める。
相変わらず素っ気無いが優しい口調だった。まるで不良学生を諭す教師の口調。
「本当にそんなもんしちゃいない!話はそれだけなら行くぜ」
ここで逃げたらまさに不実の証明以外の何者でもないのは分かっていた。
それでもビットの野生の勘ともいえるものが危険信号を告げた気がしたのだ。
コレイジョウココニイテハイケナイ
本能的に逃げ出そうとした肩を押さえ、隻眼の男はビットの歩みを止めた。
文句を言いかけた瞬間、何の前触れもなく左の足首を軽く蹴られた。
「――――――ッッ!!!」
随分治まっていた痛みが倍になってビットを襲う。
唸りを上げて、崩れ落ちそうになった身体を支えて見下ろした。
追い詰めるつもりは全くなかったのだろう、確かに、かなり加減したはずなのだ。
眉根を寄せて僅かに汗ばむ頬は、少なからず口頭とは裏腹の状態の悪さを露呈していた。
辛くもあっさりと数刻前の主張は音を立てて崩壊していったことに変わりは無い。
小さく溜息をついてジャックは眼を狭めた。
「……呆れた奴だな、そんな状態で俺と戦うつもりだったのか?」
「く……ッ、……ひ……でぇ奴……」
少しだけ恨みがましくビットは男を睨んだ。
「くだらない嘘をつくからだ、最初はそれでもいいと思っていたがな―――」
一呼吸置いて、薄く笑った。
目を細めて笑うその表情は滑稽にも似合っているとしか云い様がなかった。
実際問題思っている余裕がある場合ではないのだが。
「気が変わったのさ」
「何でだよ!」
ビットはムッとして訊き返す。
子供がふてたような表情を素で返してくる彼に笑みを噛み殺す。
「簡単なことだ、知りたくなった」
「……何でだよ?」
もう一度、同じ言葉を反芻した。
ただでさえ読み難い男だというのにここまで意図が理解し難いと不安さえ覚える。
自分の感情を吐いたところで、ジャックには何の得もないと思う。
馬鹿にしたいというなら話は別だが現在まで付き合ってきた限りそうは思えない。
それがビットの知り得た――ジャック・シスコ――という男だ。
ただ今までの戦いの中で僅かに理解を深めたつもりが綺麗に白紙にされていくようだ。
「お前が言うのを嫌がるから、だろうな」
あっさりと言われて、絶句する以外どうしろというのか。
そして、今度ばかりは確実に危険信号のアラームが最大音量でがなり立てる。
楽しそうに歪めた口元が、不安に拍車をかけた。
「じっくり聞かせてもらおうか、そこまで俺に云いたくない事情ってやつをな」
「お前って意外と……嫌な奴だな」
先刻の恨みだと言わんばかりに精一杯の感情を込めて吐捨てる。
「知らなかったのか?」
「ああ、ここまでとは知らなかったよ……!!」
何だかもうすべてを諦めてしまったようにビットは無気力に返した。
この時、ジャックの意外な一面というものを垣間見てしまった。当然悪い意味で、だ。
「嫌とは云えないんだろうな」
「そうか、バトルを無期限延期にしたいのか」
本気だ。
一瞬にして悟った。
この男の前では悪の組織バックドラフト団のほうが数倍善良な気がしたのは気の所為だろうか。
ビットは慌てて制止の声と共に力を込めて手を振った。
「わ、わ…解った、解ったって……言うからよ……」
「それは良かった。俺は、暴力は嫌いなんでな」
どこが、とでも云いたげな非難めいた視線をあっさりと無視すると、
「―――で?」と、促すように見詰め返した。
「だから、黙っていたのは――――」
無言。
ただ無言。
ひたすら無言。
ビットが全ての事情を話し終えてから、この調子だ。
ふと、口に当てていた手を下ろして跋が悪そうに口篭もるビットに訊ねた。
「…………本当に、それだけなのか?」
「悪かったな」
ジャックを見上げて捨て鉢に言った。
「やはり、お前は面白い奴だ」
「・…………?」
「そうだな、全治一週間程度ってところだろう」
立ち上がって、暫らくビットの左脚を見止めた。
そのまま、元来たであろう方に向き直り、ビットの脇を通り過ぎる。
「バトルは一週間後だ。決着をつけよう、ビット・クラウド」
「ああ、受けて立つぜ。ジャック・シスコ!」
『………………』
『だから、それまで無理をするなよ』と、らしくない言葉が聴こえた気がしたが、既に訊ねる術はなかった。
しばらく、ぼんやりと首だけ上げて空を仰いでいたが、すぐに身を起こした。
待ち焦がれたバトルだ。
じっとなどしていられない。
知らず、歓喜に手が勝手に震えだす。
恋慕の情より深く、貪欲に自分が強敵との真剣勝負を欲しているのを感じる。
ビットはホバーカーゴのほうに足を向けた。
部屋に戻る前に心配していたライガーに安心させてやらなくちゃな、とぼんやり考えていた。
月が淡く照らし出したその表情には曇りは既に消失していた。