目覚め03
「交換日記をしているそうだな。」
「はい。」
問われたことに大人しく応えたハーンだったが、
内心では自分の上司であり魔王である相手の口から、
そんな単語が出てくるとは思いたくなかった。
実際に精神的ダメージもあったが、表に出さなかったのは、
彼の側近としてのプロ意識なのだろうか。
「楽しいのか?」
まあ、今まで全く、この城では聞くことの無かった単語なのだから、
興味を持たれるのは仕方ないことなのかもしれない。
気を取り直して、ハーンは口を開く。
「ええ、まあ、生活における変化というのも、それなりに感じ取れますので。」
当初の感覚の食い違いを発見するという目的も充分、果たされていると感じているし、
やってみると中々楽しい。
ふと、そこに書かれている事で、気になっていることをハーンは言った。
「そう言えば、外に出てみたいとおっしゃられていましたな。」
「外?」
手を止めずに聞いていた魔王が、顔をこちらに上げた。
「服や身近な道具は、城の物ではシックリこない、それに外のことも知りたい、と…。」
「構わん。」
「外出許可を出されると?しかし、まだ危険なのでは?」
「その時は、奴の技量がそれだけだっただけの事だ。」
再び書類に目緒を通し始めたジェノヴァに、ハーンは軽く頭を下げる。
「畏まりました。資金の方は如何いたしましょう?」
ハーンの言葉にジェノヴァは傍にあった紙にペンを走らせ、それを彼に渡した。
「ありがとうございます。」
「馬車?いらねえよ。」
出来るだけ軽装な服を選びながらディルスは言った。
「しかし、それでは移動の方は…。」
「足に決まっているだろ、そりゃ体力は普通より無いかもしれねえけど、
それを知るにも良い機会だろ。」
自分で言っていて少し面白くなさそうな口調だ。
「危険ではないかと。」
「そん時は、そん時だ。」
自分の立場を分かっているのかいないのか、ディルスの台詞にハーンは
心の中で溜息をつく。
「まあ、本当に疲れたら馬車に乗れば良いさ。」
それでも渋るハーンに、ディルスは違う話題をあげた。
「仮に、危害を加えようとしてきた場合、当然、正当防衛は認められるわけだよなあ?」
「当然です。」
着替えを終え、鏡の前で目を覆い隠す前髪を整えながらディルスは続ける。
「加減とかあるのか?」
「状況にもよりますが、あくまで正当防衛のであるのなら、問題はありません。
場合によっては気絶した者、戦意喪失している者への攻撃は、
問われる恐れもありますが。」
「つまり追加攻撃に注意しておけば良いわけだろ?了解。」
こうして二人は城下へと向かった。
街は人間界とほぼ変わりない。
ただ、そこを闊歩しるのが、一般的にモンスターと呼ばれるような種族、
亜人種、魔族であり、店に陳列されている中にも、変わった物が沢山ある。
「そういえば、風邪魔法5章第三項目の文字がまだ解けてなかったな。
やっぱ辞書は必要だな。」
本屋に並べられた『誰でも分かる魔法文字の原理』をパラパラと捲りながら、
ディルスは言った。
「そこまでいかれると、専門的な辞書の方がよろしいでしょう。」
ハーンは本棚に並んだ辞書の中で分厚めの本を取り出す。
「あと、手軽に使える辞書も一冊、持っとくか。」
「他にご入り用は?」
「この間、図書館で見かけた召喚獣の図鑑と、薬草関係の本と、園芸用と…etc,etc」
指折り数えていくディルスに、ハーンは溜息をつきながら、辞書を一旦棚に戻した。
「城で注文しましょう、後でリストアップしておいてください。」
大量の本を持って歩き回るのは、それだけで筋肉トレーニングになりそうだが、
買い物には不向きだし、自分の体力を考えれば無謀である。
「そうする。」
そう言うと、今度はジャンル関係なく雑誌類を無造作に数冊買った。
「これはどうなさるおつもりで?」
「一応、情報収集にな。世間離れしすぎたら不便だし。」
地下室の次は王室だ、中間がないのでそれが気にはなっていたらしい。
本の次は服を選ぶことにした。
試着をし、気に入った物を幾つか買っていく。
「俺は王宮のスタイリストと仲良くなれそうにない。」
金具をジャラジャラと付けたり、細かく刺繍の施された服よりも、
シンプルな物を選んでいくディルスは、自分の傾向に改めて気付き、そう呟いた。
「あちらは、どうすればあなた様が気に入ってくれるか悩んでいましたよ。」
王宮らしいデザインとディルスの好みを合わせた物を、と考える彼の人を思い出し、
ハーンが返す。
「まあ、今のままじゃ気に入ることは絶対無いな。」
「良い機会でもありましょう。」
それくらい応えてもらわなければ、王宮に使える技量はない。
そう一人結論づけるハーンをよそに、ディルスは道脇の店頭に積まれていた
PCのパンフレットを適当に取っていた。
「興味がおありで?」
「ん〜?まだ、どういうものなのかな?程度だけどね。」
大まかに眺めながら、ディルスは逆に聞き返す。
「ハーンは、パソコン使えるのか?」
「いえ、どうもそう言った機会という物は苦手ですな。」
「ふ、ん。」
そうやって色々と見て回っていると。
“ピイィィィィィ”
ガシャン、ガシャン、ガシャン
「?」
目の前にあった籠から鋭いかぎ爪が、檻を壊すようにけり出された。
視線を籠全体に向けると、双頭の鳥が狭い籠の中で羽をばたつかせている。
「観賞用飼育動物店ですな。」
「ペットショップね。」
ハーンの言葉に今度は店全体に目をやると、檻に入れられた獣が並んでいた。
「これが観賞用には思えねえけどな。」
暴れるのは止めたが、なおも体をふくらませ威嚇する鳥を眺めながらディルスが呟く。
「いらっしゃいませ、どうぞ中に入って、ごゆっくりご覧下さいませ。」
歯の欠けた鼠のような男が、へつらった笑みを浮かべて出てきた。
「何か、えらく物騒なもんを入り口に飾ってんだな。」
ディルスの言っているものが何なのか、店主もすぐに気が付く。
「いやぁ、すみませんねぇ、中に入れてても暴れるだけで五月蠅くて仕方ねえんで、
外に置いといたんですよ。
そいつは、誰にも懐かねえんで、もう処分するところなんでさ。」
店主の言葉に、ディルスはもう一度鳥に視線を向けた。
「………いくらだ?」
その言葉に、店主は来客が何を指しているのかすぐに理解する事は出来なかった。
「だから、あの処分予定の鳥はいくらだ、て聞いてんだけど。」
さも当たり前のように、ディルスはもう一度言う。
「お気に召したのでしたら、もっと大人しい奴がありますよ。」
「いや、あいつで良い。」
店主はハーンに視線を向けるが、彼は何も反応を返してこない。
一方のディルスは檻に顔を近づけ、中をうかがっていた。
「変わった坊ちゃんで。」
店主は溜息をつくように言う店主に、ディルスはさも当然のように続ける。
「安いんだろうな?」
「へえ、特別価格でお譲りさせて頂きます。」
店主は苦笑しながら、商談を開始することにした。
「で、後どれくらい残ってんだ?」
未だ檻の中で警戒心を解かない双頭を持ちながら、街の広場まで向かい、
ディルスは改めて所持金の確認をする。
「お気になされるほどの金額には至っておりませんが。」
「ふ、ん?……。」
ハーンの返答にディルスは思考を巡らせながら、
ふと視界の隅に入った露店に目をとめ、そこに足を向けた。
地面に広げられた布の上に、無造作なのか規則的なのか分かりづらい並びで
品が置かれている。
「いらっしゃいませ。」
品をよく見ようとしゃがみこみ、隣に鳥かごを置いたディルスに、
片眼鏡をかけた青年がニコニコと笑みを浮かべて言った。
その後ろには、両目とは別に額に大きな一つ目を持つ女性が、
薬研で何かをすりつぶしている。
適当に並べられた瓶を手に取り、ラベルを見てみと、
『Go Go Heaven』と大きく書かれ、
使われている薬品には、幻覚を引き起こす物が多数書かれていた。
「それ、よく効くて評判なんだよ。」
そう青年が言うのを聞き流しながら、別の瓶を取れば『暴走冷却剤』
こちらは、鎮静作用の薬品が書かれている。
どうやら“薬”というものがジャンルバラバラに置かれているらしい。
次に手に取ったラベルには『憎イアノ子モ、コレデイチコロ★』と
書かれている、裏側に書かれた薬品を眺めている時だった−。
ガシャン!!
“ピイィィィィィィィ!!”
ディルスの横に風が起きたと感じるとほぼ同時に、
地面にぶつけられた衝撃で開いた籠から双頭の鳥が、文字通り飛び出すと、
傍にあった木に止まり、ディルスの方を伺い始める。
「ったく、誰だよ、こんな所に邪魔な物置いてんのは。」
鳥に向けていた視線を声の方に向けると、三人組の男が立っていた。
「足にぶつかっちまって、痛くて仕方ねえんだけどな。」
「あの籠、兄ちゃんのだろ。」
「気をつけてもらわねえと、大怪我しちまったじゃねえか。」
三人が口々に言うのを、ディルスは黙って聞いている。
「よく見りゃ、兄ちゃん良い物着てんじゃねえか。
けがの治療費ぐらいわけねえだろ。」
「ついでに、貧しい俺らに恵んでくれねえ。」
「善行はしとくもんだぜ。」
男達が背をかがめ、伺うように交互に言った。
ニヤニヤと笑う男達に、ディルスも笑みを浮かべる。
「成る程、実にわかりやすい内容だな。
しかし、一つ抜けていることがある。」
ディルスの言葉に、男達は顔を歪ませた。
「あの鳥かご代だな、安物だから、チョイとしたことで壊れてしまったようだ。
それと、あんたのケガとやらで±0。
鳥自体が逃げた事で恵は±0
それから…。」
ディルスは顔をやや下に向ける。
髪で目は隠れてしまっているが、その視線の先は男達の足下に向いていた。
男達が、それにならい自分たちの足元を見る。
「「「!?」」」
闇色の光で描かれた紋章が、地面に浮かび上がっている。
「て、てめえ、何しやがった!!?」
思わず飛びかかろうとした男が、ディルスの前で動きを止めた…いや、止められた。
男達を取り囲むように放出される闇の光が壁となり、男達の身動きを封じる。
「台詞がありきたりでつまらん。
愉快な内容だったら、おひねりとして恵んでやってもよかったが、
ボキャブラリーが貧困すぎる。
てなわけで、+どころか−行きだ。」
「わけわかんええよ!!」
ディルスの言葉に男が思わずツッコむ。
「ああ、ついでにこれはオマケだ。」
そんなツッコミを無視して、ディルスが丁度手に持っていた瓶の蓋を開け、
手のひらに傾けると、サラサラと粉が出てきた。
それを、フッと男達に向けて吹き付ける。
「ブッ!何だこりゃ!?」
粉は光に巻き込まれるように紋章の中に入っていった。
光が強まり、ディルスは男達の方に片手を上げ、手のひらを向けると、
徐々にその手を握り込んでいく。
それに合わせ、光が縮小していくのに男達は気が付いた。
「お、おい、何するつもりだ!!」
狭まる光の壁に押されながら、男達が怒鳴る。
「こうするんだよ。」
握り拳を作ると、それを上に向け弾けるようにパッと開いた。
紋章が強い光を放ち、男達の悲鳴が中から聞こえたが、
周囲者達は、光から目を避けていたため中の様子までは見えない。
数秒後、光が一瞬にして消えると、目の前から男達が消えていた。
「な、何だこりゃ!?」
そう思った周囲の者達の耳に声が聞こえ、誰しもがディルスに視線を向ける。
しかし、本人はそれを気にすることなく男達がいた方向に、一歩前に進んだ。
そこには小指ほどの大きさのものが三つあった。
ディルスがしゃがみこみ、その三つに話しかける。
「運、ていうのがある。こいつは力と違い良くも悪くもなる。
どんなに強運の持ち主でも、全てが良いわけじゃな。
あんた達の場合、この場にいた奴らの中で、俺に仕掛けてきたのが運の一つ。
そしてその結果がこれ。
運、ていうのは可能性の中でどれを選択するか、その時の判断に向けられる力
みたいなもんだと俺は思っている。
己の力でありながら、実に厄介なもんだ。
話を戻すが、あんた達の結果がこれだからと言って、俺の運が良いわけじゃねえ。
楽しいお出かけを邪魔されたことで、俺とあんた達の出逢いは、お互い運が悪かった、
ということになる………聞いてんのか?」
いきなり話しかけられ、男達は慌てた。
「わ、分かったよ、悪かったよ、反省している!!だ、だから元の姿に…。」
男達の言葉にディルスの口元に笑みが深まる。
「この運を使って一つ賭をしようじゃねえか。」
「賭け?」
“ピイィ!”
不意に双頭の鳥が一声鳴くと、上空から地面に転がっている壊れた鳥かごをつかむと、
周囲を旋回し、ディルスの傍で落とした。
ディルスは先に知っていたかのように、それを受け止めと、
“ヒョイ”と男達をもう片方の手で掴む。
「な、何を?」
「もう一度お前らが俺の元まで来れたなら、賭はお前らの勝ち。
元に戻してやるし、恵もくれてやる。
お前らがそれ以外の方法で元に戻り、
かつ俺の前に下らんことをやりに来たなら、俺の勝ち。」
そう言うと、ディルスは男達を鳥かごの中に放り込み、ズレてしまっているドアを閉めた。
「おい、よせ!頼む、いや、お願いします!!」
「Good Luck」
ディルスの言葉と同時に、双頭の鳥が再び鳥かごを掴み、天高く飛び立った。
「ギャー!!死ぬー!!」
「降ろしてくれ〜!!」
「ドア、ドア、開いた、開いた!!」
「「「落ちる!!」」」
籠の中から聞こえる声が、鳥の大きさに比例して小さくなり、
やがて声も鳥の姿も見えなくなった。
「さて、と。」
周囲の静寂を破るように、ディルスの声が辺りに響いた。
「これ、いくらだ?」
薬売りの青年に向き直り、何事もなかったかのようにディルスは尋ねる。
「え?あ、ああ、それなら−。」
青年が慌てながらも告げた金額にディルスは暫し考えると、
並べられた瓶の中から二つ取り上げた。
「んじゃ、これで頼む。」
何事もなかったかのように振る舞うディルスに、
時が止まっていたかのような周囲の雰囲気も解けていく。
「まいど、どうも。あ、これはオマケね。」
そう言って青年は小さな包みを差しだした。
「飴だよ、こっちは本当にタダの飴。」
「こっちは、てことは、タダじゃない飴もあるわけ?」
ディルスが親指と人差し指で袋をつまみ、眺めながら言った台詞に、
青年は笑みを浮かべたまま「さて、どうでしょう。」と答える。
「ふ、ん。」
同じようにディルスも口元に笑みを浮かべると、飴をポケットにしまい込み、
その場を後にした。
「薬品類ならば、城でもご用意致しましたが。」
暫く歩いたところでハーンが口を開く。
「俺はまだ城全体を信用したわけじゃないし、
それにまあ、ちょっと店先で騒ぎすぎたかな、と思っただけだよ。」
内容と違い、どうでも良さそうにディルスが答えた。
「縮小魔法、実にお見事でした。」
「まだロスが多い、力の無駄をなんとかしねえとなあ…ん?」
納得いかないディルスの片に羽ばたきの音と共に、一羽の双頭の鳥が止まる。
「お、もう戻ってきたのか。」
「意外ではないようですな。」
双頭の鳥が戻ってきたことを、当たり前のように受け止めるディルスにハーンが言った。
「さっきの連中より、力の差による関係を知っているからな。
鳥かごから出て、すぐ逃げずにこっちを見ていたし。
俺の求めるものことも分かっているし、頭が良いんだよ、こいつは。」
片方の頭を撫でてやりながらディルスは答える。
「そう言えば、先程の者達に何やらかけていたようですが。」
「ああ、あれか………はいよ。」
先程受け取った紙袋の中から瓶を一つ取り出し、ハーンに渡す。
瓶には『小さな呪いもグレードUP! 憎イアノ子モ、コレデイチコロ★』
「呪法、増加+固定剤。俺も作ってみようかなあ。」
前から聞こえてきたディルスの台詞に、ハーンは何も言わず小さく溜息をつくだけだった。
ディルスから言われた用事を済まし、城へと戻るカルマの足が止まった。
「いらっしゃい!!」
「あ、カルマの旦那、お元気ですかい?」
「坊ちゃんは、今日はいないんですか?」
小さな屋台を間に挟み、三人組の男がカルマに向かって口々に言う。
「いつもおやつ、頼む。」
その様子に苦笑しながらカルマは用件を言った。
「へい、まいど。」
一人が並べられている小さな丸いカステラを袋に詰めていく。
この三人が小人サイズでディルスの前に現れたのは、随分前の話だ。
ディルスと三人がどういう関係なのかカルマは知らないが、
三人を見たディルスは楽しそうに元の姿に戻し、屋台と狭い土地をを提供した。
「俺が与えてやったチャンスだ、無駄にしたら、分かってんだろ。」
ゴーグルで目元を隠したディルスの笑みが影響したのか、
店先に飾られた、壊れた鳥かごが目印のカステラ屋はそれなりに儲かっているらしい。
ディルスが気に入るような物を作り出すのまで試行錯誤を繰り返した三人の賜物だろう。
「これ、新しく考えた試作品なんです、よかったら感想、聞かせてくだせえ。」
そう言って大きな袋と一緒に小さな袋を渡してきた。
「ああ、ありがとな。じゃ、頑張れよ。」
「へい!「「「ありがとうございました。」」」」
カルマは金を払うと、三人の揃った声を背に、城へと戻っていった。