KingOfKings

 

アルスラーンは仲間とともに死戦を戦い抜き数数の艱難辛苦を乗り越え

僭主によって不当に支配された王国を奪還した!!!

―――ら暇になった。

アルスラーンは短い溜息をつくと、文字を追っていただけの古めかしい本をぱたりと閉じた。

 

「キシュワード、臣下を全員召集させよ」

 

◆◆◆◆◆

 

王都エクバターナにある王宮の大広間に集まった面々は互いに顔を見合わせた。

国王アルスラーンの緊急勅令といっても誰も理由さえ告げられてはいない。

そう、パルスの両翼といっても過言ではないであろうこの二人もご多分に漏れなかった。

でかい図体をそわそわと運動させ落ち着かないダリュ―ンが悪友に耳打ちする。

「重臣ばかりを召集なさるとは一体何事だろうか」

「さあな、俺にはまだ図りかねる」

「だが陛下のことだ、何か重要なお考えがあってのことだろう」

「ああ」

短く答えて、ナルサスは扉に視線を移し、何事かを発しようとしたダリューンを制止した。

「憶測はここまでだ、陛下がお見えになられた」

アルスラーンが玉座に腰を下ろすと、ざわついていた室内が水を打ったように静まり返った。

神妙にその場にいた誰もがアルスラーンの言葉を待つ。

「皆、足労をかけてすまなかったな」

礼儀を払ってキシュワードがアルスラーンのお前に跪いた。

「陛下。お言葉ですが、此度の召集の理由を我々は伺っておりません」

「うむ」

キシュワードに肯いてから、視線を大衆に戻して言った。

「今年東方の国からパルスの遣使が無事帰還した事は知っているだろう」

一斉に肯く。

それもそのはず。ついぞ先日、その知らせは大々的に国内を沸かせたばかりであった。

「遣使はさまざまな異国の学問・芸術・文化を土産に帰ったのだ」

「………」

「そこでだ、私が特に興味をもった東方の遊戯を皆に披露すると共に楽しむために集まってもらった」

「遊戯?」

思わず誰かが声を上げた。

学問、芸術云々はどこへやら、しかし正面切って王に諫言できるものなどいなかった。

肝腎の諌めるべき立場にある軍師がにやにやと笑うだけで止めようとはしなかったからだ。

「陛下は一体何を始めるつもりなのか…」

「良いではないか、キシュワード殿」

青色吐息を吐く双刀将軍の肩をポンと叩いたのはクバートである。

キシュワードとは裏腹に独眼に楽しそうな色をたたえてからからと笑った。

「心配し過ぎると体に良くありませんぞ」

「クバート殿、あなたは楽観し過ぎなのだ、一体陛下は今度は何をやらか…

なさるのか不安でならんわ」

「御苦労なことで…」

クバートはキシュワードの肩を軽く叩くと運んできた兵士から受け取ったグラスを差し出した。

 

◆◆◆◆◆

 

アルスラーンがパチンとひとつ指を鳴らすと兵士が持ってきた小さな箱を受け取った。

中に木の棒が十数本無造作に突き出ている。一体何に使うの物であろうかと訝しんでいたが

唯一その謎を知る国王からの返答はなかった。

すぐに分かるということだろう。

もう一度指を鳴らすと、ゴロゴロと重厚なキャスターの音が響いた。

それには黒い布で覆われており、中には一体ナニがあるのか、全員がじっと注視していた。

クバートは人差し指と親指で顎を擦りながら、不可視の布の下を見遣った。

「ん〜…結構でかいな、ありゃ。重みから言って猛獣の類ってとこか?」

明るいクバートの声にそぐわぬ暗い想像に嫌な汗が背中に流れた。

気分を落ち着かせるためにキシュワードはワインをくいっと一気に食道に流し込んだ。

 

「アンドラゴラスの子せがれえええ!!!

 

ブバッ!!!!!(逆流)

広間の人間全員が各様にずっこけた、

当人・アルスラーン国王と軍師のナルサス以外は除いてだが。

「折角皆を吃驚させようとしたのに鳴いてしまっては仕方ないな」

「お、おい、キシュワード…」

「十二分です、驚きすぎて心臓が止まりかけましたとも!!!

口の端から流れるワインに構わず叫んだキシュワードはがくりと膝をついた。

「おい、今陛下鳴いたって仰ったのは俺の幻聴だよな?」

「不思議だな、丁度俺も同じ幻聴を聞いたよ」

見目麗しいアルスラーン王の爆弾発言に何人かの兵士の正気を失って乾いた笑いが響いた。

バサと布が取払われると檻に入れられた上、鎖で雁字搦めにされた銀仮面の男が姿を現した。

通常どのような筋骨隆々の偉丈夫でも、何メートルもの猛獣でも鎖か檻かどちらかであろう。

「特別ゲストのヒルメス殿だ、折角なので参加してもらうことにした」

パルスの歴史上、そしてこれからも国王の賓客にも関わらず檻に入れられたのはヒルメスだけであろう。

「特別な儀礼なのだ、参加して然るべき従兄弟殿を拉致って…ゴホン、もとい招待したのだ」

「拉致!!?」

 

◆◆◆◆◆

 

兵士が用紙を配り全員に行き渡ったところでルールが説明された。

有り体に言えば現在の【王様ゲーム】である。

国王に呼ばれたのはダリュ―ン・ナルサス・ギーヴ・アルフリード・ヒルメスの7人であった。

エラムはやんわりと辞退し、クバートは渋面のキシュワードを押さえる役を買い不参加となった。

ジャスワントは無言でアルスラーンの傍に控えていた。

全員が揃うと卓を囲む。

椅子に深く腰を掛けて片膝を立てた姿勢のままギーヴは用紙を伏せた。

「――要するに、王様の籤を引いたものが好きな者に好きな命令を下せるという訳だな?」

伝聞の語弊が原因なのか文字的には微小、しかし実際的には最大の誤りがある、

真・王様ゲーム誕生の瞬間であった。

その危険なルールを訂正する者はいるはずもなく全員納得してしまった。

「どうしたのだ、ヒルメス殿?」

「何故俺が貴様等の茶番に付き合わねばならんのだ…」

帰る、と言いかけて、ヒルメスは淡いエメラルドの目を狭めた。

(待てよ――好きな者に好きな命令を下せる…玉座を手に入れる千載一遇の好機ではないか)

「クックック…」

唐突に笑い出した男にアルフリードはビクリと身を竦ませた。

「怒って、考えて、急に笑い出したよ、この人…」

「気にするな、アルフリード。そういう時のヒルメス殿は物騒なことを考えてるだけだから」

「へぇ」

 

「良かろう。覚悟するがいい、アンドラゴラスの子せがれ」

(待っていろ、イリーナ…このゲームに勝利しすぐに迎えに行く)

王様ゲームに勝敗はないはずだが、パルス式デスマッチ王様ゲームは

ヒルメスの高笑いをゴングに開始されたのだった。

 

◆◆◆◆◆

 

「王様は誰だ?」

ナルサスが悠然と人差し指と中指の間に挟んだ籤をくるりと裏返した。

「最初は私のようだな」

組んだ長い足の上に肘をついて暫時ダリュ―ンを一瞥して意地の悪い笑みを向けた。

「ダリュ―ンよ、折角の機会だ。陛下を名前で呼ばせて頂いてはどうだ?」

「臣下が陛下の御名をお呼びするなど、お、恐れ多い。何を言うのだ!!!

「ルールじゃないか、騎士を気取ってる癖に掟を破る気かい?」

アルフリードがにまにまと、しかし正論を駆使して逡巡するダリューンを揶揄した。

「…うッ…」

ダリューンはぎちぎちと油の切れたロボットのようにアルスラーンに振り向いて口をぱくぱくさせた。

「ァ……ア、ア、アル、アルス………アルスラーン

「何だ?ダリューン?」

掛け値なしの笑顔。

はっきり言ってこの王様は何も気にしてはいなかった。

親友に名前を呼ばれて反駁などするはずがないのと同様、自然な行為だ、

解釈をしたのは公明正大(?)な王様のほうだけだった。

「陛下御無礼この命を以って償わせていただきます!」

掟を守る為とはいえ俺は何てことをしてしまったのだ。

一介の家臣が忠誠を誓った主にタメ口をきくなど許されざる行為。

その掟にも関わらず、一度だけでも名前で呼べたことに少しでも自分は

どこか幸せのようなものを感じてはいなかっただろうか。

「…俺は…感じてしまったのだ…」

「「「ナニを!!!!!!!!!」」」

「これより貴方の許へ参ります、叔父上」

ダリューンは侍よろしくすらりと刀を鞘から抜き去ると己の首筋に刃を当てた。

「逝くなーーーー!!!

一騎当千の勇士の切腹を止めるのに皆が振り払われると、アルスラーンが笑顔で止めた。

「ダリューン、死なないでくれ、私にはお前の力が必要なんだ」

「へ、陛下…」

「よし、いい子だな、ダリューン」

「―――おい、アレは何なのだ?」

「御気になさらずに。ただのパルス名物ですよ」

ヒルメスの問いに軍師ナルサスが慣れた様子でさらりと答えた。

 

◆◆◆◆◆

 

「次は私か…」

「ファランギース殿か」

ファランギースは困ったように口許に手を当てた。

別段誰に何をやらせるような気持ちはないし、アルフリードに強く誘われたから居るだけなのだった。

「命令されずともファランギース殿のためなら俺は何でもできます」

「相変わらず五月蝿い奴じゃな」

「おお、相変わらずつれない御方だ。しかしこのギーヴ、かように美しい薔薇の棘になら

この身を貫かれようとも幸せというもの」

「…よく回る舌じゃ、それならヒルメス殿でも口説いて壮絶に貫かれれば好かろう」

 

「それが命令なのね…!」

 

アルフリードが自己完結して高らかに宣言すると周りもざわめき始めた。

「私は別にそのような気は…」

ナルサスはファランギースの言葉を遮って手の平を表に向けて促した。

「さあ、ルールに乗っ取り始めてもらおうか」

正面の銀仮面から漏れだした殺気がオーラになって迸って

『戯言をほざいたら一刀両断にしてくれる』と言っているのもあるが、

なにより、愛しの君の前で他の者に甘い言葉を囁くなんて。

その愛しの君から強要されたことだということは考えない辺り

彼の思考ルーチンに愛する女性を責めるという行動パターンは内蔵されていなかった。

「ちょ、ちょっと待て!美女ならともかく男を口説くなんて

俺の美学と俺を慕う女人達の気持ちに反する…」

「そんなのどうでもいいから、さぁ早く!」

「…あー…」

アルフリードの追い立てられる迫力に負け、ヒルメスのほうに顔だけを向けて

ギーヴはぽりぽりと人差し指で顎をぽりぽりと掻いて、所在無く視線を彷徨わせていた。

「一言でも言葉を発してみろ、貴様の喉を掻っ切ってくれるぞ」

「殿下はこう仰っておられますが?だいたい俺やる気ないし…」

盗賊らしい軽やかな身のこなしでアルフリードはヒルメスの背後に回る。

ちょいちょい。

「…何だ?」

お忘れの方もいらっしゃるかも知れないが彼女は盗賊の頭領。

息もつかせぬ早業で仮面を電光石火の速さで外す。

頭に巻いていたスカーフを被せる、と、色素が薄く光に透ける碧色の髪、

意志の強いすっと通った瞳に形の整った薄い唇、その姿は紛れもなく…

 

「ほ〜ら、美女(?)」

 

カチ。

ナニかのスイッチが入る音が響いた。

「おい女!貴様…なにを…」

茫然としていたヒルメスはアルフリードの方を向いていたがなにかの気配を感じて振り返った。

いつもの軽薄な雰囲気が見受けられないギーヴが接近しながら暫時黙していたが、

ヒルメスの頬に指を滑らせ、顎を持ち上げた。

「俺にとってあなたは太陽だ。二つの瞳のきらめきは宵の明星…欲しても決して月とは交わらぬ。

だからこそ、よりその存在を強く深く求めてしまう」

ヒルメスの肌という肌から嫌な汗が滴り始める。

「キスしたくなるような唇もその声も、指先のほんの僅かな仕草に至るまで、

俺を引きつけて酔わせ、虜にする」

ナルサスとアルフリードは腹を抱えて笑い転げ、キシュワードは固まって更に白くなったり、

ダリューンは軍の戒律を考え、アルスラーンは楽しそうににこにこ笑い、

ジャスワントは無表情にその楽しそうな主君を見て嬉しくなった。

遠巻きに見ていた周囲は吐いていたり、吐いていたり、吐いていたりしていた。

「俺はもうあなたの傍以外では生きられない、月が太陽なしで輝けぬのと同じように……」

 

「…………………………………………なら、死ね」

 

ヒルメスは顔面を覆う邪魔な布を取り払い漫画チックに3の文字に唇を尖らせて

ギーヴの首に手を掛けて力を込めた。

カチ。(←美女とみたら見境なく口説きスイッチoff)

「おや、ヒルメス王子(仮)ではありませんか、近いですよ…

そんなことより俺の麗しき君をどこに隠された?」

「やかましいわ!!!

「そうだぜ、(仮)はないだろ。せめて(予定)とかにしとけよ」

クバートが一口酒を呷ってフォロー(と書いて横槍と読む)を入れた。

ガチン。

重々しくリミッターが解除された音が聞こえると全員が一斉に両手の人差し指で耳を塞いでいた。

その背後ではアルスラーンとナルサスが事前に備えていた耳栓をセットしていたのだが

怒りに震えるヒルメスは知る由もなかった。

 

「貴様ら……全員八つ裂きにしてくれるーーー!!!!!!!!

 

◆◆◆◆◆

 

明朝の朝刊の一面に『逃げ出した獣凶暴につき要注意!』の題目が記載されていたが

獣の特徴が顔右半面の火傷だったかはわからない。

パルス通信日曜版の悩み相談室のコーナーにKさん(仮)より、

「将軍として王に仕えていく自信がなくなった私は一体これからどうするべきであろうか、

王の意向を理解することができないのでは…(中略)」と、

毛色の違う深い悩みに回答する立場も同様に困っていたことは単なる蛇足である。

その頃当の王はといえば逃げ出した愛すべき従兄弟殿でどうやって遊ぼうかと

忙しく思考をめぐらせていた所だった。

残念ながら相談者の悩みは晴れそうな気配はなさそうである。

合掌。

 

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