目覚め01

 

遠くから、何かが聞こえた。

それは恐怖と混乱を含んだ悲鳴と、爆音、建物の燃え崩れていく音、

そして破壊を楽しむ者の声。

意識が完全に浮上し、背もたれに体重をかけ眠った時の前のまま、彼はゆっくりと

目を開けた。

 

そこは風車がいくつも回る小さな村。

普段なら、のどかな風景が広がるそこは、今、炎に包まれていた。

人々を襲い、村を破壊していく異形のモノ達、そしてそれを統べる魔族。

非力な村人は、村の奥の教会の隠し部屋で祈った。

「神よ、我々をお救いください。」

願ったのは救世主の存在。

扉が開き、現れたのは絶望と恐怖の影。

人々の祈りを受けていた、聖母と呼ばれる女性を象った石像は、微笑を浮かべた自身をも

血を浴びながら、哀れな村人を見下ろしていた。

 

「ハア、ハア、ハア、ハア…。」

暗い地中を通る道を、等間隔につけられた光玉の元、彼女は恐怖に囚われた足を必死に動かし、走っていた。

村の墓場に隠し通路があるのを知っていたのは偶然だった。

何処に通じているのかは分からない。

ただ、あそこにいても、いずれ殺されてしまう。

だから、迷っている暇もなかった。

教会の神父が、無名の墓付近で何かしているのは、子供が噂しあっているのを聞き、

だからと言うわけでもないが、もはや正常な判断など難しかった。

ここだって、見つかってしまうかもしれない。

「(誰でもいい、助けて、死にたくない)」

頭の中で、そう繰り返し、もつれそうな足で走り続けた先に扉が見えた。

丈夫な鉄の扉に十字架が描かれ、周囲に見慣れない文字がビッシリと書かれている。

だが、彼女はそれを気にするほどの余裕はなかった。

引き返すことが出来ないのだから、先に進むしかない。

彼女は飛び込むように、扉を開き中にはいると、背で扉を閉めた。

「ハア、ハア、ハア」

せわしない呼吸が辺りに響き、やけに大きく聞こえる。

目の前は真っ暗で、目が慣れるまでが酷く長く感じられた。

 

平積みにされた本が、いくつも作られ、

床、壁、天井に幾つもの魔法陣が埋め尽くすように描かれた部屋が、視界に広がる。

そして、本の合間から椅子に座った影が見えたとき、

彼女に再び恐怖がわき上がり、反射的に、扉に背をすりつけた。

しかし、向こうは全く動き出す気配がない。

彼女はそっと、一歩だけ足を進めた。

「誰?」

小さな声も必要以上に響いたが、反応は返ってこない。

さらに近づいてみると、それは一体の人形だった。

白い肌と紺色の髪、目は閉じられ、眠ったように座った姿は闇に浮かび上がるように、

また、逆にとけ込むように、そこに存在する。

本物の人間と同じくらいの大きさだったが、生きている気配は感じられなかった。

ふと、椅子の側に一本の剣が立てかけられていることに気づく。

その剣に触れた瞬間、先程入ってきた扉が開いた。

「隠れん坊は気が済んだか?」

「ミツケタ、ミツケタ。」

相手を見下した笑みを浮かべ、異形のモノ達が外から入ってくる光を背に立ち、口を開く。

とっさに彼女は剣を抜き、魔族と異形のモノを睨んだ。

「ほお、それで何を切るつもりだ?」

「しっかり力を込めろよ、剣先が震えてるぜ。」

「戦うか?我らと。」

その様子をあざ笑いながら、魔族達は言う。

「…して、どうして村を襲ったの!?」

今にも恐怖で溢れてきそうな涙を抑え、

特別なことなど無い平凡な生活を壊された理不尽な怒りで、震えを必死で止めながら、彼女は言った。

魔族の笑い声が辺りに響き渡る。

「理由が必要か、人間よ?

お前の目の前にいるのは何だ、同族でも相手にしているつもりか?」

魔族の言葉と共に、異形のモノが数匹襲いかかった。

「っ!!」

彼女は咄嗟に剣を振る。

“ヴン”

「ギャアアアアアアァァァァァァァ」

異形の切り裂かれた体から血が噴き出し、彼女に降った。

他の異形も焼かれたにおいを放ち、地に伏している。

「…神剣か。」

少し目を見開き、魔族が呟いた。

彼女の持った剣は、白い光が闇を打ち消すように放っている。

「だが、所詮。」

魔族の一人が動き出すのを見て、彼女は険を構え尚した。

「ッグ!?」

次の瞬間、彼女の体は宙に持ち上げられていた。

足が、宙を泳ぎ、後ろから回った手が、彼女の首を圧迫していく。

「グウッ……ウ…」

意味をなさない声が、彼女から発せられた。

「人間は人間だな。」

ギシギシという音が耳に届く。

「ガハッ…ハッ……グッ」

「心地良い恐怖だ、絶望に染まっていく姿は、いつ見ても飽きない。」

魔族はうっすらと笑みを浮かべ、呟きながら力を込めていった。

カラン

剣が落ちる音が響く。

手が解かれると同時に、彼女の体は地に伏せた。

「チッ、加減を誤ったか。」

面白くなさそうに舌打ちし、魔族は言う。

その時、部屋の暗がりから、二つの目がこちらをジッと見ているのを感じた。

人形が、椅子に座ったまま魔族達を静かに眺めている。

魔族が再び笑みを浮かべた。

「お前で最後か?」

人形は答えない。

「鬼ごっこも、隠れん坊も飽きたが、やりたいなら付き合ってやるぞ。」

その方が、何倍も恐怖を感じられる。

しかし、それに返ってきたのは人形のあくびだった。

「ったく、起きたとたん賑やかなことで、オマケに人の勝手に部屋汚しやがって。」

恐怖などそこにはなく、ただ睡眠の妨害と部屋を汚されたことに対する不機嫌さだけだ。

よく見てみると、人形の両腕と両足には枷が付けられている。

「お前、何なんだ?」

怯えるでもなく、勇んでくるわけでもない。

傍観者のように、そこにいる人形は、人間とは言い難かった。

「さて、ね。」

どうでも良さそうに、人形は答える。

「恐怖ぐらいは感じるんだろ?でないと、こちらも面白くない。」

相手が何者であろうと構わない、魔族はそう考え、薄く笑いながら言った。

人形は小さくため息をつく。

「いきなり団体様で来られたから、一気に部屋が闇の生気で一杯だ、

 おかげこっちもやりやすい。」

そう言うと同時に、足下にあった魔法陣を三回リズムをとるように、軽く足で叩いた。

魔法陣が光り出し、それを見た魔族は異形のモノを人形に放つ。

“グシャ”

一瞬にして異形のモノは喰われた。

人形の足元の魔法陣から、別の魔法陣へと、鱗の付いた長い蛇のような体が、

海中へ潜るようにつながっている。

「“滅びよ、魔族”」

いつの間にか、彼女の落とした剣を持った人形が、魔族の傍に立っていた。

「グッ!?」

先程より強い光を放つ剣に、魔族は後ろへとはじき飛ばされる。

「教会のお偉いさんが特注で作らせた剣だ。

聖水、聖火、十字架、聖書の言葉、司祭の祈りを注ぎ込んだ、一品だぜ。

神父から聖書の教えも腐るほど聞かされたからな、今度は唱えられたまま

切られてみるか?」

ここにきて、ようやく笑みを浮かべた人形の後ろには、先程異形のモノを喰った正体、

ウワバミのような生き物がこちらを伺っていた。

「…おのれ。」

はじき飛ばされた魔族が立ち上がりかけたその時だった。

「……?」

空気がザワリと動いた。

魔族や異形のモノ達も騒ぎだす。

ウワバミもどきが怯えだし、現れた魔法陣へと引き返していった。

その行為に怒るでもなく、人形は視線だけを辺りに動かす。

“パキン パキン パキン”

「!?」

部屋中に描かれた幾つもの魔法陣が、まるでガラスが割れるような音を出し、光の粒子を残して消えていく。

魔族達は何かを察したのか、異形のモノ達を後ろにやり、その様子を眺めていた。

やがて、光の粒子は新たな魔法陣を空中に描き出す。

巨大な一つの魔法陣が作られ、そこから闇が流れ出した。

影よりも濃く、夜よりも深い闇が人の形をとり、実体化する。

闇から出てきたのは一人の男。

魔族は跪き、異形のモノは畏怖した。

その姿は、闇を統べる王の姿。

動揺する出もなく、興味も示すことなく、人形はその様子を見ていた。

人形と王の視線が絡む。

不意に、人形の剣を握った手に何かがまとわりついてきた。

「っ!!」

部屋の暗闇や人形自身の影から伸びてきた闇が、人形の足下から絡み合うように

拘束していることに気づいたとき、闇は顔まで昇ってきていた。

しかし、人形の表情は、一瞬だけ驚きの表情を見せただけで、すぐに消える。

いつの間にか、目の前にまで王が近づいていた。

「何を考えている。」

静かに、そして絶対的な力を含んだ声が、響き渡る。

「別に、何も。」

人形はどうでも良さそうに答えた。

「お前は、何者だ。」

先程の魔族と同じ質問をする。

「俺は俺、それ以外は分からねえよ。」

拒否できない言葉に、それでも興味なさそうに人形は言った。

「お前からは、闇のにおいがするな。」

王の言葉に、他の魔族から僅かなざわめきが感じられた。

しかし、二人は関係なく話を進めていく。

「でなきゃ、こんな所にいるかよ。」

病や禁忌でもなければ、こんな所で拘束されまい。

「道理だ。親はどうした。」

「さてね、母親は病死。死体は切り刻んで焼いて灰は川の中、親切な村人が手厚く葬って

 くれたな。父親は知らね。」

「ここにはどれくらいいる。」

「・・・知らない、気が付いたらここにいた、俺の知る世界はここだけだ。」

僅かに考えるそぶりを見せたが、すぐにどうでもいいことのように人形は言う。

「・・・狭い世界だ。」

幾つもの本と魔法陣に囲まれた世界に、王が言った。

「だろうね、でも執着しなくてすむ。」

「生にも、か。」

「そういうこと、質問は終わったか?」

少しウンザリ気味に人形は尋ねる。

王は、口の端を持ち上げた。

「お前の名は?」

「……姓はクラウン、名は無い。」

どこかキッパリとした口調で人形は答える。

「私の名はジェノヴァ、4つの闇の中の1つが私の闇。

 我が名を知るものよ、生に執着ないならば、我が闇の一部となれ。」

人形にまとわりついていた闇が再び動き出し、人形を浸食し始めた。

「奇特、つーんだっけ?俺なんか喰っても不味いと思うぜ。」

「食しはせん、私のモノにするだけだ。」

闇に飲まれ、意識が段々薄れてきた中で、王の言葉を聞き、人形は口を開く。

「どう違うんだか。」

「『ディルス』それがお前の中であり、私の子の名だ。」

耳元で囁かれた声を最後に、意識は闇飲まれた。

 

 

「それがこの場所だと?」

カルマが辺りを見渡しながら聞く。

「そ、俺と陛下が初めて対面した所。

いやはや、今思えばすげえ事をしていたんだよなあ。」

そう言いながらも、ディルスの顔は笑っていた。

「本来なら、その場で殺されていたでしょうに。」

やや呆れながらカルマが言う。

「だろうな。あ、あった、あった。」

そう言ってディルスが持ち上げたのは、あの時の神剣だ。

「ふ、ん、流石神剣、全然錆びてねえな。」

あの時、異形のモノを切ったときに血を浴びていたし、鞘から抜いたままだった剣は、

それでも新品同様に輝いている。

「そっちは見つかったか?」

「こんな膨大な本のなかで、一冊見つける方が難しいですよ。」

長年つもった埃に、むせながらカルマは言った。

「んじゃ、持って返るか。」

「仕事が終わってからにしてください。」

「ちぇ。」

面白くなさそうに、それでもしっかり数冊の本も片手に持っていくディルスにため息を

つきながら、カルマはディルスの後を追う。

「何で魔王が勇者のために、自分にダメージ与えるための神剣を取りに来ないといけない

 のかねえ。」

「仕事だから仕方ないんです。」

「最近、お前そればっかだな。」

そんな会話を交わしながら、二人は暗い通路に消えていった。

 

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