アゲハ蝶
昔のことだ。
弟と一緒に砂漠の墓地で遊んでいた時。
照りつける太陽と、辺り一帯を埋め尽くす砂と墓。
その時、一人の旅人に出会った。
どこまで行くのかと尋ねれば、彼はピラミッドまでだと言った。
それで終わりかと尋ねれば、終わりはないと言った。
気を付けてと言うと、旅人は微笑みながら手を振った。
その時気づく、彼の肩にヒラヒラと羽を微かに動かしながら休む不思議な物に。
アレはなんと言ったかな?
本当はここにいるはずのない生き物。
この暑さに薄い羽が燃えてしまいそうで、不安だった。
ほんの少しだけ、あの生き物が欲しいと思った。
喜ビトシテノ イエロー
憂イヲ帯ビタ ブルーに
世ノ果テニ似ニテイル漆黒ノ羽
そう、あれは確か・・・・。
「クール。」
呼ばれてハッとする。
目の前には刹那が立っていた。
「どうかしたのか?」
「いや、なんでもない。」
セミの声が耳に入ってきた、子供の遊び声も。
車の走る音も、全てがハッキリと聞こえてきた。
ならさっきまでのは?
白昼夢。
「・・・・・こんな暑い中、待たすなよ。」
自分が何をやっていたのか思い出し溜息をついた。
授業がひるまでだから、その後出かけよう、待ち合わせは公園の噴水。
そこでさっきまで待っていた。
「授業終わるのが少し遅れたんだ。」
ゴメンと返してくる刹那に、クールは立ち上がる。
「行こうぜ、頭がおかしくなりそうだ。」
あの旅人は本当にいたのだろうか?
記憶と夢が交じりあった白昼夢。
「んで、何処行くんだ?」
「これ見たいんだ。」
渡されたのは催し物のチラシ。
世界の昆虫展。
「・・・・・・こんなもん、見たいのか?」
「何となく。」
一匹や二匹ならまだ良くても、大量にいたら気持ち悪いだけに思えるが。
「魔界の昆虫ばっか詳しくなっても仕方ないだろ。」
「はいはい。」
まあ、魔界の昆虫展よりは良いかと考えながらクールは返事をした。
「どうかしたか?」
展示の出口近くで売られている土産物の中で刹那が何かを見ているのに気が付く。
覗き込んでみれば、一匹の蝶の標本があった。
下羽二枚が黄色、上羽二枚が青、大きく羽を縁取った黒。
「欲しいのか?」
生きていれば美しく舞うアゲハ蝶。
ガラスケースに張り付けられた美しいままの姿。
「・・・・・・いらない。」
刹那は興味を無くしたようにそれを事務的に重ねられた標本に戻した。
「暑い。」
帰り道、刹那が呟いた。
涼しげな顔立ちにうっすらと汗をかいている。
クールの方は逆に汗はいっさい出てい無い、
だてに溶岩の上を歩いているわけではないらしい。
「少し休むか?」
行きがけに待ち合わせた公園の木陰のベンチに腰掛け、自販機で買ったジュースを開ける。
缶の周りに着いた水滴が少しずつ落ちていった。
微かに吹く風と日差しを遮る木陰は自然な冷房となる。
落ち着いたらしく刹那はクールの肩に頭をやると、目を閉じた。
それを見てからクールは視線を遠くへ向けた。
噴水が絶え間なく水を拭きだしている。
子供達が暑さを苦にもせず遊んでいる。
セミが生きている間、精一杯鳴いている。
その声が、音が、少しずつ遠ざかっていくように感じた。
気が付くと、魔界を旅していた頃に戻っていた。
サンドランドの砂漠、イシスのピラミッドに向かって歩いている。
不意に声が聞こえた。
振り向けば子供がいた。兄弟で遊んでいたらしい、兄らしい子供がこっちを見ていた。
子供は聞く、どこまで行くのかと、俺は答えるピラミッドまでだと。
子供は聞く、それで終わりかと、俺は終わりはないと言った。
気を付けてと子供が言ったから、俺は変わりに手を振った。
その側には刹那がいた。
暑そうに顔をしかめ、白い肌が焼けることなく汗をにじみ出している。
途中で影が有ればそこで休もう。
俺はそう促して、再び歩き始めた。
カラン
その音に意識が戻る。
視線を向ければ、刹那の手から缶が滑り落ち、余っていた中身が地面に吸収されていた。
肝心の刹那を見てみると、微睡しているらしい。
ヒラリと視界の隅を何かが舞った。
それは、さっきまでガラスケースに張り付けられていた物と同じ生き物だった。
ゆっくりと羽ばたかせ、刹那の肩に止まった。
あの時旅人の肩にいたのは、一匹のアゲハ蝶。
子供に話しかけられたとき俺の側にいたのは刹那。
・・・ああ、成る程。
俺は苦笑した。
昔の俺が欲しいと思ったアゲハ蝶。
それは今、既にここにいる。
あの旅人は俺だった。
あの子供は俺だった。
簡単なことに、何で気づかなかったんだろう。
アゲハ蝶にそっと手を伸ばす。
それに気づき、蝶はゆっくりと舞い上がった。
手を伸ばせば、今なら捕まえられる。
そう思ったが、その前に手を捕まれた。
「飛ばない蝶なんていらない。」
俺の手を取ったまま、まだ眠たそうに目を開いた刹那が言う。
だから、あの時ガラスケースに入ったアゲハ蝶に興味を持たなかったのだ。
「・・・そうだな。」
俺は刹那の額に口付ける。
それに促されたように刹那は再び目を閉じた。
きつい日差しの中をゆっくりと薄い羽を羽ばたかせながらアゲハ蝶は飛んでいった。
後書き
夏頃に書いた作品。ポルノグラフティの「アゲハ蝶」を聞いていたら、書きたくなりました。
幻想的なものを書けたらなあと思いましたが、玉砕。
一応、甘い?