守護霊達の事情(2)
安倍晴明
それが俺の守護霊の名前だ。
平安時代、天文学を学び、吉凶を占い、物忌みを払い、
暦を読む陰陽師と呼ばれる役職に就き、妖怪や鬼をも退治したと言われる最高の陰陽師。
知っている人は知っている存在らしい。
そんな人物が何故、俺・亜矢部 晴夜の守護霊をやっているのか俺でも分からない。
しかし、本当に守護する気があるのか俺には甚だ疑問で仕方がない。
さっきみたいに、うっとおしいと言っても消えないくせに、学校やらなんやらで俺が
何かしているとどこかへフラリと消え、気がつくとまたいると言った状態だ。
「あんた、毎日何やってんだよ?」
俺がそう尋ねてみると、晴明は微笑したまま
「俺にも用事はあるさ。」
と答えるだけだ。
「あんた守護霊だろ、ちゃんと仕事しろよ。」
俺がそう言うと「している、お前が気がつかないだけだ。」と言う。
白い狩衣を纏、片手に扇を弄ぶ、顔は現代でも通用するほどの整った美形。
ミーハーの妹、由利が騒ぐのも分からないでもないが、中身が問題なんだと俺は大きな
声で訴えたい。切れ者で傲慢で、唯我独尊、常に先のことなどお見通しと言ったどこか
相手を小馬鹿にした雰囲気、守護霊には全く持ってふさわしくないこいつが俺の守護霊な
のだ。声を出して俺の心境を誰かに伝えたくとも、晴明に限らず霊という存在は特定の力
が無い限り見えることもなく、声を聞くことも出来ない。だから例え晴明が俺の周りで
好き勝手喋っていようと、周りの連中には聞こえることなく、妨害と思うのは俺だけだ。
理不尽な気持ちがムカムカと湧いてくる。
「あー、もう!何でこんな不幸なんだよー!!」
「煩い。」
俺が思わず普通より大きな声で叫ぶと、聞き覚えのある声・その2が聞こえ、それとほぼ
同時に頭を思いっきり堅い物で殴られた。
「何を朝から辛気くさい顔をして歩いているかと思えば、いきなり叫ぶな。」
「芦山、俺を殺す気か。」
ドクドクと頭から流れる血をそのままに俺は振り向く。
俺の通う学校の女子制服を着、片手にはさっき俺を殴っただろう鉄扇が握られていた。
ていうか、普通はヤバイだろ、それ。
「それはない、俺が守護をしているのだかな。」
芦山より先に晴明が言う。
そう言うなら殴られる前に防ぐもんだろ、殴られても死なないように守られても痛いもん
は痛いんだよ。
「安心しろ、お前のような奴を殺して犯罪者になる気はない。」
鬼かお前ら。
この性別を尋ねてみたくなる女子生徒の名は芦山 由利江、俺の幼なじみの腐れ縁だ。
そしてその後ろには、晴明同様半分透けた体で浮いた男の姿がある。
晴明の着るような狩衣と違い、どこか坊主にも似たボロボロの服を着、年は晴明よりも上。
どこか何でもお見通しと言った晴明の笑みと同じように、他人の不幸さえ面白そうに笑う
ような笑みを浮かべた顔。名は蘆屋道満、かつて安倍晴明のライバルとされた陰陽師だ。
晴明が宮廷陰陽師(公務員みたいなもんか?)なら道満は民間陰陽師という存在だった。
もっとも、今は芦山の守護霊をしているし、芦山も彼らの姿と声は確認できる。
「お前は平気なのかよ、この現状が。」
「何を今更、鬱陶しいに変わりはないが、気にしても仕方あるまい。」
身も蓋もない答えをありがとうよ。
「やれやれ、時の流れと共に女の振る舞いも随分変わったもんだな。」
と言いながらもどこか楽しげに道満が言った。
「女だけではない、人は時の流れと共に移ろう者だ。」
晴明が静かにそう返す。
芦山が特殊なだけのような気もするが、それでも、まあ千年も前の暮らしからすれば変わ
るのもあたりまえだろうと思う、もっとも口には出さないが。
「あいつは、変わり様がないと思うが。」
まるで独り言のように晴明が呟いたのが聞こえた。
あいつ?
「確かに、いつの世でも平和なお人好しだろうよ。」
道満が納得したのか馬鹿にしたのかといった口調で同意する、が晴明はそれには答えず、
どこか遠い目をして何かを懐かしんでいる(いっそ、そのまま遠くへ行ってくれ)
「あいつ、て誰だ?」
俺は隣を黙々と歩く芦山に聞いた。
「私が知る分けがないだろ。しかし、あの晴明があんな顔をする以上は何かあるだろうな。」
確かに、俺が見る中では決していつもの晴明らしくない表情だ。とはいえどちらかと言え
ば仮面から素に戻ったと言った様子だが・・・。
「ひょっとして恋人とか?」
「・・・陰陽師の約束事には女に心を許すなとあったが・・・・。」
俺の言葉に少し考えてから芦山が少し顔をしかめて答えた。
「それでも、それを破って女の一人ぐらいいてもおかしくねえだろ。」
「・・・まあな。」
しかし、晴明の好きになる女ってどういうのか興味がある。
まあ、晴明のことだからバラすなんてこと絶対しなさそうだけど。
「そう言えば、今日は転校生が来るとか言っていたな。」
「転校生ねえ、男?女?」
「さあな、教師が来る以外伝えていないから知らない。」
そうこうしているうちに、俺たちは目的地の学校に着いた。
実にリアリティーのない世界がすぐそこにある。