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現代伝説考(5)

---恐怖と願望のフォークロア---

****** 目次 ******

*** まえがき ***

第1章.異空間伝説
 1.試着室・トイレ・風呂場
  1-1.試着室
  1-2.トイレ
  1-3.風呂場
 2.学校・寮・下宿
  2-1.学校
  2-2.寮・下宿
 3.医学伝説
 4.劇場系
 5.特異空間
  5-1.特異な空間
  5-2.自殺の名所
  5-3.縁切り伝説
 6.異国・異界・境界
  6-1.外国
  6-2.異界
  6-3.トンネル・川
 7.密室の世界
  7-1.民家・アパート
  7-2.事業所関連
  7-3.ホテル・旅館
  7-4.百貨店
 8.二次元空間
  8-1.鏡の中
  8-2.ブラウン管の向こう

第2章.高速移動する密室・現代カー伝説
 1.事故と霊
 2.妖しげな事故
 3.車とともに移動する霊・妖怪
  3-1.高速伴走するお化け
  3-2.消えるタクシー客
  3-3.つれ去られる話
 4.車とジンクス

第3章.人体と人格のメタモルフォーシス
 1.人体断裂
 2.人体消滅
 3.人体の部分
 4.異形の人
 5.人体異常
 6.人形
  6-1.リカちゃん人形解体
  6-2.動く人形の怪
  6-3.福と呪いの人形

第4章.食の怪
 1.不気味な食品
 2.人肉食品
 3.インチキ食品
 4.食事行為
 5.ビジネスと食品

第5章.奇人・変人・怪人伝
 1.奇人・変人
 2.怪人
 3.あやしげな行為
 4.著名人・職業柄・県民性
  4-1.著名人伝説
  4-2.職業柄
  4-3.県民性

第6章.美女と湖水のフォークロア
 1.水と女
  1-1.深泥池伝説
  1-2.水と女性の霊
 2.水と死体
 3.水と霊・祟り
  3-1.水の特異空間
  3-2.過去の水・現代の水
 4.水と妖怪
  4-1.河童
  4-2.蛇
  4-3.ペットボトルと現代伝説


現代伝説考(5)

---恐怖と願望のフォークロア---

第5章.奇人・変人・怪人伝

 今回の噂の蒐集できわだった傾向のひとつは、伝統的な妖怪の話題がきわめて少なかったいうことである。明るく透明化された現代社会には、古風な妖怪どもは棲息しづらいのであろうか。別の面から考えれば、現代人にとって妖怪がリアリティをもちにくくなっているともいえる。すなわち、妖怪たちはその具体的な棲家がなくなるとともに、われわれの心の内にも存在しづらくなっているということであろう。

 そのような伝統的な妖怪に代わるものとして、現代の「奇人・変人・怪人」たちが登場しているのではないかと考えられる。

1.奇人・変人

 奇人と変人の境界は明瞭に区分しがたい。奇人のなかには体型の異様な人々もふくまれるであろうが、これは「人体変形」の部門でふれた「異形の人々」とほとんど重複してくる。怪人のように特別な悪さをするわけでもないのであるが、その特殊な躯つきが人々に噂をつむがせる要因になるのであろう。

 ここでは、いちおう普通のヒトでありながら異様な姿・行為の人々を取りあげてみよう。むかしの村々にも、知恵遅れのようなちょっと「変な人」はかなりたくさん存在したと想像される。しかし彼らは、村人たちに何処の何某と認知され、村人たちのあいだに組み込まれて生活していた。ところが現代の都市空間での「奇人・変人」たちは、大半の人には具体的な素性を知られておらず、街中でぎょっとするような形で出あわれる。

 どこのだれだかわからない、という点が前者との決定的な相違点であろう。前者はその行動様式がある程度知られていて、特別な不安や脅威を一般の村人に与えるものではなかった。ところが現代の奇人・変人たちは、その奇矯な姿行為から、いったい何をしでかすかわからないといった不安を人々にあたえる。まさに現代都市型の「奇人・変人」さんたちといえるであろう。

 「川の土手で逆立ちをしてニッと笑った」からといって、それが犯罪になるわけでもない。しかし親たちは、とっさに誘拐とか変質行為を連想して身がまえてしまうであろう。わけのわからない行為をする「変なオジサン」は、都会ではそのまま「こわいオジサン」に変身してしまうのである。

 奇矯な行動→精神異常→なにをしでかすかわからない、このような連想が人々を不安にするのであろう。もちろん昔ながらに、町の人々に受けいれられている「奇人」さんもいる。

 人口流動の少ないせまい町などでは、このような認知のされかたも可能であろう。「街のイエス」といった命名には、自由に生活している彼への人々の羨望さえうかがえる。

 大都会でも、マスコミなどに報道されて有名になってしまう場合もある。

 彼の場合は新聞配達という目的行為がはっきりしているので、単に自己顕示性が強いだけで奇人の部類にははいらないかもしれない。やはり不安の源泉は、行為の目的が不明だという点にあろう。

 とはいえ、さまざまな風俗が交錯する現代の大都会では、このような奇矯ないでたちでさえその風景のなかに塗りこめてられてしまう気配がある。尋常と異常のあいだは紙ひとえである。原宿や渋谷のカラフルな若者たちのあいだにドブネズミスタイルの中年サラリーマンがまぎれ込めば、こちらのほうが異常になってしまうだろう。このように都会では、いつでも価値が反転してしまうあやうさがはらまれている。

 たしかに「都会の懐の深さ」といえるかもしれない。そしてその裏面には、都会の孤独と不安もひそんでいる。ひきつづき「シンデレラおばさん」の報告。

 「シンデレラおばさん」とそっくりの噂で、「赤い服のメリーさん」という有名な伝説もある。白い服と赤い服のちがいだけで、ほとんど同じストーリーで語られている。彼女たちは、その奇抜な衣装で何かメッセージを発しようとしているのであろうか。なんらかのコミュニケーションをもとめているのか、それとも積極的にそれを拒否する意思表示なのか。

 考えてみれば、都会の雑踏のなかでなんのコミュニケーションもなしで行き交っているのは異常なことである。煩雑なコミュニケーションを避けたいという気持ちと、できるだけ親密な会話を交わしたいという錯綜した気持ちを秘めながら、われわれは能面のような顔つきで街を行く。大都会の孤独感とは、このような二面性をはらんだ感情からきているのであろう。

 メッセージとは、その受け手がいてはじめて完結する。受け手のない都会の真ん中で突如メッセージを発すれば、まわりが凍りつくだけだとわれわれは知っている。だれもがそのように了解して、満員電車で肉体がぶつかりあっていてもじっと沈黙をまもっている。だからといって、それをしていけないという謂われはない。現代社会の暗黙の禁忌とでもいえようか。

 そして、その「禁忌」を平気でやぶる「頼もしい人々」もたくさん存在しているのである。現代の奇人・変人さんたちのオンパレードをみてみよう。

2.怪人

 山野が切り開かれて妖怪の棲息する場所が少なくなるとともに、現代の怪人たちが街角に姿をあらわす。この「赤マント」や「口裂け女」のような怪人たちこそ、伝統的な妖怪に代わって登場する「現代の妖怪」といえるであろう。人間と動物を折衷したような姿をした妖怪とはちがって、現代の怪人たちはいちおうヒトの姿をしていると見なせる。一方で、奇怪な容姿をしていて具体的な「わるさ」するような点では、奇人・変人とは異なり妖怪に近いところがあると考えられる。

 怪人たちは、妖怪のように特定の所に棲まっているというより、街中に突然姿をあらわし人々を驚かせることがおおい。現代の「変人」の氏素性が不鮮明なのとおなじく、怪人もその生活のにおいを感じさせない「都会の中の他人」のひとりではないかと思わせるところがある。街頭の雑踏で行き交っていればそれとはわからないような普通の人が、たとえば夕暮れ時の街角で出あってマスクをとれば「口裂け女」であったというように、都会のなかの知らない人々への漠とした不安感が、奇人・変人と同様の都会型の伝説を形成しているのではないかと考えられる。

 戦前からの怪人「赤マント」は、前述したように「学校伝説」のなかに棲息の場所を見つけていったようである。「赤マント青マント」の噂として、もっぱら学校のトイレに出没するのみになった。それにかわって近年、街なかで猛威をふるったのがこの「口裂け女」である。

 「口裂け女」が狭義の伝統妖怪とことなる点は、マスクをさえしていればなんの変哲もない普通の女性だというところにある。現に噂がピークのころ、いたづらで真っ赤な口紅で口を大きく描いて「口裂け女」に扮装した女性が、街なかをふらついて警察沙汰になった事件もあったという。噂を伝えあう子供たちにとっては、「どこにでもいるお姉さん」が突然「口裂け女」に変身してしまうところに恐怖の核心があったのだろうとおもわれる。

 前掲書『妖怪の民俗学』では、「口裂け女」と「産女」との関連が指摘されている。たしかに、山中に棲み里に現れてはいたずらをする「山姥」系列の伝説との類似点はある。しかし妊産婦であった「産女」と、マスクをはずして「わたし、きれい?」と問いかける「口裂け女」のイメージが、はたしてぴったり重なりあうであろうか。

 「産女」には、わが子の生命への執着がある。難産で死んだ自分という個体を越えて、「血の継続」のために妖怪となってあらわれる。一方「口裂け女」は、整形手術の失敗という話が付加されることからみても、あくまでも自我への執着が前面にでている。「わたし、きれい?」という問いかけには、自分の美貌という「個体への執念」のみしか見うけられない。

 そういう意味では、「口裂け女」は自我の肥大したきわめて現代的な女性である。たとえ彼女が妊産婦であったと想定しても、コインロッカーにわが子を遺棄するような現代的な母性喪失のイメージのほうがふくらみやすいのではなかろうか。いずれにしても、「口裂け女」からは「産女」のような母性は感じとることができないとおもわれる。

 つぎのような、解釈不明の怪奇譚もある。

 まさしく意味の不明さがこの話の怖さをつくっている。「角隠しをした花嫁」と「電信柱の上」というミスマッチが、シュールな怖さを生みだしているのであろう。さきに紹介した『幽霊電車のオカッパ少女』と同様、解釈を拒否するような怖さも現代伝説の一特長ということにしておこう。あえて共通項をあげれば、「処女性のもつ不定形な恐怖」というところであろうか。

 妖婆というより「怪婆」と呼んだほうがよさそうな老婆怪人も、現代伝説の重要なヒロインである。「高速並走老婆」もそうであったが、荒唐無稽な要素がついたものがおおい。

 なぜ「怪婆」は、高速で疾走するのが好きなのであろうか。それにしても、野球盤や丸太のバイクというところがいかにも荒唐無稽である。

 「ジャンピング婆」というからには、ピョンピョンとジャンプするのであろうか。躍動感あふれる婆さんである。いずれにしろ、男性の老人があまり登場せず「怪婆」ばかりというのは、老婆の生命力の強さに感心せずにはいられない。「山姥」から「怪婆」へと、噂の世界でも老婆たちは活躍しつづけている。古典から現代伝説へと、老婆たちはリニューアルしつづけるのである。

3.あやしげな行為

 ここでとりあげるのはさきの「変人・奇人」とは異なり、普通の人でありその行為にもいちおう納得できる目的性があるのだが、なにか常道をはずれた妖しげな行為をする人々である。常人に限りなく近いだけにその奇矯な行為がかえって怖さや滑稽さを生じさせるのであろう。

 噂ではなく実際の出来事であるが、「風船オジサン」という人がいた。アドバルーンに毛がはえたような軽便気球で太平洋横断にいどんだオジサンの事件である。数千メートルの上空ではすぐに凍死してしまうような軽装備、連絡用にはなぜか無線機ではなくすぐに音信不通になる携帯電話、食料にはスナック菓子のポテトチップスがあったとかで、どう考えても「冒険」ではなく「奇行」である。しかし命をかけた奇行であるだけに、なぜかいつまでもわれわれの心に茫洋とした印象を残しつづけている。

 精神障害であるとか自己顕示性のつよい自殺であるとか、識者たちは常識の枠におさまるような理由づけをしてくれるであろう。しかし彼の奇行からは、さまざまな噂のふくらむ余地がある。噂の支持者たちは、そのような単純な理由づけにはおさまりきらない何物かを鋭敏にかぎつけて噂のロマンを発酵させるであろう。

 ある人は、南海の孤島でロビンソン・クルーソーのような生活をいとなむ風船オジサンを空想するかもしれない。あるいは、新宿のホームレスの群れのなかに彼を見つけたと言いだす人がでてくるかもしれない。「紙風船で延々とお手玉をし続ける風船オジサンの顔はかぎりなく幸せそうであった」などというオチがつけば、そのまま「風船オジサン伝説」として人口に膾炙していくことであろう。

 壮大な目的と現状認識の桁はずれな乖離は、場合によっては突飛なロマンを出現させる。中世の騎士を気取ったドン・キホーテは、その意図とは関係なしに「近代」という怪物を発見してしまった。風船オジサンの奇行も、「現代」という奇っ怪な怪物をわれわれの目にさらしてしまったのかもしれないのであ る。

 われわれの人生は、風にただよう「風船旅行」のようなものかもしれない。そしてその目的地はけっしてアメリカ大陸などではなく、新宿駅の通路でお手玉をつきつづける「ホームレスの幸福」であるのかもしれないのである。

 ホームレスの心に一縷のロマンをえがくのも現代人の特権であろうが、ホームレスにも当然ながら生活がある。そして、生活とは卑近な行為の積み重ねであるにすぎない。ロマンに卑小な目的行為をさし添えると、とたんに滑稽な現実があらわれでてくる。

 「卑小な目的と奇行」からくる滑稽といえば、さきにもあげた「就職試験伝説」のかずかずもそうであろう。

 つぎの話題も、得られる成果とそれに費やすであろう労力との落差がおもしろい。

4.著名人・職業柄・県民性

4-1.著名人伝説

 特定の著名人が、その個性のただよわせる雰囲気と結びつけられて噂となることもよくあることだ。だれでも知っている有名人であるだけに、ちょっとした笑話として流布しやすいところがある。

 この種の範疇ではやはり、TVなどで顔が知られている芸能タレントの噂が圧倒的である。「首チョンパ事件で超安値で売りにだされた呪いのソアラは現在伊那かっぺいが乗っている」とか、「引っ越しのさい、小泉今日子の部屋のソファーからコンドームが発見された」とか、この手の噂を集めだせばきりがない。タレントネタで一世を風靡したものといえば、なんといっても「天地真理伝説」であろう。

 「アイドルスキャンダルの雛形」としての「天地真理伝説」については、前掲書『うわさの本』にくわしい。

 皇室を素材にした噂のたぐいは戦前・戦中にさえあったようだが、ことの性質上おもてには出てきづらいところがあろう。それにしても、菊のカーテンと呼ばれるほどの情報管制下にあるだけに、情報の欠落がかえって噂を発酵させやすいところがある。

 文士・文人の奇行も、いくたの噂を生みだしている。思いつくところだけあげても、永井荷風・坂口安吾・南方熊楠・内田百閧ニいくらでもあるだろう。現代の文筆家は比較的個性が少なくなってきたきらいがあるが、それでも伝説の人は存在している。

4-2.職業柄

 職業の性格からくる特長を笑いの素材にした噂もよく見うけられる。警察官や大学教官の話題が多くみられたが、やはり権力や権威の威圧感とそれに対する抵抗意識が笑話を形成しやすいのであろう。

 なんとなく古風な体質を感じさせる警察官と、きわめて今日的なサーファー風俗との取りあわせのミスマッチがおかしい。

 つぎに、とぼけた警察官ネタを二題。

 「警察官はスケベである」というテーゼにそった話題もよくある。

 つぎのは、観光都市かつ学生の街・京都ならではの笑話。

 学生といえば、試験をめぐる教師と学生の話題も多かった。

4-3.県民性

 「中国人の食欲」や「ペット犬を食べる香港人」など、その国民性や文化風土の違いが噂の素材になりやすいことは前にあげたとおりである。むかしから「伊勢こじきに近江あきんど」といわれるように、日本各地の県民性も笑話の対象となりうる。ヨーロッパでドイツ人やオランダ人が笑い話のネタになりがちなように、勤勉さがかえってアダになりやすいようである。

 最近、関西のどろくささをベタベタに出したCMが関東地域でも放映されて、その売上がが50%増にもなったという。また、現金数千万を常に持ち歩くというディスカウントショップの老社長がブラウン管を賑わせたりもしている。関西商法のどぎつさもなども恰好の奇人変人伝説の素材となるのかもしれない。


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